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第八章「業火の強襲」

第八章「業火の強襲」

                 1


 ――その日、竹箒を手に表を掃いていた真帆は、黒塗りの乗用車が相次いで三台、通りの向こう側に停車するのを不思議そうに見ていた。

「……っ!!」

 運転席、助手席、左右の後部座席から一斉に降りて来る黒服の男たちの姿を目にした真帆は、箒を胸に抱いたまま、びくりと肩を竦ませる。

 男たちの顔には見覚えがあった。

「――真帆……?」

 背後から声を掛けられ振り返ると、ちょうどこれから巡回に行くところだったのだろう診察鞄を手にした隼人が歩いて来る。

「ハヤトくんっ!」

 真帆は箒をかなぐり捨て、すぐさま隼人の許に駆け寄った。

「どうしたんだ?」

 真帆は酷く怯えた様子で、隼人の白衣にしがみついたまま、わなわなと震え出す。

「……」

 ふと通りの方に目を向けると、――黒服の男たちが十数人、兇悪な表情を浮かべて続々とこちらに向かって来ている。

 静かに目つきを鋭くした隼人は、彼女を背後に隠しながら言った。

「真帆、みんなを呼んで来い」


                 2


「大変だッ!!」

 僕と琢磨が部屋でのんびり将棋を指していたところ、入り口のドアが蹴破られるかのような勢いで放たれ、和明が大慌てで転がり込んで来た。

「おいおい、どうしたんだよ? そんなに慌てて」

 和明は肩で息をしながら、焦燥に満ちた声で言う。

「――龍神会の連中がッ、報復に押し寄せて来た!!」

 思わず驚いて将棋盤を引っ繰り返す。パラパラと音を立てて駒が床に散らばった。

「なんだとッ!?」

「今、ハヤトくんが表で交戦してるらしい!」

「チッ、おいユーキ! 俺たちも行くぞ!?」

「あ、ああッ……!」

 僕はすぐさま、ホルスターと弾薬入りのポーチを身につけ、琢磨・和明と共に部屋を飛び出した。同じく廊下の向こうからやって来た真帆・梨香と合流し、五人で迎撃に向かう。

「全くあいつらときたら、今日という今日は許さないわよッ……!」

 胴田貫を担いだ梨香が、怒りを露にして吐き捨てる。

「俺たちが能力者と知れば、さすがに手出しは控えると踏んだんだがな。どうやら連中の馬鹿さ加減は、予想以上のもんだったらしいぜ」

 ゴキゴキと首の骨を鳴らしながら、琢磨は不敵に笑う。

「真帆ちゃん、相手は何人ぐらい?」

 和明の問いに、真帆が答えた。

「た、たぶん、十人くらいですっ……!」

「隼人は大丈夫なのか?」

「ああ、そりゃあ心配ねぇ。あの程度の雑魚なら、あいつ一人でも十分だろう」

「それに関しては、私も同意するわ。隼人は一見デスクワークっぽいけどね、たぶんアンタより強いわよ? ユーキ?」

「そ、そうか」

「ひょっとしたら、もう終わってる頃合かもしれねぇぞ」

 そんな琢磨の言葉に期待をかけながら、廊下を走り抜け、玄関から外に出る。

 しかし、――そこで僕らを待ち構えていたのは、まるで予想外の事態だった。

“……!?”

 何かが焼け焦げる、異様な臭気が目や鼻の粘膜を衝く。

 灰色の煙が濃霧のように充満し、視界全体が酷く曇っていた。

 煙の向こうにところどころ茫と灯った、オレンジ色の揺らめく光。

 風に巻かれて靄の一部が晴れ、光源の正体が顕わになる。

 視覚がそれを捉え、認識すると同時に、唖然とした。

 都合三台の自動車が、轟々と猛り狂う劫火に包まれ、激しく爆ぜている。

 自動車だけじゃない。近くにある建物からは一斉に火の手が上がり、電柱は熱によって飴細工のように捻じ曲がっている。街路樹は木の葉の変わりに無数の火の粉を散らし、周囲の至る所が燃え盛り、凄まじい熱気によって辺り一面が陽炎に覆われていた。

「な、なんだこれ……」

 恐らくはその場に居合わせた全員が、同じ疑問を抱いたはずだ。

 まるで焼夷弾による集中爆撃でも受けたかのような惨状。

 理解が追いつかない。まさかこれも、龍神会の奴らがやったことなのか?

