3-8:河川の襲撃
次の目的地は、豊穣の街フローシア。
以前の旅では馬車を使ったけれど、今回は違う。王都よりも南にあるフローシアは、王国を北西から南東に走る川の下流でもあるんだ。
今回は船旅になる。
戦士団が用意した船が、二艘並んで川を下った。
川幅はとんでもなく広くて、100メートル近くある。対岸が少し揺らいでみえるほどだ。
穏やかな流れに、春の風が心地いい。馬車と違って日差しをいっぱいに浴びることができる。僕は何度かうたた寝しそうになった。
フローシアで大事な役目があるから、油断はいけないってわかってるんだけどね。
「ま、あんまり気を張るなよ」
ミアさんがにっと歯を見せる。
鴉の戦士団は、7人ずつが2艘の船に分かれて乗っていた。
フェリクスさんは別の船。小人の鍛冶屋さんサフィも、そっちの船で同行していた。
「船旅は初めてだろ?」
帆を張ってすれ違う船を、僕は目で追ってしまう。
船縁に背を預けて、ミアさんが笑いかけた。
「目に焼き付けとけ。王都からフローシアまで、あたしらも見張りしておくからさ」
流れるままに、後方へ過ぎていく景色。
あっという間に最初の2日を過ぎた。その頃には目に見えて畑の緑が深くなっている。放牧された牛や、荷物を左右に吊ったロバを見るようになった。
南にある豊穣の土地――その入り口にさしかかったんだろう。
知らなかった場所が、頭の地図に書き加えられる感覚。わくわくする。やっぱり僕は冒険者の父さんの血が流れているんだ。
船旅は4日続く予定。
続く日も穏やかに過ぎた。最初ははしゃぎ回っていた神様もだんだん静かになってくる。
……トールとか、僕よりはしゃぐの、正直ちょっとどうかと思うんだよね……。
「今日は……ここで野営ですか?」
3日目、川下りを終えた場所は少し意外だった。
村、というべき場所なんだろう。
10件ほどの家が集まって、周りは畑になっている。
「壁がないですね……」
申し訳程度に木の柵が辺りを囲っている。守りはそれくらいだった。防壁というより獣避けだろう。
「辺境にはこういう村ばっかりだよ」
船から手早く荷物を下ろしながら、ミアさんは言う。
「前に寄ったカルマルにも城外市があっただろ? あれと同じさ」
「……魔物を心配してないってことですか?」
「少なくとも、オーディス様をそう信じてる。実際、この辺りには迷宮もないしね。魔物がうろつく理由がない」
心にメモしながら、僕も荷物を下ろすのを手伝った。
小さいながらも、この岸は野営場所としてよく使われているみたい。別の一団がやってきて、僕らよりもさらに下流に船を停泊させていた。
「まあ、危険なのは魔物だけじゃないけどな……」
意味深なミアさんの言葉。
僕は事前情報と、今の状況を擦り合わせた。
「河賊……ですか?」
ミアさんは頷いた。
「覚えてるみたいだね」
温暖な気候。豊かな湖。活発な商売。
目的地である『豊穣の街フローシア』は、そんな明るいイメージだ。だけど、単に賑やかな場所ってだけじゃないらしい。
お金も人も王都並み、あるいはそれ以上に集まる。
だから商人を狙う盗賊が出るし、お金持ちが牛耳る裏社会みたいなんてものもあるようだ。
王都の支配者が貴族だとすれば、フローシアの支配者は商人。
そして戦士団の見立てだと、悪い商人の一部は、湖に潜む盗賊団と繋がっている。何度か討伐団が組織されたけど、情報が漏れていたかのように逃げられてしまったらしいんだ。
「最近、フローシアの上流で村が襲われてるらしいですね」
「ああ。それも船に乗った盗賊に、な」
それは、川下りの間に掴んだ情報だ。
事実だとすれば……フローシアの湖から、盗賊団が動いているんだろうか?
