閑話「名は体に縛られる」
キャラ設定として書き出していた部分を幕間風にアレンジしました。
本編では書く予定のなかった裏の描写を入れられたらなと考えています。
「はっ・・・!はっ・・・・・!はっ・・・・・!」
「待てー!待ちやがれーーーー!!」
オイラは裏路地をひた走る。
手には真っ赤に輝く果実、追ってくる商人から奪った戦利品だ。商人は目を真っ赤にして後を追ってくるが、そんなまるまると太ったその体じゃオイラに追いつく事は出来ないぜ。
オイラは大通りの人ごみをかきわけ、複雑な裏路地を駆け回り、大人は入る事の出来ない小さな入り口から廃屋へと潜り込み息を整える。
体力はないが根性だけはあるらしい商人がここまでやって来た――
「クソッ、どこいきやがったんだ。あのクソガキ!」
姿の見えないオイラに精一杯の悪態をつき、負け惜しみのように舌打ちを繰り返しながら商人は来た道を引き返す。
そうさ、オイラは『クソガキ』さ、それが何だってんだ。
◇◇◇
――――――オイラが名前で呼ばれなくなって、もう数年の月日が経った。
生まれた時にはもう父親はおらず、母親は数年前病床の末亡くなった。いい人だった。
残して逝く事を何度も謝り続けるその人に、オイラは力強く言ってやった。
「何があろうと元気でやるからさ、心配しないでよ!」
「――――――、○○○」
オイラの名前を呼びながら微笑みを浮かべオイラの頭を撫でるその人、でもとても悲しそうな顔だった。
そして永遠に時が止まっているかと思う程の静寂の中、その人はオイラの目を真っ直ぐ見て言った。
「私がいなくなったら・・・ベクターを目指しなさい。きっとあなたの力になってくれる人がいるから」
ここはアストラル共和国の端にある名もない村、首都のベクターに知り合いがいるなんて初耳だった。
その時は話半分に聞いていたのだが、その人が亡くなってから意味がわかった気がする。この村ではオイラの力になってくれる人はいなかった。
元々他の地方のように潤沢な資源のなかったこの土地は、他の家の子供を養えるほどの蓄えなどなく親交のある間柄でも助け合いも満足に行えないギリギリの場所だった。
それに加えてオイラ達はこの村の出身じゃないそうだ、いわゆるヨソ者さ。その人はオイラを産む為に村へやって来たそうだが、わざわざ資源の乏しい地に移住してくるヨソ者なんて怪しい存在は村人達から十分に敬遠される対象だった。
ある程度の良識はある人達だったからか、子供であるオイラにはその目線を向ける事はなく気付けなかった。だが好意的でもない子供を好き好んで引き取り、今以上の貧困に自分から堕ちる物好きなどいる訳もない。
オイラはその人が死んだ後、残してくれた僅かな路銀を使って他の町へ向かう馬車に乗り込んだ。
その後は首都へと少しづつ近付く為の旅路、とても順調なものとは言えなかった。
町の中ならまだしも、町々を繋ぐ街道は大人でも一人で歩けるほど安全なものではない。路銀もすぐに底をつき日々の糧にも困った5・6歳の子供が乞食や物盗りになるのに大した時間はいらなかった。
初めのころは体力もなくすぐに捕まりボロ雑巾のようになるまで殴られる事もあった。人攫いや奴隷商人に捕まりそうになった事もある。でもどんな時でもオイラは諦めなかった、生きる事を投げ出さなかった。
『何があろうと元気でやるからさ、心配しないでよ!』
自分でたてた誓い、あの人が安心していられるよう守るべき約束。
それを糧に日々スリを行い盗んだ物を売り、手に入れた僅かな金で馬車を持つ行商人や冒険者と交渉をして町を渡り、オイラは確実に首都ベクターへと近付いていった。
それと引き換えに言葉に出来ない『ナニカ』を失っていく事に気づかないまま・・・
◇◇◇
「おいっ!聞いてんのか『クソガキ』!!」
「またお前か、この『クソガキ』が!」
「そこの『クソガキ』!早くこっち来い」
「『クソガキ』!口答えすんじゃねぇ!!
そうさ、オイラは『クソガキ』だ。
かつてあの人が愛した○○○なんて名前、今のオイラには似合わない、今の薄汚い子供が○○○なんて名乗っちゃいけないんだ。
だからオイラは『クソガキ』らしく生きていく。名は体を表すっていうけど、ピッタリすぎて笑っちゃうね。そう思いながら先程商人から盗んだ果実、それに気を取られている内に盗み出したその日の収入を入れた革袋を取りだし果実を咀嚼しながら中身を確認する。
・・・これだけあれば次の街へ行く馬車賃には十分だ!