「――隼人ッ!!」

 梨香の声に促され、僕らは煙の中で茫然と立ち尽くしていた隼人の後姿を発見した。

「お、おいッ! どういうことなんだよこれは!?」

「一体、何が起こったの!?」

 素早く駆け寄って、口々に現状の説明を求める。

 だが、隼人は放心したように虚空を見つめながら、とりとめのない声を発した。

「俺にも、わからん……。突然、目の前が火の海になって……」

 彼の額から流れ落ちる冷や汗を目にして、今更ながらに只事じゃないと思い知る。

 そのとき、立ち込める黒煙の中から、不意に人影が躍り出た。

「……ッ!」

 黒服の男たちが三人、いずれも龍神会の組員だ。

 僕は梨香・琢磨と共に、咄嗟に警戒して構えを取る。

 だが直後に、なにか様子が変だと気づいた。

 彼らの表情は、何故か恐怖に引き攣っている。

 髪の毛は千々に乱れ、着ている衣服は焦げてボロボロだった。

「たっ、助けてくれぇええええええ――っ!!」

 戦意など欠片も窺えぬ姿で、泣き叫ぶように懇願しながら、僕らの方に駆けて来る男たち。まるで追いかけて来る何かから、必死で逃げているかのように。

「ひっ、ヒィイイッ!? ……くっ、来る!?」

 男の一人が背後を振り返り、絶望に歪んだ叫びを上げた。

 ゴーッと唸りを上げ、何かが風を切る音。

「う、うわぁああああああああああああ――――ッ!!」

 次の瞬間、熟したスイカを思い切り叩き潰したかのように、真っ赤な液体と激しい火花を撒き散らして、男たちの頭が一斉に弾けた。

「――――」

 人の命が絶える瞬間……。生まれて初めて目の当たりにしたそれは、悲しみや深い感慨なんて抱く余地もなく、いっそ滑稽なくらいに呆気ないものだった……。

 首の無い死体が、地面に立ったままくたりと枝垂れて静止している。よく見れば頭どころではなく、鎖骨から胸板にかけてまでの部分が、ごっそりと抉り飛ばされていた。

 地面に根を生やしたかのように直立していた死体が、バッと炎に包まれ、メラメラと炭化して崩れ落ちる。そして、その背後から――。

「南無阿弥陀仏……」

 そいつは、ヌメリと、――陽炎の中から浮かび上がるようにその姿を現した。

 筋骨隆々の巨大な体躯、つるりと禿げ上がった頭、赤と黒の袈裟衣装を俗っぽく着崩して、首からは骸骨を模した数珠繋ぎを掛けている。

 地獄の炎を身に纏う、異形の僧侶がそこに居た。

「――プロメテウス!?」

 梨香の発した驚嘆の声に、空かさず振り返る。

「知ってるのか?」

「……ええッ」 

 胴田貫の柄を握り締めた彼女の手は、ガタガタと震えていた。

「――十二年前、九州地方で猛威を振るい、主だった都市を火の海にした……ッ。最低最悪のヤツよ……!」

「なっ!? それじゃあ、こいつが!?」

 梨香は青ざめた表情で、厳かに首肯した。

「この男は『OLYMPOS』に君臨する、神の一人」

 思わず息を呑む。

 圧倒的な存在感と気迫を放った僧侶は、滲むように邪悪な笑みを浮かべて僕を見た。

「――久しぶりだな、異世界の少年よ」

 僧侶の言葉に、今度は他の者達が一斉に驚いて僕を見る。

「もっとも、逢瀬は一度きりだ。お互いによく覚えてはいないだろうがな?」

「……っ!」

 僕はその言葉を聞いて理解した。

 五年前、ティアラを連れ去った五人の内の一人に、似通った背格好の男が居た。

 あれがこの“プロメテウス”だったのだ。ということは――。

「そうか……。僕はアンタたち全員と、面識があったんだなァ!」

 がっしりと大木のような腕を組んだ僧侶は威圧を込めて言った。

「父なる霊石を渡せ。其れは神より賜いし異能の(コア)童子(わらし)の手には余る代物だ」

「父なる霊石? 一体何のことだ……?」

 耳慣れぬ単語に僕が訊き返すと、業火の魔神は少々意外そうな顔で顎に手をやった。

