プロローグ0 雪の煌めく日に……
ご覧いただきありがとうございます。
本来の物語はプロローグ①からのスタートとなるのですが、敢えてプロローグ0は時系列の異なるものを掲載しております。
詳細は後書き(追記)にて……
春の訪れを告げる桜が満開となって街並みを彩り始めたころ、港町神戸の街並みと対をなす緑の山並み、六甲山の山上へと足を運んでいた二人の男女が居た。
ただこの日は季節が逆行したかのように肌寒く、そもそも彼らは平地よりも高い山頂付近に居たため、それが更に顕著だった。
「どうやらこの分だと……、降ってくるかもしれないな?」
そう言った男性は、空を急激に鈍い色に覆い始めていた分厚い雲を眺めていた。
その彼の少し後方には、息を乱しながら彼と同世代に見える女性が続いていた。
「あの……、こんな……、山道を、登る、なんて、私……、聞いて、いないんですけど?」
息が上がっているのか、切れ切れに抗議の言葉を口にする彼女の言う通り、彼らは最初は平坦な小道を4、5分進んだあと、そこから急な山道に入って登り始めていた。
予め登山靴を用意していた彼に対し、強引に付いてきた彼女は街歩き用のスニーカーで、足下に不安もあるのだろう。
息を切らしながら、おぼつかない足取りで懸命に後をついて登っていた。ただ彼の方は、そんな彼女の不平など無視するかのように、後ろを振り返ることもなく、ひたすら登り続けていた。
『そもそも俺は一緒に来て欲しいと頼んでもいないし、ただ強引に付いて来ただけじゃないか?』
彼はそうは思ったが、敢えて言葉を口にする事なく、代わりに黙々と歩みを進めていた。
そもそもの話、彼は上り始める前にも『これから山道を進むから、駐車場で待ってくれていも構わない』と彼女に告げていた。
「俺は『参拝はある意味で山登りになる』と事前に言ったつもりだったが?」
「だって、瀬神君はただ神社にお参りに行くって……、これじゃあまるで登山じゃない!」
「そう言う場所にある神社だから仕方がないだろう?」
「それに何となくだけど……、この辺り、ちょっとだけ怖い気もするわ」
「それも言ったと思うけどな? ネットには『少し怖い』と感じる場所だと書かれていると。それを聞いて逆にテンションを上げ、行く気満々になっていたのは誰だよ?」
「そ、そうだけど……」
そう言った彼自身、初めてこの場に来て『怖い』の意味が理解できた気がしていた。
神社へと続く参道となる山道は、何とも言えない『厳か』な雰囲気に包まれ、まるで異界に来たような不思議な感覚を感じずにはいられなかったからだ。
まして天候が急激に悪化しつつある今、日中にも関わらず薄暗くなっていたこと、まだ新緑が整っていない山道は、寒々とした雰囲気を余計に際立たせていた。
「この寒さだと……、雪になる可能性もあるからな。雪が積もれば下りの帰り道が大変になるし、そもそも車まで戻っても、俺の車は雪道仕様じゃない。裏六甲の急坂を下りるのは、ちょっと心許ないからな」
そう、この二点こそ彼が先を急いでいた理由だった。
「なら提案、今回は安全を考えてここで諦め、次回は瀬神君一人で行くってのはどう?」
『まだ登り始めたばかりだし、そもそも今回だって俺は、一人で行く予定だったのだが?』
彼は再び頭に浮かんだ言葉を飲み込んだ。
どうも彼女と一緒に居ると調子が狂ってしまう。
そう考えて大きなため息を吐いた彼は、彼女に妥協案を出した。
「本格的に雪が降り出したら、その場で下山する。あともう少しで到着すると思うが頑張れるか?