オイラは首都へ行くのだけは諦めない、それがあの人と交わした最後の約束なんだから!
・・・ところであの人って、どんな顔をしていたっけ?
・・・・・オイラってあの時、どんな顔をしていたっけ?
◇◆◇◆◇
「この村から・・・・出られない?」
「あぁ、申し訳ないが暫くの間はここに駐留することになるだろうな」
首都へ行くのにあと一つ二つの町を越えるだけ、そんな所までやってきたオイラを襲ったのは一向に晴れない深い霧だった。
アストラル共和国内では霧など滅多に起きず、聞いた話では起きたとしても数日もかからず晴れる程度のものらしいが今回はかなり異常らしい。
数m先も見えない中で馬車を走らせる訳にもいかず行商人や冒険者達は駐留を決めた。そいつ等はそれでもいいかもしれないがその日暮らしの資金しか持っていないオイラには死活問題だ。
ここまで運んでくれた行商人に金銭を借りる手もあるがそれはダメだ、商人に縛られたまま次の街に辿りつけてもそこで自由に動けなくてはどうしようもない。
これまでの経験からオイラはその案を即座に切り捨て、行動を開始する。
――――――――――つまりオイラの足で隣の町まで行くんだ。
霧は深いが町までは整備された一本道、街道から外れなければ問題はないし大した距離でもない。
それに今いる小さな村ではスリひとつすら大事になってしまう、明日の喰う物にも困るオイラにとってここに留まる選択肢は残されていなかった。
行商人に別れを告げ(勿論町を出ることは言わなかった。)、オイラは整地された足元の道を頼りに真っ白な空間をひたすらに進む。
出発した村から町へは子供の足で一日、鍛えたオイラなら半日もあれば到着するだろうと考えていた。
思えばオイラは焦っていたのかも知れない。もうすぐ首都へつけるという思いから目の前の危険なんて考えもしなかったんだ。
◇◆◇◆◇
丁度道のりの半分に辿りついた頃、目の前に突如【ソレ】は現れた。
突如目の前の霧から漂う気配、低く地に響くような音、そして何より私の体中から発する警告――。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ―――――――― 殺されるぞ。
少年が横へ飛び退くと同時にその気配は目の前を通り過ぎていった、そして目の前まで来てようやく霧の中でも相手の姿が視認出来る。
――――――――【サンドワーム】
砂漠に生息する”砂龍”とも呼ばれる非常に危険なモンスターだ。その大きな口で何でも飲み込み、巨大なサイズになれば小さな村を丸ごと呑み込むこともあるという。
少年の目の前に現れたそれは一般的なモノと比べればかなり小型ではあるが、冒険者が定めた脅威度においてサンドワームはレベル30に至ると言えばその危険性は推し量れるだろう。
因みに余談ではあるが本来の生息域と違うサンドワームが街道に現れた理由としては、たまたま砂漠地帯の端にいたサンドワームが霧の発生により暴れだした他の生物の影響により、偶然遭遇したにすぎない。
最も少年はそこまでの現状を把握していないが、知っていても大した違いはないだろう・・・・目の前にいる化け物は明確に迫る【死】である事には。
「ぅ・・・・ぁ・・・・!・・・ぅ」
声が出ない、膝が震え真っ直ぐに立つ事すら出来ない。
数年間に渡り人々の悪意を渡り歩いた経験は、死の迫る刃の一撃を反射的にかわす結果となった。
だがそれで終わりだ。
目の前の死の恐怖を明確に意識し、自分がどのような【末路】へと至るのか認識した少年にはもう指一本動かす事は出来なかった。
無慈悲に振り下ろされる死神の刃、だがそれが少年の所にまで届く事はなかった。
キィィィィィイイイイイン
目の前でひとつの剣戟音が響く、それは死の運命を決定付けられた少年が現世で生きる事を許された証の祝福の音にも聞こえた。
大きくのけぞるサンドワーム。否、それは弾かれ後方へと飛ばされたものであった。
そのまま勢いは止まらずサンドワームは仰向けとなり10m近く距離が開かれた。
それを確認してから振り返る目の前の壁。それは全身を鎧でまとった一人の騎士の姿だった。
「隊長、周囲の霧は魔法による探知も効きません」
「目視による確認も困難ですが、少なくとも十数m圏内には敵意のある気配は察知されませんでした」
『よし、中央は隊長に任せお前達は両翼から敵を疲弊されるのだ』
「「了解!!」」
左右から先程の騎士と同じ格好をした騎士達が現れ少年の、正確には少年の背後に立つ騎士に向かって次々に報告を行う。それに対しすぐさま次なる指示を行う様は圧倒的な錬度を思わせた。