「フゥム。とぼけている、というわけでもなさそうだな」

 僕の隣に立った隼人が、低く押し殺した声で言った。

「ユーキ、お前がその胸に着けている宝石だ!」

 僕はブローチに手をやって、ティアラの形見であるそれを握り締めた。

「これが、父なる霊石……?」

「ああ。理由はわからんが、どうやらそれが奴の目的らしい……!」

「――大人しく差し出せ、というのがこういった場合の常套句だと思うのだが、個人的には是非とも抵抗して貰いたい。そうでなくては、あまりにも退屈なのでな?」

 巨漢の僧侶は、そんなふざけたことをのたまってクツクツと不気味に笑う。

 だが、どうする――?

 もちろん本心では手放したくないに決まっている。しかし……。

 改めて目の前に立った“怪物”を見る。

 これは単なる先入観などでは、決して無い。

 全身から漲るその凄まじい妖気。殺し合う事を愉悦とする者の熾火のような眼光。

 ……こいつ、本当に人なのか?

 一刻も早く逃げ出すべきだと、本能が全身全霊を懸けて警告してくる。

 こんな化け物を相手に、勝算があるとは思えない。

 この場は素直に要求を呑んで、然るべき手段を整えてから再戦を申し込むというのも、一つの手かもしれない……。

 そんな僕の考えは、次の瞬間あっさりと断ち切られた。

「――渡すことなんかないわよ?」

 大胆不敵。既に臨戦態勢を整えていた三嶋流の女剣士は、凛とした態度で言い放った。

「その石にどんな価値が秘められているかなんて、私には判らない。私が知っていることは唯一つ。それが、どうせロクでもない目的に使われるってことだけよ!」

「梨香……」

「――同感だな」

 白衣の彼は千里先まで見通すような鋭い目をして、僧侶を睨む。

「裏を返せば、『OLYMPOS』のトップが直々に参上するほど、その石は奴らにとって重要な意味を持つということだ。そんなもの、むざむざとくれてやるわけにはいかんな」

「隼人……でも」

「まぁ、そう難しく考えるこたァねーや」

 金髪の悪童は挑発的な笑みを浮かべながら、ぽんと僕の肩に手を置いた。

「――テメェの持ち物を寄越せと言って来た奴が居る。俺はそいつが気に食わねぇ。だから力で捻じ伏せる。ただそれだけの話だ。相手が神だろうがダニだろうが、そんなことは関係ねぇ」

「琢磨……。このブローチは、僕がティアラから貰った物なんだけど?」

「お前の物は俺の物、この際そういうことにしといた方が得するぜ?」

 僕は首を捻って和明の方を向く。

 彼もその童顔に賛成の意を込めて、こっくりと頷いてみせた。

 小さく袖口を引かれる感覚に気づき、ふと背後を振り返る。

 真帆が恐怖を堪えるようにぎゅっと眼を瞑ったまま、僕の袖口をつまんでいた。

「ありがとう、みんな……」

 僕らのやりとりを傍から見ていた異色の坊主は、ぺちんとその禿げ上がった頭を叩いて闊達に哄笑した。

「いやはや天晴れ! 誠、諸君らの気構えは称賛に値するぞ!!」

 隼人が一歩前に立ち、怪入道と向き合った。

「但し場所を変えさせてもらうぞ。ここは手狭だ」

「よかろう。では何処に参る?」

 僧侶の問いに答えることなく、隼人は虚空を掴み取るかのようにその手を伸ばし、――

「……“空間転移(Jump)”」

 ――彼の一声と共に、僕は刹那の浮遊感に見舞われた。

 頭上に奈落へと通じる亀裂が走り、そこに向けて垂直に堕ちてゆくような、本来有り得ない重力の流れ。それは異次元跳躍の際に体験した感覚とも少し似ている。

 だが、今回のそれは本当に一瞬だった。

 瞬く間に目の前の景色が切り替わり、足元に大地の感触が戻る。

 気づいたとき、僕は広い草むらの中に立っていた。

「――っ!!」

“……今のが、テレポートというやつか”

