月世界のガンマ②
あの、メルさん?
灰色の犬っぽいやつは向こうに行っちゃったけど、ここまだ危ないと思うの。
ほんの少し、ちょっとだけ場所変えよう? ダメ? 正座はホラ、いま足痛いから…あ、はい。
『…とにかく、武器になってあげるとは言ったけど! 身代わりになってあげるなんて言ってないんだからね!』
「ほんとすんません。つい出来心で…ワンチャンあるかなって。犬だけに」
『おもしろくない!』
「くっ…まだまだオレも未熟か…芸の方向を見直すべきか?」
『そこ!? 見直すのそこなの!?』
月で遭難したあげく、自分の右手に正座を強要されて説教か…いったい前世でどんな悪いことをしたら、ここのまでの仕打ちを受けるんだろう。
『もー! 前世じゃなく、さっきやったことだよ! はあ…もう、いいよ』
ガス欠気味に怒りのテンションが下がったメル。ここで新しく燃料を追加しなければ、このまま鎮火してくれそうだ。
メルシールドは…正直オレもひどかったと思う。
でもな、あの崩し技を受けて、びっくりしたで済んだメルと、一瞬でも意識を飛ばされたオレとは隙のでかさが違う。
どうして差があるのか分からねえが、ひとまずこの場を離れよう。ここに残って良い事なんかないはずだ。
「いったんここを離れよう。仇でもなんでもねえのに、追っかけられちゃたまらんぜ」
『え? でも…倒れてる人いるし、助けないの?』
「状況がわからねえ。そもそも、あの犬みたいなのは『親兄弟の仇』って言ってたんだ。事情も分からねえのに、どっちか肩入れすると面倒だぞ?」
『でも…』
なぜか後ろ髪をひかれまくっているメルは、ぎゅっと眉を寄せてオレを見る。子犬でも拾ってきた子供じゃあるまいし…そういうの弱いんだからやめてくれ。
「むう…かわいそうって言うんだろ? 気持は分かる。わかるけどな、メル。オレたちだって余裕があるワケじゃ…ああもう! 頼むから、そんな顔すんなよ…」
だめだ…どうにも弱い。
遭難してるオレたちに、得体のしれない連中のどっちかに肩入れする余裕なんか全然ない。ないんだけど、かわいそうだって泣きそうなメルを、諦めさせる説得力もない。
オレだって、ちょっとだけそう思ったんだ。
「…ちょっと見るだけだからな? 肩入れしないからな? 仕掛けてくるなら、やっちまうんだぞ? それでいいな?」
『うん!』
自分とメルのどっちに予防線張ってんだオレは。ひとまずこっちに敵意がない事を示すためにも、槍は右手に収めておこう。メルは肩にでも乗っててくれ…なにニヤニヤしてんだよ。
『えへへ。ガンちゃんやさしいもんね』
そんなんじゃねえよ。
足跡追われて襲われたらたまんねえし、ケガ人助けたらオレたちも助かるかもしれねえし、死人がいるなら埋めてやらなきゃだし、他にも理由があるんだ。
だから、そんなんじゃねえんだ。いいな?
『はいはい…♪』
はいは一回で十分です。
『はーい♪』
くそう。
途中まで引き返した砂丘を登って、犬っぽい奴らとボウガン持った連中の戦っていた辺りを見渡すと、戦闘は終わっているようだが…立っている者はいない。
相討ちか、もう引き上げたのか分からない。生き残りがいれば助けるべきだ…いれば、の話だが。
口に出すとそれが現実になりそうで、オレたちは無言のまま戦場跡に向かった。地球より重力が弱いとは言っても、やはり歩けば左足がズキズキ痛む。
ベルトの重力等化装置を使いたいが、電池が充電できるアテがない今は控えるべきだろう。痛いのは男の子だからガマン。
しばらく歩いて戦場跡に到着してみれば…こりゃあ、けが人いねえわ。
見たところ七、八人くらい倒れてるボウガン連中は、宇宙服ごと喉笛を食いちぎられているか、爪で服を裂かれて生きたまま真空にさらされちまってる。
これで生きていられるなら、ババアやローラたちみたいに最初から宇宙服が要らない種族だろう。
犬っぽいやつらは…こっちも望み薄だ。斧みたいな武器で頭を割られていたり、腹を裂かれていたり、ボウガンの矢が何本も刺さっていたり。
傷口からは水銀のような体液が漏れて、月の砂と混ざって奇妙に光っている。
