2-11:魔物
迷宮で一息つくことは、別に珍しいことじゃない。どのダンジョンでも階段付近は魔物がかなり出にくくなる。
僕と鴉の戦士団は、4層と5層をつなぐ階段部屋で休憩をとった。
「スキルの組み合わせですか……またまた規格外な」
そう呆れながら、フェリクスさんが温かいお茶を渡してくれる。
入口を封鎖してあることもあって、迷宮は静かだ。
休憩エリアには他の冒険者が持ち込んだままの椅子や、簡単な工具箱、それに焚火の跡地もある。
「……あなたには驚かされますね。スキルが2つ以上あるだけでも凄まじいのに、互いに効果を高め合うなんて」
魔力を回復させるというお茶だけど、温かさが心も落ち着けてくれる。
「体に負荷がかかるのも事実でしょう。魔法でさえ同時使用は難しい」
「そ、そうですよね……」
「あまり参考にならなくて申し訳ない。といいますか、こちらの頭が痛くなってきました……」
「は、はは……」
苦笑するけれど、実際に気を付けなければいけない問題だ。倒れては意味がないもの。
休んでいる間にも、遠くからアンデッドの呻き声が響いてくる。冷たい石壁に囲まれて、南ダンジョンはひどく寒かった。
「……どうして、アンデッドばかりなのかな」
ふと、そんな疑問が浮かんでしまった。
ダンジョンの作りは逃げ込んでいた神様や、信徒によって違うみたい。
じゃあ魔物はどうなんだろう?
『……リオン、聞こえますか』
シグリスの声が聞こえた。
『このダンジョンは、私が封印されていた場所です』
僕は小さく頷く。
『聖堂のように大部屋が多いのは、当時は多くの戦士が詰めていたから。ヴァルキュリアは人間の戦士を癒す役割。そのため、ここに治療に訪れていた戦士も多かったのです』
ですから、とシグリスは続けた。
『ここにアンデッドが多いのは、彼らの武具や……あるいは骨が魔物となった結果です』
「……お、大昔の人、てこと……?」
だとしたら、今まで倒していたのって……。
『リオン、あなたが心配するようなことはありません』
シグリスは優しく言ってくれる。でもなんだか無理をしているみたいで、胸が苦しい。
『彼らはあくまで、骨や遺品を材料に作られたアンデッド。大昔の信徒や戦士とは別の存在です』
シグリスは言葉を切る。
次の疑問がわいていたけど、僕は口を開けなかった。
魔物――当たり前に戦っていた存在だけど、不気味なアンデッドや、小人のようなゴブリン、魔獣のようなワーグと種類はたくさんある。
王都を襲ったスコルも魔物だとすると、彼らって何者なんだろう。
『わたしから説明したい』
金貨が震えて、ソラーナが外へ飛び出してくる。
大きさは人形サイズで、誰も注目していないから僕以外には見えていないのだろう。
僕はフェリクスさんに断って、ちょっと鴉の戦士団から離れた。
大事な話ならみんなにも伝えた方がいいと思うのだけど、神様は神様で考えがあるのかもしれない。
僕は信じたいって思うけど、確かに、まだ戦士団の出方はわからないしね……。
「人間が主神によって生み出された後、魔物もまた生まれていった。少しだけど、その話はしただろう?」
ソラーナの言葉に、僕は夢の情景を思い浮かべた。
「うん……終末に、巨人と一緒に襲ってきたって」
「では、リオンにとって魔物とはなんだと思う?」
ちょっと考えてしまう。
ダンジョンで倒してきた存在だけど、きちんと考えたことはなかった。
種類も多いし大きさもバラバラ。
人間への敵意とか、魔石とか、広く通じることを指折り数えてみる。
「強い魔力を宿した、人間の敵……かな?」
「そう。魔力を宿したというのが大事な点になる」
小さな腕で、ソラーナは太い柱を示した。
うっすら光る女神様のおかげで、一部分だけが照らされる。そこには大昔の彫刻が残っていた。
「見えるかな……」
こうした神話時代の痕跡が、南ダンジョンが『暗闇の聖堂』と呼ばれる理由なんだろう。
彫刻の左側には大きな人影。それよりも小さな動物や、手足の短い人型が右側に描かれている。右側の生き物はどれも頭を下げているように見えた。
「巨人に……おじぎしてる?」
「他の生き物よりも抜きん出るため、少なくない種族が巨人の力を借りた。ゴブリンらはそうして堕落してしまった小人、アンデッドは巨人の知恵で産み出された魔物なんだ」
