2-25:旅の夜
旅の初日も、すっかり夜だ。
広場では、いくつもの焚火を馬車が囲っている。そこに紛れるように、僕ら一行も夜を過ごしていた。
馬車で横になりながら目を閉じる。
談笑している冒険者の声がした。それ以外には、仲間の寝息と、川が流れる音。
静かだった。王都の夜とはまた違った、自然の真ん中にいる静かさ。
あらゆる音が際立って、ここが王都じゃないって実感する。
なんとなく心細くてポケットを探った。
冷たい金貨が指に触れる。
さっきまで、神様は夕方のスリについて話していた。
みんな心配したり怒ったり、反応は神様で違う。特にソラーナが、何もできなかったことを悔やんでいるみたい。
――次に現れたらわたしが相手だ!
――成功したらしたで、あのスリは後悔したろうな……!
ソラーナとトールの、そんなやりとり。背中に炎を宿す2神と、苦笑する他の神様が目に浮かぶ。
頼もしくて、大げさで、少しくすぐったい。
まだ耳に残る賑やかさに笑みがこぼれ、みじろぎした。
……眠気はなかなかやってこない。
興奮? 緊張? それとも固い席で横になっているせいだろうか。
マントにくるまって、おまけにコカトリスのアーマーも、内側は温かい作りなのに。
「……ん」
身を起こして、窓を少し開ける。
居並ぶ馬車の隙間から、火が見えた。白い筋がすうっと夜空に登っている。商人同士、冒険者同士が集まってまだ話していた。
ああして情報を交換するのだろうか。
「父さんもああやっていたのかな……」
一瞬、焚火に座っているのが父さんに見えた。
フクロウが鳴いている。
なんとなく落ち着かなくて、僕は少し外へ出てみることにした。夜の空気を深呼吸すれば、少し気が静まるように思えて。
「眠れませんか」
どきりとする。
フェリクスさんが、馬車にもたれるように立っていた。
「……あの」
「外はご心配なく。私が見張っています」
細い目をさらに細めて、フェリクスさんは笑う。
「……眠れなくて」
僕がそう告白すると、目尻を下げた。
「では、少し話でもどうですか?」
フェリクスさんは、馬車から少し離れて一本だけ立っている木の下へ歩く。僕もその後ろへ続いた。
「慣れない旅路に、おまけに初めての街。ミアのようにあなたに気を向けるべきでしたね」
「い、いえ……」
僕は夕方のスリを思い出した。
「あの、さっきは……!」
「お気になさらず。日が暮れてから、部下にそれとなく馬車の周りを探らせましたが、不審な人間はいませんでした。少なくとも現段階では、奴隷商人があなたを追ったというより、本当に偶然のスリの可能性が高そうです」
それはそれで、僕がトラブルを引き込んだことになるんだよね……。
しばらく会話に間があった。
「……お話って?」
「ええ」
フェリクスさんはちょっと言い淀む。やがて意を決したみたいに、杖をついた。
「……以前、お約束しましたね。あなたのお父上についてお話をすると」
それというのも。
いつもの口癖で、フェリクスさんはカルマルの城壁を見上げた。
「このカルマルがルトガー氏と初めて出会った場所だからです」
僕は顎を引いた。少し前までは、父さんの冒険の話がまた聞けるとは思えなかった。
遠くの森が葉を揺らしている。
「聞きたいです。お願い、できますか?」
フェリクスさんは星を追うように夜空を見上げ、話し始めた。
「ここでルトガー氏……」
苦笑して、首を振る。
「こう呼ばせてください。ルトガーさんと会ったのは、3年前のことです」
ちょっと表情が和らいだように思う。
「ここは街道の結節点。西へ折れてダンジョン都市へいく前に、ここで合流しました。今のように、城外市で待ち合わせをしてね」
「……どう、でした?」
「どう? ふふ、『普通』でしたよ。気負わず、軽く手を挙げて、それだけです。ごく普通の冒険者――失礼ながらそんな印象でした」
少し面白そうにフェリクスさんは語った。
「ただ、パーティーを組めば凄さがわかりました。潜在力を爆発させるスキル<覚醒>もそうですが、何より魔物やダンジョンへの知識が深い」
誇らしげなフェリクスさんに、僕も嬉しくなった。
すごい人とパーティーを組んだ――そんな風に自分の父親を話してもらえるなんて、こんなに嬉しいことってない。
「レベル50を突破した冒険者――世界に100名以下といわれる最精鋭です」
僕はよく言われている目安を思い浮かべた。
レベル10までは初心者。
レベル20が一番多い、いわゆる『普通』といわれる層。
レベル30で腕利き。ミアさんはここだ。
レベル40は精鋭。フェリクスさんはこの位置に入る。
そしてレベル50は――
「レベル50の冒険者ともなれば、魔物100体であっても撃退、ないしは12時間以上の生存が可能といわれています。強いだけでなく判断力にも優れた、専門家だったと思います」
フェリクスさんは少し沈黙した。目を閉じて、何かを思い出そうとしているみたい。
寒い風が渡ってくる。マントにフードをかぶっていても、耳が少し痛かった。
「血の夕焼けについて話をしても?」
「……お願いします」
神殿でも話は聞いた。
父さんがどんな戦い方をしたのか、聞いておきたい。
フェリクスさんも僕にこの話をしておきたかったのかもしれない。
父さんの最後を伝えるために。
「鴉の戦士団と、ルトガーさん達の協力関係は深まっていきました。ルトガーさんも我々の正体に勘づいてはいたでしょうが、だからこそ貴重な協力関係でもありました。そんな折、我々は王都の西側、未発見のダンジョンを調査する任務にあたりました」
