第三十九話 クーガ
俯き黙り込むグレイヴに、セインはわざとらしいほど明るい声を上げた。
「折角だから観光して帰ろう!」
「は?」
「見て回るとこはいっぱいあるからね!二人ともさっさと支度する!」
セインの提案にしばし呆気に取られたものの、レオンが「そうだな」と頷く。
「昼食ってから帰るか」
「そういや村の食堂って行ってないねぇ。……あるの?」
お前、それは失礼だろ、とレオンが苦笑する。
「役場の近くにあったぞ?」
「じゃあ昼はそこ行くとして……そうそう、酪農家さんとこにお礼も行かないと」
酪農家と聞いて思い出したのか、レオンが冷蔵庫に視線を向けた。
「そういや冷蔵庫の中どうする?まだ結構入ってんぞ」
「グレイヴに保管してもらばいいじゃん」
セインがグレイヴを見る。が、グレイヴの反応はない。
「なんでグレイヴ?」
「冷蔵庫持ってるでしょ?」
「そりゃ持ってるだろうが……」
ぽんとセインに肩を叩かれ、グレイヴが顔を上げる。
こちらを凝視する二対の目に「……え?」と身体を引く。
「グレイヴ、冷蔵庫出して」
「冷蔵庫?」
「食材持って帰るから」
セインが借り家に備え付けの冷蔵庫を指差す。
グレイヴは数度瞬きすると収納からケースを取り出し、その中から冷蔵庫を取り出す。
「……ん」
「……実験で使ったから無いかもってちょっと思ったけど、やっぱり持ってた」
しかも実験で使ったやつより大きいし、とセインは乾いた笑いを浮かべた。
「そういやレオンはさ、収納に収納って入れてる?」
借り家の冷蔵庫の中身グレイヴの冷蔵庫に移しながら、ふとセインはレオンに尋ねる。
「入れてるな」
「入れてるんだ……。ってか何をそんなに入れるの?」
セインは自身の収納の中身を思い浮かべる。
武器防具。着替類。野営準備一式。あとは武器や防具の手入れ用品やちょっとした保存食と書類くらいだ。
収納の容量は半分以上余っている。
「あー……俺は調理器具系が多いな。鍋、包丁。あとは作業台とコンロに…簡易シンクにオーブンとか?」
「簡易シンク?オーブン?」
中身を移し終えた冷蔵庫の扉を閉める。
「おう」
「……そういうのって持ち歩くものなの?」
「料理するからな」
グレイヴが冷蔵庫をケースに収納する。
「冷蔵庫、レオンも持ってるぞ」
「俺のは食材詰まってる」
「そういう問題!?」
ケースを籠手の収納に入れるグレイヴを眺めつつ、セインはぽつりと溢す。
「……なんで君らそんな家ごと持ち歩いてるの?」
「家ほどじゃない。風呂ねぇし……」
言いかけたグレイブが止まる。
「グレイヴ?」
「……作るか、風呂。持ち運びできるやつ」
「お、いいな」
ぼそりと呟かれた言葉にレオンが喜色を浮かべた。
「なんでそういう方向いくかな!?」
セインがギョッと目を剥く。
レオンがセインの眼前に指を突きつける。
「野営中、風呂入りてぇって思ったことあるだろ?」
「……それは、ある」
「あったら便利だろ?」
「ぐっ……!言い返せない……!」
レオンの口元が綺麗な弧を描いていた。
「湯船を携帯しやすい材質にすればすぐ出来るかもしれねぇ」
セインは今にも自室に篭りそうなグレイヴの首根っこを引っ掴む。
「離せ」
「ダメ」
「忘れないうちに設計だけでも!」
「支部に帰ってからにしなさい」
今日中に帰らなきゃいけないんだからね、とセインに言われ「あ」とグレイヴは動きを止めた。
「部屋片付けるのはいいけど研究は禁止!今から観光!」
「む……ん」
「十分で帰り支度終わらして。十分経って終わってなかったら君の部屋にある道具類、俺の収納に預かるからね!」
グレイヴはこくこく頷くと自室へと駆け上がる。
「お前の方がオカンじゃねぇか」
「レオンうるさい!君もさっさと準備する!」
「へいへい」
ひらひらと手を振って上がって行くレオンを見送り息を吐くと、セインも自室を片付けに向かった。
──二十分後。
三人は村役場にいた。
借り家の鍵の返却と、基板の返却を済ませるためだ。
