踊る猫
広場で声をかけてきた商人は、手広く商売をやっているようで、アリスと俺が連れていかれたのは、立派なお屋敷だった。
「まず、見た目を綺麗にしようね」
アリスは屋敷のメイドに風呂に入れられ、髪を整えられ、綺麗な服を着せてもらった。
俺も猫生初めて、風呂に入れられ、ブラシをかけてもらう。
最初の説明通り、余興は俺達の他にもたくさんいて、出番も短かった。
商人の男は約束通りに、報酬をくれた。それは、広場で投げ銭をもらって稼ぐよりも、ずっと多かった。
その後も何度か仕事の依頼があり、何度目かの仕事の後、商人の男は、アリスが貧民街で1人で暮らしている事情を知ると、自分の屋敷へおいでと言った。
そこで、貧民街の家から商人の屋敷に引っ越すことにした。部屋を一つ与えてもらって、そこで生活するようになった。貧民街からもってきたのは、アリスが描いた絵を数枚。母ちゃんと俺とアリスの似顔絵と、赤い屋根の夢の家。それに猫である俺の絵だった。
アリスは、礼儀作法や読み書きの勉強を教えたもらう傍ら、厨房やメイドの仕事を自主的に手伝ったりした。
たまに、宴会に呼ばれ、俺はアリスの笛の音に合わせて踊ったりして芸をした。宴会ではアリスは綺麗なドレスをまとい、俺は首に蝶ネクタイの首輪をしてドレスアップした。
その頃になると、俺はもう子猫ではなく成猫になっていた。痩せっぽちだったアリスは年相応の女の子の見た目になったし、俺も体が大きく、丈夫になった。
商人の男にはとても良くしてもらったと思う。
もう、その日の食べ物にも困ることもなく、アリスは娼館にいかなくてもよくなったのだ。
商人の家で暮らして数年経った頃、商人の男が酷く慌ててアリスを呼び出した。
「ああ、アリス、アリス。大変なことになった」
「どうされたんですか?」
「お前に、お前達にお呼びがかかったんだよ。ああ、どうしよう、これはとても名誉なことだよ」
何処かの偉い人から宴会芸の依頼かな?と俺は思った。最近、貴族の人達の前で芸をすることが何回かあったから、またその依頼かなと思った。
「王宮から呼び出しがあったんだよ。お前達は王族の前で芸をするんだ!」
それからが慌ただしかった。
王族に対しての礼儀作法を習い、アリスの新しい衣装を作り、芸の内容を大まかに決める。
そして、あっという間にその日が来た。
王宮の綺羅びやかな装飾に、アリスも俺も目を丸くしてしまう。
着飾った案内人に連れられて、王宮の奥まで案内された。
金色の大きな扉を開けると、そこは大広間になっていて、俺達と同じように数人の芸人が待機していた。みんな緊張した面持ちだ。
俺達も他の芸人と同じように横一列に並ぶ。
「オリバー、わたし緊張してきちゃった」
(大丈夫だ、アリス。お兄ちゃんがまかせとけ)
アリスの足元でにゃーと鳴けば、アリスは少し笑顔になった。
やがて、案内人の合図の元、待機していた全員が頭を垂れた。
大勢の人が大広間を歩いてくる気配がした。
「面を上げなさい」
案内人の言葉で顔を上げる。
大広間の上段の椅子には、豪華な衣装をまとった王族達が並んでいた。そして、その両脇には護衛騎士が多数。
真ん中にいるのが多分王様だろう。恰幅がよく、豪華な服を着て、頭に王冠を乗せている。その隣にはアリスと同じぐらいの年頃の、お人形さんのように綺麗な王女様がいた。
反対側の王妃の椅子は空席である。
去年、王妃が病で倒れ、儚き人となった。
娘である王女は酷く気に病んで、それ以来、心が落ち込んでいるらしい。
そこで、人気な芸人を呼んで、王女様を元気づけたいのだという。
芸人達は順番に芸をしていく。
ジャグリングやマジック、パントマイムにアクロバットな曲芸。ピエロのおならの芸は皆を笑わせていた。だけど、王女様だけ、無表情で、ぼんやり芸を見ているだけなのが気になった。
次は俺達の番だ。
アリスと俺は王族たちの前に進む。
手始めに、俺は後ろ足で立ち上がり、片手を頭上に上げ、それをゆっくり下げながら頭を下げて恭しくお辞儀をした。
そして、アリスの笛の音に合わせて踊りだした。
まるで人間のように、バレエでも踊るかのように、二本足で飛び跳ね、空中で回転し、猫の跳躍を活かしていつもよりも張り切って踊った。最後に高速回転して、その場でピタッと止まった。
(決まった!)
俺は決めポーズを決めて、にゃーと一声鳴いた。
おお、と静かな歓声。大衆のような拍手と歓声はないが、よくできたのではないだろうか。
しかし、俺はいつもよりも回転を多くしたため、目が回ってしまい、床に横になってしまった。
このままでは失礼かと思い、顔だけは王族の方を向こうと、横向きに寝そべって肘枕をした。
その姿が人みたいでウケたらしく、王族たちの微笑みを誘った。
「お父様、近くで見てもよろしいですか?」
ずっと静かにしていた、王女様が、王様に許可取ると、椅子から立ち上がり、俺の前までやってきた。ふわふわしたドレスに、黄金色の髪と白い肌。宝石のような青い目でじっと見下され、俺は緊張して、横になったまま気をつけの状態で体を伸ばして固まってしまった。
「ふふ、なんて愛らしい」
王女様はふんわり笑った。
そして、案内人に伝える。
「この猫が欲しい」
「かしこまりました」
案内人はアリスに向き合う。
「この猫を姫様がご所望です。献上するように」
「えっ……」
これにアリスと俺は慌てた。
思わすアリスの足にしがみつく。
「お、恐れながら申し上げます……。わたしは母と兄を亡くしてから、この猫と暮らしてまいりました。この猫はわたしの家族のようなものです。わたしはこの猫と離れて生きていけません。お願いです。どうか、わたしから猫を取り上げないでください」
(アリスと離れたくない!)
俺はアリスの足にしがみついたまま、にゃーにゃー鳴いて訴えた。
王女様は、今度は案内人ではなく、アリスに話かける。
「そう、お前もお母様を亡くされているのね」
王女様は静かに呟いた。
「ならば、お前も一緒に王宮に住めばいい」
そうして、アリスと俺は王宮で暮らすことになったのだった。