『どうして…こんな』
「わからねえ。上から見たときにゃ人が住んでるような建物とか、着陸船みてぇなモンは見えなかった。こいつらが、ここに住んでいるってことは無いと思う」
『じゃあ、なんで!?』
「犬みてえな奴らは、たぶん…月で暮らしてるんだろう。で、こっちのボウガンどもは…ハンターか、その辺の連中だろうな」
死体をよく観察すると、武器も宇宙服もバラバラで統一されていない。何かの組織というわけでもなく、地球人と金星人以外は知らないが、人種もまちまちだ。
偏見だが海賊といい勝負の顔つきからして、ろくな人間にも見えん。
ついでに言えば、何人かは背中に逃げ傷を負ったのが致命傷になっているように見える。そいつは、つまり仲間を見殺しにして逃げたってことだ。お里が知れるってもんだな。
『どうしてガンちゃん、そんなことがわかるの?』
「うーん…そうだな。師匠からも聞いてたし…鉄火場潜ってオレも分かったんだけどさ、やべえ時って仲間がいねえと、もっとやべえんだ。二人なら切り抜けられるかもしれないところで自分だけ逃げちまうと、結局二人ともやられるんだよ」
要は士気の問題だ。勝てる可能性があれば、工夫しようって思えて頭も回る。そこで無理だって逃げちまうと心も折れるし、工夫することもなくなって勝ち目を捨てることになる。
だから強えェ軍隊や警察は仲間を見捨てねえし、そうさせねえ。負けそうになったら見捨てられるってんなら、命がけで矢面に立つなんて絶対できねえ。
『へえ…そうなんだね』
「そうさ。まあ、オレたちにゃ大して関係ないけどな。だろ?」
『わっかんないよ? あたしだけ、ぴゅーって逃げるかもよー?』
そいつは困るな。じゃあ、せいぜいご機嫌を取っておこうか。
さしあたって、死んじまった奴を野ざらしにしておくのも不憫だ。埋めて念仏くらい唱えてやってもバチは当たるまい。土になりゃしねえだろうが。
「メル。気が進まねえかもだが、槍出してスコップになってくれるか? 埋めてやろう」
『ううん、だいじょうぶ。わかった』
形見になりそうな物とオレに役立ちそうな物をいただいて、浅い墓を掘ってボウガン連中の死体を並べて砂をかける。
こいつらの宇宙服から空気のカードリッジや、重力等化装置のコイルと電池が得られたのはラッキーだ。
この手の物は規格が合えば補給できるだろう。それに、ベルトのポーチやポケットから多少の水と食い物、宇宙服の補修キットなんかの資材が取れた。
死体漁りみたいで気分の良いものじゃねえが、綺麗ごとを言える状況でもない。助けが来るまで生き延びなきゃならねえんだ。
転がってたリュックに資材と散らばっていた武器をいくつか突っ込んで、次は犬みたいな奴らを埋めてやろうと振り返ると、一匹がヨロヨロと立ち上がるところだった。
「生きてる奴がいたとはな」
《ぐ、うう…死なんぞ…まだ、我は…俺は死なんぞ…!》
立つこと自体が無理だろうに、そいつは殺気に満ちた目でオレたちを睨む。だが、例の崩し技は見る影もなく弱くなって、何も効かない。
「こっちにゃお前を殺す理由がねえし、戦う気もねえよ。メル、武器捨てろ」
『うん』
《仇でないなら…キサマは、何者だ…?》
「ちょいと事情があって、ここで遭難してるだけだ。お前らの仇でもないし、仕掛けられなきゃ争う気もない。お前は出て行け、って言いたいんだろうが…そうしてぇのは山々だが、今はムリだ。船が無けりゃ動けねえ」
《むう…》
「それより、お前は大丈夫なのか? 手持ちの道具で手当してやりてえんだけど、近寄ってもいいか?」
《いらん世話だ…これしき、何ほどでも…!》
あーもー面倒くせえ犬だな。フラついてるくせに意地張ってんじゃねえよ。メルが可哀そうって言うから助けてやるってのに、大人しく助けられろってんだ。
《なにをする気だ! 俺に近寄るな!》
「るせえ! オレの相棒がキレる前に、とっとと手当させやがれ! じゃねえとブン殴るぞワン公!」
聞き分けない犬っころに、いい加減イライラしてきた。オレのピュアな善意を受け入れないなら、死ぬが良いのです! サンズリバーを渡れェい!
