第8話
にこにこと微笑む彼を見つつ、ストローからオレンジジュースを飲む。
嬉しかったのはよくわかったけれど、それで好きになるのだろうか。
恋愛的な好きにならないって言ったからこそ、嬉しかったのではないだろうか。
「由奈、返事」
「返事?」
「告白しただろ。理解したって言ったよね」
言ったような気もしなくもない。
すっかり忘れていたけれど。
「忘れてたって顔してるね」
別にいいけど、という彼はどう見てもそんな顔をしていない。
笑みは残っているけれど、自嘲染みたものが混じっていた。
そう言えば、告白されるのは初めてかもしれない。
覚えている限りでは、男友達さえいなかったような。
いたとすれば、目の前の彼くらい。
忘れていた上に、まだはっきり思い出していないけれど。
「あの」
「ん?」
「友達でよくない?」
そう言った瞬間、彼の顔から笑みが消えた。
本格的に不貞腐れたようだ。
「へぇ、俺が告白したのに」
「だって友達になるっていうのが嬉しかったんでしょ?」
「俺が好きになったんだから、友達じゃダメなの。わかる?」
わからない。
わかりたいとも思えない。
それって勝手なのではないだろうか。
私の頭が硬いだけで、普通はこうなのだろうか。
「由奈、好きだよ」
「う、うん」
「好きなんだよ」
この後、私ははっきりと答えを出さないまま、彼と別れた。
最後の最後まで好きだと連発した彼は、噂とは全然違う人だと思った。
噂ではもっとぶっきらぼうで、クールな人だと聞いていたのに。
私が見た彼は、いろんな意味で甘い人。
「なんかなぁ」
遠くなる彼の背中を見つめながら、小さく漏らす。
まるで夢のような現実ってこういうものなのかもしれない。
ほんの数時間前まで関わりのなかった人が、私に笑いかけて、好きだと言った。
放課後、美術室に向かっている私には想像もできなかったこと。
心の奥がほわほわして不思議な感じがする一方、もしかしたら妄想してただけなんじゃないかって恥ずかしくなる。
「これって、現実だよね……」
彼と別れてしまった今はもう確認できない。
次に彼と会うまで、このもやもやは消えないのだろう。
その日の夜、私はずっと彼のことを思っていた。
そうなるように仕掛けられたんじゃないかって思わず考えてしまうくらいに。