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2-13:父、冒険者ルトガー

 馬車に揺られて、僕らはダンジョンから駆け戻る。すでにお昼をだいぶ過ぎて、日は傾きかかっていた。

 一日の大半を使ったことになるけれど、2か所の迷宮に潜ったなら早い方だと思う。


 鴉の戦士団は南ダンジョンで戦士を弔う時に、骨や武具をまとめて塚のようにしてくれた。きちんと時間をかけてくれたんだ。

 探索としても成功だと思う。僕のレベルは18から19になり、ボスも2体討伐。スキル<薬神の加護>には『シグリスの槍』という新たな能力が実っている。


「そろそろ、かな」


 窓に白壁が見えて、僕は呟く。

 鴉の戦士団の拠点は王都の外にあった。でも立派な城壁に囲われていて、内側からは高い塔が3つ頭を出している。

 馬車は堀の前で止まり、橋が渡された。

 門を通って緩やかに馬車が進む。外からも見えた塔の下で、白い服を着た女の子が手を振っていた。


「お兄ちゃんっ」


 ルゥ……だ。隣には母さんもいる。

 どっちも白いローブ姿。母さんは施療院の服で見慣れているけれど、ルゥは一瞬わからなかった。


「降りましょう」


 フェリクスさんの言葉だけど、僕はもう飛び出していた。


「お帰りなさい」

「ただいまっ」


 母さんと短い挨拶を交わしてから、妹の服をみる。


「ただいま、ルゥ。似合ってるよ」


 新しい服もなかなか買えなかったから、違う服というだけで新鮮だ。


「ここでもらったの?」

「う、うん……魔力を出す練習で」

「でも起きてて大丈夫なの?」

「平気だよ、もう」


 ルゥは苦笑する。空色の瞳をぱちぱちさせて、手で塔の入り口を示した。


「それより! お兄ちゃんに話したいことがあるんだって」


 ロッドをついたパウリーネさんが、僕らに一礼する。白い服装はルゥ達と似ているけれど、高い帽子が目立った。


「そう……なんだね」


 喉が動いた。いよいよ、昨日起きたことを聞かされるんだろう。

 父さんのこと。ギデオンのこと。奴隷商人のこと。

 わからないことは山ほどある。


「リオンさん、どうぞこちらへ」


 パウリーネさんに導かれて、僕は建物に入った。一緒にダンジョンに入った人達とはほとんどお別れで、唯一フェリクスさんだけが一緒だった。

 通されたのは、円形のテーブルが一つだけある部屋。

 ちょっと椅子の数が多い。

 次にやってきた人を見て、僕は声を出してしまった。


「ミアさんっ」


 お、とミアさんは目を見張った。

 猫の耳みたいに結った赤毛が、ちょっと揺れる。ミアさんは口を斜めにしてパウリーネさんを見やった。


「……なるほど。急に街から呼び出したと思ったら、こういうことかい」

「はい。あなたにも事情を聴いていただければ。条件が折り合えば、ですが」


 条件……?

 知らないところで、ミアさんも交渉されていたのかな。

 パウリーネさんが咳ばらいをして、口を開いた。


「お待たせいたしました。説明が遅れたこと、オーディス神殿の者としてお詫びいたします」


 パウリーネさんがそう断って、部屋の出口に向かって合図をする。扉は閉ざされた。

 防音魔法とか使われたのかもしれない。

 この場は本当に、密室だ。


「最初に、あなた方には感謝しています」


 パウリーネさんは僕を見て、目を細めた。


「特にリオンさん。あなたがいなければ、王都はもっとひどく破壊されていた。そして――」


 口を震わせる。


「お詫びも。東ダンジョンから魔物が出てきたことも、リオンさんが貴族に苦しめられたことも、私達の責であるともいえるのです」


 僕は顎を引いた。

 大事な話が始まる。そんな重さがあった。

 母さんもルゥも緊張して、表情が張り詰めている。


「順番に話しましょう。まずはお父上のことからです。冒険者ルトガーさんは、私たちに協力していました」


 予想してはいたけど、それでも驚いた。母さんも目を丸くしている。


「か、鴉の戦士団だったってことですか?」


 僕が問うと、パウリーネさんはゆっくりと首を振った。


「いいえ。協力者、ということです。団員は限られていますし、私達が動いていることを知られない方が調査には有利です。そのため、腕利きの冒険者に依頼を出すことがあるのです」