僕は壁画をなぞってみた。
氷のように冷たい。
「よくないことだと思う。こんな形で死者を使うのも、力と引き換えに生き物を歪めてしまうのも」
僕はしばらく言葉が出せなかった。
「……スコルみたいな、魔物も? そうして生まれたの?」
「少し違う。巨人から作られたのは同じだが」
ソラーナは言葉を切って上へ移動する。
壁に彫り込まれているのは、一体の巨人。その手足から骨が抜き出されて、魔物に変じていく――描かれているのはそんな光景だろうか。
「スコルは、原初の巨人ユミールが手ずから生み出した魔物だ」
それは世界の最初に生を受けた、巨人の名前だ。
「ユミール自身の骨から作られたといわれている。だから、彼らの称号には『骨』の字が入る。神話時代の、魔物の幹部――そのような言い方になるのかな」
しんと迷宮は静まり返っていた。
壁画を見上げる。
巨人ユミールの肋骨は何体かの狼に。両腕の骨は大きな蛇に。壁画だと大きさも、細部もよくはわからない。
夢で聞いた、暗闇に響く産声が思い出される。体の芯から怖くなった。
「……スコルみたいなのは、まだいるんだ」
「ああ。間違いなく」
僕やルゥを狙った敵。それは間違いなく、逃げた後どこかに潜んでいる。
「この……壁画にいるユミールが、敵の長なの?」
「それは……まだ調べてみる必要があると思う」
そうか。神様はまだ目覚めたばかりだし、世界のことはまだわからないことも多い。
鴉の戦士団もまだ話をしてくれていない。
このダンジョンだって、そもそも未踏空間を調べるためにやってきたんだから。
『リオン、ソラーナ』
ロキの声がして、みんなの方を振り向く。もうそろそろ出発するみたいだ。
ソラーナが光を散らして金貨へ戻る。
『……リオン。ですから、戦いでは手加減や優しさをみせる必要はありません』
出発の準備をする間、シグリスの声が聞こえていた。
『スケルトンやドラウグルは、巨人の魔法で作られた魔物なのです。武具や遺骨から生前の技が再現されているにすぎません』
ぴんと張りつめた声に、シグリスの気持ちを感じてしまった。
僕にも、なんとなくわかる。魔物から人を守るために戦った戦士がいて、その人たちが今やアンデッドの発生源になっている。
皮肉……だ。
シグリスにとっては大事な場所だったんだろう。そして当時の仲間のことを思ってるんだ。
「……フェリクスさん」
僕はフェリクスさんを呼び止めた。
「オーディス神殿の神官さんが、このダンジョンに定期的にくるのって、『お祈り』のためって本当ですか?」
そんな話を父さんと母さんから聞いたことがある。
不人気な南ダンジョンだけど、オーディス神殿の神官はよく来る。理由は、アンデッド系の魔物に祈りを捧げるためだって。
「そのような修行がありますね」
じゃあ、と僕は口を開くことにした。
お節介かもしれないけど……。
「もしできるなら……ダンジョンが終わった後、お祈りをお願いできますか? 今まで戦った、スケルトンやドラウグルに」
フェリクスさんは目を細めて僕を見る。
「……リオンさんは神々と話せるようですね。それは神々からの願いでしょうか」
「いいえ。僕のお願いです、これ、あの、今更ですけど……」
僕は指を突き合わせて、できるだけとぼけて見えるように言ってみた。
「迷宮への目覚まし、僕への依頼なんですよね?」
フェリクスさんは、一瞬、驚いたようだった。すぐに、笑う。迷宮で声を出さないように、けれども肩を揺らして笑っていた。
「ふふ、それが目覚ましの報酬ですか。さすがは起こし屋! 交渉も一流ですね」
鴉の戦士団は互いに顔を見合わせ、頷いた。
フェリクスさんが口を開く。
「オーディス神殿は、戦士に敬意を表します。鴉の戦士団として、どのような姿になろうと、祈りが彼らの安らかな眠りに通じるならば……時間を割きましょう」
もう終わってしまった戦いに、できることなんてないのかもしれない。
でもなにかをするのが、受け継いだ人の役目だと思ったから。
「いこう、神様」
金貨に向かって、そう声をかける。ちょっと右ポケットが熱くなって、光が漏れた気がした。





