2-31:人形使い
鉱山街アルヴィースの、地下深く。
薄暗い洞窟に、ピッケルの音が休むことなく続いていた。
採掘されているのは赤黒い鉱脈だ。
熱された炭に似た色が、薄闇に浮かび上がっている。鉱脈以外は氷に覆われ、凍てついた坑道という有様だった。
魔法技師ガニスは乾いた目で作業風景を観察する。
工夫たちは白い息をはきながら、休みなくピッケルを振り下ろしていた。魔石灯は暗く温かさもない。
極寒での重労働だ。
「……う」
一人が倒れた。
大きな影が近づく。3メートルはある人型で、頭に青い一つ目が光っている。
魔法生物――ゴーレムは倒れた工夫を拾い上げると、肩に乗せてどこかへと消えた。
「今日も順調そうですねぇ」
ガニスが呼び掛ける。
ピッケルの音が止んだ。
「が、ガニス……様」
「おい、続けろ。ゴーレムをけしかけるぞ」
工夫たちは慌ててピッケルの動きを再開させる。
ガニスは顔色の悪い中年の男だった。年頃は40を少し過ぎた頃。
少し寂しくなった金髪も、顔立ちも、貴族らしく整っていた。が、ぎょろりと大きな目がカエルのような印象を与える。人を睨み付けるとき、その目は特にどんよりとするのだった。
魔法使いのローブを着ているが、杖は持っていない。後ろに2体のゴーレムが控えて、彼の装備を持っている。
「す、少しは休みを……」
ガニスは積み上げられた赤黒い鉱石に目をやる。
買い主が『遺灰』と呼んでいるものだ。
「……足りない、足りないなぁ」
「そんな」
「もう、限界ですっ」
ガニスは笑う。
1体のゴーレムが戻ってきた。先ほどの工夫はすでに肩にいない。
「あれはダメになったか……また、補充をせんといかんな。誰の家族がいいかな……?」
工夫らは青ざめる。
「お前達は奴隷、命を金で買われたモノだ。平民など、いくらでも代わりはきく」
そう言い捨てるガニスに、奴隷たちは懇願する。
「せめて休みを、一時間だけでもいい!」
「そのゴーレムにも働かせればいいじゃないかっ」
ガニスは目を弓形にした。
「バカな、このゴーレムはワタシの作品だよ。それに、細かい穴に潜り込むには君たちの方が似合っておる」
「外道め! お、オーディス神が、神が見ていらっしゃるぞ」
一人が言いつのった。
奴隷の使用。過酷すぎる環境。無許可のゴーレム。
いずれもアスガルド王国の法に触れるものばかりだった。
ガニスは手を広げてみせる。
「はて、こんな地の底まで……? 誰が気づく?」
領主は政治に関心が薄い。優れた魔法使いであるガニスは以前から一目置かれていた。
新しい力を得た今は、さらにである。
地理的にも、権力的にも、誰も手出しできない。
「仕置きだな」
ガニスは反抗的な奴隷にどんよりした目を向ける。
「来たれ、ゴーレムよ」
呼ぶと、あちこちからゴーレムがガニスの下にやってくる。
魔法生物は全て同じタイミングで跪いた。
工夫らは主人の力に後ずさる。
ゴーレム達は反抗した奴隷を担ぎ上げた。奴隷は、やがて壁に叩きつけられる。
「くく……ゴーレムより、平民の方が覚えが悪くて困るよ」
ローブを翻して、ガニスは昇降機へ向かった。
万能感が記憶を刺激する。
ガニスに奴隷を与え、この秘密鉱脈をも教えたのは、貴族の間で囁かれている『奴隷商人』だった。
だが本当の恵みは別にある。
「なんとも素晴らしいスキルだ……!」
ガニスはうっとりと呟く。
奴隷商人は、人間にスキルを与えることができた。
ガニスが受け取ったのは<スキル:人形使い>というもの。聞いたことがなく『外れスキル』かと思った。が、ガニスが受け入れた瞬間『ゴーレム・マスター』という能力が実ったのだ。
能力は『ゴーレムを操ること』。
魔法使いの経験を活かし、ガニスは魔法生物と奴隷で効率的な採掘場を作り上げていた。
ガニスが乗り込んだ魔力で動く昇降機も、ゴーレム技術の応用である。
「しかし……」
斜めに動く昇降機に揺られながら、ガニスは懐から書状を取り出した。
かつては感謝を覚えていた奴隷商人だが、今は頭痛のタネになっている。
「また増産か……」
立場上、もう奴隷商人らには逆らえない。
そんな彼らからの要求が、最近は厳しくなっていた。
舌打ちする。
「しばらく、ゴーレムの横流しができなくなるな」
スキルのおかげで、ガニスのゴーレムはすさまじい性能を持つ。
密売に割く時間さえあれば、ゆくゆくは秘密鉱山に匹敵する副業になるはずだったのに。つい先日も辺境のヴァリス領へ向けて馬車が出発したばかりだった。
迷宮でも様々な実験をしている。
時間はいくらでも必要だ。
ただゴーレム密売も、一部の実験も、奴隷商人にはまだ伏せていた。
「また奴隷をもらうか……口実がいるな」
口を歪めて、昇降機を降りる。
上層では氷が消えている。岩をくり貫かれた通路が出口まで続いていた。
唸り声に似た、いつもの音がやってくる。
――オオオ。
「……またか」
嫌な場所だ。来るたびに風が通り過ぎて、それが巨人の唸り声のようなのだ。
ガニスの胸をある懸念が過る。
――本当に、あれは鉱床なのだろうか……?
魔石灯が照らす壁。
そこには目を閉じ、歯を食いしばった巨大な顔面が浮き出ていた。鉱床の位置が足だとすれば、ここは丁度、頭部といえるだろう。
「ま、まさか……な」
もちろん――たまたま、人面に見えるだけだ。
巨人などばかげている。
冒険者に『終末』だとか『強大な魔物』だとかを告げる全体メッセージがあったらしい。が、結局、7日経った今も取り立てて何もないではないか。
もっと考えるべきこと、そして愉快なことは大いにある。
ガニスはくっくと腹を揺らした。
「さて、ヴァリス領に送ったゴーレムは、どうなったかな。大金になるはずだが……!」
ガニスは知らない。
ヴァリス領にこっそり贈ったゴーレムは全て、とある少年が見つけてしまっていることも。
その少年が神々を引き連れて、まさにアルヴィースに近づいていることも。
なにもかも、知るよしもない。
「くっく……」
笑いを押し殺しながら、ガニスは坑道を後にする。
――オオオ!
轟く風の音。
それは巨人の笑い声のような抑揚がついていた。





