殴り込みに行こう⑦
ローラがまだ気絶したままなので、ババアに大男の尋問を頼んだ。五分に満たない騙し合いと、二分かそこらの戦いでオレは疲れ果てちまったんだ。
このチビな身体は体力以前に小さくて、得物を振り回して直接戦うにの向いてねえ。戦うなら、もっと方法を考えないとダメだ。
今だって深く息して痛みを逃がそうと努力してんだ。またこんな痛てぇのやだよ。
「ガンちゃん…痛い?」
通信室の椅子に座って痛みを逃がすのがやっとで、心配してくれるメルに言葉を返すのもキツい。
なので脳内スイッチ・オン。
『転げ回って泣きたいくらい痛い』
『ごめんね…あたし、役に立ってないよね』
自虐するような言葉に、一瞬でムカッ腹が立つ。
なに言ってやがる。お前がいなきゃ最初の挟み撃ちで殺されてたっつーの。
その次の罠だって、ララの仇を生け捕れたのだって、全部メルのおかげだ。
役に立ってないとか、もしそんなことをお前に言う奴がいたら絶対許さねえ。
それがメルだとしても、だ。
オレの命より大事な相棒を侮辱する奴は、何があっても許さねえ。
『……っ!』
スローモーションのように時間の流れが遅い脳内会話でも見えるくらい、メルの顔が真っ赤に染まっていく。
やべえ。痛くて頭から抜けてたけど、この会話って考えてることが全部…バレるんだった。
うおお、スイッチオーフ!
「えっと…あ、あたしローラちゃん見てくる…ね」
首元まで赤くしたメルが、そそくさと離れて行った。すげえ気まずい。
あれはだな、大男とやりあってまだ少ししか経ってないし、まだ頭が興奮してるから、つい思っちまっただけだ。
…オレは誰に言い訳してんだ? いかん、ドツボだ。
「ガンマ、いまメルが真っ赤にゃ顔で飛び出してったが…また何をしたにゃ?」
通信室にババアがやってきて、怪訝そうにオレとドアの向こうを見る。
何をしたって、そんなモン言えるわけないだろ。
「なんでも、ねえよ。話すのも、ちょっとキツいんだ。何か用か?」
「あのデカブツが、お前じゃにゃいと何も話さにゃいって強情でにゃ。あのままだと死ぬにゃ。少しでも情報を引き出したい。すまんが手伝え」
あの野郎ォ…負けたんだから、さっさと洗いざらい吐けっての。仕方ねえ、これも日常に戻るためだ。もう少しの我慢で戻れるんだから、がんばれオレ。
ババアの肩を借り、槍を松葉杖のようにして通路に転がったままの大男に会いに向かう。一歩進むと痛みが走り、二歩進めば脂汗が噴き出す始末だ。
いっそ抱えてもらった方がマシじゃねえのか。
「よう…トール。ああ、ガンマだったな。ちょっと見ないうちに、男前になったじゃないか」
大男は首だけ動く身体でオレを見上げ、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
両手足をブッた斬ってやったのに、まだ減らず口を叩く元気があるってか。
呆れたタフさだ。羨ましいね。
「あんたほどじゃねえよ、先生」
「ケッ、抜かしやがる…ふふ」
「先生よぉ、あんたこのままだと死ぬぜ。わかってんのか?」
「なんだ、心配してくれるのか? 案外優しいんだな」
「お茶目なオヤジは嫌いじゃねえが、そこらで十分だ。こっちも暇じゃねえ…どうせ通り名の類だろうが、聞いてやる。名乗れよ、先生」
こいつの失血死は時間の問題だ。浅黒い肌は血の気が失せて青くなって、磨いた石炭のように黒い目はモヤがかかったように虚ろだ。
「聞いて、どうする…?」
「質問してんのはオレだが、まあいい。墓に書いてやろうってんだよ。名無しのデカブツここに眠る、でいいのか?」
「そいつは…格好がつかないな。それなら教えてやる、俺はアーバレストだ。そう名付けられた」
アーバレスト…確か、でかいクロスボウみたいな武器で槍みたいな矢を飛ばすやつだったな。
「格闘者に飛び道具の名前ってのは、悪趣味だな。ガントレットとか、そっちのが似合うぜ」
「ふはは、まったくだ。まあ…所詮はコードネーム、なんだって構わんよ」
「それで、アーバレスト。名乗りあって、軽いおしゃべりも楽しんだ。恨みっこなしで殺し合った仲だろ、もう少し腹割ろうや」
ララの仇だと思ったのは内緒だ。こういう手合いは殺し合いをスポーツの一種だと思ってやがる。
頭を回せ、相手は死にかけで頭が回ってない奴だ。
「トール、まったく愉快なガキだ…大した奴だ。お前を一から仕込めたら…どんなに、楽しいだろうな」
「そうだな。別の出会い方をしてたら、本当に先生って呼んでたかもしれねえ。で、そんな出会いにさせてくれなかった奴は、誰だ?」
「そういう聞き方は…良くないな。ほら、俺はもう死ぬぞ? もっと俺を楽しませたら、ご褒美に教えて…やっても、いい」
アーバレストの息が浅くなってきた。時間がない。ローラはまだ目が覚めないのか?
