2-53:前へ!
神殿を出た直後、僕はミアさんとフェリクスさんに<太陽の加護>を使った。『黄金の炎』を纏ってもらい、サフィの後を追うために。
山の裏側からダンジョンに入ると、すぐに『目覚ましの角笛』が輝いた。小人が残した力が目的地にあるって、教えてくれたんだろう。僕は通路で角笛を吹き、遠くの仕掛けを先に起こす。
たぶん、全てがギリギリで間に合った。
僕らは今、サフィを守るように立っている。
「リオン……!」
涙をぬぐう、小さな鍛冶屋さん。
父さんがしてたことを思い出した。僕はできるだけ頼もしく見えるよう、微笑んで頷く。
「もう大丈夫。みんなで来たから……!」
雷神トールを中心に、ロキ、ウル、シグリスの四神が前線を張っている。一歩下がってソラーナが僕らに寄り添い、ミアさんが鎖斧を、フェリクスさんが杖を構えていた。
床で陣形を張る僕らだけれど、味方は上にもいる。
だだっ広い空間、その円筒形の天井には、何段もの足場が作られているんだ。そのほとんどに巨大弓や魔法器具が設置されて、僕らの敵を睨んでいる。
そう――敵だ。
前を見上げれば、強大さがわかる。
対面の壁に、炎骨スルトの巨体がそびえていた。膝をついた姿勢なのに、すでに今まで見てきた『憤怒の化身』や、『炎の巨兵』より大きい。立てば20メートル近いだろう。
同じ高さの足場で、黒ローブの女性が楽し気に腕を組んでいた。
「久しぶりねぇ、角笛の少年」
息を深く吐く。青水晶の短剣を構え、腰を落とした。
習った動きを一つ一つなぞっていく。
膠着状態の広間に、薄暗い声が響いた。
「妹さんは元気かしらぁ?」
やっぱりこの人、王都にも姿を見せた奴隷商人だ。
さすがにここで動揺するほど子供じゃない。
僕は口を結んだまま、女性を見返した。
「あなたの<目覚まし>も、なかなか素敵でぜひ欲しい能力だけどぉ……妹さんにも、なにか素敵な力はなかったかしらぁ?」
後ろに下がりそうになる。
嫌な声だと思った。巨大な蛇が周囲でとぐろを巻くみたいに、本能的に警戒させられる。
「妹さんの、何かの封印を解除できなかった? まるで、内側に何かいるみたいに……」
ルゥのことが過ぎる。
最初にスキル<創造>を使った時、手枷のようなものを感じた。
その迷いを気取られてしまったのかもしれない。
「そう、やっぱりね。ふふふふ、こんなところにいていいのかしら? どこかに隠したようだけど、兄というのは、愛した妹を必ず見つけ出すものだから……」
あ、兄――?
なんのことだろう。
「あの子を『妹』と呼べるのは、あなただけではないということよぉ」
構えが震えるのがわかった。
一番大事なもの――家族に、言葉の毒を吹きつけられた。
「な、なにをっ」
「リオン!」
ソラーナが真横を指さした。暗闇に赤い光が生まれている。
「が、ガルムの火球!」
サフィが悲鳴。
き、気をとられてた――!
