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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第一章 修理屋のガンマ
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槍使いのガンマ④

 そういや親方って戻ってきてないよな、と湯呑を片付けながら思い出した。

 社長に連行されて作業場の裏で「お話」と言う名のヤキが入ったんだろうなあ…なんだかんだで一時間半は経ってるはずなのに、戻ってこないということは…嫌な予感がする。

 バケツに水汲んで、あと台車押して探しに行こうかね。段取り七割だ。


「親方ぁー? 生きてますかー?」


 作業場の裏に回ってみると、案の定だ。廃材の陰に、見覚えのあるズボン穿いたケツが浜に打ち上げられたトドとかアザラシみたいに転がってやがる。

 バケツの水で起きるなら良し、起きなきゃ担げないから台車に乗せて運ぼう。


「親方ー?」


「うーん、ガンマぁー起きられん、たすけろ…」


 起きてんじゃねえか。なに遊んでんだハゲ。社長なんかとっくに帰ったぞ。修理代が入ったんだから、さっさとツケの清算しないとダメだろ。

 え、起きられない? ははあ、なるほど。廃材の間に変に引っかかっちまって腹の下に手が回らないと。


 仕方ねえケツ、いや親方だなホントに。ゲロ臭くて泣きそう? そりゃ自分のヒゲから臭ったら逃げられねえよな。

 トイレにも行きたい? 親方ぁ…あんたそれ、その腰の動き…もう、とっくに限界だッ! もう手遅れだ…そのモジモジした動きは、爆発直前の動きだッ!

 あんた、そいつを爆発させてみやがれ…ふたつ吹っ飛ぶぜ…あんたの尊厳と、オレの敬意ッ! おいやめろ、締めるんだ! 死ぬ気で締めろってんだよォォッ!


*****


 クソったれめ。

 あのオヤジ、締めろっつーのにやらかしやがった。


「親方ぁ…もう泣くなって、よぉ…」


「…もうマジ無理…」


 そりゃオレのセリフだ。大便、いや代弁してくれたんならありがとよ! 


「しばらく酒、禁止な。少なくとも一週間は禁止。一口でも飲んだらオレにも考えがあるぞ」


「…なんだよ考えって」


 可愛さのカケラもないから、その自分の毒にあたったフグみたいな顔やめれ。ふくれっ面するなら、せめて…いや、言うまい。それは無慈悲に過ぎる。

 だが、この機会は活用する。奇貨というヤツだ。奇貨おくべし。慈悲は無い。


「考えその一、見習い給料からの賃上げ」


「ぐむ…」


「その二は、将軍にチクる」


「それだけは勘弁してくれ!」


 親方は将軍の名前出せば一発でビビるな。そんなに怖い人か? そりゃ日頃から仁義がどうとか、ヤクザみたいなこと言ってるけどオレから見れば好々爺っつーかハゲたエビス様みたいな笑った顔の作りした爺様だ。


 もっとも将軍の下にいる連中は、筋肉パンパンの山賊みたいなヒゲでハゲだからビジュアル的に子供が泣く。なんというか野獣オーラがムンムン。

 ジャンク屋の事務っ娘が「視られただけで妊娠させられる」と怖がるって三代目がボヤくレベル。もしオレが女性だったら、同じ危機感を共有していたのやもしれぬ。


「酒を飲まなきゃ済むハナシだよ。それとも、この場で昇給してもらえるんスかね?」


「む、むむむ…」


「それならそれで構いませんけど。でも、見習いじゃなくなったら雑用の半分は、親方やってくれるんでしょーね?」


 この作業場は半年前、相当にひどい有様だった。道具は散乱し、資材の在庫は誰にもわからず、書類仕事は滞り、納期もずさんの一言。

 腕は立つから仕事だけは来るけれど、ドンブリ勘定と勢いでえいや! という昭和のダメな下町工場っぽい経営感覚だから慢性的な自転車操業だった。

 それを見習いであるオレが小遣いみたいな薄給で再建しつつあるのが現状なんだ。


 具体的には道具の定位置管理(使ったものは元の場所に戻そうね)と、在庫管理(鉄板が残り少ないから発注しようね)と、書類仕事の検算といったところか。

 それに加えて普通に修理仕事もやってるんだから、これは一人前の給料もらってもバチはあたらないんじゃないか?


