殴り込みに行こう⑥
分割した前回の続きです。
未読の方は「殴り込みに行こう⑤」を先にどうぞー
ローラちゃん、どうしてすぐ地雷踏むん?
「お嬢ちゃん、人の話は聞いた方が良いな…特にこういう時は。レッスンワンだ」
もう…こう…なんでそうかな君は!? 空気とかさ、流れってあんだろ!? 金星人ってのはアレか? 地雷を踏む民族か!?
やむなし。ここは乗ろう・・・
「あー、先生のありがたいレッスンをちゃーんと聞くんだぞ?」
「ふふん。話の分かりそうな小僧だ。ここに来た目的はなんだ?」
見上げるような大男だ。ごつごつした筋肉を黒地に水色のストライプが入ったスーツに包んで、四角い顎を金属のカバーのようなもので覆っている。
浅黒い肌…顔に毛が一本も生えていなくて、白けりゃ犬神家だ。
目は白目がなく、磨いた石炭ように黒い。
そいつはオレから目を離さず、ローラの腕を捻じ上げたまま通信室の奥に下がる。
クソ、ローラの馬鹿野郎!
「オレの目的は金だけど、そっちはアンタたちが誰に雇われたのかを示す情報が欲しいらしいぜ。証拠もあれば、なお嬉しいってさ」
「なるほど。すると、察するに…このお嬢ちゃんがヌ=バローラか」
「ご明察。オレは成り行きで神官様の護衛してるトールってもんだ」
バレテーラ! 脳内スイッチ…どうする、使うか? 殺すなら難しくない…はずだ。
「ご親切にどうも。はじめましてトール。だが俺の名は知らない方が身のためだ」
「じゃあ、勝手に先生って呼ばせてもらうぜ。いいだろ?」
「ふはは、なかなか愉快な奴だなトール。ガキのくせに肚が太い…少し気に入った。お前がここから一人で消えるなら、見逃してやろうじゃないか」
「先生、そりゃねえよ。神官様を連れてって身代金でも取るんだろう? オレぁ金貨一枚ぽっちの前金だけで、先生が総取りってのはあんまりだと思わねえか?」
「前金と自分の命じゃ足りないってか、トール?」
ぐ、と大男が腕に力を入れてローラの顔が痛苦に歪む。
焦るな。ここでローラを気遣っちゃだめだ。
突破口を見つけるか、時間を稼いでララやババアが来るまで引き延ばすんだ。
「悪いが足りねえ。ウチは貧乏子沢山でよ、オレが稼がねえとな。どうだい先生、あんたが残りの金貨四枚くれたら、言う通りにしてもいい」
「てめえ、俺から巻き上げる気か?」
「先生、あんた強えェだろ。でもな、いくらあんたが強くても神官様の護衛にゃケイがいるんだぜ? ありゃ無理だ。バケモンみてえに強えェ」
「ほう…?」
いいぞ、ララの名前は効くんだな。もう一押し!
「いま神官様といるのはオレだけど、もう他の海賊は始末しちまった…ここであんたがモタついてると、オレの声を聞きつけて飛んでくるかもだ」
「トール…てめえ、何が言いたい」
「簡単さ先生。とっととオレに金貨を出せば、お互いの命と時間が買える。ついでにオレの懐も温まる。損な話かい?」
「ハッ、食えない小僧だ。いいだろう、金貨四枚くれてやる。取りに来い」
「へへっ、だめだぜ先生。その手にゃ乗らねえよ。ほいほい近づいたら、そのでかいゲンコツでオレをぶん殴る気だろ」
オレはさも知ったような軽口を叩いて、片目をつぶって見せた。
ええと、どうする? ここからどうしたらいい? やべえ、テンパッて頭が回んねえ! ちょっとタイム! 脳内スイッチ・オン!
『どどどどうしようメル!? ローラさらわれちまう!』
『ああああたしに聞かないでよ! なんか考えてたんじゃないの!?』
『実は…ノープランなんだ! いまのは全部アドリブなんだよ!』
『えええー!? 考えてないの!? ガンちゃんのバカ! エッチ! お尻好き!』
『もうララやババアを呼ぶしかない! メル頼む! 探してきて!』
脳内スイッチ・オフ!
「てめえ…トール、なかなか気に入ってきたぞ。どうだ、金貨四枚なんてケチな稼ぎはやめて、俺の下に来い。ウチで使ってやろうじゃないか」
「先生は海賊じゃねえのか? 海賊船に他人がいるとは思えねえんだけどな」
「ふん、この船のクズどもと一緒にするな。俺はこういうクズに仕事をくれてやるだけだ。もっとも、今回ほど使えないボンクラは珍しいがな」
こいつ、当たりだ。パシリ君絡みで間違いねえ!