既にカルラが来て話が済んでいたらしく、イアンには感謝の言葉をかけられた。
そつなく受け取るセインとレオンに対し、グレイヴは少し身の置き場に困ったような顔を浮かべてその場を辞す。
酪農場に向かう道中、羊の群を見つけた。
「牧羊もやってんのか」
「そうそう。ここの牧羊犬が賢いんだよね」
「へぇ」
言いつつもレオンは羊の群には近付かない。
「あれ?動物苦手?」
「……あっちが怯えるんだよ」
これでも狼だからな、とレオンは息を吐く。
「そうなんだ……?ってか、なんでグレイヴもそんな離れてんの?」
「む」
離れていると言うよりは、レオンの後ろに隠れているようにも見える。
「……君、動物苦手なの?」
「苦手じゃねぇ」
「いや苦手だろうが」
「レオンうるさい」
「ほー。突き出してやってもいいんだがな?」
「…………むぅぅ」
唸りながらレオンのコートを握り締める。
「やめろ、皺になる」
「そんな苦手なんだ?」
「……苦手じゃねぇし」
「説得力無いよね」
呆れ顔のセインからグレイヴは目を逸らす。
「……面白いのがな」
レオンが人の悪い笑みを浮かべる。
「動物はなぜかこいつに寄ってくるんだよな」
レオンがその場からするりと移動する。
「おい!」
置いて行かれたグレイヴの抗議の声。
そして。
「ワフッ!」
牧羊犬が尻尾を振ってグレイヴにじゃれついてきた。
「──っ!!」
固まるグレイヴ。
犬はその場でくるりと回り込み、前足を伸ばして身を低くした。
「ワフワフッ!」
尻尾が千切れそうな勢いで揺れている。
レオンの爆笑する声が聞こえた。
「えぇ……。俺には塩対応だったのに……」
前回振られたことを思い出してセインは項垂れる。
「レ、レオン……」
グレイヴの口からか細い声が出た。
「なんとかしてくれ……」
動いたらやられるとでも思っているのか、グレイヴは身動ぎ一つしない。
「遊んでやれよ。構って欲しいだけだって」
「……遊ぶ……って、どうやって、だよ……」
「いや、そんな怯えなくても……」
「……じゃあ、あんたが、なんとかしてくれ」
しょうがないなぁとセインが近付けば、牧羊犬はぴたりと動きを止めた。
「おいでー」
セインが手を差し出す。
犬はその手を見た。
匂いを嗅ぐ。
もう一度セインを見る。
そうして興味を失ったように顔を逸らした。
レオンが吹き出す。
「ワフワフッ!」
尻尾を振りながら牧羊犬がグレイヴに一歩近付く。
グレイヴは動かない。
犬は首を傾げると、前足でグレイヴの脛をちょい、と叩いた。
「っ」
もう一度前足が伸びる。
ちょい。
「……レオン」
「……何、だ……っ」
笑いを堪えきれず、レオンの声が震えている。
「どうしたらいい……?」
僅かにグレイヴの視線がレオンに向いた。
「ワフッ!」
「……ひっ!」
牧羊犬の前足がグレイヴの胸元に伸びていた。
ペロリと顔を舐められ、グレイヴは声にならない悲鳴をあげた。
「こぉらクーガ。お客さん困らしたらダメだろ」
畑から様子を見ていた農夫が笑いながら牧羊犬──クーガを呼ぶ。
クーガは呼ばれて農夫に駆け寄った。
「坊主、動物受けがいい性質なんだなぁ。こいつが懐くなんて滅多にねぇんだぞ」
農夫は苦笑した。
坊主と呼ばれたにも関わらず、グレイヴの反応は無い。
「たまにいるんだよな。妙に動物に好かれる奴ってのが」
こういうタイプは牛やら馬にも懐かれるぞ、と農夫は笑う。
「そんな性質いらねぇ……」
グレイヴはへたり込んだ。
笑いを収めたレオンが「ほら」と手を差し出す。
「裏切り者……」
グレイヴは恨めしそうにレオンを睨む。
「別に実害はなかっただろ?」
「むぅぅ」
唸りながらもレオンの手を取って立ち上がる。
「本当にダメなんだねぇ……」
「……うるさい……」
「ワフッ!」
「っ!!」
クーガの鳴き声に肩を震わせるグレイヴを半ば引き摺るようにして、三人は酪農場へと向かった。
「帰りもあの道通るのか……?」
声を震わせるグレイヴに二人は苦笑するしかなかった。