 辺りを見渡すと、少し離れた場所に大きなコンクリートの廃墟がある。

 壁はひび割れ、植物の蔦が絡まってはいるが、その外観には、なんとなく馴染み深い雰囲気が残されていた。

「ここは……学校?」

 ということは、僕が今立っている場所は校庭か。

 隼人以外の全員が、きょろきょろと辺りを見回して、現状の把握に努めていた。

「ほぅ、貴殿は空間操作の使い手か」

 業火の神が興味を示したように、白衣の長身に細い狐目を向ける。

「これはまた驚いたな。まさか、我が主と同じ能力を持つ者が居たとは……」

 僧侶が何気なく口にした〝主〟という単語に、隼人の表情が一瞬険しくなったのは僕の見間違いではあるまい。

「フゥム、周囲百メートル圏内に障害物は無し。我ら異能の民には相応しい戦場だ」

 僧侶は正面でむっつりと腕を組んだまま、左右に視線のみを流し、

「此処ならば、存分に愉しめそうだな」

 そう言って低く笑う。……申し訳ないが、そうはさせない。

 僕は空かさず身を翻し、懐のホルスターから拳銃を抜き差した。

 自分でも惚れ惚れするほど完璧なタイミングと、迅速且つ的確な動作。

 周囲の仲間たち、そして銃口を向けた怪入道の瞳が、驚愕に見開かれる。

だが僕の眼に映る彼らの反応速度は、間抜けなほどに緩慢だった。

 やるなら今しかないと思った。この怪物と彼らをまともに戦わせてはいけない。

 この男はあまりにも危険すぎる。戦えば、必ず仲間内から負傷者が出るだろう。

 皆が僕のために戦うことを選んでくれたときから、決心していた。

 一瞬だ。すべてこの一瞬で、片をつける。

 この僕が……――――殺すッ!!

 閃光と怒号の目まぐるしい連鎖反応が、虚空を焼き払う。

 宣戦も、警告もなく――僕は純然たる不意打ちによって、僧侶の体躯に都合六発の凶弾を一息に撃ち込んだ。

 額・顔・首・胸・腹・股。人体における主な急所すべてを、殺傷力抜群のマグナム弾によって穿ち、僕は完膚なきまでに、眼前の敵を抹殺した―――――――――――――――――――――――――――――――――――――はずだった……。

「なっ!?」

 何故だ、どういうことなんだ……そんな馬鹿なッ!?

「嚇しのつもりか、少年よ?」

 射殺したはずの僧侶が、何事もなかったかのように佇んでいる。

 信じられないことに、満身無傷だった。

 それどころか口元に歪んだ笑みさえ浮かべ、どこか満足げに片目を開けて、プロメテウスは僕を視察する。

「ウゥム……今の動きは実に素晴らしかったぞ? いくら不意のこととはいえ、この小生でも見切れなんだ。これがもし実弾であれば、あるいは危なかったやもしれんな?」

 そんな入道の発言に、僕は一層困惑する。

 彼奴が何かしらの能力を発動させて銃弾を防いだ、というわけではないということ。

 つまり、これは僕の単純なミス……。

“僕が、狙いを外した――!?”

