36話 極小の弾丸、極大の破壊
――そこからの反撃は、まさに息を呑むような暴風の連携だった。
「そこだ鉄屑! 奴の振りがデカすぎる! いくら異常な膂力とはいえ、あれほどの規格外の質量を振り回せば、必ず攻撃の後にコンマ数秒の『致命的なタメ』ができる! あの大ぶりの隙を突け!」
「だからいちいち耳元で指図すんな天使ちゃん! 言われなくても俺の高性能なカメラアイには、あの水色頭の隙が丸見えだぜッ!」
口を開けば悪態をつき合う二人だが、いざ戦闘における噛み合い方は、信じられないほどの奇跡的な化学反応を起こしていた。
超音速の領域へと足を踏み入れたザントの機動力が、ゼンガルが振り回す大木の暴風を紙一重で掻き潜る。そして、ザントの背中にしがみつくアザゼルが、その絶対的な速度の中で寸分の狂いもなく右手の小指を突き出し、『豊穣の権力』を放つ。
パシュッ! パシュッ!
「……ッ、小賢しいネズミどもが!!」
アザゼルの指先から放たれた淡い緑色の光弾が、ゼンガルの足元の石畳を瞬時に風化させ、踏み込みの地盤を泥沼へと変質させる。
足場を崩され、大木を振り抜いた直後の体勢が僅かに崩れたそのコンマ一秒の隙。ザントの赤黒く燃え上がる二振りの刀が、ゼンガルの懐へと容赦なく殺到した。
「させませんよッ!」
ゼンガルは咄嗟に、握りしめていた巨大な大木の幹を、己の異常な腕力だけでバキィィィッ!と縦半分に引き裂いた。
そして、真っ二つに割った片方の大木を、自身の身を護る分厚い『木の盾』として強引に前面へと突き出したのだ。
だが――。
「甘えんだよッ! 自分で強度を半分に落とした盾で、俺の刃が止まるかァッ!!」
ザントの咆哮と共に、赤熱化した打刀がその半分の木盾に深々と食い込む。
さらにそこへ、ザントの背中から私が至近距離で小指を突き立てた。
「――豊穣の権力ッ!!」
豊穣の権力による急激な生命の進行。盾にされた大木は、私の権力を浴びた一瞬にして数百年分の時を強制的に進められ、水分と繊維を完全に失ったスッカスカの枯れ木へと変貌した。
強度が著しく低下した枯れ木の盾を、ザントの超高温の双刃が容易く、まるで濡れた紙を破るかのように粉砕して突っ切る。
バキィィィンッ!! ズバァァァッ!!
「ガ、アァァッ……!?」
砕け散った木片の嵐を抜け、ザントの刃がついにゼンガルの純白の軍服を深く切り裂いた。
鮮血が舞う。絶対の防壁を破られ、防戦一方に追い込まれたゼンガルは、美しき顔を苦痛と驚愕に歪めながら大きく後退を余儀なくされる。
ザザザザッ!と石畳に深い轍を刻みながら、ゼンガルは広場の端、崩落した巨大な女神像の瓦礫の山へと背中を打ち付けた。
「どうした第1番隊隊長サマ! 自慢の丸太が空切ってばっかじゃねぇか!」
「ハァッ……ハァッ……! 口ほどにもない! いくら貴様がデタラメな腕力を持っていようと、その大ぶりな質量兵器では、極限まで加速した私達の連携の前に必ずコンマ数秒の『致命的な隙』が生まれる! 図体がデカいだけの力業など、ただの案山子も同然だ!」
私とザントは、並び立って追撃の姿勢を崩さないまま、瓦礫にうずくまる重騎士を見下ろした。
無敵を誇った第1番隊隊長は、ついに膝をついた。美しく整えられていた水色の髪は泥と汗で額に張り付き、胸元からは痛々しい鮮血が滴っている。
「……クッ、フフフ……なるほど。確かに、貴方たちの言う通りだ」
だが。
血を流して膝をついたゼンガルの口から漏れたのは、降伏の言葉でも、絶望の呻きでもなかった。
彼はゆっくりと立ち上がり、自身の胸元に刻まれた斬撃の傷跡を指先でなぞりながら、ひどく冷たく、無機質な笑みを浮かべた。
「巨大な質量を振り回せば、そこに微細なタイムラグが生じる。極限の速度の世界においては、その僅かな綻びが命取りになる……。ええ、重騎士としての私の悪癖を、見事に見抜かれましたね」
ゼンガルは、手の中に残っていた枯れ木の残骸をポイッと捨てた。
「大ぶりな武器が当たらないのであれば……当て方を、少しばかり変えればいいだけのこと」
直後、ゼンガルは自身の背後にそびえ立つ、家一軒ほどもある『巨大な岩盤』――王都の防壁の一部であった分厚い大理石の塊へと向き直った。
そして、一切の予備動作もタメもなく。ただ、虫を払うような軽い動作で、その巨大な岩盤めがけて右の拳を叩き込んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!!
