2-56:太陽の目覚めの光
炎骨スルトが撃破されたことで、魔物側全体に副次的な効果が及んだ。
最も影響を受けたのは蛇骨ヨルだった。
――くそっ。
巨体をのたくらせ、怒り狂う。炎骨スルトが発する熱は、魔物を凍てつかせる封印に抗うものだ。それが絶たれた以上、封印による寒さが大蛇ヨルムンガンドに迫ってくる。
――体を維持できないっ。ここまで来て……!
白みゆく空に咆哮を残して、世界蛇ヨルムンガンドの姿は掻き消えた。
◆
戦鎚ミョルニルが頭に打ちこまれた瞬間、スルトの顔面にヒビが入った。熱された全身に割れ目が行き渡る。断末魔の叫びを残して、炎の巨人が崩れていった。
――まさか、まさか!
喉首が最後の轟音を響かせた。
思わずガントレットで顔を守る。音は空気の壁みたいで、弾き飛ばされてしまいそうだ。
――オオオオッ!
憎しみと怒りがいっぱいに詰まった叫び声。崩れていくスルトと一緒に、僕も攻撃を繰り出した高さから落下していく。
「ごめんなさい。でも、僕らは、二度と焼かれるわけにはいかないから!」
壁から白小人が飛んできて、落ちていく僕を支えてくれた。ゆっくりと下へ降りていく。
要となる炎骨スルトを失ったことで、戦況全体に変化があった。辺りに満ちていた魔物も、小人と神様の攻撃で次々と灰にされていく。外の大蛇も、光を放って消えたように見えた。
「押し切りましょう!」
それからのことは――正直なところ、よく覚えていない。
神様と、小人と、僕らで残された魔物と戦った。
封印を解き放つスルトが消滅したことで、追加の魔物はもうやってこない。
夢中で戦った。
『黄金の炎』が消えてからも、精霊を<目覚まし>したり、サフィを庇ったり。
やがて地面に倒れて、ようやく全てが終わったことに気づいた。
天井にある裂け目、そこから見える空が白んでいる。いつの間にか時間が経っていたようだ。
首を傾けて周りを見る。フェリクスさんも、ミアさんも、サフィも、みんな似たような態勢で崩れていた。
神様はもう一人も外へ出ていない。空間には魔力の残滓がきらめいて、星空の中を漂っているようだった。
「……目覚めましたか」
にじむ視界。
そう声をかけてくれたのは、小さな姿だった。うっすらと開けた目に、薄い羽を持った白小人の姿が見える。
――彼らを、上へ。
小人王様の声が聞こえると、白小人達は僕達を運んでくれた。やがて僕らは、広場を見渡す足場に下される。
巨大弓はほとんどが破壊されてしまったようだ。ぐしゃぐしゃの残骸ばかりが並んでいる。
夜明け前の薄明りを浴びて、小さな姿がたくさんこちらを見ていた。
僕の胸くらいの背丈で、薄い羽と長い耳を持ったのは、白小人。
同じく子供のような身長でも、少しがっしりした体つきなのは、黒小人。
背丈が小さいのはみんな同じなのだけど、服装も年齢もさまざまな、本当にたくさんの小人達だ。
ある人は鍛冶屋のエプロン姿、ある人はマント姿、ある人は鎧を着ている。同じ足場にいるのは30人くらいだけれど、辺りを探すと別の舞台からも僕らは見られていた。
全員集まると、小人は100人くらいはいるんじゃないだろうか。
「小人の、『国』……」
そんな言葉が印象を強めて、つい呟いてしまう。
「……ん」
運ばれたサフィも気が付いたみたいだ。ゆっくりと身を起こして、彼らへ目を向ける。
しばらく、サフィの反応には間があった。
朝の冷たい風が天井の裂け目から吹き込んで、火に炙られた肌が痛い。
「……み、みんな」
言葉にならないみたいで、何度も声をつまらせた。
黒小人のサフィはきっと僕より年上だと思う――けど、この時ばかりは本当の子供みたいに見えた。
「……久しぶり? 違うか、ええと」
一人がサフィの前に出てきた。
顔立ちはサフィよりもずっと年配にみえる。人間なら40歳くらいだろうか。髭も生えて、日焼けした肌、そして頬の火傷跡。
鍛冶屋さんのエプロンに、小さいながら手足はがっしりしてるから、サフィと同じ黒小人だろう。
……もしかしてサフィのお師匠様、とか?
その人は、がばっと膝をついた。
「……うう、すまねぇサフィ殿!」
サフィは困ったように頬をかく。
「あなたが疑われ、眠らされたのは知ってたが……! 守るためでもあるって、それで従っちまいました……!」
あ、あれ? 小人でもご年配にみえるのに、サフィの方が立場が上なの……?
