2-57:英雄の時代
小人達の歓声と笑顔が、広間を温かく満たしている。空を飛んでいる白小人に、地上で手を叩きあっている黒小人。
小人の鍛冶屋さんで、僕らの仲間、サフィも1000年ぶりの再会を全身で喜んでいた。
「……しかし」
ふと、そう声を出したのは、フェリクスさん。細目は笑顔と見分けがつきにくいけれど、今は少し顔を俯けて、何かを思案しているみたいだ。
黒髪の下で、コロネットがきらりとする。
「小人の国が蘇ったことは、戦力としては間違いなくプラスでしょう。ただ……」
ただ、なんだろう。
赤髪の土ぼこりをはたきながら、ミアさんが眉を上げる。
「なんだい? 物資とか、領主とのやりとりとか、そういう算段か?」
僕も、そのことかと思った。
『巨人の遺灰』がここで採掘されていたこととか、ゴーレム使いがいたであろうこととか、確認しなければいけないことがある。鴉の戦士団として、フェリクスさんはそういう迷宮での悪事を気にしていると思ったんだ。
「それもあるのですが……」
ひゅうっと天井の裂け目から風がやってきた。陽は出ているし、春も近い。だけど朝の風はまだ冷たかった。
狩神ウルが茶髪のおさげをなびかせながら、目を鋭くする。
「……フェリクス、君は斥候としていい勘をしていると思う。ボクら神々も同じ思いだ」
引き取ったのは、重く頷いたトールだ。
「俺も、世界蛇と戦った時に思ったぜ。『オーディンはこの騒ぎをどうするつもりなんだ』ってな」
僕は目を瞬かせてしまったと思う。
魔物がいるのはあらかじめわかっていて、僕らはそれを倒したわけだけれど――。
トールは赤い瞳を僕に向けた。
「リオン、考えてみろ。迷宮の一部が崩れて、あんなにでかい蛇が出てきた。今まで、そんな話を聞いたことがあったか?」
僕はぶんぶん首を振った。こんな街に近い迷宮から魔物が出てきたら、それこそ大事件だ。
「――あ」
そこで、僕はやっとトールが言おうとしていることに気が付いた。
大事件が鉱山街アルヴィースで起きた。しかも、王都の東ダンジョンからまだ間もない。
「……騒ぎっていうのは、混乱するってこと?」
神様達はそれぞれ頷きを返してくれる。
薬神シグリスが槍をついて、切り出した。
「リオンさん。今の世界、アスガルド王国では、本当の神話は伏せられていました。神々が敗けかけ、世界を封印の氷で覆い尽くし、敗北を先送りにしたということも。そしてそのうえで、平穏を保っていたように思います」
頭の中を、物心ついた時から知っていることが過ぎっていった。
たとえば、ダンジョンを管理しているというオーディス神殿。オーディス様から優れたスキルをもらう貴族達。
「もちろん、全てが順調であったとは、シグリスも思いません。ただそれでも、世界は安定はしていたのだと思うのです。たとえ偽りであっても、神話を信じている限り、人々は守られているのですから」
フェリクスさんがふと顔をあげた。
「……そう、そうです。これほどの魔物が出たとすれば、迷宮について今まで言われてきたことも、疑われてもおかしくはない。下手をすれば、神殿、王族の権威は揺らぎ、翻っては王国全体が不安定に……?」
そこで、空気が揺れた気がした。
僕達は弾かれたように上をみる。
――――
冒険者の皆様へ。
――――
それは主神オーディス――いや、オーディンからの2回目の全体メッセージだった。
◆
アルヴィースの鉱山、その麓には川が流れている。
支流はアルヴィース街へ流れ込み、王都へ金属類を運ぶ河川交通となる。他方で、アルヴィースの街とは逆側に逸れる支流は山間を細々と流れ下り、やがて北の平野部へと至る。
今、川から黒いローブの女が顔を出した。
冷えた体から水が滴り、白い手が木を掴んで体を引っ張り上げる。
やっとのことで岸へと上がり、女は息をはいた。体が冷え切っているせいか、息は白くならなかった。
蹄の音がやってくる。
「はっははぁ! 無様にやられましたねぇ!」
馬で駆け付けたのは、上等に着飾った男だった。
「ラタ……!」
「生き延びてよかったです。スルトに続いてあなたまで失うのは、さすがに痛いですから」
ラタは馬上からヨルに手を差し伸べた。
女は恨めしそうに商売上手のラタを睨む。
「あんた、どこへ……!」
「いやいやこれは敵前逃亡の取り扱い。名誉のために申し上げますが、私の仕事は戦闘ではありませんからね。ラタはあくまで商売上手。そして情報伝達の告げ口屋。鼠骨のラタは奴隷商人としての運営が役目ですので、あなた帳簿のチョの字も読めないでしょ?」
水を滴らせながら、ずるりずるりと女は移動する。黒い蛇が這ったかのように、地面には水の跡が残っていた。
「……でぇ? 手には入ったの?」
「ええ。ちょっと化けて忍び込んで、スルトの魔石を拝借しました。ユミール様に食べてもらえば――封印を溶かすスキルは、ユミール様に宿るでしょう」
それでも、痛いですがね。
ラタは木々の隙間から見える鉱山を見て、肩をすくめた。早朝の轟音が嘘のように、山は朝日を浴びながら静かに立っている。
「それで、乗りますか? 鴉の戦士団も馬鹿じゃない、さっき蹄の音がしましたよ」
「……チッ」
ヨルは体を引きずりながら、白い腕で馬の胴を掴み、ラタの後ろへ這いあがった。
「……早く出しなさい」
「お待ちを」
訝しげなヨルに、ラタは頭上の空を指さした。
◆
――――
冒険者の皆様へ。
――――
いつか聞いた全体メッセージと同じく、その言葉は始まる。
肌が粟立った。
――――
鉱山街アルヴィースへ、終末をもたらす魔物が現れました。
しかし、もう恐れることはありません。
角笛と共に現れた英雄達が、強大な魔物に勝利しました。
――――
英雄……?
