殴り込みに行こう⑤
地球から月までの距離は、約四十万キロだそうだ。
かつてアポロ十一号は、最高で秒速十キロ…時速だと三千六百キロ。
マッハ百二十って想像もできない速度でブッ飛んだけど、三日もかかったんだ。
そんな距離を、だ。オレたちは三時間くらいでカッ飛んじまってる。
いったい秒速何キロなんだ? 指が何本あっても足りねえよ! 誰か計算してくれ!
いや、それより、そんなことより教えて欲しい。
そんだけスピード出して、ブレーキ無しで衝突して…このポンコツ着陸船は無事でいられるのか!?
全員仲良く汚ねぇ花火ってヤツじゃねえのか!?
重力等化装置とやらで重さが消せても、慣性はそのまま残るんだぞ!?
童貞のまま人間宇宙魚雷なんてイヤああ!
死ぬ前にババアでいいから一発お願いしておけば良かったあああ!
《行くにゃ行くにゃ…そうれ、どーん!》
ババアの楽しそうな掛け声。
それと同時に丸太みたいなポンコツ着陸船は中世の破城槌か、エイハブ船長のモリみてえに敵船の右舷中央に突き刺さった。
《あっはは! さすが海賊狩り! 派手にやりますわ!》
ララは口笛でも吹きそうなくらいゴキゲンな歓声を上げる。
ところでオレは…どうして生きてるんだ?
《魔法障壁と物理装甲の貫通を確認ですー。気密結界も抜けちゃったっぽいですねえ》
《ガンマ様は宇宙服着てますし、問題ありませんわね》
また魔法なの? そろそろキレてもいい?
《あーガンマさん魔法障壁って知らなかったですもんねー。衝撃力をすごーく減らしちゃう魔法なんですよー》
くっ…この喋り方、ムカつく…!
けど、それで理解できた。魔法障壁ってやつは宇宙塵やデブリとか呼ばれるモノの衝突を防ぐものなんだろう。
曲がりなりにも惑星間航行する宇宙船だ。そういった防御も標準装備ってことか。
それでも衝撃はかなりキツかった。踏ん張り損なったら、投げ出されて貨物室中を転げ回ったに違いない。
ふと見れば、いまや操縦室はスクラップ同然だ。
窓枠がひん曲がり、計器盤や床のパネルからはちぎれた電気配線が飛び出して、あちこち火花が散っている。
《おうい、ガンマと小娘ども。こっちは船尾側をいただくにゃ》
《かしこまりましたわ。船首側をいただきますわね。ああ、そうそう。船長以外はいかがします?》
《どっちでもいいにゃ。皆殺しでも半殺しでも、適当で》
《では、そのように》
ララとババアはピクニックの買い物分担を相談するみたいな気軽さだ。これが強者の余裕ってヤツなんだろうか。
オレの視線に気づいたララは、豹のように微笑むと槍を目の高さに上げて横に薙ぐ。
《前回は女官長を守りながらで不覚を取りましたの。せっかく生き残れたんですもの、復讐戦は女の意地ですわ》
こりゃあ、殺る気だ。
ローラに短く一礼したララは、敵船への突入口以外に使い道を失った操縦室を悠然と進んでいく。
話し方も歩き方も、普段と変わらない。けれど、背中からでも分かるくらいに殺気を放っている。
《オレたちも行くぞ。メル、頼む》
『うん!』
オレは右手から飛び出した槍を掴み、メルは穂先になった。
ここから戦場…二度目の殺し合いだ。一度目より、少しは動けるだろうか。
いや、動くんだ。師匠の理合いを思い出せ。
身体中から脂汗がにじんでくるが、大丈夫だ。前より周りが見える。無我夢中ではなく、考えられる。これなら大丈夫だ。
ローラに目で合図して海賊船の中に踏み込んでみると、着陸船が突っ込んだことを差し引いても、イメージ通りにボロくて汚かった。
重力が利いて普通に歩けるのは有難いが、宇宙服のヘルメットがなければ悪臭に閉口したに違いない。
できるだけ足音を立てないよう、五感を研ぎ澄ませつつララの後を追って進む。
通路は点検ハッチやドアがあって、宇宙船の構造について予備知識のないオレには地雷原を歩くような気分だ。
通路の突き当りまで進むと、最初の犠牲者が横たわっていた。
ララの重い槍で殴られたのだろう、爬虫類のようなウロコの肌に汚れたシャツ姿の海賊が左の肩口を胸まで潰されている。
そいつは腰に短刀のような武器が鞘に納まったまま、顔には驚愕の表情を張り付けて死んでいた。
まだララに追いつけない。情報を得るのが主目的である以上、速攻で制圧するのがベストだと思うが…どこまで先行したんだろう?
