番外編 アルバンの宝物
「なんで俺がお前の退屈しのぎに付き合わなければいけないんだ」
エメリヒはルークを手に取ると前にひとつ進めた。
「お前がコンラッドを排除したからだろうが」
アルバンはチェスの盤面をにらみながら答える。
柔らかな午後の日差しが差し込む王宮のアルバンの部屋。ふたりのほかには隅に控えているアルバンの従者ひとりしかおらず、静かな空間だった。
「第二王子は留学中だし、俺の相手をする若い王族がいない。あまり俺を野放しにしておくと精霊姫を口説き落として、シャルンホルストに連れて行くかもしれないじゃないか」
ふふと嫣然と笑うアルバン。
「俺の本心がどこにあるか、ここのヤツらは知らん。当然の不安だな」
「……陛下たちはなにもわかっていない」
わずかに眉間にしわを寄せて、エメリヒが答える。
「ああ。アドリアーナはふわふわしているが、母国を見捨てるような人間じゃない」
アルバンはビショップをふたマス斜めに動かす。
「そもそも俺が連れて帰りたいのはラウラだけだ」
「いい加減諦めろ。気分が悪い」
エメリヒは盤上からアルバンに視線を移すと、きつい目でアルバンを睨んだ。
「横取りしたのはお前だぞ、エメリヒ。俺の方がずっと前から彼女を好きだったんだ」
「前にもそう言っていたな。本当なのか」
「当たり前だろう。――どうせコンラッドはいずれやらかす。その時まで待てば両国間の関係を悪化させることなく、ラウラを手に入れられると考えていたんだ。のんきすぎた過去の俺を殴ってやりたいよ」
「へえ……。なにがきっかけだったんだ」
「んん? それは――」
アルバンは言いかけて、口をつぐんだ。笑みを消して、静かにエメリヒを見つめている。
しばしの沈黙のあと、片頬をあげてにやりと笑った。
「秘密だ」
「なんでだよ!」
「俺はラウラを得られなかったんだ。大切な思い出くらいは、俺だけのものにしておきたい」
思わぬ静かな口調にエメリヒはゆっくりと瞬きすると、僅かに乗り出していた身を引いた。
「……案外ロマンチストなんだな」
「ほら、お前の番だぞ。負けそうだからといって、会話でごまかすな」
いつもどおりの食えない笑顔になっているアルバン。
「誰がごまかした!」
エメリヒはそんなアルバンをひと睨みすると、駒に手を伸ばした。
《おしまい》
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イラストは春野薫久先生
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