 いや、それこそありえない。決して自惚れているわけではないと思う。

 実際、試し撃ちの際は全弾命中させていた。

 射程距離もあのときから伸びているということはない。標的に至っては、あのとき用いた空き缶一個の、およそ二十倍の面積はあろうかというような巨漢の図体だぞ。

 無論たとえ憎むべき敵とはいえ、人を殺すということに躊躇いがなかったかと問われれば、首を傾げざるを得ないところは確かにある。

 だが、しかし――それにしたって六発も撃って、あんなデカイ的に掠りもしていないというのは、いくらなんでも異常だ。

「ユーキッ!!」

 握った拳銃に目線を落としたまましばし呆然としていた僕は、切羽詰った梨香の声でようやく眼前へと迫る脅威に気づいた。

 眩しいほどに赤熱した炎の塊が、轟々と渦を巻きながらこちらに飛んで来る。

「……しまっ!?」

 避けられない、そう思った瞬間、ガッと襟首を掴まれ、後ろに引き倒された。

 刹那に僕の顔面すれすれのところを、火炎の砲弾が猛然と通過する。

 その凄まじい熱気が鼻っ面を撫で、一瞬、本当に顔が焼けたかと思った。

 炎の塊は遥か後方に着弾し、激しく爆風を上げて地面に大きなクレーターを作る。

 僕は梨香に受け止めて貰いながらごろごろと地面を転がり、九死に一生を得た。

「何やってんのよ、このバカっ! 死にたいの!?」

 ともすれば唇が触れてしまいそうな至近距離で彼女に一喝され、僕は冷や汗に塗れながら慌ててかぶりを振った。

「今のはほんの意趣返しだ……」

 僧侶はほくそえみ、壇上に上がった指揮者の如く、両手を大仰に広げてみせる。

「――さて、それでは始めようではないか! いざ、尋常でない勝負を!」

「あー、一人で盛り上がってるとこ悪いんだがよぉ?」

 まるでこの場にそぐわぬ軽佻な声で、琢磨が不意に口を挟んだ。

「ハゲオヤジ、ちょいと訊きてぇことがあるんだ」

「ン、何だ?」

 侮辱するような悪童の呼びかけにも、業火の魔神は雲煙過眼に応対した。

「龍神会の連中は、テメェがもうみんな殺しちまったのか?」

 怪入道はふと顎に手をやり、難しい表情をして首を傾げる。

「はてな……そういえば、袖に掛かった露をいくらか払ったような気もするが、如何せん小生も久々の戯れを前に少々気が昂ぶっておったものでな? 癇に障ったか?」

 琢磨はにぃ~っと笑って、緩慢に首を振る。

「いんやぁ、ぜぇんぜ~ん? むしろ手間が省けた。感謝するぜ?」

「そうか、フッフッフッ……!」

「ハッハッハッハッ!」 

 不気味に睨み合い、沸々と邪な笑みを交し合う二人。

「ついでと言っちゃあ、なんだがよぉ……?」

 琢磨は突然カッと瞳孔を見開き、鋭い毒牙を剥き出しにして猛った。

「――テメェもさっさと逝っちまいなァア!!」

 空かさずその場に屈み込み、地面に掌を押しあてて咆哮する。

電撃威華(エレクトロ・キリング)――ッ!!」

 強力な電磁波によって、琢磨の金髪が一斉に逆立った。

 黄金の火花が迸り、バリバリと凄まじい音を立てて地面を抉り飛ばしながら、稲妻の奔流が一本の太い線となってプロメテウスへと突進する。

 対する魔人・入道も、豪腕を振るって大地に鉄槌を打ち込んだ。

気炎万丈(きえんばんじょう)ッ!!」

 極限の熱気によって周囲の草花が瞬く間に蒸発する。

 業火の濁流が大地を焼き払い、怒涛の勢いで稲妻の矛を迎え撃つ。

 自然の摂理においては、電気と炎が相対することなど決してありえない。

 しかし共に“PSI派”をベースとして創り出された両者の能力は拮抗し得る。

 雷と炎が真っ向から激突し、瞬間、青白い閃光の華が咲き誇った。

「ぐぅッ、うぉおおおッ……!!」

 想像以上の手応えに、琢磨は電撃の出力を一気にフルパワーまで引き上げる。

 しかし。

「――フン、その程度か」

 同じく火力を上げながら、プロメテウスは琢磨の全力を容易く受け止めていた。

「参る」

 琢磨の雷遁を押さえ込んだまま、異形の僧侶は奥深いヴァリトンボイスを発した。

 彼の背後、そして頭上の空間から、無数の“鬼火”が夢幻の如く出現する。

十字砲火(じゅうじほうか)!!」

 縦横十文字に風を切り、火炎の剛速球が一斉に唸りを上げて全方位から襲い掛かった。

「チィッ!」

 放電を打ち切った琢磨が後退し、隼人が叫ぶ。

「ユーキ!! 召喚()べ……ッ!」

 遍く虚空を引き裂いて、聖なる光輝をこの手に掴む。

「――女神の盾(アイギス)!!」

“父なる霊石”から貸し出されし女神を守るための盾が、ドーム状に僕たちを包み込んで劫火の強襲を阻む。

 集中爆撃が大気と地面を伝って轟々と骨を揺らし、炸裂音が鼓膜を叩きのめした。

 鬼火が盾の表面に次々と着弾し、火花を散らして猛然と爆ぜる。その光景を半透明のシールド越しに内側から眺め、僕はその圧倒的な威力を前に、歯を食い縛って戦慄した。

 黒煙と土埃が風に流され、業火の魔神が、ゆらりと仁王立ちの姿で眼前に現れる。

「……絶対防御の障壁か。これは少々厄介だな?」

 言葉とは裏腹に、プロメテウスは不敵な笑みを浮かべていた。

 アイギスの内側では、隼人が速やかに陣頭指揮を執る。

「先鋒は琢磨と梨香、和明と真帆は後衛だ。中継は俺が引き受ける。――梨香、精神感応で今から俺と思考を繋いでおけ。追って作戦を伝える。あとは必要に応じて各々の脳裏に要項を伝達しろ」

