殴り込みに行こう④
椅子もねえ。窓もねえ。振動以外の刺激もねえ。
音だけは、あるけれど騒音ばかりで楽しくねえ。
オレこんな船、嫌だァ~♪ オレこんな船、嫌だァ~ ってか?
明るい操縦室のリア充さんたちを眺めていると、暗い貨物室の、さらに光の届かない奥に押し込まれた我が身を嘆いてしまう。
なんという無慈悲なコントラストであろう。いや、いいんだ。メカニックというのは裏方んだ。
思えばバイク仲間で原付レースに挑戦しようとチームを結成した時も、その界隈で貴重な女子にモテたのはライダーでメカニックではなかったよ。
ふふ。マシンが恋人さ…もしもしメルちゃん? うん、オレ。ちょっとさみしいから帰ってきて? 宇宙きれいだからイヤ? うん…がまんする…
海賊の本船とのランデブーって、どのくらい時間がかかるものなんだろう。
オレの知る常識だと、打ち上げ時の軌道上に海賊船がいるのなら最短でランデブー可能だ。
そういう軌道計算…してなかったような気がする。
オレが寝てる間に計算してたんなら、ローラあたりからランデブー予定時間教えてくるよなあ。
つまり、ノリと勢いで「出発だァ!」って、やっちゃったワケだよなオレら。うわヤバくね?
ヘタこいたら、地球何周することになるんだ? もしもしメルちゃん? ローラこっちに来るよう言って! いますぐ!
「ずいぶん贅沢な呼び出しを受けた気がします! 精霊様を艦内電話みたいに! そろそろお知らせに来るつもりでしたから、いいですけど!」
貨物室は相変わらず騒音がひどいので、怒鳴り合わなきゃ会話にならない。
ああ、君らの信仰上の問題に関しては、オレの問題ではないからノーコメントだ。
「単刀直入に聞くけどな!? 海賊船との接触は何時間後なんだ!?」
「あと一時間です! 宇宙服を用意してますから、そろそろ着替えてください!」
はい? 言ってる意味わかんねえんですけど。軌道計算って知ってんのかオルゥァ!?
「なに怒ってんのかわかりません! 説明したじゃないですか! 重力等化装置で船の重さ消してますから! あとはガンマさんのエーテル使いまくって力技で最短コース直進ですよ!」
だからその重力等化装置って何よ。単語だけで説明したとか思ってんじゃねえぞ。一時間あんなら説明しろや!
「ヒマじゃないですから手短に説明するとですね! 物の重さを、ある程度自由に調整できる機械です! いま、この船は重さがゼロで推進力だけある状態ですよ!」
今さらなに言ってんですか、とローラが腰に手を当ててため息をつく。
そして思い出したように貨物室に転がっていた木箱を開けると、でかい袋を担いでこっちに放り投げた。
「その中に宇宙服が入ってます! もう精霊石から手を放して大丈夫ですから、着替えてこちらへ! ヘルメット以外は普段着てるツナギと同じですから!」
言うだけ言って去っていくローラの後ろ姿を呆然と眺めた。
お、重さをゼロにしたぁ? 重力等化装置ぃ? 等化って等価…イコール…イコライズ…イコライザー!
そうだ、イコライザーだ。ミニコンポについてたアレだ。高音伸ばしたいとか、低音効かせたいとか調整するヤツ。
グラビティ・イコライザーってことかぁ…もうちょっとパッと聞いて伝わる言葉にしてほしかった…重力調整とか制御とか。
ともあれ、納得し難いが理解した。切り替えていこう。
でかい袋の中身は宇宙服だと言ってたな。
どれどれ、と開けてみれば手袋やブーツ、ベルトといった装備品がそれぞれ紙袋に包装されて詰められている。
ああ、どれもSサイズだ。元のオレはXLだったのに、子供に戻ってしまったんだなあ。てか、宇宙服本体のツナギ…サイズ表記にKIDSって書いてあるんですが。
これ、この着陸船にあったモノ…だろうな。どうせ略奪品なんだろ。そんでサイズが合う奴いねえから、新品で放置されてたんだ。
くそ。いいよ着替えるよ! もしもしメル? 着替えるから戻ってこい。ダメ。戻りなさい。
ああ、オレの中でNASAとかアストロノーツとかスペースマンといったロマンが崩れていく。
いい加減この貨物室の振動にも慣れたので、宇宙服の着替え自体は特に困らず終えることができた。
上半身はぴったりフィットで、ズボン部分はニッカボッカみたいに太ももが膨れて動きやすい。それはいい。表面が銀色テカテカなのも構わない。
かのマーキュリー計画でも、超音速の男アラン・シェパードらの宇宙服はそうだった。航空宇宙史の偉大な先人と似ているのは、ちょっとだけ嬉しい。
だけどこれ、すごいペラいんだけど。レプリカじゃないよね?
「もー早く脱いでったら! もっと見たいのー!」
わかってるよオレだって見たいんだから。でもどこまで脱げばいいのこれ? パンツはセーフ?