「い、いいわよ今は」
「ですが……!」
続々と、白小人も、黒小人も、サフィに向かって膝を折っていく。
さすがにこの人ほどじゃないけど、みんな言うことは同じだった。
「状況は王様から聞いた」
「君を信じてやれなかった。だが最後には……一度封じて、魔法文字で守った以上、最後まで守り切ってやろうと思ったんだ」
「ああ。お前は、すげぇやつだ」
「本当に本当に、技術を残しただけじゃなくて、神様まで連れてくるとは……!」
サフィは黒目がちの目をパチパチさせて、え、え、と戸惑っている。
そんな再会の様子に、僕はちょっと笑ってしまった。
ミアさんがざっくりと口を開く。
「……で、結局、何がどうなってたんだよ?」
「あ! ええと、あのね」
緑髪を跳ねさせて、サフィが振り向いた。
小人が裏切っていないのはもうはっきりしたけれど、具体的な事情とかは、まだわかっていないんだ。
「その……小人の国は、結局、裏切ったわけじゃなかったの。降った振りをして敵を誘い込むやり方を選んだのよ」
サフィは、小人の国が本当に選んだ道を話してくれた。
それによると、小人達は神様や人間を裏切ったわけではなかったみたい。敵に寝返ったと見せかけて、この宮殿へ誘い込む仕掛けに利用した。
ミアさんが目を丸くする。
「へぇ……って、迷宮の1層が土に埋まってたのも……当時の仕掛けってことかいっ?」
僕もそこまでとは思っていなかったから、大きく口を開けてしまう。
「すごい……」
「鉱山の上の方って、やけに斜面が急だったでしょ? あれも、あそこの土砂で宮殿の入り口を塞いだせいよ」
故郷が誇らしいみたいで、サフィは胸を張っていた。
「ただ……ね」
大昔に企てられた、捨て身ともいえる小人の考え。
ただ、サフィが独りの空間に封じられていたことは、不信が原因だったみたいだ。
優れた技術者にだけ送られる、『十鍛冶』という称号。その中で唯一の黒小人であったサフィは、魔物に寝返ってしまうことを特に恐れられた。
なぜなら、サフィの優れた技術が敵のものになってしまうから。そして、巨人を誘いこむ計画もばれてしまう。
そんな2つの恐れから、サフィは眠らされた。
それでも、サフィが白小人の技術も学んだり、十鍛冶を目指したことは、意味があったのだと思う。
だって、魔物が本当に迫ってアールヴヘイム全体で戦う時、今度は『サフィを守るため』にみんなが結束したのだから。
金貨が震えて、神様の声がする。
『なるほどねぇ』
「ロキ……?」
『ふふふ、安心したまえ。神は魔力が戻れば復活する。僕はもう平気だし、ソラーナも存在に別条はない』
よかった……。
胸を撫でおろしていると、神様は続けた。
『ここには、守りの魔力を感じる。本来は、対巨人のための守りなのだろうが、小人達を長い封印から守っていたのだろうねぇ。そしてスルトの熱で、サフィのように目覚めた者もいただろう。ただし……』
その先は、僕も想像する。
『まだ<目覚まし>も角笛もない。サフィのように、封印に抗う指輪をしていたわけでもない。彼らはすぐに石に戻ってしまっただろう。ただ、そうして先に目を覚ました一団が、水鏡で僕らを呼んだのかもしれない』
ロキの話は、時々ちょっと難しい。魔法の神様のせいか、ひょうきんじゃない時は、僕の考えの二歩も三歩も先を行ってしまうんだ。
魔神様は思案げな声を出した。
『しかし、だとすると――』
『リオン』
金貨から、今度はソラーナの声がした。
心が一気に温かくなる。僕はコインケースを取り出した。
金貨に彫り込まれた女神様は、白んだ空の明るさを受けながら笑っている。
「よかった、もう平気なのっ?」
『うん。本調子ではないけど……今は空間に魔力が満ちているから、外へ出ることもできるだろう』
もちろん、拒む理由なんてない。僕は金貨に手をかざした。
「目覚ましっ」
金貨が輝いて、内に秘められた神様が飛び出してくる。
太陽と同じ色の髪と瞳を輝かせたソラーナ。
雷神トールは赤髪を振り乱して立ち、魔神ロキは黒いローブで一礼する。狩神ウルは身軽な仕草で瓦解した巨大弓に飛び乗って、茶色のおさげを揺らした。薬神シグリスが槍をついて、ロキよりもずっと丁寧に腰を折る。
足場に集まっていた小人達が、おおっとどよめく。
「神々だ!」
「本当に、共闘だったのだなっ」
「白小人も、黒小人も、神々も……」
そんな声に交じって、頭に声が響いた。
小人王様の声だ。
――ありがとう、サフィ。そしてお礼を言います、神々と、角笛の少年よ。
空間にうっすらと光が集まっていく。
宙に浮き出るようにして、小人王様の姿が現れた。
玉座の間で会った時と同じように、美しい少年のような姿だ。白い髪と薄い羽が神々しい。ただ、魔法で生み出した姿なのか、後ろ側の景色が透けて見える。
――おかげで最後の役目を、私は果たせました。
周りの小人達も続いた。
「……しばらく別れることになるが」
「ああ、神様がサフィについてくれるなら、安心だ」
不穏な気配を感じる。まるでこれでお別れみたいな言い方だ。
サフィは黒目がちの目をパチパチさせて、問いかける。
「……小人王様、なんのことです? せっかく、魔物を退治して、1000年ぶりに宮殿を取り返したんです。これからも一緒に――!」
小人王様が、くすりと笑ってサフィの頭をなでた。
でもその腕はすり抜けて、サフィに触ることはない。
――サフィ。世界を覆う、『封印』があるだろう?