岩盤が内側から爆発したかのように、粉々に砕け散った。
凄まじい衝撃波と共に、無数の鋭利な石の破片が宙へと舞い上がる。
ザントが刀を構えて警戒する中、ゼンガルはその空中に浮遊する無数の石の破片の中から、手頃なソフトボールほどの大きさの石塊を、両手でいくつも乱暴に掴み取った。
「……あ? なんだ、今度は石投げでもする気か? そんなモンが当たるかよ」
ザントが鼻で笑った。
だが、次の瞬間。ゼンガルの手元から、この世のものとは思えない『異音』が響き始めた。
――メキィィ……ギギギギギギギッ!!!
「な……!?」
私は、ザントの背中で息を呑んだ。
ゼンガルは、手の中に掴んだソフトボール大の石を、そのまま投げはしなかった。
彼は、自らにかけた初級魔法、筋力増強と、己が持つ規格外の基礎筋力のすべてを、ただ『握る』という一点の動作にのみ集約させたのだ。
人間の手が、岩石の分子構造を無理やり押し潰す音。
ゼンガルの指の隙間から、高熱を帯びた白い煙がシューッと噴き出す。彼の異常な握力によって、岩石の内部にあった空洞が完全に圧壊し、物質としての密度が限界まで『圧縮』されていく。
開かれたゼンガルの手の中に残っていたのは――ソフトボール大から、パチンコ玉ほどのサイズにまで超圧縮され、摩擦と圧力でうっすらと赤熱した、『超高密度の石の弾丸』だった。
「……では、これなら避けられますか?」
ゼンガルは、その極小の弾丸を指先に挟み、まるで子供が石切り遊びをするような、ひどく無造作で軽いフォームで腕を振った。
ピュンッ。
という、気の抜けた音が聞こえたのは。
私とザントの真横の空間が、文字通り『抉り取られた』ずっと後だった。
「――ッ!?」
ザントは、飛来する弾丸を視認して避けたわけではなかった。歴戦のサイボーグとしての純粋な生存本能が、彼自身の首を強制的に横へと捻らせたのだ。
直後、ザントの鋼鉄の右耳の装甲が、火花を散らして僅かに削り取られた。
バァァァァァァンッ!!!!
遅れてやってきた凄まじい衝撃波とソニックブームが、私たちの鼓膜を破壊せんばかりに劈く。
弾丸が通過した軌跡には、空気が摩擦で焼き切れた真空のトンネルが白く浮かび上がっていた。
私たちの横をすり抜けたその極小の石の弾丸は、はるか後方に広がる王都の森へと一直線に飛び込み――大木を数十本まとめて豆腐のように貫通した果てに、遥か彼方の山肌に激突した。
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!!!