そんな言葉が胸にしみ込んでいく。
ミアさんも、いつも皮肉気なフェリクスさんまで、そのメッセージに聞き入っていた。
人を厳かな気持ちにさせる何かが、やっぱりこの神様の声にはある。
――――
冒険者よ、与えられたスキルを活かし、魔物を倒してください。
英雄となるために。
――――
英雄になってくるといい。
古具屋さん、いや、オーディンが残したそんな言葉が胸を過ぎった。
――――
終末を超えた時、
英雄には神々から恩恵があるでしょう。
――――
メッセージはそれで、終わった。
晴れ渡った空に響いたメッセージは、きっと同じように世界中に轟いたんだろう。
静けさは、一瞬。
遠くアルヴィースの街から歓声が聞こえてくる。
「え、英雄?」
思わずつぶやいてしまう。
ソラーナがふわりと浮き上がった。目を閉じて、聞こえてくる歓声に耳をすませている。
「……なるほどな」
何かを探すみたいに、女神様は空に視線をさまよわせた。
トールが分厚い腕を組む。
「あの策略屋の狙いは2つあったわけだな」
薪みたいな指を立てて、トールは僕達に語りかけた。
「まずは緒戦の勝利、つまり炎骨スルトの討伐だ。こいつは『巨人の遺灰』の発生源だし、おまけに強力な魔物だ」
僕達が馬車に乗ってアルヴィースに行く時から――あるいは、西ダンジョンで小人の声を聞くときから、オーディンはこの展開を考えていたのかもしれない。
そんなことをふと考えてしまう。
トールは顎で空を示した。
「もう1つは……聞いてみろ」
天に響く、冒険者の歓声。<狩神の加護>を使わなくても、遠く、アルヴィースから聞こえてくる。
僕は粟立ったままの肌をなでた。
熱に浮かされたようなどよめきは、悲鳴が嘘みたいだ。
「みんな、もう怖がってない……?」
「くく、これはこれは、単純だねぇ。神様の声が聞こえたせいで、魔物の出現もまた、神様の意思と思われている」
ロキが口を歪めるとおり――かもしれない。
そうか、アルヴィースの人たちは、世界蛇ヨルムンガンドが消え去る瞬間を見たんだ。
神話の魔物が撃退される瞬間を。
そして、地を揺るがせていた恐ろしい魔物が討伐されたことも、メッセージで知らしめられている。
ソラーナが言った。
「彼らからは、今も神への強い信頼を感じる。むしろ……さっきまでより強く」
今、この街の冒険者はこう思っているのかもしれない。
これまでとは違う、英雄譚のような世界が始まったって。
たとえば、天をつくような魔物から金貨何百枚分もの魔石が獲れたり。
たとえば、貴族じゃない冒険者も、功績次第で神様から認めてもらえたり。
たとえば、これまでにない素材やアイテムで強さを追い求めたり。
そんな機会に溢れた世界。
「ふん!」
トールが鼻を鳴らした。
「要は、実際に神話時代の魔物を起こし、見せつけ、そして俺達にド派手に討伐させることで、冒険者を鼓舞したのさ。噂になるぞ、今日のことは……王都以上に」
「な、なんで……? なんで、オーディンはそんなことするの?」
トールはそれには無言だった。
僕は晴れ渡った空を見る。
ほとんどの冒険者は魔物と戦って、魔石という資源を求めるために迷宮へ潜っている。でも、もちろん、名を上げようとする人も少なくない。
「……一つ確かなのは、オーディンは、元の安定した王国に戻すつもりなんてねぇってことさ」
全体メッセージが告げた、英雄と恩恵という言葉がいつまでも耳に残っていた。
英雄には、終末を超えた時に恩恵がある。
終末の――終わりの先って、なんのことだろう。
「英雄……?」
ぽつりとつぶやいた言葉は、渡っていく風にさらわれていくみたいだった。
◆
騒がしさを増すアルヴィースの街を、ふくよかな老人が歩いていく。背中に背負ったリュックを揺らしながら、古具屋はゆっくりと鉱山を振り返った。
「ほっほ。終末の――終わりの先に持っていけるものは、そう多くない」
老人はリュックを重そうに揺らした。
「道具、人、そしてスキル。この背のように、なんでも詰め込んで、持っていけるわけではないからのう」
ゆっくりした足取りで、人通りの少ない路地へと折れる。
「次の旅路、その荷物が決まるまで――私の創造の力は、君たちに預けておくよ」
老人は鴉の羽を残して、喧騒が響く空に溶けた。
【お礼と書籍化のご報告】
お読みいただきありがとうございます!
第2章はこれにて終了となります。
続きとなる第3章は、3月上旬に再開予定です。
今後ともご愛顧をいただければ幸いです。
さて、
この度ご縁をいただきまして、本作が『書籍化』をすることとなりました。
発売日・レーベル等は、追ってご報告をさせていただきます。
念願ではありましたが、作者自身もめちゃくちゃ驚いております・・・!
イラスト付きだとより楽しめる世界だと思いますので、
Web版と共に、リオンの物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
とっても素敵できれいなイラストのようですよっ。
あと、いつもながら、
ブックマーク、☆評価、感想、レビューなどでリオンを応援いただけましたら幸いです。
とても励みになります・・・。
いいねボタンも新設されたようなので、よろしければ押してやってください。
それでは、また第3章でお会いしましょう。