難しいようなら先に降りて、車の中で待っていてくれても構わないし、遅れてゆっくり上って来てくれてもいいぞ」
「……」
その提案を聞いた彼女は、彼をジト目で見つめながら大きく息を吐いた。
「前半は合格、でも後半は全然不合格よ!」
「俺は気を遣って言ったつもりだが?」
「だ・か・ら・気を遣う方向が全くダメなの!」
彼女のダメ出しの意味が分からず、唖然とした彼に対し彼女は首を左右に振りながら言葉を続けた。
「そもそも瀬神君が口下手なのは知っているけど、それが『俺様キャラ』と勘違いされて変に女の子たちにウケちゃったせいで『大学デビュー』しちゃったからなぁ〜。彼女にそんなこと言ったら泣かれるか、即座に別れを切り出されるわよ」
「……」
今度は彼の方が絶句する番だった。
同じ高校の出身だった彼女は、偶然にも同じ大学に進学し、更に就職先までが同じ会社だった。
それだけではない、高校時代はろくに言葉を交わした記憶も無かったが、彼女の言葉通り『大学デビュー』する前の彼の過去、隠キャだった高校時代を知る数少ない存在だったからだ。
だから彼は、彼女を前にすると余計なやりにくさを感じずにはいられなかった。
「そもそも今日参拝すること、これは大前提だからな」
「何が瀬神君をそんなに必死にさせるのかなぁ?」
「べ、別に……、何も無いぞ」
そうは言ったが、彼が今日、六甲山の山頂付近にあるこの神社を目指している理由は二つあった。
一つ目はたわいもない事だ。
関西に転勤した旨を家族に告げた折、『必ず時間を作ってお参りしてきなさい』と、両親から言われていたからだ。
どうやら祀られている御神体が、彼の家系で代々崇めて来た特別な神様であるらしい。
かく言う彼の両親も、独身時代に御神体の聖地巡礼で出会い結ばれた、生粋の信者であったのだから……。
二つ目は……、非科学的かつ非論理的で、思わず笑ってしまうような理由だが、どちらかと言うと今の彼にとっては一番大きく、かつ深刻な理由だった。
ここ数日の彼はずっと、頭の中で『何か』に呼び掛けられている感じに苛まれていた。
ただ聞いたことのない言語で語られる不思議な声が何であるか、何を告げようとしているのかは全く理解できなかった。
ただ呼び掛けられている際に湧き起こる、抗うことのできない不思議な気持ちと同時に、いつも頭の中には『とある映像』が浮かんでいた。
それは……、彼自身もネット上でしか見たことしかない、この神社で祀られているご神体、『兎岩』と呼ばれる神聖な巨石の映像であり、いつも声はそこから生じているような気がしてならなかったからだ。
「ふふん、私も調べたもんね。この先に祀られているのは、人の罪を水で洗い流してくれる女神様だよね?
遂に瀬神君も改心して、沢山の女の子たちを泣かせて来た罪を、ここで洗い流してもらうのかなぁ?」
「し、失礼な言い方だよな! そもそもだがいつも勝手に勘違いして近づいて来て、勝手に彼女を名乗られて、勝手に泣かれて別れるだけで、俺は何にも……」
そう、高校時代は彼女いない歴=年齢だったが、東京では珍しい大雪の降った日に受験した、第一志望の大学に合格してからというもの、彼を取り巻く環境は劇的に変わった。
『自称』彼女と名乗る子を含めれば、付き合った女性の数は既に二桁を超えていたが、いつも長続きすることはなく、一方的に別れを告げられてしまうことを繰り返していた。
「はいアウト! 自覚はあるのね。瀬神君は根が優しいからさ、押しかけ彼女でも受け入れちゃうけど、そもそも口下手で話し方がぶきらっぽうだもん。しかもフォローの仕方が最悪だから、付き合っても絶対に長続きしないんだよね」
「酷い言われ方だよな? まるで俺が悪いみたいに聞こえたぞ?」
「そうよ、なまじイケメンで俺さまキャラが似合うからいけないのよ。最初はそれに騙されてキュンとしちゃうんだもん……」
「それって……、俺のせいか? そもそも騙したつもりも無いし、毎回俺の方が気持ちを弄ばれた気でいるんだが?」
そう、彼女となった者たちから別れを告げられる度に、彼の心は深く傷付いていた。本人としては優しく言葉を掛けたつもりだったのに、何故か相手の神経を逆撫でして傷付けてしまう。
そのため一方的に悪者にされたこともあった。
そんなことを数度繰り返すと、彼自身も女性にどう言葉を掛けて良いか分からなくなり、ますます『ぶっきらぼう』と『俺様キャラ』を拗らせるという悪循環に陥っていた。
「そんなろくでなしの俺に、何でミツハは飽きもせず付き合うんだ?」