「そりゃねえよアーバレスト。ガキのオレが、あんたみてえなデカいの相手に死ぬ気で張り合って、それで名前を教えてくれただけかよ。勘弁してくれよ、あんたの弟子になったかもしれないオレだぞ? もうちょっとオマケしてくれよ」
「ふん…弟子なんか持ったこと、ないさ。だがな、トール…お前みたいな奴なら、育ててみたいと思った。弱そうなガキなのに、戦うと…赤毛が…燃えるようだ。そう…その目も…悪くない。油断ならない目だ…最後は…手加減、しなかった…本気だ…」
「おい、まだ死ぬなアーバレスト!」
「ははは…トール、上着の…内ポケットに…ご褒美だ…くれて、やる」
ごとり、とアーバレスの首が床に落ちた。
ララがやつの首元に手を当てて脈を見たが、苦い顔で首を振る。
「まあ、最低限の収穫はあったにゃ。どれ、内ポケットに何があるのか…ララ?」
黙ったままオレとアーバレストの会話を聞いていたババアが命じ、ララも頷いてスーツのポケットを調べる。
そこから出てきたのは、金貨が十枚入った袋と宝石がはめ込まれたメダル、びっしりと数字が印刷された紙が二枚。それが全部だった。
金貨はいいとして、メダルと数字の紙が本命だろう。あとは通信室にある書類をかき集めて、他に何か…この際だ。慰謝料もふんだくって帰りたいところ。
「そういや、二人とも何か収穫はあったのか?」
「ええ、操舵室で日誌と航路図を数枚手に入れましたわ。しばらく前からここまでの航路と日誌から、どこで何をしたのか追えるかと思いますの」
「こっちは船長室で多少のお宝を見つけただけにゃ…ううむ」
「ババア、船長はどうしたんだ?」
歯切れの悪いババアを見るのは初めてだ。それだけに、嫌な予感しかしねえ。
「その…自決されちゃったにゃん…」
「よほど海賊狩りが恐ろしかったんでしょうねえ…」
予感的中。でもまあ、仕方ない。船尾側に何人いたのかわからないが、全部片付けてもらったんだ。
「そ、その代わり着陸船を確保しているにゃ。ここに長居しても仕方にゃい。引き上げるにゃ」
それもそうだ。必要なものを集めて撤収しよう。とはいえ、何を集めるにしても歩けんことには役に立てそうもない。
「そのベルトにも小型の重力等化装置が入ってるにゃ。電池式だから長くは使えんが、四時間くらいは浮いていられるはずにゃ」
そんな便利なものがついていたのか。浮いていれば足も楽になるし、早速使い方を教えてくれよ。
宇宙服のベルトのバックルか。
どれどれ…これはこれは…はっはっは。簡単すぎて見りゃ分かるレベルじゃねえか。
丸いバックルはダイヤルと電源ボタンを兼ねていて、ちょっと強く叩けば起動する。そして左右に回せば重力の程度を任意に変更できる。
プラスいくつ、といった数字で管理できないが、カチカチと手応えがあるので後は慣れの問題だ。
さっそく使ってみると、こいつは愉快だ。着陸船で味わえなかった無重力を、海賊船内で初体験というのは微妙だが…痛くないし、しばらくこうしていよう。
「あー、それと気密結界が破れているにゃ。そろそろガンマはヘルメットかぶらんと酸欠にゃ」
「それより、ガンマ様とジヌ=メーア様は着陸船でお休みくださいな。あとは私がおりますので」
「そうにゃ? じゃあ、小娘だけ連れて行くにゃ? 後は頼むにゃ。いくぞガンマ」
ババアの言う通り、ヘルメットを被ると呼吸がずいぶん楽だ。空気が薄い場所なんか、行ったことがないから気付かなかった。
すうはあと深呼吸してたオレは、ローラと一緒に両脇に抱えられて荷物みたいに運ばれた。もうちょっと丁寧に扱えよババア。
確保したという着陸船は乗ってきたのと同じ円筒形だが…もっとボロい。これは動くモノなのか? 空中分解するんじゃないのか?