まあ、オレはオレでやるか。狭い通路で槍使いが二人いても、お互い邪魔になるだけだ。
《ローラ、大丈夫か?》
《はい、なんとか…よく平気ですね?》
ローラはさっきの死体に少し怯えているようだ。
これっぽっちも平気じゃない。怯えていいなら、そうしたい。
泣いてもいいのは、泣けば助けてもらえるヤツだけだ。そうじゃないなら、泣いても仕方ないんだ。
《ガンマさ、》
ローラが目を見開いて警告の声を上げようとするが、彼女の後ろにも赤褐色の岩のような姿の海賊が短剣を振り上げている。
だが、問題ない。
脳内スイッチ・オン。
『メル、ローラを避けて前のヤツを射貫けるか?』
『だいじょうぶ。後ろはどうするの?』
『ローラの目に映ってる。石突にスパイク出してくれ、オレがやる』
脳内スイッチを切ると同時に、メルの穂先は銀のラインを曳いて弾丸のように飛ぶ。
そしてオレは槍の石突を後方斜め上に突き出す。
《ん後ろ…っ!?》
前後の海賊はそれぞれ眉間と胸の真ん中を貫かれて、声も無く崩れ落ちる。
《ローラ、教えてくれて助かった。まだ何人かいると思って進もう》
《えっ…あ、はい》
長く話すと頭がひどく重くなるが、短く収めれば脳内会話は何度か使えると移動中の経験でわかっている。
あまり頼りきる事はできないが、オレにとって数少ない切り札だ。
《そんなバケモノでも見たような顔すんなよ。これでも必死なんだ》
《あっ…ごめんなさい。ちょっと、びっくりして》
《それと、ローラ。ララに追いつくのは難しいかもしれない。オレたちはオレたちで情報を探した方がいいと思うんだが、どうだろう?》
リベンジに燃えて職場放棄の護衛さんは、鉄砲玉みたいに飛んでった。
海賊船どころか宇宙船の構造も知らないオレとしては、少しでも知ってそうなローラを案内人に情報を集めたいところ。
《そうですね…ララを呼んでしまうと、海賊も一緒に呼んでしまいますし…》
《いいこと考えた。海賊だけ呼ぼう! ローラ、冴えてんな!》
オレたちは適当に近くのドアを開けて、三畳間ほどの物置部屋を選んだ。
《ローラ、ここって空気あるのか?》
《ええ、臭いですけど有毒ではありませんし、ガンマさんも呼吸できます》
よし、条件クリア。
ヘルメットを脱ぐと、ちょっと目にくる刺激的な臭いがするけど予想通りなので我慢だ。
じゃあ、楽に戦おう。ローラ、メル、耳貸してみ?
ひそひそ。こしょこしょ。
「うわ…悪辣というか…控えめに言って卑怯というか…」
「ガンちゃん悪い顔してる…」
なにを言うんだ君たちゃ。勝てば官軍、負ければ賊軍と言うだろうに。連中は最初から賊なんだから、こっちが官で勝つことは既定路線だ。
だったらあとは、いかに安全に、楽に勝つか。それを追求すべきだろう?