広場から数キロは離れているはずの山の中腹で、まるで最新鋭の大型爆弾が着弾したかのような、巨大な爆炎が巻き上がった。
地面が遅れてグラグラと揺れ、強烈な爆風が私たちの髪を後ろから煽る。
「…………ウ、ソだろ、おい……」
ザントの赤いカメラアイが、激しく、エラーを起こしたように点滅した。彼の鋼鉄の頬には、サイボーグであるはずなのに冷や汗のようなオイルが滲んでいる。
「たかが石っころを、握力だけで圧縮して……質量兵器に変えやがった……!? なんだあの威力、人間レールガンじゃねぇかッ!!」
「あり得ない……! 魔力でも魔法でもない、ただの純粋な物理的圧力だというのか!? あれが直撃すれば、お前の装甲ごと跡形もなく消し飛ぶぞ!!」
私は戦慄に声を震わせた。
大木という巨大な質量兵器を捨て、彼は自らの圧倒的な暴力を『極小の弾丸』へと最適化させたのだ。速度と質量の究極の融合。
「ハハッ……ハハハハハハッ!!」
ゼンガルは狂ったように笑い声を上げながら、砕けた岩の破片を次々と両手で掴み取った。
ギギギギギッ!という不快な岩石の圧縮音が、戦場に連続して響き渡る。
「素晴らしい反応速度だ! ですが、一発避けただけで絶望するにはまだ早いですよ!」
ゼンガルの両手の指の間に、超高密度に圧縮された数発の石の弾丸が挟まれる。
「さあ、踊りなさい! 貴方たちの自慢の速度で、この慈悲なき弾雨をすり抜けてみせろ!!」
ズババババババババババンッ!!!!
ゼンガルの両腕が、もはや残像すら見えないほどの速度で振り抜かれた。
空気を焼き切る無数の白い真空の軌跡が、広場を完全に覆い尽くす。
それはもはや攻撃ではない。地形そのものを更地にするための、理不尽な面制圧の飽和攻撃。
「チィィィィッ!! 天使ちゃん、しっかり掴まってろ!!」
ザントは背部スラスターのリミッターを完全に吹き飛ばし、赤黒い炎を撒き散らしながら広場を縦横無尽に駆け回った。
着弾。
極小の石の弾丸が王都の石畳に触れた瞬間、着弾地点がクレーター状に爆発し、数百キロの瓦礫が数十メートルの高さまで吹き飛ばされる。
次弾、次々弾。
ザントがコンマ一秒前までいた空間が、次々と爆発の渦に飲み込まれていく。
「そこだッ! ザント、右へ跳べ!!」
「分かってるッ!!」
私は極限まで引き上げた動体視力で飛来する軌道を読み、ザントの耳元で絶叫する。ザントは空中で無理やり機体をねじり、自身のスラスターの爆風を利用して超音速の弾丸を紙一重で回避し続ける。
私たちの周囲のすべてが爆発し、崩壊し、燃え盛っていく。
たった一人の人間が、石を握り潰して投げているだけ。たったそれだけの行為が、まるで天災のように王都の広場を地獄の業火で包み込んでいく。
「フハハハハハッ!! どうしました!? 避けるだけですか! 泥ネズミらしく、地べたを這いずり回る無様なダンスですねぇ!!」
ゼンガルは定位置から一歩も動くことなく、岩盤を砕いては圧縮し、機関銃のように投擲を続ける。
圧倒的な弾幕の嵐の中、ザントのオーバードライブは限界を迎えつつあった。全身の装甲が赤熱し、回避のたびに関節から悲鳴のような金属音が響く。
このままでは、ジリ貧だ。
いつか必ず、たった一発の直撃が、私たちを跡形もなく消し飛ばす。
「……ハァ、ハァ……マジで冗談じゃねぇぜ……あの野郎、バケモノかよ……!」
爆炎と土煙を掻き潜り、広場の端に辛うじて着地したザントが、過熱した機体から限界の排熱をしながら毒づいた。




