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2-51:黄昏に目覚めを


 大空間に、角笛の音が響き渡る。

 黄金の魔力が満ちた。広間を囲う足場では巨大弓(バリスタ)がみるみる錆を落とし、石になっていた小人達も息を吹き返していく。


「リオン……!」


 サフィにもはっきりと聞こえた。

 彼は来ている。今も、駆けながら、ここへ近づいてきている。

 何機かの巨大弓(バリスタ)はすぐに稼働し、巨大な矛先を巨人スルトに向けた。


「その小人を止めなさい!」


 蛇骨ヨルが叫んでいた。真後ろでスルトの咆哮が聞こえる。周囲から、ゴーレムや、魔物が続々と押し寄せるのがわかった。

 壁の赤い宝石までは50メートル。

 鍛冶屋の鞄を放り出して、鎚だけを持ってサフィは走った。短い距離をサフィが駆け抜けるのが早いか、左右から魔物が迫るのが早いか。

 視界の左端に岩。

 身を屈めていなければ、投石で頭を潰されていただろう。


 ――こっちだ、サフィ! 君の魔力を!


 小人王の声が、壁際の赤い宝珠から聞こえ続けている。直感で分かった。この赤い宝珠が、多くの巨大弓(バリスタ)へとつながる魔力の供給源なのだろう。

 全ての仕掛けが動くには、まだ足りないのだ。

 あと、30メートル。


「ガァアア!」


 獣の吠え声と、爪が岩を走る音。


「が、ガルム……っ?」


 赤い光が、右側の視界に生まれていた。炎を吐くアルヴィースの番犬だ。


「ガァッ!」


 射出された火の弾。サフィのすぐ後ろで弾けて、前へと吹き飛ばされる。

 奇跡的な受け身で転がり、サフィはさらに走った。

 あと、10メートル。

 横から大きな手が伸びる。敵のゴーレムだった。


「ゴーレム達よ!」


 高い足場から、太った魔法技師が叫んでいた。

 真っ青になったが、鎧を着た別のゴーレムが、人形を殴りつける。

 番兵ゴーレム――かつての小人達が残した、防御機構だ。おそらく氷が溶けたことで、番兵ゴーレムもまた復活してきたのだろう。

 上層の足場にあった巨大弓(バリスタ)も、槍のような矢を射出し魔物達の足止めに動いていた。


「み、みんな……!」


 赤い宝珠はもう目前だ。

 魔犬ガルムの炎が、また背後で爆ぜる。

 爆風に跳び上がりながら、サフィは鎚を赤い宝珠に打ち付けた。


祝福(ブレッシュ)!」


 それは、魔力をこめる技。

 赤い宝珠が輝きを強め、魔力をあふれさせた。


 ――ありがとう。


 小人王の声が聞こえる。

 白の小人が仕掛けを残し、黒の小人が今につないだ。


「い、今更ですけど……小人王様の、声……?」


 ――私は、この宝珠に、魔力と意識を流し込んでいた。あの角笛に、神がそうしていたように。


 リオンの持つ『目覚ましの角笛(ギャラルホルン)』にはヘイムダルという神が、魂を宿しているという。同じように、小人王はこの宝珠に魂を宿していたのだろう。

 何かを……おそらくは、魔力を維持するために。


 ――魔力が足りなかったが……君の祝福(ブレッシュ)で、仕掛けが動き出す。


 赤い宝珠から膨大な魔力が解き放たれ、壁を駆け巡っていく。広間中に浮き出る魔法文字(ルーン)は星空のようで、サフィにもすぐに悟らせた。


「……この広間自体が、大きな、道具なんだ」


 まるで『檻』。敵を誘い込み、最後の勝負をしかけるための。

 まばゆい光の中で、そっと、小さな手がサフィの頭をなでてくれた気がした。

 魔力と一緒に、サフィの頭に古い光景が過ぎる。



     ◆



 頭に浮かんだのは、とても古い情景だった。

 おそらく宮殿の一室だろう。魔石灯はダンジョンと化した今とは比べ物にならない明るさで、白い壁にははっきりと当時の文様が残っている。


 部屋に集っているのは、小人達だ。

 サフィは、それが小人の国(アールヴヘイム)の十鍛冶だと気づく。全員が薄い羽と長い耳を持つ白小人で、1人は小人王だ。

 サフィを除く十鍛冶が集められているようだった。


「巨人と魔物から使者が来た。魔物に降れば、終末でも生き残らせる、と」


 小人王の言葉に、鍛冶師は沈痛な顔で言葉を交わす。


 ――使者が来た?

 ――降れと?

 ――だが勝ち目はない!