《これ大丈夫なのか?》
《重力等化装置が動くのは確認済みにゃ。最悪、これだけでも地球に戻れるにゃ》
《また適当な…戻った先がどこか分らんだろうが》
《なに、上からまっすぐ降りれば大してズレないもんにゃ》
ああ…重力等化装置っていうイカサマがあるから、軌道とか突入角度とか…そういうアレはガン無視して好き放題なのね。
これって、電池があれば無制限に使えるのか?
《コイルが飛んだら交換しなきゃダメにゃ》
重力等化装置はグラヴィウムという鉱石から作られるコイルがキモらしい。そこに電気を流すことで、重力を変化させるんだとか。
なるほど、わからん。
《ああ、そうそう。エンジンのテストだけでも先にするにゃ? ララが戻ったら、すぐに出られるように…》
寝たままのローラを操縦室の椅子に座らせてベルトで固定したババアは、オレが怪我人だと忘れているご様子。ええ、提案自体は悪くないですよ。
準備することは大事ですよ。ええ。いいですよやりますよ。
『まあまあ、ガンちゃん。もう少しでお家に帰れるんだから、ね?』
ああ、メル。この乾いた宇宙ではお前だけがオアシス。宇宙服の中がもう汗でヌルヌルして気持ち悪くてさあ。早く帰りたいなあ本当に。
《おーい、テストするから精霊石に少しエーテル入れるにゃー》
はいはい…人使い荒いなァ。
うわ、これまた…ひでえ荒れっぷりだ。貨物室に入った途端、ポンコツではなくスクラップという字面が浮かぶ。廃屋…この場合は幽霊船と言うべきか。
中で爆発事故でも起きたのかと思うほど散らかっていて、足の踏み場もない。
もっとも、オレは無重力状態でフワフワ浮いているから問題ない。宇宙遊泳だなんて、まるでアレクセイ・レオーノフだ。
槍でコツコツと床や天井を小突くだけで、反対方向にすーっと移動できるのが楽しい。
あまり力を入れて突くとスピードが出過ぎるので、やさしく、ゆっくり。
『これ楽しいね♪ ちょうちょみたい!』
メルも気に入ったようで、オレたちは宇宙遊泳ごっこを楽しんだ。
遊んでたらララが帰ってきて、ババアに怒るので仕方なく船尾の精霊石が入っているカプセルに急いで向かう。
『もうちょっと遊びたかったね』
《だな、帰りにもう一回やろうぜ》
『うん!』
精霊石のカプセルに触れ、目を閉じてガソリンを注ぐイメージを思う。
丹田からエーテルを汲み上げて、精霊石に流す。このやり方も慣れてきた。
ポンプのように深く息を吸って汲み上げて、吐きながら流す。
すう、はあ…すう、はあ…
『ねえガンちゃん、さっきね…急に言うからびっくりしちゃったけど、やっぱり言うね』
すう…って、あれは勢いで思っちまっただけで、口に出してねえぞ!?
『あのね、あたしのこと、命より大事って…うれしかったの』
いやお前、アレはその、なんだ! オレはただ、そういうのじゃなくてな!? 役に立つとか、立たないとか、そういうんじゃねえんだよ!
《ガンマ! お前何をしたにゃ!? 精霊石が!》
はい?
操縦室から飛び込んできた、ババアの慌てた声で我に返った瞬間。
コーヒー缶みたいな着陸船の船尾が、缶切りで開けたように外に開いて…オレたちは空気ごと放り出された。
ひ、と息をのんだ次に、脳内スイッチを入れることができた自分を褒めてあげたい。
フックロープに変身したメルが、着陸船の船体を掴むまでは良かった。
そのボロい船体が、掴んだ部分ごとモゲなければベストだった。
そして、フックを投げたおかげで変な回転が消えたのも有難い。
だが…オレたちは落ちていく。海賊船は双つ月の姉を周る軌道にいた。
そう、眼下には無慈悲な夜の女王がいらっしゃるのだ。
人間宇宙魚雷の次は人間月着陸船か。乗り物すらなくなったぞ。
『ど、どうしようガンちゃん!? 落ちてる! 落ちてるよ!?』
あわてるなメル。まずは、落ち着くんだ。
『落ち着いたらどうにかなるの!?』
あわてても落ち着いても、どうにもならない事だって、人生にはある。
この状況でなければ言えない、できないことだってあるんだよ。
『言えない事…?』
《メル…どこに落ちたい?》
『わーんガンちゃんがおかしくなったあああ!』
殴り込み編はここで終了です。
次回は月面編となりますー。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
素晴らしい作品に敬意をこめて。