サフィははっと顔をあげた。
<目覚まし>や角笛で、僕は神様を金貨の外へ出すことができる。でもそんな神様でさえ、長くは目覚めた状態を維持できない。
今は、小人達は封印から目覚めている。けれど、最初にサフィが石像になっていたように――。
「わしらは、やがて石になるのじゃろう」
「……すでに、寒い。長くは抗えまい」
――玉座にあった私の肉体も、封印が解除されたとはいえ、とうに石に戻っているでしょう。
――そして、石になった肉体には戻れません。
――今は意識ごと、魔力ごと、仕掛けの宝珠に移されています。
小人王様は寂しげに笑った。
僕はポーチにしまった目覚ましの角笛を取り出す。
「そう、か……」
あまりにも簡単に考えていた自分が、悔しい。
世界を封印が覆っていて。目覚めた神様だって、時間がくれば金貨に戻らなくてはならない。
小人は封印に耐え切れなくなると、石になる。
<目覚まし>だって万能じゃないんだ。
サフィは前に出て声を張った。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ならどうして、アタシは平気なの……?」
赤い宝石の指輪が、きらりと光った。
「あ……」
指輪を見つめるサフィに、小人王様は静かに顎を引く。
――『守護の指輪』。
――それほどの力を持った指輪は、結局、君1人分だけしか作れなかった。
小人達は互いに目線を交わし、苦笑しあう。
諦めと誇らしさが入り混じった微笑みだ。
「……白小人の細工仕事だが、黒小人もかなり手伝った」
「宝石を維持する金具は、合金の精製からやらねばだからのう」
「……もっと早く、力を合わせていればなぁ」
これほどの力を持った指輪を、この人たちはサフィに送った。
信じたい。でも、裏切られるかも。
そんな風に思う一方で、この子を守りたいという意思もきっと真実だったんだろう。
矛盾した気持ち。以前ロキも言っていたけど、神様や小人もちょっと複雑だ。
呆然とするサフィに、小人達が集まってきた。
みんな別れを惜しむように握手を交わし、肩を叩き、励ましていく。抱擁しているのは、特にサフィと近しかった人なんだろうか。
ミアさんとフェリクスさん、そして神様達と一緒に、僕はその情景を見つめる。
胸がぎゅうっと締め付けられて、胴を守るアーマーを気づくと握りしめていた。
大勢との別れには十分な時間さえなかったようだ。
やがて、天井の裂け目から、朝日がやってくる。いつもなら、僕はこの時間が好きだ。太陽が昇って、夜の帳を取り払って、新しい一日を始めさせてくれるみたいで。
でも今は、時間が過ぎているという、残酷な事実を告げる。
「む……」
小人達がへたり込み始めた。
「……時間だね」
少しずつ、彼らの手足が石になっていく。
サフィは口を結んで涙をため、それでも前を見続けた。
小人王様の微笑みも、薄くなっていく。
――幸いなれ、黒小人の名鍛冶よ。私とは永遠の別れだが、他の者達とは、しばしの別れだろう。
それじゃあ、サフィにとっては何も変わらない。また1人に戻ってしまう。
「……なんとか、できないのかな」
深く、そう思う。ここまで頑張ってきて、サフィはやっと仲間に会えた。
<目覚まし>したのに、ここでお別れなんてあまりにも寂しい。
「……リオン」
ソラーナが僕の手に触れた。
「そう思うのだね?」
僕はこくりと顎を引いた。
女神様の雰囲気が、さっきまでとは違う。声に厳かさがあって、石になりかけた小人達も、サフィも、消えかけた小人王も、みんなソラーナを見ていた。
「なら……頼ってほしい。君はわたしの信徒で、『優しく』、『強い』、そんな誓いを結んだから」
女神様はぎゅっと目を閉じている。自分の腕を、跡ができそうなくらい強く握った。
「さっきのスルトとの戦いでも、わたしは君を――十分に守れなかった」
ソラーナの体に、黄金の光がまとう。
「その前の、凍てついた鍛冶場でも。石になった小人を前に、君の、君の力になってやることができなかった……!」