フェリクスさんは淡々と語る。
「迷宮に『巨人の遺灰』がまかれ、ユミールが復活したのは知ってのとおり」
喉が鳴った。
「ダンジョンの奥地から、衝撃が吹きあがりました。岩が弾け飛び、それだけで戦士団に犠牲が出たほどです。魔力の奔流から、長身の男が出てきました」
「それが……ユミール?」
「おそらくは。彼自身が放った『最初の巨人』という言葉を信じるならね」
フェリクスさんは手に持った杖で、ざり、と地面をえぐった。
「恐ろしいと感じました。すぐに退却を考えました。それというのも、あくまでもダンジョン跡地であり、しかも秘密裏に発見された跡地でした。だから周囲に守るべき町はなく、撤退し、増援と合流すべきだと判断しました。しかし……」
ぶるりと震えた。父さんが何を思ったのかわかる。
「ルトガーさんと仲間は退きませんでした。僻地とはいえ、民家はゼロではない。だから退けないと」
父さんは、魔物から人を守ろうとしたんだ。
「ルトガーさんに奮起し、鴉の戦士団も息を吹き返しました。蘇った魔物は討ち果たし、大勢の犠牲は出しましたが、ユミールも逃げ去りました。もし我々が少しでも撤退していたら……ユミールらは得た時間で『遺灰』を使い、魔物を増やしていたでしょう」
王都での出来事が、胸を過ぎった。
「もしそうなっていれば、戦力の拮抗は破れ、戦士団は敗北。敵は別の街を襲い、ダンジョンからさらに新たな魔物を蘇らせていたかもしれません」
でも、それは失敗した。父さん達が、ユミールの前に立ちはだかり、力を削り続けたから。
「戦術、戦略、政治を超えた、瞬時の英断――あれこそ冒険者です」
息を整える。
「お父上は、戦士団と数時間に渡り前線を支え続けました。魔物を倒し、ユミールにも傷を与えています。絶望的な状況でどれだけ周りが鼓舞されたか……」
言葉を切った後、フェリクスさんは僕のポーチを指した。
「その最後のダンジョン捜索で、ルトガーさんが見つけられたのが、その角笛です」
僕は角笛を出して、眺めてみた。やっぱりスコルと戦った時よりも、色あせて見える。封印解除できる気配ももう感じなかった。
フェリクスさんはため息をついた。
「……その角笛にしても、もっと早くあなたに渡っていれば、と思います」
「それは、仕方がないです」
僕だって自分が吹けたのが信じられなかったのだもの。
ふふ、とフェリクスさんは笑った。
「いいえ。鴉の戦士団は、ルトガーさんが見つけたその角笛を、使える人を探していました。けれどもそれは、ほとんどが貴族だったのです……」
言われなくてもなんとなくわかった。
大変なアイテムを使えるならば、その人は当然に貴族のはず――そんな意識が鴉の戦士団にもあったみたい。
「より平たい心で見ていれば、リオンさん、あなたにもっと早くたどり着けていたように思えます。発見者の息子なのですから」
話が終わった。
静かになるのとは反対に、僕は胸が高鳴っていくのを感じた。
父さんが亡くなった状況。そしてやっぱりすごかったこと。
どちらもわかって、嬉しい。
まだ背中は遠く、受け取ったものをとても返せる気がしない。一歩一歩、進んでいくうちに自然と返せているものなんだろうか。
「……戻りますか?」
「は、はい。でもその前に、あっちの井戸に行きたいです」
話を聞いたせいか、ちょっと喉が渇いていた。
僕とフェリクスさんは揃って歩き始める。
『――リオン』
「ソラーナ」
起きてたんだ。
『うむ。今、一瞬だけ気配を感じたのだが――』
ぴたりと足を止めてしまった。フェリクスさんが怪訝な顔をする。
……『気配』?
『巨人の遺灰に、よく似た気配だ。とても微かだが、なんというか……とても、たくさんいる気がする。そのおかげでわかるんだ』
眉をひそめてしまう。
「ここに? ダンジョンじゃないよ?」
『むう。そのはずなのだが』
僕は神様の力を起き上がらせた。
まずは<狩神の加護>の能力『野生の心』。魔力探知には反応なし。
次に<目覚まし>の能力『封印解除』。これに宿る鑑定の力で周りをサーチする。
まさかと思ったけれど、ちょっと離れた馬車に微かな光が見えた。
「……フェリクスさん」
「何ですか?」
「あっちに行ってみます。神様がその――遺灰の気配を感じたみたいなんです」
フェリクスさんはすぐに表情を引き締め、頷いた。
目的の馬車は、焚火を囲う輪の一番外側に停まっている。なんだか人目を避けているみたいだ。
『封印解除』の光はその荷台でうっすら輝いている。
残念だけど灰色の布が被っていて、内側は見えなかった。
『……気配は近い』
「この馬車なの?」
周りに人はいないみたいだ。幸い、馬車自体の幌が目隠しになっていて、荷台を覗く僕らの姿も隠される。
不審すぎる状況に、フェリクスさんと目線を交わした。
「……最悪でも、馬車の主に戦士団の身分を明かせば、『調査』として協力させることもできます。カルマルの神殿を巻き込むので、大事にはなりますが」
「神様だけじゃなくて、<目覚まし>も反応しています」
それにはフェリクスさんも目を見開いた。
「カルマルは街道の結節点です。アルヴィースの他にも、色々な都市へ行きます。『何か』が運び込まれていても、不思議ではありませんが……」
他人の馬車。
だけど明らかな遺灰の気配のうえ、封印解除可能なものを積んでいる。
無視していくには怪しすぎた。
「……開けましょう」
僕は、思い切って布を持ち上げた。