「ははぁ…ちょいと読めたぜ先生。あんた、鵜飼いとか人形遣いの類だな?」
「ふふ、いい勘してやがる。頭の回転も悪くない、ますます気に入ったぞ」
こいつ逃がすわけにゃいかねえぞ! どうする、どうする!?
「そりゃどうも。なるほどな。確かに命張って小銭拾うより、ずーっと頭の良いやり方だ。いいぜ先生、連れてってくれ…いや、あんたに従うぜ、ボス」
メルちゃん急いでお願い! もう引っ張るの限界! あとローラさんこれ演技ですから絶望した顔やめて!
「そうだ、ボス。先に言っとく。オレすげえ方向音痴だから、先に歩いてどっか行くのムリだかんな?」
「おまえ…トール、仕方ない奴だな。やれやれ…いいさ、ついて来い。歩きな、嬢ちゃん。言う事聞いてりゃ痛くしない」
ん? パシリ君が金星の悪党から受けた依頼はローラの暗殺じゃないのか?
オレを懐柔したなら、ローラを人質にするより、さっさと殺して離脱した方が…やばい!
結論に達した瞬間、床に這いつくばった頭の上を、砲弾みたいな後ろ蹴りが吹き抜けた!
きゃあああああ!
「ボスよォ…穏やかじゃねえなぁ? これでも鉄火場潜って兄弟養ってんだ。ナメて貰っちゃ困んだけどな」
メルちゃーん! メルさまーッ! すげえピンチです! 死ぬ!
「トール。ナメてんのはお互い様だろ…てめえ、ケイを呼びやがったな」
「さあて、何のことだかわからねえな」
キター! ララキター! あれ? どこ?
「なかなか愉快な茶番だったぜトール。ここで死ね」
『お待たせガンちゃん! ララちゃんは前に回り込んでもらったよ!』
「そっか。それじゃあ、もういいか…ボス、あんたにゃ聞きたいことが山盛りだ。言う事聞いてりゃ痛くしねえ、だったよな?」
大男は左手でローラを盾代わりに体の前に置いて、摺り足でオレとの距離を詰める。武術やってんな、こいつ。
ローラが邪魔で、初見殺しの散弾アタックは封印だ。罠を仕掛ける時間もねえ。槍は突けても他の動きは難しい。
「トール、考えはまとまったか? なら、答え合わせだ」
大男は肩にローラを担ぐように身を低く沈め、革靴で床を踏み抜く速度で突進する。
後の先狙いは読まれたが、突きの速度はあいつに勝る。
さあ、受けても避けても無駄だ! どう捌くんだよ!?
突きの狙いはやつの膝だ。脚を殺せば勝機は巡ってくる!
「ぬぅあ!」
ローラ盾での防御が間に合わないと悟ったのか、大男は右拳で穂先を殴りつけて軌道を逸らした。
やつの右拳から血が吹き出すが、床に叩きつけられた衝撃でメルは小さく悲鳴を上げ、オレの手からも槍が撥ね飛ばされる。
右拳と引き換えに槍を奪われた…この野郎、やってくれんじゃねえか。
「諦めろよ、トール。最初から勝負にならん」
「なめんなよ。パシリの手下風情に、このオレが負けるわけにゃ行かねえよ」
「てめえ…何を知っていやがる」
「あんたの上か、そのまた上のヤツに借りが出来ちまってね。返さんことにゃア、おちおちツーリングにも出られねえんだよ!」
相手の目を見据えたまま、じり、と転がった槍と距離を詰める。メルに戻ってもらうか。それとも、切り札はまだ伏せておくべきか。
「トール…お前…その赤毛、灰色の目! クソ!」
なんだよ今まで忘れてたのか? カムイ州じゃ珍しいが、あんたの星じゃありふれてるらしいな。あと少しで槍を蹴り上げて戻せる距離だ。ハッタリでも軽口でもいい、稼げ!
「そうさ。トールも嘘じゃねえが、オレがガンマだ」
「運が良いと喜ぶところか? ボーナス確定だ」
「半分くれたら、ついてってやるぜボス?」
「半殺しにして連れてくさ」
稼いだ! 石突を踏みつけて、一気に槍を跳ね上げて掴んだオレに、大男は狙い澄ました袈裟懸けの回し蹴りを放つ。
やっぱ読まれた!? いや、行け!
蹴り脚が落ちてくる前に、軸足を切り落とせ!