僕は、その光にとても見覚えがあった。
なぜなら、さっきソラーナが炎骨スルトの剣で深く傷ついた時に、全身から漏れ出ていた光だから。あの時は、光は僕に宿って加護を強めてくれた。
「成長する君に、値う神でありたい。だから……!」
ソラーナは辛そうなほどに目を閉じた。
「だから、わたしも!」
力がないことを悔いるのは、僕だけじゃない。神様も同じだ。
そんな神様を、僕は今までよりもずっとずっと、大切に思った。
「わかったよ、ソラーナ」
女神様は僕に応えようとしてくれている。その思いが胸を温かくして、願い事を口にさせる。
「ソラーナ! ただの<目覚まし>じゃ、封印に負けてしまう。だから、お願い、君の力を貸してほしい……!」
スルトを倒した。でもそれだけじゃ――強さで打ち倒すだけじゃダメなんだ。
僕は仲間を、サフィを救うためにここに来た。
女神様の胸にも、僕の胸にも、黄金の光が宿っている。
王都でスコルと戦い、『太陽の娘の剣』を授かった時も同じ光があった。
「ほう、リオンとソラーナの絆が……成長したか」
トールがそう顎を撫でている。
「……ソラーナだけ、絆の成長早くなぁい?」
「だよね」
「微笑ましいです」
ウル、ロキ、そしてシグリスが言葉を交わしあうのに、女神様はなんだか赤い顔になる。
「む、う……なんだかむずむずするな」
こほん、と女神様は体を光らせたまま咳払い。
トールが腕を組んで笑っていた。
「はっは! ソラーナは一番、年若く、そして母ほどの力はない神だ。だが……その分、早く成長できるんだろう」
大きな目は僕を見下ろして、こう言っているみたいだった。
リオン、お前と一緒にな。
ポーチから出した目覚ましの角笛がうっすらと輝いていた。
「リオン?」
不安げなサフィに笑いかける。
「待ってて」
僕は角笛に息を送り込む。
夜明けのアルヴィースに、勝利の角笛を鳴らそう。
この、朝日と一緒に!
――――
<太陽の加護>を使用します。
『太陽の目覚めの光』……太陽の力で、封印解除を永続させる。
――――
「おや、これは……」
ロキが目を見張った。
「面白い! <目覚まし>と、<太陽の加護>の組み合わせ。僕の『二枚舌』を前提にした能力というわけか! 対象は限定されそうだがこれは……!」
天井の裂け目から差し込む太陽の光が、広間中を満たした。
光が一人一人の小人にまとって、石になりかけた体を戻していく。ある小人は、手から石片がはがれて落ちていくのを呆然と見ていた。
「リオン」
サフィが涙目でこっちを見た。
快哉があちこちで起こる。
さっきのような、別れを前提にした再会じゃない。本当に、本当の意味での、再会だった。
サフィは泣き笑いの小人達にもみくちゃにされている。肩を叩かれ、頭をなでられするうちに、小人の鍛冶屋さんもわんわんと泣いた。
口元が緩んだ。ミアさんは一緒になって目元をぬぐって、横にいたフェリクスさんの背中をバシっと叩く。
スキル<目覚まし>の光が、黄金の魔力を伴って、鉱山中に渡っていく。きっと地下に隠れているという小人達にも、やがて目覚めはくるだろう。
「――まさか、神ではなく、小人の国を起こすとは」
フェリクスさんが背中をさすりながら、僕に笑いかけた。
「……ルトガーさんがあなたを見たら、とても誇らしく思うでしょう」
広々とした空間に、朝の風が行き渡っていく。
1000年を生き延びた小人達の歓声と、小人の鍛冶屋さんサフィの笑顔を見て、僕も嬉しくなった。
ルゥ、母さん。
僕、ちょっとは立派な冒険者になれたかも。
帰って今回の冒険を、きっと家族に伝えよう――!
「リオン」
「うん……!」
僕とソラーナは頷きあった。
「神様の起こし屋、最初の仕事は成功だね」
甦った半神半人の小人達を僕らは見つめ続ける。
魔物がいなくなった迷宮に、再会を喜ぶ声がいつまでも響いていた。
次話で、第2章は終了予定です。