「まぁ、今日はこんなだし…明日受け取りの仕事があるだけだから、上がっていいスか?」


「むぅ」


 うし。こんだけやれば、少しは職場環境健全化が進むだろう。けっしてこの作業場が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。

 だからこそ、ちゃんと儲けてほしい。不当な値段で職人の腕を安売りしてほしくないし、余裕のあるスケジュールならオレも仕事を教えてもらえる。

 そういうわけだからメル、親方に同情しちゃいかんよ?


『うーん、難しいことはわかんないけど、親方さんがお酒飲まないと思うの?』


 いや、ぜんぜん思わない。親方ときたら、酒! 飲まずにはいられないッ! だから。脱脂用のメタノールに手を出したら危ないから、エタノールに交換したのはオレだ。


『じゃあ、飲んだらどうするの?』


 どうしようねえ…ヒゲ剃って、角ばったゆで卵みたいな顔にしてやろうか。


 ともかく、今日の仕事は午前中で終わり。午後休ってやつだな。下宿に戻ったら、どうしても今後の心配事ばかり考えちまう。


「メル、ちょっと寄り道しよう」


『え? ごはん屋さんに行かないの?』


「ああ、気晴らしに海に行こう。魚釣って、適当に焼いて食おうぜ」


『お魚? 釣る?』


「ああ。釣りっていう、魚を取る遊びだ。せっかく時間あるんだ、港に行けば何か釣れるだろ。教えてやるよ」


『食べられるお魚を取って遊ぶの? 楽しそう! 行こうガンちゃん!』


 おうよ、と自転車のペダルを踏んでイシカリの港を目指す。ここからだと、自転車でも二十分かそこらで釣り場に着くだろう。


 入り江を活かしたイシカリの港は、貿易と漁業で中々に賑わっている。今日は釣りが目的なのでヒゲハゲ軍団がウロついているスクラップヤードの方には行かず、漁船が係留されている方に向かう。


 潮周りが良さそうな桟橋の角に自転車を停め、メルに作ってほしいものを説明する。

 通称「オモック」という、鉛の重りに釣り針を取り付けただけの適当…シンプルなルアーだが、これが不思議と釣れる。

 釣り竿はメル本体に、リールと釣り糸は銀のラインを極細にしてもらう。

 あとは魚の誘い方も教えて、釣れたらバケツでも作ってもらうとしようか。


『これでいいのかな?』


 むにむに、と手のひらからオモックが吐き出されたので、出来を見ると良い感じ。うん、オレの説明も上手くなったがメルも、もの作りの勘がついたなあ。


「ばっちり。それじゃ、試してみようか」


 釣竿になったメルにオモックをつけて、ひょいと放れば音もなくラインが放物線を描いて飛んでいく。釣り糸が絡まることもないし、これもまた夢のように素晴らしい釣り竿だ。


「ここでも釣りができるなんてなあ…」


『仕掛け? が海の底に着いたみたいだよ』


「じゃあ、教えた通りにラインを引いてみようか」


『はーい。えっと、くいくいっ、すー、くいくいっ、すー』


 そうそう。「くいくい」で軽く竿を煽って、魚の注意を引くんだ。

 「すー」で仕掛けを沈ませて、食いつくスキを作ってやる。食いついて来なければ、仕掛けを放る方向や距離を変えてリトライ。

エサなしで釣れるから、とっても楽ちん。オレの場合はメルがいるので完全に手ぶらだ。すげえな、チートってやつか?


『ん!? なんか引っかかった!』


 おお、さすが異世界。魚がスレてない。よしよし、慌てないで竿を立ててラインを引くんだぞ。

 何が釣れたのかね…? うわホッケだ! 初夏に湾内で釣れるのかこんなの。オレいま、こっちに来てメルの次くらいに異世界っぽいと思ったよ!