『君、怪我はないかい?もう大丈夫だよ』
少年の背中を支えるように背後の騎士は方膝をつく、防御力よりも機能性を重視し知性を感じさせる振る舞いはまさしく見本のような副官の姿であった。
そして、その姿を横目で一瞥する前方の全身鎧の騎士。その体から発する強者の重圧、豪華でありながら鈍重にならないよう設計された鎧、明らかに周囲の騎士達と比べても格が違っていた。
「・・・・・騎士団?・・・首都の?」
少年は混乱しながらも騎士達の事を分析する、辺境の村に住んではいたが国内の情勢や騎士団については母親から聞かされていた少年はアストラル共和国に属する騎士だとあたりをつけた。
『いや、我々はイザード王国の者だ。この国の調査に来ていてね』
「・・・調査?」
『この国と連絡が急に取れなくなってしまったんだよ。どうやらこの霧が原因みたいだね』
たまたまこの場に騎士団が現れた理由を知り少年は己の悪運のよさに感謝する。
首都へ向かうには少年が目指していたアトランタル村(といっても大きな町に引けも取らない規模だ)は西側から首都を目指すならほぼ確実に通る事になる場所であり、少年が襲われたのが街道沿いだったのも幸運だった。そんな事を考えていると戦闘も終了する。
高レベルの魔物といえども騎士団一個小隊を相手取るには役者不足だったようで、時間はかかったがさしたる損害もなく討伐が完了された。
周辺に散っていた騎士達も戦闘の気配が消えたのか辺りには静寂が戻ってくる。
「周囲の索敵完了しました。他に敵性存在は確認できません」
『よし、観測に数名残し後は待機だ。この濃霧だ、気は抜かないようにな』
「了解しました、副官殿!」
『・・・さて、何故こんな所に子供が一人でいるのか。事情を聞いてもいいかな?』
「・・・!オ、オイラを子供扱いするな!!」
報告に戻った騎士と会話していた副官がこちらへ向けてきた言葉に、余裕が出てきた少年は赤面する。
死を覚悟するほどのモンスターの目の前だったとはいえ先程の情けない姿を見られた気恥ずかしさをごまかす為という理由もあったが、町々の裏の世界を今日まで渡り歩いていた自身を子供扱いされた事に対する不満の感情が含まれている事も事実である。
『ハッハッハ、それはすまな・・・・・!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ぇ、どうしたんだよオッサン達?」
副官と呼ばれる男が快活に笑い返そうとした途端、彼の瞳が一瞬で鋭さを増す。
そしてモンスターを倒した後、腕を組み言葉を発さず仁王立ちをしていた全身鎧の騎士までもが威圧感を放ちつつ少年の傍へと駆け寄る。
一瞬、助けてもらった礼を忘れ不満を溢した事で二人の機嫌を損ねてしまったのではと考えた少年だが、その思考は即座に霧散された。
目の前の濃密な霧の奥からやってくる、気配と殺気に少年も気が付いたのだ────
現れたのは朽葉色のローブを頭から被った人物、その為顔を伺う事は出来ずその場にいる者達の顔に警戒の色が浮かぶ
背は低くはないがさすがに周囲の騎士達程はない。体のラインを見る事は出来ない為やや長身の女性、もしくは男性だと副官の男は結論づける。
何か目的があって来たのか、それとも少年のように濃霧で迷ってしまったのか。ひとまず事情を聞く事にした副官の男だが、その口から言葉が発される事はなかった。
「『「・・・・・・・ッ?!」』」
その場に一陣の風が吹き周囲に漂っていた霧が僅かではあるがはれていく・・・
十数m程の範囲の草原があらわになった時、彼らの視界に入ってきたのは全身から血を流し絶命した仲間の騎士達の姿であった。
少年と副官、そして全身鎧の騎士までもその身を揺らし動揺の意を示す。つい先程副官へと偵察の結果を報告した男までもが視線の先で骸になっている。
『あり得ない!熟練の暗殺者でもここまで気配を消しきるなど!」
「・・階級を持たない者の目を欺くなど、容易だ」
「階級?何だそれは」
「・・語る必要はない」
ローブの中からくぐもった声が響く、ひどく無機質で周囲の様子に何の興味も持っていないかのようだった。
目の前の人物は敵、それも最大級の脅威と見定めた二人は目配せをした後即座に行動する。
副官の男は少年を両手で抱き抱え、全身鎧の男がローブの人物を阻むようにその間に立つ。
「えっ?!あの、ちょっと!?」
『すまぬ、少年。しばし我慢してもらうぞ!・・・団長、合流地点にてお待ちしております」