 ――小人の技術が、何かを作る技術が破壊に使われるなどと……。


 胸に痛みが走る。間違いなく、小人達が『降るかどうか』を決断した場面だろう。

 サフィも含めて、大多数の小人が知る前に、戦況は急激に悪くなっていったのかもしれない。


 国が誇る十鍛冶は職人の代表だ。力を技術力で測るアールヴヘイムでは最も優れた10人ということになる。

 白小人達はしばし議論を交わした後、決断した。


「……罠を張ろう」


 小人王が、少年のような顔から、凛とした声を響かせた。


「魔物に降って生き延びることは、真に生き延びることとはいえない。死んだも同じだ」


 彼らの間で、作戦は次第に固まっていったようだ。

 小人の国(アールヴヘイム)を狙う敵の幹部、炎骨スルトを宮殿まで誘い込むこと。そして巨大弓(バリスタ)や番兵ゴーレムで倒し、その後、宮殿は山ごと崩して埋めてしまう。


 狙いは、アールヴヘイムを狙う魔物を確実に葬ること。

 そして、その後の攻勢をやり過ごすこと。宮殿を土に埋めてしまうことで、魔物と相打ちになって滅んだと思わせることができるかもしれない。

 

 戦う小人には大勢の犠牲が出る。

 だが、もともと小人は地下に住むもの。土砂に埋まっても、宮殿の最下層までは潰れまい。そこに戦えない者を逃がし、長い年月を耐え忍べば、少なくとも全滅は免れる。


「問題は、同じ十鍛冶のサフィだ」


 小人王が言うと、十鍛冶たちは俯いた。


「我々は――作戦を敵に知られることを警戒しなければならない」


 サフィは胸が痛んだ。

 アタシは敵に知らせなんてしない。

 そう叫びたいけれど、鍛冶達の応答に胸がつまって、声は出せなかった。


 ――信じてやりたい。

 ――だが無理だ。

 ――『魔物にしてやる』という先方からの誘惑に、黒小人は抗えるだろうか?


 小人王が言った。


「サフィの技術力は、他の黒小人とも隔絶している。もし彼女が(はかりごと)を知り、敵に降れば、我々は最も優れた技術をも魔物に渡すことになる」


 だから、サフィは作戦には混ぜない。

 裏切られて最も困る存在は、最も裏切る可能性が高い黒小人だったから。

 現に黒小人は武器職人として、力に魅せられ、何度か小人を裏切った。


「優れた鍛冶師には、後世に技術を伝える価値もある。二重の意味で、サフィを巻き込むわけにはいかない」


 小人王は一同を見渡した。


「戦いが終わるまで、眠らせ、その場は特に強い魔法文字(ルーン)と指輪で守らせよう」


 サフィは、胸が痛んだ。魔力と共に受け取ったのは、あまりにも辛い記憶だった。


「アタシ、そんなことしないわ!」


 そういっても、過去に声は届かない。


 ――そうだ。

 ――眠らせておくしかない。

 ――十鍛冶同士では、隠すことにも限度があるだろう。

 ――国を守る(はかりごと)に、黒小人を加えることは慎重にならなくては……。


 そうして、サフィは眠らされたのだ。

 小人としての力を認められていながらも、かつて裏切者を出した種族であるために、信用されずに。



     ◆



 ――あくまでも白小人と、十鍛冶だけで(はかりごと)を進める予定だった。

 ――戦いを前にして、黒小人を信じることが、我々にはどうしてもできなかった。


「あ、アタシにも、手伝わせてもらえれば……!」


 準備は白小人を中心に進む。

 武器職人である黒小人は、十鍛冶ほど力がないものが、監視付きでごく僅かに選ばれただけだった。

 けれども、終局ではすべての小人が参加することになったようだ。


 実際に戦いが始まり、戦う者と、地下深くに逃れる者に分かれる段になっては、全員に話すことになる。

 小人王たちにしてみれば、この時が最も大きなリスクだっただろう。反乱の恐れだ。サフィに秘密を伏せ封じたのも、結局は同じ危険を先送りにしたに過ぎない。

 だが黒小人は――白小人の要請を、請けた。誰一人として、巨人に寝返ることもなく、ほとんどが戦うことを選択した。


 ――サフィが生き残るためならな。

 ――ああ。あいつは、まだ小さい……。

 ――黒小人のくせに、十鍛冶を目指すなど生意気と思っていたが、どうしてどうして……。


 黒小人達は、サフィが先に封じられたと知って、かえって結束を強めてくれたらしい。十鍛冶になったサフィのことを、後世に生き残らせる価値があると、思ってくれていたのだろう。