 鴉の戦士団からの仕事を受けていた冒険者、ということかな。


「もちろん、依頼に戦士団の名前は出しません。普通の商家や貴族、あるいは研究家からの依頼を装います。報酬を渡して、ダンジョンの調査を代行してもらうのです」


 確かに調査に入られたと思ったら、悪い人は証拠を消してしまうだろう。普通の冒険者の中にも、気づかないまま『鴉の戦士団』の依頼を受けている人がいるのかもしれない。


「そういえば……」


 冒険者ギルドのお姉さんも、戦士団をほとんど見たことがないと言っていた。

 多分、戦士団と名乗って活動することがほとんどないのだろう。


「お父上は、普通の冒険者以上のご活躍をされました。レベル50の冒険者といえば、そうそう代わりはききません。何人もの戦士がお父上に助けられています。おそらく……」


 パウリーネさんは微苦笑。


「ルトガー氏は、依頼者が鴉の戦士団であったことを薄々は気づいていたのかもしれません。それでも協力要請を出し続けたのは、優秀な方であったことと、団員もお父上に敬意をもっていたからでした」


 僕達家族に、パウリーネさんが視線を向ける。

 みんなで顔を見合わせてしまった。


「あの人は……言いませんでした」

「僕も知らなかったです」

「そうですか。最後まで伏せていてくれたのですね……」


 パウリーネさんは俯いた。顔を上げると、緑の瞳には意思が強まっているような気がした。


「鴉の戦士団は、先代よりある集団を追っています」


 声が少し低くなったように思えた。


「奴隷商人です」


 ギデオンのことを思い出す。

 目的は僕を奴隷にすることだった。


「彼らはさまざまなスキルを持つ奴隷を集めています。奴隷自体がアスガルド王国では禁じられていますが、特に、ひどい扱いをすると聞きます。廃人のようになって見つけられる人もいますから。連れ去られた奴隷がどうなるか――性質上、鴉の戦士団でもすべては追跡できていません」


 スコルとの戦いでも、僕を狙うように女性がいた。

 ルゥのことも狙う口ぶりだったし、あれが敵……?


「特に脅威なのが、こちら」


 パウリーネさんは机に袋を置いた。ギデオンから取り上げたものによく似ている。

 中身は炭のようなもの。

 黒々としているけれど、未だに熱を持っているかのように時々赤く輝いた。危険そうで、不気味で、なのに釣り込まれそうな美しさも持っている。


「ギデオンのワールブルク家から押収しました。遺灰と呼ばれているものです」


 母さんが手を引っ込めた。


「……い、遺灰?」

「神話時代の、古代の遺灰です。これをダンジョンにまけば魔物の封印が大きく弱まります」


 母さんとルゥは困惑したように視線を交わしあっている。

 ミアさんは表情を変えず、肘をついてじっと袋を眺めていた。判断保留、ということかも。

 僕はパウリーネさんの視線に気づいた。


「神様から聞きました。巨人の遺灰だって」

「……そうですか。巨人とはまた……」


 高い帽子を傾けて、パウリーネさんが下を向く。

 ふと不思議に思ったけれど、この人は本当の神話を知っているんだろうか。神様が負けて、そこには魔物だけじゃなくて巨人が関わっていることを。


「ちょっといいかい」


 ミアさんがトントンとテーブルを叩いた。ちなみに、すでに目尻が下がっています……。


「聞くことが多くて、ちょっと混乱するね。つまり、そいつらはただの奴隷商人じゃないってことか?」


 腰を折られたみたいで王女様は口をもごもごさせた。えへんと大きく咳払い。


「ま、間違いありません。おそらく彼らの目的は……終末の『やり直し』でしょう」


 金貨が震えたのがわかった。


『リオン』


 ソラーナの声がする。


『そろそろ、わたし達も出ていきたい。いいかな?』


 僕は頷いて、金貨を円卓に載せた。

 手のひらサイズのコインが窓からの光を照り返している。彫り込まれた女神様が優しい笑みを結んでいた。


「お兄ちゃん、それは……?」


 ルゥが不安そうに訊いてくる。僕は妹に笑いかけてから、神様に声をかけた。


「大丈夫だよ……目覚ましっ」


 鴉の戦士団と、神様達の対面だ。

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