「こういう村は、なおのこと心配ですね――あっ」
話に気を取られていた。僕は、荷物を抱えたまま誰かにぶつかってしまう。
相手はフェリクスさんだ。
いつもの細目で僕を見下ろしてくる。
「その情報は私も聞きました」
しかも、とフェリクスさんは言葉を切る。
「詳細がわかってきました。事件は3日前。襲われた村は、老人以外、子どもも含めてほぼ無人になっていたようです」
「……無人?」
不吉な予感に震えた。
モノやお金をとるだけじゃなくて、『拐う』。
そんな手段を取る目的は限られる。
「……奴隷とするため?」
ミアさんは口を曲げた。
「それにしちゃ、ずいぶん目立つし乱暴なやり方だね。オーディス神殿としちゃ黙っておけないだろ」
「もちろん」
細目の間に、皺が寄っていた。黒髪をなでるみたいにして、小冠を直している。
「ただ、少し不可解です。我々が追ってきた奴隷商人は、ここまで強引に奴隷を集めたりはしませんでした。派手に王国が禁ずる奴隷を集めれば、さすがに目立つ。以後の活動がやりにくくなるでしょう」
ぶるりと金貨が震えて、神様の声がする。
まずは遠雷みたいなトール神の声だった。
『以後の活動がやりにくくなるなら、もう、「以後」なんて考えていないんじゃないのか?』
呼応するように、ソラーナの声が響く。
『向こうも、焦っているのかもしれぬな。創造の力を探す以外にも、奴隷を集めていた理由があるのかもしれない』
引き取ったのは、魔神ロキだ。
『ふぅむ? スキルを奪う力があるらしいけど、ユミールにとっては食事代わりなのかもしれないねぇ。「目覚まし」や「創造」でなくても、レアスキルでさえあれば、力が増したり、より大きな魔力を得られたりするのだろうさ』
不穏さを残したまま夜が来る。
噂に聞いていた襲撃だけど、起こったのはずっと下流の方だった。油断だけはしない、そのくらいの心づもりでいたけれど――。
「リオン!」
深夜。
寝ていた僕は、ミアさんの声に跳ね起きた。夜闇にブオオオオ、と角笛の音が長く響いている。
暗闇に目を凝らす。
<狩神の加護>のおかげで遠くまでよく見えた。
川の下流から、松明を焚いた船がやってきている。
夜空に悲鳴が巻き起こっていた。
「ま、マジか……!? 噂をすればっていうけどよ」
ミアさんがあんぐり口を開ける。
敵の船首には口を開けたドラゴンが彫り込まれて、恐ろし気に威嚇していた。
ソラーナの声がする。
『ゆくぞ、リオン!』
「うんっ」
駆け出そうとするけれど、僕は川からの音を聞いた。
<狩神の加護>、『野生の心』を使う。
オールが水面を叩く音に、舳先が水をかき分ける音。今日は曇り空だ。おかげで松明の灯が届かない水面は、真っ暗闇だ。
僕は目を凝らし、耳も澄ます。
「……聞こえるっ」
間違いない。闇に沈んだ川の向こうから、こっちへ新手が近づいてくる!
「もう1隻、いえ、2隻がこっちに来ます!」
フェリクスさんが鋭い目で顎をなでた。
「とすると……今、下流にいるのは陽動ですか」
ぞくっとする。冷酷で、効果的なやり方が浮かんだ。
「こちらが本命。下流に注意を引き付けている間に、ここに本隊が上陸するのでしょう。私達が下流側を助けに走ったら、背後を突かれるところでした」
魔物も怖いけど、人間も恐ろしい。
人を拐うためにこんな考えられたやり方をするなんて……!
ぎゅっとポケットのコインケースを握る。
「ミアさんと、フェリクスさん達は、下流の救援に向かってください」
探知をしても、水上の2隻に動きはない。おそらく、陽動隊が混乱を深めるのを待っているんだ。
ミアさんは眉を上げて、猫みたいに伸びをした。
「いいよ。で、あんたは?」
僕は短剣を抜いて川に突きつけた。
「水上の2隻と戦います」
神様の力だって、ここなら存分に使える。
水の上なら巻き込む心配はないし、人目もない。
フェリクスさんが顎を引いた。
「承知しました」
戦士団の動きは速かった。
フェリクスさんが手で合図すると、黒い影がさっと下流へ走っていく。
「リオンさん!」
杖をついて歩きながら、フェリクスさんは僕へ振り向いた。
「お伝えしておきましょう。フローシアの迷宮も、水の迷宮と呼ばれています。ここで水上戦、水中戦に慣れておくといいですよ」
ぐっと短剣を掲げてから、僕は<太陽の加護>、『黄金の炎』を使う。温かい炎が体を守るのを感じた。
「いくよ、神様!」
水中に飛び込む。
岸を蹴って、黒い影として見える敵船へ接近した。





