8話 神の権力
裏都市の隠された倉庫は、静寂に包まれていた。ヒューイが入口に簡易的なトラップを仕掛け、リドが気絶したド・ガンを壁際に横たえ、看病している。アザゼルは、未だ熱を帯びる右小指の先を見つめながら、沈黙していた。
最初に沈黙を破ったのは、リドだった。彼は厳しい目つきで、鎖から解放されたばかりのザントを睨みつける。
「おい、機械頭。さっきの戦闘での言葉、どういう意味だ」
リドは静かに、しかし有無を言わせぬ調子で問うた。
「『時代遅れな力』だと? 『利用価値がある』だと? お前は一体何者だ。裏都市のガラクタ屋が、聖騎士団の力を分析できるはずがない」
ヒューイは懐から爆薬の起爆装置を取り出し、カチカチと音を鳴らしながら、ザントの頭に銃口のように突きつけた。
「あんた、俺たちを裏切るつもりか? 最初からアブを王国の手柄にしようとしてたんじゃねえだろうな」
ザントは鎖から解放されたにもかかわらず、全く動じる様子を見せない。彼は白金の髪を持つアザゼルに視線を向け、冷笑した。
「裏切る? 面白い。この状況で、誰が誰を裏切るというんだ」
「答えろ、ザント!」リドが声を荒げる。
ザントはため息をつき、錆びたパイプ椅子にゆっくりと腰掛けた。
「仕方ねえな。貴様ら人間の、つまらない倫理観と感情論に付き合うのは時間の無駄だ。だが、貴様らがその『アブ』の力を理解しなければ、すぐに聖騎士団の餌になる。そして、そうなれば俺の楽しみもなくなる」
ザントはそう前置きし、周囲にいる彼ら全員にとって、最も重要な情報を開示した。
神の権力に関する詳細な説明と世界観の開示
「貴様らの世界観は、あまりにも狭い。このドロステ王国を支えているのは、女王でも騎士団でもない。神の権力だ」
ザントはアザゼルを指差した。
「貴様の右小指の先から出た、あの癒しの光、あれこそが、神の権力と呼ばれるものだ。500年前に突如として現れた、この世界最強の力。この世界には、今知られているだけで九つの神の権力が存在する」
ザントは、指を折りながら、権力の種類と神の名前を列挙した。
「ドロステ王国の象徴である正義の神、マーチの権力。大地を操る創造の神、コンチェルトの権力。情報と知識を司る知恵の神、ファンタジアの権力。戦闘と破壊の根源である戦争の神、ボレロの権力。純粋な破滅をもたらす破壊の神、カプリチオの権力。貴様が持つ豊穣の神、プレリュードの権力。そして、寵愛を求め、寵愛を授ける慈愛の神ノクターンの権力、枷を外し、自由を求め続ける自由の神、シンフォニーの権力、そして最も謎が多い支配の神、レクイエムの権力だ」
ザントは一つ一つを言い切ると、リドとヒューイの困惑した顔を見て、満足そうに笑った。
「権力は、体に宿る。宿った部位でのみ、その権力が使える。例えば、創造の権力で地面を蹴れば、地面が鋭く盛り上がる。だが、宿っていない部位で蹴れば、ただの普通の蹴りだ。しかし、権力の宿ってる部位を使えば、種類に関係なく、通常の100倍近い爆発的な力を出せるのが共通の特徴だ」
リドははっとした表情を浮かべる
「じ、じゃあ、聖騎士団の持つ異常な力は、全て権力だというのか?聖騎士団全員が正義の権力を?」
「いや、そうじゃない、あくまで権力はそれぞれ1つずつ、聖騎士団の強さは...んまぁ単純な強さだ」
「まあそれは置いといて、神の権力、その宿り方。それが重要だ」ザントは話を本題に戻す。
「権力は、体にどれだけの範囲宿っているかによって、その権力の神にどれだけ好かれているか、寵愛されているかが分かる。例えば、右腕のみに宿っている奴と、上半身全体に宿っている奴では、後者の方が神に寵愛されている、というわけだ」
リドは、アザゼルの微細な右小指の先を見つめ、ハッとした表情を浮かべた。
「じゃあ、アブの力は……」
ザントは再び冷笑を浮かべた。
「そうだ、リド。貴様の言う彼女の権力は、右小指の先っぽだけに宿っている。これは、貴様が神に極度に嫌われているか、あるいは最低限の用途でしか見られていない証拠だ。正直、ここまで嫌われてるのは長く生きてる俺でも初めてだ、哀れだな、権力の強奪者」
アザゼルは激しく動揺した。その言葉は、彼女の心の奥底にある自己否定と完璧に一致したからだ。
「黙れ! 私がそんな馬鹿げた力を持っているはずがない!」
アザゼルが否定すると、ザントはそれを無視し、さらに続けた。
「貴様の力は、その癒しの特性から、豊穣の権力と特定できる。豊穣の権力は、かつてソロモンという神の権力者が持っていた、今やおとぎ話としてしか伝わらない特殊な力だ。なぜ豊穣の権力が貴様の右小指の先に宿っているのか。それは俺にもまだ解析できていない。だが、貴様は明らかに、豊穣の神の力を強奪したのだ」
ザントの最後の言葉は、アザゼルに「強奪者」という新たな烙印を押した。
「貴様らがアブの力を理解し、それを正しく使わなければ、我々はここで、神に愛された正義の権力者に狩られて終わる。だから黙って聞け。これが、貴様ら全員が生き残るための、唯一の授業だ」
不穏な影の接近
ザントによる一方的な説明は、アザゼルに強烈な屈辱と、自身の力への新たな恐怖を植え付けた。リドとヒューイも、目の前の「アブ」が、単なる脱獄囚ではなく、王国の根幹を揺るがす存在であると悟り、顔色を変える。
「……じゃあ、俺たちはどうすればいい。この裏都市に聖騎士団の追っ手が来たら、ひとたまりもないぞ」リドが問う。
「簡単だ」ザントは冷酷に言った。「貴様らは、アブの力の謎を解くために、王都の深部に潜入するしかない。そして俺は、その権力のサンプルを採取する」
その時だった。
倉庫の奥、ヒューイが仕掛けたはずのトラップが、静かに、しかし不自然に解除される音が響いた。
「トラップが……静かすぎたぞ」ヒューイが起爆装置を握りしめ、身構える。
倉庫の裏口の影が、ゆっくりと動く。そこに現れたのは、全身の甲冑が煤と泥で汚れ、どこか歪んだ様子の聖騎士だった。彼の剣は鞘から抜け、不自然に地面を引きずっている。
その聖騎士は、アザゼルたちに視線を合わせることもなく、虚ろな目つきで倉庫の天井を見上げていた。
そして、まるで誰かに話しかけられているかのように、かすれた声で呟いた。
「……こいつ、なんだ……」
その聖騎士の表情は、怒りや憎悪ではなく、何か得体の知れないものに憑かれているかのような、異様な混乱と苦痛を帯びていた。
アザゼル、リド、ヒューイ、そしてザントは、その不気味な聖騎士の姿に、一斉に警戒の視線を向けた。