メル知ってる? だよね、知らないよね。もういいやマッパで。パンツ穿いて怒られても、脱いでダメなことはないだろ。たぶん。
宇宙服っぽいツナギに着替えたが、お股が妙に落ち着かない。
いやいや、アポロ時代だって宇宙飛行士はオムツだった。ならばオレもこれに慣れるしかないのだ。
それに、これから殴り込みだ。下半身の不思議な背徳感を気にしている場合ではない。
「ガンちゃん、この服だとあたし出られないよー」
あ、そうか。右手にグローブするとメルが出られねえ。でも右手だけ素手にしちゃっていいのか? メルだって呼吸するんじゃないの?
「あたし息しなくても平気だよ?」
そういや精霊ですもんね。
じゃあ、右手はグローブ無しで、袖まくって…その辺のダクトテープ巻いとこうか。我ながら雑だねどうも。
それじゃリア充…いや操縦室に行こうか。
「さて、着替えたけど状況は…うわ…こりゃあ…」
着陸船の操縦席から見えた景色に絶句した。
息をのむ美しさ、という陳腐な言葉しか出てこないが、それ以上の形容詞が出てこない。 左舷に広がるのは海の青と、陸の茶と緑。大気の薄衣を離れると、ただ黒一色の宇宙だ。地球の昼側だから星が…見えねえのか。
「来たにゃガンマ。そろそろ月が見えるにゃ。敵は双つ月の姉側の周回軌道にゃ」
へえ、双つ月が姉妹…そういう伝承があるのか。オレはこの世界の事を何も知らんなあ。
ああ、半円を描く地平線から月が昇る。
あれが姉妹なら、神々しく輝かんばかりの美しさだ。
月を思った世界中の詩人と宇宙科学者たちは、いったい何度夜空にため息を漏らしたのだろう。
「敵船を捕捉しました。接舷まで四十分、進路そのまま。私は走査魔法の干渉を開始します。あとはララ、お願いね」
「承知しましたわ。お疲れ様ですガンマ様、空いてるお席にどうぞ…もう少しの間だけですけど、遊覧飛行をお楽しみくださいな」
ありがたい。今だけは、外見相応の子供に戻って…この夢のような景色を眺めていたい。
ああ、ここが宇宙。
子供の頃に憧れて、大人になって…忘れてしまった夢の場所。
だけど、これから戦いに行くんだ。
夢の場所で殺し合いをする。それはもう覚悟した。
「まあ、気負うにゃ。尻は支えてやるにゃ」
ババアに頭をぐしゃっと撫でられた。そこまでガキじゃねえよ。
…その、つもりだよ。
「童貞を捨てといた方が良かったかもにゃ?」
うるせえな。そのでかいの押し付けんな。いまスイッチ入ったらマズイだろ!?
「そしたら、景気付けに抜いてやったにゃ。お前にゃんか十数える間に飛ばすにゃ♡」
「それは是非に私も参加したいですわね♡」
「もう、お二人とも! そろそろ接舷ですよ、強引に捻じ込むんですから準備してください!」
「おやおや。今代の女官長は強引なのがお好みとはにゃあ」
「そういうのも嫌いじゃありませんわ♡ …と、本当にそろそろですわね」
バカ話で盛り上がってる間に海賊船はゴマ粒ほどの大きさから、細部が見て取れるまで大きくなっていた。
ババアは小船だと言っていたが…十分にでかい。装甲機関車より、余裕で二回りは大きくないか?
宇宙では遠近感が狂うというが、本当だ。精密な模型のように、手に取れるんじゃないのかと思うのに距離があるんだ。
「推力停止。慣性航行で衝突コースに乗ってますわ。あと二分」
「衝突ゥ!?」
「殴り込みにゃ。お行儀よくドアを叩いて接舷するワケにゃいぞ? じゃあ、先に行くにゃー」
ババアはひらひらと手を振って貨物室のハッチに向かう。
そういやこの着陸船、エアロック…なかったよな…
「それじゃガンマ様、ヘルメット被ってくださいな…っと」
ララが操縦席から立ち上がって、金魚鉢みたいなガラスのヘルメットをオレにカポンと被せた。待て待て、お前らもババアも宇宙服着てないだろう!?
「ご心配ありがとうございます。でも、お気遣いなく。ジヌ=メーア様はクァールですから、真空でも問題ございません」
「お前らは!?」
ローラも立ち上がり、にっこり笑って何か言おうとしたが、タイミング悪くババアがハッチを開けたのか、船内の空気が暴風のように流れていく。
《ガンマさーん、聞こえますかー?》
空気が無くなるというのに、ローラはその中で笑顔のまま暢気に間延びした話し方だ。
《あと一分で敵船に衝突しますのでー、後ろの方に行きましょーう》
金星人も空気ナシで生きていけるの? 気圧とか宇宙線とかある…んだよね?
《私たちはー、半日くらいですねー》
なんなのこの適当な宇宙。いや金星人の方か? 半日も高真空に耐えられりゃ十分すぎるわ!
《さあ、ちょっと揺れますけど心の準備をしてくださいましね?》
《にゃっはははははは! そうら、突っ込むにゃーっ!》
『ねえガンちゃん、ずっごくドキドキしてるけど平気?』
平気なワケあるかァ! メーデー! メーデー! 宇宙童貞が衝突事故に巻き込まれます! メーデー!!
もう助からないぞ♡ (メーデー民)
今回短いですが、続きはできるだけ早めにアップしますー。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
素晴らしい作品に敬意をこめて。