《ちょ! 寄るなと言っている!》
「うるせえってんだ! ブッ殺されたくなきゃ大人しく…痛てぇ!?」
《ぎゃん!?》
『もー! 二人ともいいかげんにして! なんでケンカするの!』
後ろから殴られて首がもげるかと思ったら、ハリセン担いだメルが仁王立ちで怒ってる。ありゃ逆らうと正座じゃすまねえぞ。
「ほらキレた。言わんこっちゃねえ…大人しくしろよ? あれで殴られると痛てえんだ」
《むぐぐ…好きにしろ》
「そうさせてもらうぜ…けっこう深く切られてんな。テープでふさぐだけしか出来そうにないが…ちっと痛てえぞ?」
《好きにしろと言った…ぐ、もう少し丁寧にしろ…!》
ダクトテープは偉大だ。ロープにも包帯にもなるし、補修もできる。
異世界ですらダクトテープの偉大さにひれ伏しているのだ。おい、ワン公。ダクトテープ様に感謝するんだな。
「十分すぎるほど丁寧にやってんじゃねえか…贅沢言うな。おい…こっちの足、骨が折れてねえか? よくこんなザマでお前…相当キツいだろうに」
さっき作ってもらった鉄の棒を添木にして、傷口と同じようにダクトテープで固めれば多少はマシだろう。
ワン公はオレが右手から鉄棒を引き抜くのを見て、目を丸くしている。
《それは…鉄、か? どうやって取り出した?》
「鉄だが、それがどうした。添木にするだけだから、別にいいだろ?」
《いや、そうではなく…どのくらい持っているんだ?》
「何本でもいいだろ。他にも折れてんなら、必要なだけ使うさ」
『そういう意味じゃないと思うんだけど…鉄なら、いっぱいあるよ? ほしいの?』
《…恥を忍んで頼む。飢えた子らには、それが必要なのだ》
一通りの手当をする間、ワン公は自分たちが月に住むムーンドッグという種族だと説明した。
彼らは特殊な嗅覚で地下の鉱脈を見つけ、地面を掘って鉱石を掘って食うという生態だ。
だが、それを知った無法者が鉱脈と、こいつらのダイヤより硬くて青白く発光する爪や牙を狙っているという。
《同胞は…もう残り少なくなってしまった。戦士も減り、子らも飢えている…頼む、少しで構わない。鉄を恵んでは…もらえないか…》
『…ガンちゃん』
仕方ねえな。話聞いちまったし、見て見ぬ振りもできねえ。
「いいぜ。大した量じゃねえだろうが、腹ペコってのは忍びねえ。メル、鉄はどのくらいあるんだ?」
『えーとね…なんだかんだで…けっこう…うーん、ガンちゃん十人分くらい?』
大した量だった!
メルさんいつの間にそんな量を…それ、キロじゃなくてトン行きますよね?
『ほら、大家さんがへそくりは大事に使えって言ってたし』
お、おう。まあ…間違ってはいない。
「なんか、けっこうな量になりそうだけど…どうする?」
《あ、ああ…お前たちは何者なんだ? そんな魔術師は聞いたことがない》
若干引き気味のワン公。まあ…引くよな普通。
「魔術師じゃねえよ。オレは修理屋だ。名前はガンマ、こいつはメル。お前は?」
《ムーンドッグは誇りある名だ。それで十分だと我らは考えているので、人間のように個々の名は持たない》
「へえ、そういう文化なんだな。仲間意識強そうで、いいじゃねえか」
《お前…ガンマは、我らの考え方を認めるのか?》
「なんだよ、ダメか? 家族とかチームが団結してるんなら、その中で不満が出てなきゃいいじゃねえか。関係ないやつが何言っても、お前らがいいなら、それでいい。だろう?」
《変な人間だな、お前は》
変かなあ。なあメル、オレって変か? そんなことないよなあ?
『えーと…えーとね、あたしはガンちゃん好きだよ?』
うわ、メルが話を濁した…すごい目そらしてる…おいワン公、どうしてくれるこの空気。
《ああ…その…すまん》
ワンちゃんまで目をそらしますか。オレなにかしましたか。どうしてこんなアウェイ感ですか? いいからお前の同胞とやらンとこに案内しろってんだ! 鉄でも何でも好きなだけくれてやらァ!
おかげさまでジワジワとポイントとかブックマークしてくれる方が増えています。
今まで他の方の作品に似たようなことが書いてあってもスルーしてましたが、
実際に評価されるって…胸が熱くなりますね。
さあ、もっと僕のハートを熱くしてみないか!?
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
素晴らしい作品に敬意をこめて。