『すごい! お魚取れた! これが釣り?』


「うん。ちなみにホッケは開いて、少し干してから焼くと旨いぞ」


『もっと釣るよー!』


 食いしんぼスイッチが入ったらしい。桟橋で座ってるだけで、竿(メル)がフルオートで仕掛けを投げ、魚を誘って釣り上げまでやってくれる。

 オレの仕事は魚をバケツに入れることと、何の魚なのか説明することだけ。


「メル、もう昼飯と晩飯のおかず分は釣れたから帰ろうぜ」


『えー? 楽しいから、もっと釣りたいよー』


「楽しいのはスゲエわかる。でも、釣って殺すんだから、食べる分だけにしないとな」


『…そうだね。食べる分だけでいいね』

 

 食いきれずに腐らせてしまうのは、無駄な殺生というものだ。そして、ほどほどに釣るから楽しいんだ。具体的には、たくさん釣りすぎて捌くのが重労働になる。

 魚の頭が生ゴミ入れに山盛りとか、軽くホラーだぜ…美味しいからやっちゃうけど。


 バケツを自転車のカゴに入れて、オレたちは港から浜辺に出た。砂浜は大して広くないが、流木だけは豊富に転がっていて焚火するのに困らない。

 ツーリングで海辺キャンプに行ったら、やっぱり焚火が楽しかったもんだ。

 仕事道具のナイフと、中年時代(なんか嫌な言い方だな)に吸ってたタバコのライター、ポケットの中の綿クズで簡単に種火が熾せる。


 拾った板切れをまな板代わりにホッケやらサバやらを捌いて、バケツの水で洗う。


「海腹川背って言うんだけどな、ホッケはなんで背開きなんだろうな」


「それなあに?」


「海の魚は腹の側で開いて、川の魚は背中から開くってこと。理由はオレも知らん」


「ふーん。ねえガンちゃん、あたしも焚火いじりたいよ」


「おう。好きなだけいじれ。あんまり薪突っ込むと火が大きくなりすぎて魚が焦げるから、そこだけ気をつけろよ?」


 小枝を持ったメルが焚火をつついて遊ぶのを眺め、アシの早いサバをこの場で焼く支度を進める。サバは良い大きさのが三匹釣れたので丁度いい。

 この浜に転がる流木には、川の上流に自生する笹竹がけっこう多い。これを串にして、三枚にしたサバの身に刺して焚火で炙り焼き。絶対旨いだろこれ。


「よーし、できた。メル、焚火を囲むようにこの串を挿してくれ」


「おー! 串焼き!」


「ひとり三つな。旨そうだろ?」


「わーい!」


 海辺で焚火して、釣った魚を焼いて食う。波と焚火のはぜる音と、煙と潮の香り。そこに魚が焼ける匂いが加われば、それは最高の癒しだ。

 砂浜に寝転んで焚火を見れば、表面に泡を吹きながら食べごろ一歩手前の串がある。いいなあ。穏やかな気分だ。


「ガンちゃんいい匂いだけど、まだ? お腹すいたよ」


「もうちょっと」


「ねえ、まだ?」


「魚は逃げねえよ。あと少し」


 よだれが垂れそうな表情で串焼きを睨むメルにつられて、焼き加減を凝視してしまう。もういいかな。オレも腹ペコだ。


「よし、もういいだろ。食べようか」


「いただきまーす!」


 串焼きならメルは一人で食べられる。髪をまとめてから串を旗竿みたいに砂に差して、背伸びして上から齧りつくというスタイルだ。タンクトップ汚すなよ?


