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龍と神に贖罪を。  作者:
出会い
32/32

31 友達

エイナル先生の用意した紅茶とお菓子をゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ後でぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。


私の元に脅迫まがいの手紙が届いたこと。それと同じ封筒、文字のものがリリアンの元へ届いたこと。それについて尋ねたけれど、リリアンはまともに答えてくれなかったこと。そして、そんなリリアンと距離を置いたこと。

……本当は、心配で、無理矢理にでも聞き出したかったのに、リリアンが言う友達という言葉も嘘だったのかと落胆して、自ら手放した。それを、後悔していること。


何より1番悔しいのが、つい昨日出会ったばかりの人間に本質を見破られ、痛いところを突かれたことだ。

私はいつもそうだった。

言いたいこと、思っていること、どう感じていたか。それを全て隠して、否定される事を恐れて、否定される前に距離を置く。

それを繰り返している癖に、「私はいつも孤独だ」「みんな裏切るから」……だから、生きている意味などないのだ、と。

惨めな自分を消し去る事で、今度こそ幸せな未来が来るんだろう、と受動的に過ごす。

それで何が変わるのだろうか。

変わらないよな。


変わらないんだよなぁ。

わかってる、けど。


「そうですね。貴方は、なにも語らない。本当に言うべきことを言わず、かと言って取り繕うわけでもなく裏返しの言葉を使う」


裏返し、のつもりはないのだけれど。

それってなんだかツンデレみたいじゃないか。私はそんなんじゃないから。そう、断じて違う。


「でも、気がついたではありませんか。自分から変わろうとしなければいけないということに」

「でも……」


どうしたらいいのかがわからない。

そう訴える前に、エイナル先生が私の肩に手を乗せた。


「とにかく、紙に書き出してみませんか? 自分がなにを考えているのか、どうしたいのか。以前の自分がどういうことをして後悔したのか」


はい、と差し出された紙は、裏表どちらも一面真っ白で、何の装飾もない。


「私、この世界の言葉書けないよ」

「おや、私にも見せてくれるつもりだったのですか? それも良いですけれど、1番は貴方自身が悠陽さんのことを理解するべきなのですよ」


だから、貴方の使う文字で大丈夫。

そう言ってエイナル先生はソファに座り、読書を始めた。長い足を組んで背をソファに預けたエイナル先生は、動こうとしない私に言及することはなかった。

もしかしたら、ここで書いていてもいい、ということなのだろうか。

試しに隣に座ってみても、なにも言わない。

じゃあ、ということでそのまま筆を進めることにした。


一人でいると、きっと暗い道に進んでいってしまうから。







そうして、私は自分の思いを書き記した。

 エイナル先生は静かに字を追いかけるだけで、ずっと動くことは無かった。

 ちらりと顔を窺うと、本から目を離して見つめ返す。


「ありがとう、エイナル先生。私、なんだかスッキリした。

 でもね、やるべきことはわかっても、それをやってみるのは……」


 続けようとした言葉が、変わらないための言い訳であると気づいて口を閉じる。

 エイナル先生はゆっくりと本を閉じると、体の向きも私に合わせる。

 きちんと向かい合って話をしてくれるエイナル先生は、なんだか兄のような安心感があって、つい甘えてしまいそうになる。

 私には、兄なんていないけれど、もしも兄がいたのなら、こうして相談をしたりしていたのだろうか。

 今の私とは違った私がいたのだろうか。


「そうですね。変わることは、とても勇気が要ることです。誰だってそうです。

 だから、恥じることはありませんよ。しかし、無かった事にしてはいけないのです。

 逃げてもいい。ただし、目を逸らさないでください」


 私の恐れを肯定したエイナル先生の言葉に、無意識に胸をなで下ろした。

 前までは、逃げてはいけない。逃げは敗北だ。そんな言葉で雁字搦めにされていた世界で生きていた。

 結局私はどうしたのか、まではどうしても思い出せないけれど。


「私、もう後悔したくない。独りは、嫌だって、気が付いたから」


 強がっていただけだった。

 惨めになりたくないから。辛い思いをしたくないから。裏切られたくないから。

 そうなる前に、それを引き起こす要素を削ぎ落とした。

 馬鹿だな、私は。

 それじゃあ結局、孤独の苦しみが続くばかりじゃないか。

 そんなことに気が付かないフリをして、強さの方向性を間違えていた。


「はい。少しずつで良いのです。

 無理をしないで、ありのままを伝えれば、きっと大丈夫ですよ」


 へらり、と安心させるように笑ったエイナル先生の顔は、無理矢理に口角をあげたせいで痙攣している。

 たまに見せてくれる笑顔とはまるで違うそれに、苦笑いで返す。

 下手くそだけど、先生なりに私の背中を押してくれた。


「嬉しいことも、苦しいことも、悲しいことも、幸せなことも、何だって聞きます。

 あまり、思いを塞いでしまわないでくださいね」


 私以外に話すのでも構いませんが、と続けるエイナル先生に、ありがとうの笑顔で別れを告げる。

 決意をしたその瞬間に行動するのがいい。

 勢いに任せないと、きっとずるずると先延ばしにしてしまう。

 そうなったらもう今までの私と変わりがなくなってしまう。


 変わるんだ、私は。









 揺れるわたあめのような桃色に群がる男を押しのけ、長く伸びた白の細い腕を掴む。

 驚きに目を開く彼女をそのまま連れて、走り出す。

 男たちは最初は文句を言おうとするが、私が神子であると気が付いた途端に大人しくなる。

 この世界の人間の信仰心は、かなり強いらしい。

 