その言葉にミツハと呼ばれた女性は大きなため息を吐いたが、彼が彼女の思いを知る由もないことは彼女も理解していた。
彼女が高校時代から、何故か気になって仕方ない彼のことを、密かにずっと目線で追っていたこと。
高校卒業後は、水神を祀る実家の神社を手伝うつもりだったが、彼と出会って以降、もっと側にいたくなって進学を志すようになったこと。
彼の進学先を友人に密かに調べてもらい、彼女も同じ大学に入れるように必死に勉強したこと。
晴れて合格した大学のキャンパスで、偶然を装って初めて声を掛けた時の胸の高鳴りを……。
大学デビューしてしまった彼には常に彼女がいた。そのため自身はそれらの女子と一線を画し、常に親しく彼に話し掛け、いつも彼の近くに居る友達のような存在として、ずっと思いを隠して振る舞っていたことを……。
そんな彼女の秘めた思いを帯びた、幾度もの『匂わせ』発言に対しても、異常に鈍感なのか彼は一切気付くことはなかった。そのためいつしか二人は、『自然体』で仲の良い友人のような間柄になってしまっていたのだから……。
もちろん卒業後の進路も、彼を追って同じ会社を選んでいたのだが……、罪作りな男はそんな事すら一切気付かない、朴念仁なのだから。
ただ彼女自身も、高校で初めてすれちがった時から、どうしてここまで彼に心惹かれるのか、その理由すら分からないままでいた。
そのためこれまでずっと彼の傍に居たが、心の内に秘めた思いを正面切って告げず、なぁなぁで今に至っている。
片や鈍感な彼は彼女の思いに気付くこともなく、心から単なる『偶然』と思い込んでいるようだった。
今に至って彼女は、半分諦めたかのように、鈍い色の雲に視線を向けながら呟いた。
「ホント……、高校の時からずぅ~っと、な~んにも分かって無いわよね、『シェンファ』は」
「!!!」
さり気なく彼女が言った最後の一言、それに彼は愕然となった。
この『シェンファ』という名は、彼が誰にも告げず密かに趣味で書いた小説を、投稿サイトで連載している時のペンネームだったからだ。
その由来は、自身の瀬神史音という名にある。
瀬神がとある『特定の神』を指しており、史音という名前にも意味があった。
書物には残っていないが、語り継がれた神様の伝承を意味し、『音に聞こえた神々の歴史』という思いのもと、両親が名付けたものだった。
それを彼は端的に訳し、神々の伝承という意味の『神話』を、音の響きが好きな中国語の発音である『シェンファ』として、ペンネームに定めていたものだった。
「なっ! おっ、お前、そ、それを何処で……」
「ふふふ、内緒。でも私は、ずう〜っと『シェンファ』を見ているし、応援しているもの」
「……」
彼女が放った思いもよらぬ言葉の一撃によって沈黙させられたあと、彼は明らかに動揺しながら山道を上り続け、気が付くと御神体と呼ばれた巨石、夢で見た場所の前に辿り着いていた。
その瞬間だった!
『お願い、救世主となって私たちの世界を救って。どうか、私の呼び掛けに答えて……』
「!!!」
これまで夢の中で聞こえたのと同じ女性の声が、再び彼の頭の中に響いた。
しかも今回は明確に『言葉』として理解でき、何かの救いを求め懇願しているようだった。
「ど、どうして?」
「何が? あ、ホントだ! 雪?」
思わず呟いた彼の疑問の声、それを勘違いして受け止めたミツハは、降り始めた雪に気付いて空を見上げた。
鈍い色の雲からは、綿毛のような大粒の雪がゆっくりと舞い降り始めていたが、どう見てもそれはおかしなものだった。
ミツハの声で同じように空を見上げ、それに気付いた彼は思わず大きくな声を上げた。
「いや! おかしいだろ! この雪、何でだよ?」
彼が驚きの言葉を口にしたのも無理はない。
本来なら肉眼では見えるはずのない雪の結晶、『六花』がはっきり認識できるほど雪は大きく、それが引力に従って落ちることなく、今も彼らの周りの空中に留まって、回転しながらキラキラ輝いていたからだ。
「これって……、俺の気のせいじゃないよな?」
「うん、でも不思議……、どこか心が洗われるような気がして、物凄く綺麗」
『どうか、お願い……、私の呼び掛けに応えて』
ミツハの言葉に再び沸き起こった声が重なり、思わず彼はその声に応えていた。
「何故俺を呼ぶんだ? どうして俺に救いを求める?」
『!!!』
「???」
「俺が救世主ってか? 見当違いもいいとこだぞ」
『つ……、繋がったわ!』
「瀬上君、どうしたの?」
彼の問いかけに対し、驚きと歓喜に満ちた声がしたかと思うと、周囲でキラキラと輝く六花がより大きく、そして輝きを増していった。