「わかったわ!」

「――琢磨は梨香と協力して、とにかく奴を引きつけてくれ。少しでも長く時間を稼ぐんだ。その隙に俺がなんとか策を練る」

「おう、いっちょ派手に暴れてやるよ」

「――和明と真帆はこの場に留まって遠距離から二人を援護しろ。但し、俺の側からは絶対に離れるな」

「了解!」

 和明が呼応し、真帆は黙ってこくこくと頷いた。

「隼人、僕は?」

「ユーキもこの場に残り、盾を維持したまましばらく待機」

 全員の役まわりが決定し、隼人が号令を達した。

「散!!」

 僕が一旦アイギスを解くと共に、琢磨と梨香は勢い良く飛び出し、和明と真帆は素早く隼人の後ろに就いた。僕は隼人の隣に立ったまま、再びアイギスを展開させる。

 左右に大きく広がった琢磨と梨香は、互いに円を描きつつ疾駆し、双方からプロメテウスを挟み撃ちにする。

侵掠如火(しんりゃくぎょうか)

 炎の幕が入道を中心として幾重にも展開し、巨大な津波となって二人に襲いかかった。

「――雷遁結界(ライトニング・ベール)ッ!」

 雷光の羽衣を身に纏った琢磨は、激しい稲妻の息吹を盾にしながら、燃え盛る炎の渦中へと強引に割って入る。

 しかし、梨香はそうもいかなかった。

 空かさず胴田貫を抜刀し、長尺の太刀に捻りを加えた一薙ぎによって炎のカーテンを振り払うも、続けざまに押し寄せて来る第二波、第三波まではとても対応できない。

「くっ……!」

 巨大な壁となって空間を覆い尽くす劫火の進撃に翻弄され、女剣士は歯噛みをする。

 それを見て、僕は彼女の欠点を理解した。

 超感覚系の能力者である梨香には、盾となるものがない。得物はあくまでも近接格闘用の日本刀であり、それも相手からこれほど距離のある状態ではほとんど意味を成さない。

 いくら彼女が超人的な身体能力の持ち主とはいえ、円転自在に襲いかかる炎の波を躱すことは、物理的に不可能なのだ。

 攻略するには、琢磨のように盾で防ぎながら強行突破する以外方法はない。――

「心頭滅却!」

 寄せては返し、纏わり憑く炎の障気を懸命に振り切って前に進もうとする梨香。

 しかし生き物のように蠢動する炎は、彼女を捉えたまま微細な動作の間隙を潜ってじりじりとその懐を侵し掠める。火の粉に焼かれて穴だらけになった衣服から、少女の白い素肌が艶やかに露出していた。

「……ッ!?」

 炎のベールに気を取られ、梨香は背後に出現した死の気配に一瞬気づくのが遅れた。

 ゴォーッと音を立て、少女の甘い血肉を貪るべく渦を巻いた鬼火の存在に。

 まずい!