「らいひょうぶー」


 ほんとお前は旨そうに食うなあ。でも、食べながら喋っちゃいけません。


『だいじょうぶー』


 おお、こいつワザ使ってきた…! それなら食いながらでも喋れる。画期的なアイデアだ。たぶん何も考えてないんだろうけど。


 久しぶりに釣った魚を食って大満足だ。やっぱりサバみたいな青物魚は旨いな。肉厚だから食い応えあるし、引きも強いから釣っても楽しい。


「ごちそうさまー!」


「旨かったか?」


「すごく美味しかった! いつもより美味しいくらいだったよ!」


「そりゃそうさ。メルが自分で釣ったんだぞ? 旨いに決まってる」


「釣りってすごいね。楽しいし美味しいもん」


「気に入ったなら、また来ような」


 小枝を竿に見立てて、魚が掛かった時の言葉にし難い楽しさを、なんとか言葉にしようと「ぎゅいい」とか「しゃばば」と擬音だらけで思い出しているメル。

 こんなに喜ぶなら、もっと早くこういう時間を作ってやれば良かったな。いや、そうじゃない。これからも一緒に釣りに来よう。

 そのために必要なことを、必ずものにするんだ。


 食休みも良い頃合いだ。

 時間も三時を過ぎて、ぼちぼち帰ろうかと焚火の始末を考えているとメルが名残惜しそうに竹串を集めている。


「それも焚火に入れて燃やしちまえよ」


「えー…せっかく作ったんだもん、もったいないよ」


「また使う時に作ればいいって。竹なんかいくらでも落ちてるだろ?」


「うーん…じゃあ、一本だけ持って帰りたい」


 そんなに気に入ったのかな。

 荷物になるものじゃなし、ツナギの胸ポケットなら自転車に乗っても邪魔にならんだろう。

 そう思って竹串を受け取ろうとしたけど、メルは串をオレの右腕の中にすいっと沈めた。それは水面に差し込んだように何の抵抗もなく、感触もない。


 ちょ、いまのなに!?


「え? 取り込んだだけだよ?」


 いや取り込んだって、木っつーか竹だよ? 植物じゃん。金属じゃなくてもイケんの?


「いやいやメルさん、オレかなりビックリしてるから。ていうかね、今朝だけどお腹から金貨出したよね? あれどうやったの!?」


「うん。だから、こうやって」


 やっぱり例の超次元ポケッツだよ。猫型のアレと似たようなやつだよ! メルえもん! これはこれで別のヤバみを感じる! 

 うちの子が知らないうちに特殊能力に目覚めているゥ!


「お、おう…それさ、入れたものはどうなるんだ?」


「そのままでも戻せるし、削ったりもできるよ。鉄とか鉛とかだったら、けっこういろいできる!」


 オモック作ってもらったからな。金属の加工ができるのはオレも知ってた。


「…じゃあ、ここにある砂とか、水や空気は?」


「砂はもっと細かくできるけど、石にはできないと思う。お水と空気も取り込めるけど、お湯にしたりはできないかなぁ」


 取り込んだ素材が石なら、砂にするのは可能。砂を石に戻すのは不可能か。


「たとえば、海の水を取り込んで塩と真水できる?」


「混ざっちゃってるのは無理かなぁ。空気を吸い込んで、ぷーってするのは得意だよ!」


 気体や液体に圧をかけて噴射できる、と。


「もうひとつ。取り込んだものの重さって、どうなるんだ?」


「わかんない。でも、ガンちゃん重たくないでしょ?」


 いけるぞ。あとひとつ揃えば、誰にだって何にだって負けない形が作れるかもしれない。ババアは戦うなら殺せと言うけど、オレはそうしたくない。

 少なくとも今は、そういう結果を拒否したいんだ。だから、勝てなくてもいい。

 絶対に負けない形を作って、何をしてもムダだと思い知らせるんだ。


「急に黙っちゃって、ガンちゃんどしたの?」


「メル、オレたちの戦い方な、見えてきたかもしんないぜ」


「ほんと!? どうやるの!?」


 首をかしげて訝しげに覗き込んできたメルが、ぱっと顔を明るくする。


「まずはこの辺の砂と海水をぐわーっと集めるんだ! がばーっと行けがばーっと!」


「…え?」


「いいから! 遠慮すんなブワーっとやれ!」


「ちょっとガンちゃん、なに言ってるのかわかんないよ!? そんなことして何になるの!?」


「ふははははは! 鼻ァあかしてやんぜババア!」


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