同時にミツハは、突然彼が何を言いだしたのか、全く理解ができず混乱していた。
「何あれ?」
驚いたミツハが指差した先には、彼らの目の前に立ち塞がる御神体とされた巨石の表面が、まるで水面の様にゆっくりとゆらめき、やがて水滴を垂らしたかの様に中心部から波打ち始めていた。
『どうかお願い、私の手を取って!』
「ダ、ダメよ瀬上君!」
頭の中に響く誘いの声と、ご神体に近づこうとする彼を引き留めるミツハの声、その二つが被った。
だが彼は無意識に急な斜面を登り、水面のようになった岩肌へと吸い込まれるように引き寄せられた。そこで無意識に、水面から伸びていた白い肌の手を取っていた。
『応えてくれたのね。嬉しい! 私はラ・アルシュ、貴方と運命を共にすると定められた巫女よ』
その声が響くと同時に、岩の表面にできた水面が更に大きく波打ち、そこからは手だけでなく人の姿を形どった、まるで女神のように美しい人物が、歓喜の笑みを浮かべながら上半身を現した。
『貴方は私たちの世界を救ってくれる救世主、そして私が全てを捧げる人。どうかお願い、私の導きに従って世界を渡り、悲しい定めにある私たちの世界を救って。その代わり私は巫女として一生、貴方と絆を結び、貴方の全てを認め、受け入れると誓約します」
「……」
最後の言葉、『貴方の全てを認め、受け入れると誓約します』に、彼の心は大きく揺り動かされた。
常に誤解され、言い寄ってきた女性たちに受け入れられることが無く、ずっと思い悩み孤独だった彼を全肯定するような言葉、それはいつしか彼が、ずっと心の奥底で求めていた言葉だったからだ。
ただ、実のところ彼にそうしてきた女性は、彼のすぐ傍に居た。
ただ不幸にも鈍感な彼は、彼女の思いに気付いていないだけだったのだが……。
「さあ、どうか私の両手を取って。お願い……』
彼は余りにも常識から外れた出来事に訳が分からず、それでも抗うことのできない『何か』に引き寄せられるように、岩の中から差し出されたもう一方の手を取った。
『嬉しい……』
「駄目っ! 瀬上君、行っちゃダメ! お願い、私を置いて行かないで!」
ミツハの叫びを打ち消すかのように、周囲の六花は共鳴を始め、神々しく輝きを増した。
『巫女が救世主と交わす誓約のもと、これより貴方を私たちの世界に招きます。どうか貴方に、水の女神の導きがありますように……』
その澄んだ言葉が響いた瞬間、周囲に降り注いでいた雪は更に大きく共鳴し、澄み切った音が全てを覆い尽くすように鳴り響いた。
同時に、手を握り合っていた二人の身体は、まるで水中に没するかのように『ご神体』とされた岩の中へと吸い込まれていった。
「どうして、どうしてよ? 私を置いて、どこに行っちゃったのよ……」
それをミツハは、ただ茫然と見つめていた。
いつの間にか、ご神体とされた岩の表面は元の固くざらついたものに戻り、彼女はそれに縋り付いて泣いていた。
そんななかで雪は一層激しさを増し、辺り一帯を無と静寂に包みこみ始めていた。
◇
煌めく雪の降るこの日、導かれて世界を渡った『彼』の物語は始まった。それによって、この先に起こる全てに繋がる、数奇な運命の糸が紡がれ始める。
この時点ではそれが幸せな未来なのか、悲しみと憎悪に満ちた未来なのか、当事者たちには分からないまま……。
そして……、時空を渡った『彼』の運命が流れたあと、時間は一気に遡る。
彼が渡った世界、そこで結ばれた新たな因果によって、全く異なる『新たな始まり』を迎えるために……。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
本日より連載を始めました。どうかこれからも暖かい応援をいただけると幸いです。
7/1にはプロローグとなる全6話(0から5)を公開し、第一話は7/15日より連載が始まります。
当面の間は毎日一話の公開ペースを予定しており、第一話公開までには少なくとも70話程度を書き溜める予定です。
どうか本作にも、皆さまの暖かい応援をいただけると幸いです。
なお、本日は午前9時までの間に、順次プロローグ0からプロローグ5までを公開します。
どうかよろしくお願いします。
(追記)
プロローグ0はこの物語の前提となるストーリーです。
本来であれば、100話以降のずっと後半で紹介する予定でしたが、プロローグ①からの世界観の前提となるお話として、敢えて『0』としてご紹介しています。
どうかご了承ください。




