3-9:水の戦い
飛び込んだ水は、覚悟したほど冷たくなかった。
『黄金の炎』が体を守ってくれている。そして、水温も想定よりもずっと温かい。
考えてみれば、季節は第4月の11日目。すっかり春が訪れている。
おまけに南下しているから、水の冷たさも和らいでいるんだ。
これなら、十分に泳いでいける。
僕は水を蹴った。底上げされた身体能力で、魚のように。月の細い夜だけど、視力だってはっきりと水上の船を捉えられている。
敵船はまだ動いていない。真下にきてから、ポケットの金貨を握った。
「目覚ましっ!」
金貨がまばゆい光を出す。水中に神様が解き放たれた。
「み、水っ!?」
――て言ったんだと思う。
トールがミョルニルの重さで真っ先に沈む。
ウルもシグリスも同じく水中で慌てていた。ソラーナが何か言っているみたいだけど、あぶくが多くて聞き取れない。
そ、そうか、神様に水中で出すって言ってなかった……!
「ご、ごめんなさい……!」
って言っても、きっとうまく聞こえていないと思う。
潜っている僕の横で、魔神ロキが疲れ目をもむように指を目元に当てていた。
「……あのさぁ。僕ら、魔力で顕現した存在で、肉体はない。律儀に溺れなくていいんだよ?」
あ、と何かに気づいたように神様4人がバタつくのをやめた。
それぞれ顔を見合わせて、ぺたぺた体を触っている。
川底に二本足をついて、トールがミョルニルで頭をかいた。
「……そういや、苦しくねぇな」
「そもそも空気が必要ないからね。魔力さえあれば。というか浮けるんだから、溺れるとかありえないって気づけないかなぁぁ? とはいえ――」
ロキが肩をすくめると、ソラーナが僕の方へ寄ってきた。
「ご、ごほん。リオン、今は夜だ。『太陽の目覚めの光』は、太陽が出ていないために効果が出ない」
わかってる、と僕は頷く。
神殿にいる時のような長居は神様にもできないってことだ。
「やれやれ。忙しいねぇ」
言いながらロキが手を振った。
「霧よ」
水面の2隻を黒い霧が包み込む。音と姿を隠す霧だった。ゴーレム達と戦ったときに使った魔法と、同じものだろう。
これで船は完全に隠された。
神様の力をふるっても、近くの村や、他の冒険者に見とがめられることはない。
――なんだ?
――下で光ったぞ!
――それより、霧だろ!
僕は、一気に水上へ躍り上がった。
「行こう、みんなっ!」
ざっぱあんと水をかき分けて、船の縁に着地した。後ろで神様も続いていく。
盗賊たちは呆気にとられたようだ。けど、すぐに目つきを険しくする。長さ15メートルほどの船が2隻。乗っているのは、それぞれに10人以上だ。
「死ね!」
真横にいた男がオールを振る。軽く飛んで避けて、そのまま相手の顔を蹴りつけた。
船底に頭を打ち付けて気絶してしまう。
レベルは多分、20よりも低いと思えた。
「……降参しますか?」
「するわけねぇだろ!」
投げナイフが飛んできた。とっさにマストに飛び移る。
下から槍や剣が突き上げられるけど、狭い船だから相手もうまく動けていない。
追いすがる敵の頭を踏みながら、僕は船首方向へ移動した。
「よし……!」
短剣を振りながら、踵を軸に反転。
「目覚ましっ」
刻まれた迅の文字が碧に光る。
風の精霊シルフが飛び出した。5人をまとめて吹き飛ばす。盗賊は高く打ち上げられた後、数拍遅れて水柱になった。
「……ま、また、威力が上がってる?」
口元がひきつる。
サフィの魔法文字もすごいんだけど、なんだろう……精霊シルフも、前以上に頑張ってくれている。
僕の胸に、ロキと同じ紫色の光が宿っていた。
「なんだこいつぁ!」
突き出された剣を打ち払う。
黄金の炎の力はものすごい。
剣は真っ二つにへし折れて、川に落ちた。
短剣には傷一つついてない。
うん、これこそ鍛冶師サフィの力だろう。
「な、な……!」
頬に傷のある男が、痺れる手を見下ろし震えていた。他の敵も怯んでいる。
僕はお腹で息をして、声を張った。
「降参は!?」
「だからよぉ、するわけねぇだろぉ!?」
頭一つ大きな男が、盗賊をかきわけてやってきた。
「こっちは、大稼ぎなんだよっ! 見りゃわかんだろうが」
腕に覚えがありそうな人。
禿頭で、使い込まれた革鎧、半眼の目つきが陰惨だった。背中には槍とか剣とか、色々な武器を背負っている。レベルは――
「俺は狂貌のザムザってんだ。レベル29、小僧、死にな」
背中に伸びる手。
斧に、剣、どれでくる……?
「へへっ!」
敵が取り出したのは、細剣だった。
「レイピア――!」
大柄な体と無骨な顔つき。予想外の選択に、一瞬だけ対応が遅れた。
ザムザは踏み込んで細剣を突き出す。切っ先が頬をかすった。
「船の中じゃイヤだろう? なにせ、前と後ろにしか動けねぇもんなぁ?」
素早い連続突き。
僕は体を左右に振ってかわしていく。細長い船だから、回避が厳しい。背中に船首が迫ってきた。
ザムザが言う。
「お前、強えな。これだけ避けるとは――!」
じっと剣筋を読み切る。危ない一撃を短剣の鍔にひっかけ、弾いた。たまらず後退したザムザの額に汗がある。
「お、お前、本当にガキかぁ!?」
隣の船でも、動きがあった。盗賊たちが船べりにしがみついて絶叫する。
「おいおいおいおい!」
「なんだありゃあ!?」
船が――持ち上がっている。真下にいるのは、長さ10メートル越えの船を肩に担ぎあげた雷神トールだった。
「はっはっはぁ!」
お鍋をひっくり返すみたいに、トールは逆さまにした船を水面へ打ち付ける。吹き上げられた水が大雨みたいに降り注いだ。
「ぷはっトール!」
「リオン、たまにはいいだろ?」
ご、強引すぎるよ……!
水面に落ちた盗賊たちを、神様が次々と捕まえていく。前のレイピア使いは、明らかに動揺していた。
ひっくり返った船と僕、どっちを優先するか迷っているんだ。
「リオン」
囁くような、ウルの声。僕の胸に茶色の光が宿っている。
「ボクもそろそろ、君にさらなる力を貸そうじゃないか。狩人の力は、探知だけじゃ物足りない。獲物に忍び寄るスキルがないと――ね?」
動いた時、足音が消えたような気がした。それどころか、息遣い、衣擦れ、そんなすべての痕跡が消されている。
レイピア使いのザムザが船へ注意を反らした。相手にしてみたら、そのたった一瞬で、追い詰めたはずの僕が消えたように見えただろう。
「ど、どこだ……?」
ざり、と踏み込む。
「後ろ……!?」
気配を消して、奪った背後。
僕は、『雷神の鎚』を叩き付けた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月20日(日)の予定です。
(ワクチン接種があり、念のためお休みします)
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それでは、また次回に!