 そう思った瞬間、既に隼人は動いていた。

「“空間歪曲(Warp)”――」

 波風一つない水面を掻き立てるが如く、空間が波紋状に歪んで、邪悪なる炎はその亀裂へと吸い込まれる。梨香はその隙に後退し、荒れ狂う業火の海から大きく距離を取った。

 彼女にとって、今回の敵は相性が悪いようだ。

「梨香ァアッ!! お前は下がってろッ!!」

 稲妻を身に纏い、彼自身が一筋の閃光となって怪入道の間合いへと切り込みながら、琢磨は叫んだ。

「――電光散華(ライジング・シャウト)ッ!!」

 劇的な雷鳴と共に網目のような電孤(アーク)が虚空を侵蝕し、激しく乱舞する。

 稲光の華がすべてを焼き尽くす大火と衝突し、猛烈な衝撃波が大地を揺るがした。

 地表が剥がれ、土砂となって四方に飛び散る。焦がす炎と、砕くイカヅチ。

 赤と黄の鋭い閃光がぶつかり合って、粉雪の如く白銀の火花が散った。

「すごいッ……!」

 アイギスの内側からその光景を眺めていた和明は、感嘆の吐息を漏らした。

 僕も頷いて同意する。

 今のところ、両者の力はほぼ互角。……それどころか、琢磨の方が押しているようにさえ見える。否が応にも期待感が高まり、僕は拳を握って意気込んだ。

「このまま行けば、勝てるかもしれない!」

 しかし、一方で隼人は、険しい表情のまま厳かにかぶりを振る。

「……いや、奴はまだまだ遊んでる。対する琢磨は最初から全力だ。コップ一杯の水とタンク一杯の水、共に同じだけの量を排出し続けたら、どちらが先に底を尽くと思う? このまま行けば、琢磨の能力はあと五分と持たないだろう。発動限界が訪れ、奴が琢磨に興味を失ったら最期だ」

 事実として、そのことを誰よりも良く理解しているのは当の琢磨自身だった。

「ッ……!」

 ――勝ち目がない。

 普段、自信に満ち溢れたこの悪童がそう思うほどに、相手の力量は圧倒的だった。

 傍から見れば一進一退の攻防と取れるかもしれない。だが、当人である琢磨には、自分が明らかな手加減を受けているということが身に沁みて分かった。

 だが、それが分かっていて尚、これ以上はどうすることも出来ない。

 その心情はなんとも悔しく、意外なほどに空虚なもので、彼は“あぁ、これが敗北感というものか”と、生まれて初めて感じたそれを奥歯でしっかりと噛み締める。

 思えば生まれてこのかた、喧嘩において手加減をされたことなど一度もなかった。

 手加減をするのも、圧倒的な力の差を見せつけながら笑みを浮かべるのも、自分の立場だったのだ。

 これまで自分が叩きのめしてきた小悪党どもは、きっとこんな気分だったのだろうと自嘲する。

 しかし、これはまた、なんとも不思議なものだ。――……

 敵わないと悟った途端、心の奥底からぐつぐつと湧き上がって来る野心。

 琢磨は激しく燃えていた。魔神の業火は何も物理的なものだけを燃やしているのではなかったのだなと、ユーモアに富んだ考えが脳裏を掠める。

 己の役割は、隼人が策を練るための時間を稼ぐこと。こんな怪物を倒すための段取りなんて、自分には到底思いつかないが、そこは隼人を信用するしかない。

 ならば己は、大船に乗ったつもりでその役割に徹しよう。

 暴れるだけ暴れて、存分に注意を引きつけてやる。後先のことは考えない。勝つか負けるかもこの際どうでもいい。自分はただ、眼前の強敵に思い切りぶつかるだけだ。

 こんな感覚、雑魚が相手では到底味わえない。

 そう思えば、自然と口元に笑みさえ浮かんだ。

 あわよくば倒してやろうと意気込み、琢磨は心機一転、凄まじい気迫を放った。

「オラオラオラァアア!! 死に晒せぇえええ、こんのッ、クソ坊主ぅうううう――ッ!!」

 稲妻の矛先を伸ばし、フェンシングのように高速の突きを繰り出す。

「ン、ヌゥウッ……!」

 魔神もそれに合わせ、火炎放射の連打を弾き出した。

 眼にも留まらぬ速さで激突し、瞬く間に砕け散る無数の矛先。

 稲妻の穂と火の粉が無茶苦茶に交差して飛び散り、破片が僅かに頬を掠める。

 一筋流れ出た血を舌で掬って舐め取り、琢磨は不敵に眼を輝かせた。

 息も吐かせぬ嵐のような攻防の中、怪入道は昂揚し、豪胆に笑った。

「なんたる気合ッ! なんたる闘志かッ! 気に入ったぞ、少年よッ!!」

 壮大に両腕を掲げ、業火の邪神は高らかに謳う。

「――我らの許に来い! さすればその力、まだまだ伸びるッ! 望みとあれば、貴殿の仲間らにも優遇の手引きを施そう! 我流でこれほどの気質を誇る貴殿であれば、いずれは神の御座に加わることも難しくはあるまいて! 機は熟し、新世界の幕開けは近づきたり! 共に紫の空を仰ぎ、我ら“神人類”の栄華を祝おうではないか!」