「・・・・・逃がさぬ」
副官の男に抱き抱えられ為されるがままの少年、どうやらこの場を離脱するらしい事は理解した。
だが相手もそう簡単には逃がしてくれないらしい、少年はそう考え何の気なしにローブの人物に振り返った
その瞬間―――――――――
『クッ、これは呪い?!呪眼か!!」
――――――――――――少年は意識を手放した。
◇◆◇◆◇
「ジョージさん、本気ですか!?どこの子供か全く素性が知れないんですよ」
「モチのロンよぉ♥この子はアチシが預かるってもう決めたの!」
「はぁ・・・・・まぁ、ジョージさんがそう仰るなら我々には何も文句はありませんが」
「ありがと、チュツ♥何かあったらアチシが責任もってなんとかするわ~ン♥」
頭が重い、目の前が暗い。オイラの頭の上で何か話し合ってるみたいだ。
「・・・ん?ア~ラ気がついたのね、気分はどうかしらン?♥」
「・・・・・・んぅ、・・・ここは?」
「ここはアトランタル村、アストラル共和国の首都から少しだけ離れた村よン♥」
「おう坊主、気が付いたか。お前、村の前で倒れててこの丸一日ずっと目を覚まさなかったんだぞ」
「・・・・・数日?」
どうやらベッドで寝ていたみたいだ。体を起こして状況を整理してみる
確かオイラ、街道でモンスターに襲われて、それで騎士の人に助けられて、それでローブの人が現れてそれで・・・・・ッ!!
記憶を辿っていたオイラはそこで思い出す、霧が晴れた草原で血だらけになっている多くの騎士。あれは、そう、、間違いなく、、、、、死ッ!!
「・・・辛い事は急に思い出さなくていいのよ」
肩に手をおかれる、顔をあげると女性よりも濃い化粧をした筋骨隆々の男性がそこにいた。
でもオイラにとってはその人が浮かべる心配という言葉を顔に貼り付けたような表情が気になった、後ろの数人の男性の顔をみるからにオイラは随分と酷い顔をしていたらしい。
「アチシ、ジョージっていうの♥色々あって混乱してると思うけどひとまずアチシの家に来ない?そこでしばらく過ごして今後の事を考えればいいと思うわ♥」
「・・・・・ッ?!」
「ジョージさん、いきなりすぎませんか?確かに目を覚ました以上、この診療所に長くはいられませんが落ち着いてから話をしても・・・」
「アチシもそうしたいのは山々だけど、村長に頼まれた仕事があるからねぇン~」
このジョージとかいう人はオイラを引き取ろうとしているらしい、周囲の大人達の反応をみるからに悪い人ではないんだろう。と思う
でもそれよりもオイラには聞き逃せない事があった。
頭の上に視線を移す、頭全体が隠せるんじゃないかとさえ思える大きなベレー帽は被ったままだ。だが丸一日眠っていたって男の人は言っていたし・・・・・見られたんだろうなぁ。
「わかったよ、オイラ。ジョージさんの所へ行くよ」
「え?いいのかい、目を覚ましたばかりなんだよ。」
「別にいいさ、それよりも色々知りたい事もあるし。教えてくれるんでしょう?ジョージさん」
「モチのロンよぉ♥しっかり話し合って今後どうするか決めましょ♥」
それからジョージさんに色々な事を聞いてみた。
結局オイラを助けてくれた騎士団の生き残りの人達や、あのローブの人物についての事は一切わからなかった。
しかもオイラが目指していた首都は今、封鎖されていて高位の階級を持っていないと入れない状態らしい。(階級についてもジョージさんに教えてもらった。)
状況を知った上でジョージさんに首都を目指していた事を伝えた、ジョージさんは長い時間考えた末オイラが階級を持てるよう鍛えてくれた。
すると数日で階級の証である白い腕輪のようなものが浮かび上がった、ジョージさんは自分の事のように喜んでオイラの頭を撫でてくれた。すごく嬉しかった。
もうすぐジョージさんの元に来て一週間が経つ、もし階級なんてものがなければもう首都についていてオイラが探している人に会えたのかもしれない。
そう考えるとオイラは焦るべきなんだと思う、怒るべきなんだと思う。
でも不思議と心は穏やかで・・・・・とても温かい気持ちだ。ジョージさんとの生活も悪くないんじゃないかと考えている。
でもそれも当然なのかもしれない、ここに来てからはゴミを漁ることも商人から盗みをはたらくため走り回る必要もないんだから。だからこの居心地のよさに怠けるわけにはいかない。少し渇を入れなくちゃな!!
ん?誰かジョージさんの家に近付いてくる。村の人じゃないや。
よし、折角だし渇をいれたオイラをあの人たちに見せてやるとするか!!!
この○○○がな!!