魔犬が放った炎弾は、僕らに向かって突き進む。
「ふふふ、神様の前では火遊びだねぇ」
パチンと魔神ロキが指を鳴らすと、炎は遥か手前で打ち消された。
戦闘、再開。
小人の仕掛けが、壁際に広がる魔物の群れへ矢と魔法の雨を降らせる。それでも抜けてくる速い敵は、ロキが即座に炎に包んだ。
今までみたこともない、大軍同士の戦いだ。
じゃらりと鎖を揺らす音。
「スルトと戦うには、まずはこの魔物の群れを抜けなきゃいけないってわけだね」
ミアさんが、50メートル以上先で待つスルトを睨む。
巨大な炎のヒトガタは、腕を胸の前で交差させ、力を貯める姿勢だった。よく見ると、赤黒い何かが体から立ち上っている。
「……あれ、もしかして、巨人の遺灰と同じ効果?」
僕が言うと、フェリクスさんも遠見の姿勢になった。
「おそらくそうでしょう。まずは周辺の魔物、その封印を解いているのかもしれません」
ごくっと喉が動いた。
小人の攻撃を抜けて、僕らへ駆けてくる魔物は増え続けている。角笛を吹いたとはいえ、神様の力にいつまでも守ってもらうわけにはいかない。
だって、この先、スルトと戦わなくちゃいけないんだから。
僕は状況をまとめようとした。
「ええと、つまり……」
「スルトを倒すまでは、魔物は『無限』ということです」
「うへえ……」
声には出さなかったけど、僕もミアさんと同じ気持ちだった。
トールが笑う。
「魔物だけじゃねぇぞ」
そう言って、大きな瞳を足場に立つ黒ローブの女性へ向けた。
「スルトが魔物の封印を緩めているのは――もっと、でけぇ何かを呼び出すためだ」
と、スルトが組んでいた腕を解く。巨大な右腕を、足場の一つ――巨大弓の砲台へと向けた。
「みんな、逃げて!」
サフィが叫んだ。巨人の指から放たれたのは、灼熱の炎弾。
足場の前で弾けて、もうもうと土ぼこりを起こす。
狩神ウルと、薬神シグリスが飛び上がって割り込み、魔力の壁で守ったみたいだった。二神は同じ位置に滞空して、追撃に備えている。
スルトが忌々しげに熱い息を吐きだし、熱風が離れたこっちにもやってきた。
「……小人を守りながら、魔物を押しのけてスルトを倒す。そういうことだ」
トールの言葉に、僕はぐっと顎を引いた。
小人達が砲台からスルトにも攻撃を加えだす。けれども巨人の手前には赤黒い障壁が広がり、次々と攻撃を跳ね返していた。
まるで、城攻め。
小人の攻撃がスルトに向かったことで、今度は魔物が自由になる。
地面を揺るがせながら、ゴーレムや、ガルム、そしてロック・ワームまでもが僕らに迫る。
「やっ」
ソラーナが両手を前に突き出して、黄金の光を放った。ゴーレムとガルムが一纏まりになって反対側の壁に打ち付けられる。
トールも鎚で、ロキは魔法で、魔物の群れを押しやった。
もし上空からみたら、押し寄せる黒い波が、神様とぶつかって砕け散ったように見えたかもしれない。
「すごい……」
僕は呆然とした。
小人の技術。神様の力。そして終末そのものの、炎の巨人と魔物の群れ。
僕達は、ただの人間は、そのまっただ中に立っている。
「リオン!」
ソラーナが僕の方へ向いて、小さく微笑みかけた。
胸に熱が入る。
「みんな、行こう!」
前進するんだ。終末の黒い波を、かき分けるように。
次から次へと魔物はやってくる。
飛び掛かる魔犬ガルム、その喉元にもぐりこんで、短剣を突きさす。ロック・ワームには風の精霊を<目覚まし>。空気の刃が堅い装甲ごと両断する。
「はぁ!」
ミアさんが、斧でゴーレムと打ち合っていた。武器に刻まれた緋色の魔法文字が輝くと、魔力が放たれ、表面を穿つ。
露になったゴーレム核を、フェリクスさんの氷魔法が貫いていた。
「ゴアアアア!」
一際に大きい唸りをあげて、巨大な四つ足が迫りくる。両角に火を灯したムスペルヘイム・オーロックス――通称、『火牛』。
中間ボスとも呼ばれる、アルヴィース・ダンジョンの強敵だった。
角を僕らに向けて、馬車2台分の巨体が轢き潰さんとする。