 もともと、魔物を宮殿に誘い込み、戦い、埋めるという、大勢の犠牲を出す作戦だ。

 その頃にはサフィを先に眠らせた目的は、『裏切りの恐れ』から、サフィ自身を――最も若い十鍛冶を『守る』ことに変わっていた。


「そんな……」


 目が熱くなった。

 凍てついた鍛冶場で見た巨人の武具も、玉座の間であった裏切りの現場も。

 巨人を誘い込むという企みが、中途半端に止まっていた光景だったのだろう。


「今更だよ……!」


 こっちは1000年も独りで封印されていたのだ。

 怒りと安堵がせめぎあって、言葉にできなくて、熱い塊は目の淵から零れ落ちるばかりだった。

 高い足場から、ヨルが黒衣を揺らして叫ぶ。


「そうよ! もう敗北は決まったのよぉっ!」

「オオオオ!」


 ゴーレムが接近する。その足元に、風の刃が刺さった。


「サフィ!」


 壁に開いた穴から、こちらを呼ぶ声が聞こえた。

 角笛を手に持ったリオンが、サフィを見下ろしている。昇降機へ至る前の通路に空いていた穴だろう。

 その後ろには、ミアや、フェリクス、そしてソラーナやトール――神々もいた。

 彼らは穴から飛び降りると、サフィのところへ駆けつけた。魔物の軍勢から、神々と、冒険者が守ってくれる。


「ごめん、遅くなって」


 駆けつけてすぐリオンは言った。

 赤髪を振り乱し、2メートルはある巨神――トールが叫ぶ。


「はは! スルトに、巨人に、人形に、魔犬か! 大盤振る舞いだな!」


 サフィは地面に腰を落としたまま、にじむ視界で少年を見上げた。


「……どうして、来てくれたの?」


 リオンは少し言いよどむ。


「ごめん、信じるって言ったのに。小人王様に言われた時――僕、勇気がなかった」


 でも、とリオンは続ける。手で、革紐で結ばれたコインケースを取り出した。サフィが出会ったばかりの頃、一番心がこもっていると褒めた小物だ。


「思い出したんだ。黒小人とかそういうのじゃなくて……僕は、サフィを信じようって」


 リオンはサフィに手を差し出した。おずおずと、その手を掴む。

 アタシよりちょっと大きなだけの手なのに、どうしてこんなに温かいのだろう。青空みたいな瞳が、ぐっと心まで熱くする。


 ――サフィ、この少年は?


 赤の宝珠から、小人王の声が響く。


「リオンです。神様の起こし屋さんで――アタシの、アタシの……仲間です」


 そうか、と小人王様が応じた。

 魔物に囲まれた状況。

 でも今は、もう怖くない。


 ――少年、リオンよ。その角笛を、もう一度、頼む。

 ――宝珠の魔力は十分だ、今こそ、本当の目覚めを。


 リオンは頷くと、手に持った角笛を口に当てた。

 角笛が響き渡る。

 円筒形の大広間、その上層で動きがあった。歯車の駆動音。石壁と思われた場所が凹み、土ぼこりをあげながら左右に開いていく。内側にも、さらに巨大弓(バリスタ)、あるいは魔法や鉄球を打ち出す兵器が隠されていた。


 ――みんな、撃て!


 角笛で目覚めた小人の罠が、炎骨スルトと魔物を攻撃していく。

 こちらに接近する魔物は、トールの鎚、ロキの魔法、ウルの弓、そしてヴァルキュリアの槍で防がれた。

 太陽の娘ソラーナは、リオンの近くに寄り添って、パーティーが宿す『黄金の炎』を強めているようだ。


「……すごい」


 サフィは呟いていた。

 前方には、炎骨スルトが城塞のように立ちふさがっている。その上の足場には蛇骨ヨルがいて、苦々しく顔を歪めていた。

 小人と、神々と、そして人間。

 かつてバラバラだった三者が、終末の巨人に立ち向かっている。


 ――まだ、遅くない!


 サフィもまた顔をあげて、炎骨スルトとヨルを睨み返した。


「目覚ましっ」


 リオンがダメ押しに叫ぶと、大広間の天井が動いた。すでにあった裂け目が押し広がり、落ちてきた岩や土が魔物を押しつぶす。

 新たに壁が開き、巨大な矢が魔物を貫いていく。



 広まった、天井の裂け目。

 まだ高い月が見える。サフィは、そこに2羽のカラスを見た。

 割れ目からそっと、フードを被った老人が覗いている。

 老人は小人と神々の共闘に目を細め、そっと片目をつむると、カラスの羽根を残して暗闇に溶けた。


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新作始めました! もふもふ可愛く、時々アツい、王道ファンタジーです!
転生少女は大秘境スローライフを目指す ~スキル『もふもふ召喚』はハズレと追放されました。でも実は神獣が全員もふもふしてた件。せっかくなので、神獣の召喚士として愛犬達と異世界を謳歌します~

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