身体ごと前に投げ出して、軸足に穂先を突き入れる直前で蹴りがオレの左脚を床に叩きつける。
骨のきしむ音がはっきり聞こえて、気絶しそうな痛みが背骨を走った。奥歯で悲鳴を噛み殺し、転がって距離を取る。
やべえ、折れちゃいねえが立てそうにねえ。ローラに治してもらいたいが、あいつの盾になっちまってる。
「まだ折れちゃいないだろ。両足折れば、多少は大人しくなるか?」
そうか、こいつだ。空手みたいな格闘技、なぶるような攻撃、そしてオレがケイの称を出したときにこいつは何か心当たりがある風だった。
「てめえか。ララをあんなにした奴は」
「あ? ああ、ケイの女か。そうだ、俺がやった。退屈しのぎにな。そこそこ楽しめた」
あれは、必要以上に痛めつけようとする攻撃だった。決して許せる類のものじゃあ、なかった。
「そうか、てめえか」
脚が痛てえ。それがどうした。
叩きつけられて頭がクラクラする。それがどうした!
立たねえ理由にならねえんだよ!!
「へえ、立ちやがるか。根性だけは認めてやろう」
立てたけど、槍が重い。
下段に槍を構えるのがギリギリ。でも、イカレたのが左なのはラッキーだ。一度なら踏み込める。行くぞ!
渾身の力で踏み込み、穂先を突き出して矢のように飛び込む。これで決められなきゃ、後がない!
突進を読んでいたのか、足狙いで突きかかるオレに対して、大男はローラをオレにぶつけるように潰しにかかった。
重い! 槍で受けるとローラがケガしちまう、避けるにも通路の幅がない!
「まあまあだ。あばよ」
ローラを押し付けられ、二人で床に潰されたオレたちに左足を振り上げる大男。
彼女を殺して、オレを捕まえれば…こいつの仕事は終わる。
つまり、ローラを逃がせば、こいつは逃げられない!
ブン投げたいところだけど、そんな余裕も腕力もねえよ!
やぶれかぶれに槍を投げつけて、上にいるローラを抱えて位置を入れ替えるのが精一杯。このまま踏まれたら、背骨が砕けて人生終了だ。
投げた槍を片手で掴んだ大男の白目がない瞳が、勝ったと笑う。
ああ、オレの負けだ。もう手も足も出ねえよ。
だけどな、それはオレだけだ。
よく見ろよ。
槍とオレの右手の間に、銀のラインが見えねえか?
てめえに掴ませた槍が、どういうモンか見せてやる!
『ガンちゃん無茶しすぎ!』
殺すなよ、メル!!
槍の穂先、石突、柄の左右に掘られたスリット、それら全てから銀の刃が噴きあがり、大男の四肢を切り刻む!
「ざまァ見ろ。下ばっかり狙ってやったから、上はガラ空きだったぜ。レッスンツーだ、覚えとけ」
大男の両手足は、つながっているだけで指一本も動かせるような状態じゃあない。
地球人と同じなら腱を切るに留めるところだが、相手は異星人だ。
得体のしれないワザを繰り出してくるかもしれないので、用心を重ねて近付かないようにした。
「メル、ローラを引っ張ってきてくれるか? ずいぶん酷い目に遭わせちまった」
壁にもたれて座り込んだオレを心配そうに見ていたメルだが、小さく頷いてローラの服を掴み引きずってきた。
「息は…してるな。腕は…脱臼くらいか? まあ、それで済んだら儲けもんだ」
「ガンマ様、こちらですの? これは…こいつは!」
ケイ=ララがやっとお出ましだ。もっと早く来てくれると思ったのに、ひでえなホント。
「いやあ、偶然出くわしちまってな。ララのリベンジ相手ってこいつだろ?」
「え…ええ、この男ですわ」
「悪りぃな。ローラが先走って人質に取られて、このザマだ」
ローラが目覚めるのを待つか…こいつに尋問を始めるか、どうしたもんかね。
通信室で何か見つかればいいが、パッと見で知らねえ文字だから読めやしねえ。
ここで読み込むのは色々と問題がありそうだし、何か…箱にでも詰めて持ち帰るのが良さそうだ。
とはいえ、立つのもままならねえ。歩いたり、荷物を持つなんて無理。ちょっと体重が乗っただけで泣けるほど痛い。
それから十分ほど経って、ババアがやってきた。あまり海賊はいなかったとかで、不服そうに尻尾をぶらぶらさせている。
まったく、代わってほしいくらいだったよ。
うーん、戦闘シーンって難しい。
もっと頑張ろう。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
素晴らしい作品に敬意をこめて。