「はっ!」
僕は、前へ踏み出した。
短剣に宿すのはトールの力。
<雷神の加護>で、短剣から電撃を打ち付ける。
「ゴアッ!?」
火牛の頭と落雷が衝突した。巨体が跳ね飛ばされて、ゴーレム数体を巻き込んで倒れる。
「つ、角笛のせいかな……?」
神様の力が強くなっている。中間ボスを一撃で跳ねのけるなんて。
フェリクスさんもミアさんも、驚いたみたいに僕を見ている。
ぶるりと体が奮い立った。
「さぁ、みんな! 前へ!」
どんなに魔物が多くても、僕らは確実に進む。
――ここまで、来るか。
スルトの声が、遠雷のように轟く。
真っ赤な両目が光を放ち、僕らを見下ろした。睨まれることで死ぬとしたら、僕らは全滅していただろう。
「……いいでしょう」
スルトの頭上、足場で黒ローブの女性が一歩踏み出した。
フードを取ると、長い黒髪が蛇みたいに縮れ落ちている。真っ赤な唇が弧を描いた。
「スルトも目覚めたようだし、そろそろ私も混ざりましょうか」
その瞬間、女性の周囲に赤黒い魔力が満ちた。スルトが放っていた、巨人の遺灰に似た光。
それが女性の周囲に急激に集まっている。
「角笛の少年よ。改めて名乗りましょう、私は『蛇骨ヨル』、ユミール様が生み出した魔物の一つ」
僕らを見下ろして、女性は言った。
「世界蛇を見るといい」
どす黒い、煙に似たものが女性から吹きあがった。天井に開いた裂け目から、煙はどんどん外へ出ていく。
やがて月明りが照らす夜空に、黒のウロコが、金色の目が、赤い口腔が浮かび上がった。
息を吞んでしまう。
裂け目から見える夜空を完全に覆ってしまうほどの、巨大すぎる蛇だった。
胴回りは、きっと王都城門をギリギリ抜けられるかという太さ。長さは想像もできない。けれど、とてつもない巨大さだっていうのはわかる。
城や砦だって、この大蛇であればぐるりと締め付けることができるんだろう。
「蛇骨……」
僕は、王都の南ダンジョンで見た壁画を思い出した。
ユミールの骨から生み出されたという、魔物の幹部。両腕の骨から生み出されたのは、とてもとても大きな蛇だった。
「こ、こんなの……」
声が漏れてしまう。
炎骨スルト、そのさらに上にある裂け目から、大蛇の顔が見下ろしている。
――さて、では、あなた方がスルトと戦っている間に、アルヴィースの街でも襲いましょうか。
巨大な眼球が、三日月形に笑う。
大蛇は顔を裂け目から引き抜いて、アルヴィースの街を見つめたようだ。街からも異変が見えたんだろう、幽かに、幽かに悲鳴が聞こえた。
――まさか、これほどの幹部が2人もいるとは思わなかったでしょう?
裂け目に向かって、赤い光が飛び出した。
大蛇の横面に雷撃が叩き込まれる。
「……やはりお前だったか」
トールが鎚ミョルニルを投げたんだ。
戻ってきたハンマーを受け止めて、トールは大広間の空中に浮かぶ。
睨み返すのは、大蛇ヨルムンガンドだ。
――前の終末では決着がつかなかったけれど……。
「ふん、それはこっちも同じだ」
大蛇と雷神の声が、高い天井に響いていく。
トールは僕を見下ろした。
「リオン! 外は俺に任せろ、中は……」
僕は短剣を掲げて答えた。
「うん! 僕に、任せて!」
トールは微笑んだ。岩山が一瞬見せた晴れ間みたいに、すぐに厳しい雷神の顔に戻ったけれど、それは確かに微笑みだった。
僕とトールの胸に、同じ赤い光が宿った気がする。
「ありがとうよ。お前は、本当にいい戦士になった」
トールは裂け目から外へ飛んで行った。
外では雷神トールと世界蛇。
内側では、僕らとスルト。
2つの巨大な魔物を、僕らは相手にしなければならない。
「父さんだって……きっと、怖かったよね」
それでも決断したのは、きっと『守る』という意思があったから。
僕も、もう決めた。
いっぱい迷って時間をかけたけれど、それでも答えを出した。
だから今は進み続ける。
――では、ゆくか。
炎骨スルトも熱波と共に立ち上がった。