と、いうわけでメル君。やりたまへ。
「はーい。よいしょ」
「では、ローラ君。打合せ通りに頼むよ君ィ?」
「うわぁ…すごく気が進まないんですけど…」
「ゲヒャヒャヒャ! そんな泣き言、聞かねえよォォ! こっちにゃ久しぶりの女なんだ! 売り飛ばす前に、たっぷり味見してやるァ!」
「いやーっ! たすけてー! 誰かー!」
ローラさん、あんた大根だ! そんな芝居で客の心を打てると思っているの!? メル、手本を見せてあげなさい!
「ここにゃ誰も来ねえよ! オラァ、痛い目にあいたくなけりゃ、大人しく股ァ開けってんだ!」
「イヤぁ! あたし、そんなのできない! お願い、やめてぇ! ひどいことしないで…ッ!」
おお…想像以上の…メル…恐ろしい子…っ!
あ、もういいよ。あとはバケツとか叩いて暴れてるっぽい音を出してれば…
「おい、そこで何して…」
ほら、かかった。
入口のちょうど良い高さに、メルの鉄骨でもゼリーみたいに切る極細ラインを張っておけば…この通り。
「ゲヘヘヘ、女だって!? おい、オレにもやら」
これでララが倒した一人を足して、五人か。居場所がわからないババアとララを探すのも…どうしたもんか。
「いやガンマさん、これどうするんですか!?」
「別にどうもしねえけど? ババアの見立てだと、この船には十人くらいだって話だった。予想が当たってて、順調ならもう制圧が終わると思うんだ」
「まあ…そうですね」
「なので、提案としてはローラの勘で通信室とか船長室みたいな、情報がありそうな場所を探したい」
「ずいぶんフワッとした提案ですけど…」
言うな。勘とか、みたいなとか、フワフワなのはオレが一番わかってる。
おや足音が。
「な、なんだこりゃ! てめえ、よくも仲間をやっ」
うーん。楽なのはいいけど、これかなりエグいな。本当にラクなんだけど。
あと、異星人でも血は赤いんだな。せまい物置の床一面が血だらけだ。
「メル、ありがとな。もういいぞ」
「はーい。こんな手にひっかかるんだねえ」
「こんな手に引っかかるような連中だから、食い詰めるんだろうさ」
首切りワイヤーなんて、使い古された罠だ。だけど、効果があるから使われるし、使い古されるってことだ。
まして、自分の家である船に罠が仕掛けられるとは思うまい。
「ここを出て、それっぽい場所を探そう。ローラ、何か心当たりあるか?」
「うーん…海賊船に乗るのは初めてですし…あ、でも船体の機関部とか外見で判断できる部分もありますから…重要区画は、こっちじゃないかな?」
先行するローラを、いつでも引き倒して守れるよう左手を空けて、挟み撃ちされた反省から後ろも見つつ歩く。
かなり集中力を必要とする移動で、宇宙服の中が汗でぬめる。肌着とパンツは着ておくべきだったかもしれない。これは…サウナスーツだ。
「たぶん、ここが通信室じゃないかなって思うんですけど…」
方向音痴に自信があるオレとしては、すでにここが船のどの辺か見当もつかない。ローラがそういうなら蹴破るまでだ。
「うし。誰もいなくて、欲しい情報が確保できれば最高だけど…なッ!」
槍を杖にして身体を支え、棒高跳びのように両足で両開きのドアを蹴ると片方が音を立てて倒れた。
戸口から室内を覗くと、ヘッドセットやマイクと思われる機械、ボリュームスイッチみたいな円柱状のツマミと計器がいくつか並んだ機械が据えられている。
「通信室…か?」
「そうです! あれ通信機ですよ! 何か役に立つものが…きゃあっ!」
「バカ、いきなり入るな…って、これだもんな…」
証拠集めに気が急いたのか、止める間もなくローラが無造作に部屋に飛び込んで…ドアの陰から飛び出した大男に、腕を後ろに捻じられた。
ぬおお…ローラあああもおおお!
ヌなんかとかさん大根だから紅天女を演じられないスね。
長引いちゃったので分割してます。次回はこのあとすぐ。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
素晴らしい作品に敬意をこめて。