 しかし琢磨はそれを鼻で笑って、易々と言葉を返した。

「坊さんらしく宗教の勧誘か!? それなら当分間に合ってるぜッ! 俺はテメェと、その仲間以外は一切信用しないタチなんだ!」

「何故だ! 我らの力が如何なる志の下に生まれたものであるかは、貴殿も既に承知の筈ッ! この力は侵す為のものだ! 森羅万象、遍く人類の悉くを屈服させ、付き従えるべく授かった力だ! 故に我らは、世界を統べる権限を有した選ばれし者であるのだぞ!?」

 魔人僧侶は目尻を引き裂き、その凄まじき気迫を奮って壮言を吐いた。

「――(えん)(じゃく)(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんやッ!! 無能な凡俗どもの狭間に伍することなど断じて無意義だ! 神にも等しきその力、使わぬ道理がどこにある!? 憚る道理がどこにある!? この力を持って天下を極め、思うさま振舞う事こそ、我ら異能の民にのみ許された究極の存在証明(レーゾンデートル)だとは思わぬかッ!!」

「生憎と弱い者いじめの趣味はねぇんだッ! ンなことより、お城の天辺で神様気取ってるバカヤロウどもを引きずりおろす方が、よっぽど面白ぇや!!」

「クックックッ、戯け者めぇ……! しかし、その心意気は実に快なり……!」

 清々しく哄笑したプロメテウスは、闊達に吼えた。

「よかろうッ!! ならばその信念を貫き通し、此処で我を打ち滅ぼしてみせよ!! 持てる力のすべてを賭けて我と戦え!! 我、傲岸不遜、厚顔無恥の婆娑羅者也! 求むる物は只強者との闘争のみ! 我が理想の新世界に、弱者など不要だッ!!」

「……テメェは少々、喋りすぎだぜこの野郎ッ!」

 莫大な電気エネルギーが、とぐろを巻くように琢磨の右足一点へと集中する。

「――雷閃一蹴ライトニング・スラッシュッ!!」

 怒涛の爆雷音と共に、稲妻を乗せたハイキックが空を斬る。

 僧侶は炎に包まれた拳を引き絞り、渾身の力を込めて突き放った。

「――豪火鉄砕ッ!!」

 共に体術と異能を融合させた最強の一撃。炸裂した途端その衝撃波に耐え切れず、空間が二人の周囲を包み込むようにして激しく爆ぜた。

「ぐ、あッ!」

 吹き飛ばされた琢磨は靴底で地面を抉りながら、強引に踏み止まる。

 しかし全身に軽度の裂傷を負い、特に灼熱の鉄拳と衝突した右足からはダラダラと血が吹き出していた。激痛を堪え、渦巻く黒煙の渦中にキッと眼を凝らす。

「今の一撃、なかなかの手応えであったぞ?」

 陽光が粉塵を透かして、茫と浮かび上がる巨漢のシルエット。

僧侶はあの爆発を受けて尚、直立不動のまま低く笑っていた。

 倒せるとは思わないまでも、まさか無傷とは。

 琢磨は拳を握り締める。

「チッ、化け物め……!」


                 3


「――それじゃあ、僕らに勝ち目はないって言うの……?」

 琢磨対プロメテウスの死闘を見つめながら、和明が一見悲観的な姿勢を示す隼人に向けて、厳かに問い掛けた。

「……」

 目蓋を下ろし、黙考する隼人の様子を肯定と受け取った和明は顔を伏せる。

 沈鬱な雰囲気を打ち破るために、僕は思い切ってその言葉を吐いた。

「“静かに笑う花になるな、転がり続ける石であれ”――」

 隼人に和明、それから真帆が、少々呆気に取られた表情ではっと僕の方を見る。

「つまりは、諦めんなってことだッ!」

 梨香からの受け売りであることはこの際、黙っておこう。

 刹那の沈黙の後。

「……フッ」

 隼人は小さく苦笑を漏らした。

「――勘違いするな。勝ち目がないなんて誰が言った?」

 低く落ち着いた息吹に、ゾッとするほど妖気を含ませた声。

 彼は矢庭に純白の表皮を剥ぎ取って、丸めたそれを僕の方に投げて寄越した。

「え?」

 僕はそれが意味するところを理解しないまま、ぱさりと舞い落ちる丈の長い白衣を、反射的に掴み取る。

 白から黒へ。――

 理系の白衣姿から一瞬でワイルドな革ジャン姿へと変貌した隼人は、不敵な笑みを浮かべ、僕らに宣言した。

「策は整った。……始めるぞ、魔神狩りを――ッ!」



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