「ねぇ悠陽、私、しばらくは」

「話を聞いてほしいの!」


 私から距離を置こうとするリリアンの言葉を遮る。言葉の強さにリリアンは閉口する。

 私たちは走るのをやめて、初めて出会った噴水前のベンチに腰掛ける。

 それまでの間は、終始無言で歩いていた。

 魔法を使って逃げたりしないのは、リリアンの素直さをよく表していた。


「リリアン。どうして、私から距離を離そうとするの」

「離そうなんて」

「リリアン、私はね、ずっと自分に嘘をついていた」


 私の言葉を聞いて、リリアンは怪訝そうな顔をする。

 私の一言は、私のことを深く知らない彼女にはまだ理解できないだろう。


「私ね、ずっと友達がいなかった。作ろうとしなかった。傷つくのが怖かったから。

 本当は寂しかった。誰かと一緒にいて、笑ったりしたかった」


 リリアンは、私から目を逸らすことはしなかった。


「ずっとね、自分にも平気だって思いこませていただけだった。だからね、本当は、リリアンとだって、本当は…………、ギクシャクした関係なんて、嫌なんだよ……あんな、突き放すような、別れの言葉を言ったけど! でも……!」

「もう、わかったよ……」


 そう言ったリリアンは、眉が垂れ下がって瞳が揺れて、今にも泣きだしそうだった。

 私も、今までの思いを、後悔と共に吐きだすことで一緒に涙が溢れ出しそうになる。


「初めてなんだ……。失いたくないって思った、友達……。初めての、友達」

「私もよ、悠陽。傷ついてほしくないの。こんな顔をして欲しくて離れようとした訳じゃないの」

「手紙のせい、だよね」


 一瞬、身を固くしたリリアンは、一つ二つ深い呼吸をすると、手紙を取り出した。


「この手紙に、脅迫めいた言葉が並べられていましたの」

「私から離れるように、って?」


 申し訳なさそうに頷くリリアンを見て、小さくため息を吐いた。

 これは呆れだとか怒りだとか、そういったものではなく、安堵のため息だ。


「実は、私のところにも手紙が届いていたんだ。

 私のところには、テッドから距離を取るようにっていう内容の物だったかな」

「テッドから? ということは、テッドのファンからということかしら。でも、それにしても神子である悠陽に脅しをかけるなんて、異端者と呼ばれてもおかしくない行動だわ」


 桃色の髪を撫でながら思考に集中するリリアン。彼女の髪に未だに飾られているバレッタを見て、自然と笑みができる。

 ずっとポケットに隠し、日常生活ではつけることのなかったバレッタを、私の金色の髪に乗せた。

 これで、私たちは本当の友達だ。信じてみることを、これからは恐れないでいたい、と思う。


「犯人の目的がわからなくなってしまったわね。こうなったら、とことん一緒にいるわよ、悠陽。

 って、そのバレッタ……」

「私たち、本当の意味でのお友達でいたいから。だから、その」


 急に気恥ずかしくなって、頬が熱くなる。熱い頬を冷ますように手で覆い隠すのと同時に、語尾が尻すぼみになっていく。

 ぱちくりと目を瞬かせるリリアンの睫毛の長さに集中して、何とか頬の赤みを引かせようとする。


「悠陽、私、悠陽となら何だって我慢できるわ。たとえ、ここが地獄に変わったとしても」

「え」


 突然の百合百合しい発言(本人はそのつもりはないだろう)に一瞬だけ引いてしまったのを、咳ばらいをして誤魔化す。

 冷静になり切れていない頭を必死に動かし、リリアンに提案をする。


「もし良かったらだけど、私の部屋にしばらくいてみたり、とかしない? ほら、近くにエイナル先生もアロンド先生もいるから、いざとなったら心強いよ」

「そういえば、そうだったわね。とても魅力的な物件ですわ」

「まぁ、お嬢様のリリアンには窮屈かも」

「そんなことありませんわ!」


 力強い否定の言葉に仰け反りながら興奮を冷ますように諭す。弱体化魔法でも使ったのかと思うほどに耳へのダメージが加わった気がする。とても迫力のある反論だった……。


 耳を押さえて唸る私を気にもしないで誰かと連絡を取るリリアンは、OKサインを私に送る。

 どうやらお泊りの許可を貰ったらしい。


 通信を終えたリリアンは、お泊り道具を揃えたら私の部屋に行く、と言い残して転移してしまった。

 ……どうせなら、私のこともお部屋まで転送してくれたら良かったのにな!


 そんな事を思いながらも、実際はリリアンとの意思の疎通ができた喜びの方が勝っていた。

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