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2-5:角笛は吹かれたり


 ソラーナは語るべきことを終えたんだと思う。氷に包まれた世界は、次第に闇に閉ざされていった。

 全てが真っ暗になっても、あまりの光景にしばらく言葉をだせない。

 目を閉じると戦火に覆われた大地が何度でも瞼に浮かんでくる。破壊された王都を思い出してしまい、慌てて不吉な想像を追い払った。


「……それで、地下に神様も魔物もいたんだね」


 やっとのことで言えたのはそれだけ。

 金髪を揺らしてソラーナは頷く。白いワンピースが真っ暗闇でも淡く光っていて、ちょっと眩しかった。


「信徒を守るために、一緒に迷宮にいた神も多い。そこに封印の氷がやってきて、魔物もろとも封じられた」


 ふと、迷宮の外にいた魔物や巨人はどうなったのかと考えてしまう。

 氷が来てから千年以上。その間に倒されたりしたものもあったかもしれない。巨人も――巨人タイプという魔物も、確かにいる。

 今の冒険者は、やっぱり当時の生き残りの敵を倒しているんだ。


「主神は、策略をめぐらす神だった。敗北を何千年か長引かせて、その間にもう一度数を増した人々が魔物を討っていく――それが策だったのだろう」


 ソラーナは少し複雑そうな顔をした。


「まさか仲間が戦っている最中にそんなことを考えていたなんて、ね」


 ダンジョンに潜る冒険者は、あくまで生活のため。

 でもそれは、図らずも神様が退治できなかった魔物を代わりに倒している面もあるんだ。


「リオン、君には……」


 ソラーナは僕を見て、言いよどんだ。


「封印された神々を目覚めさせる力がある」

「だから、狙われたの?」


 ギデオンも、王都を襲った人たちも、僕を狙っていたように思う。


「ああ。狼骨スコルのような魔物を起こすのが敵。だとすれば、神様を起こせるリオンは障害になる」


 胸がきゅっと苦しくなった。


「る、ルゥも狙われてるんだよね……」

「同じ理由だろう。君と似て有用なスキルが発動するかもしれない」


 スコルの笑い声が胸を過ぎった。ギデオンのそれも。

 炎が王都に迫ったり、家族を――ルゥや母さんも襲うかもしれないんだ。


「……怖い、です」


 ごめんなさい。

 本音がこぼれた。

 でも、体が震えて仕方がない。

 ソラーナが目を伏せる。


「すまない、リオン。君は、君が思っている以上に危険だ……」


 家族と暮らしたい。

 僕の望みは本当にそれだけで。

 借金もなくなって、ルゥの病気も治って、少しずつもとの生活に戻れそうだったのに。


「……また、新しい敵だなんて」


 涙が滲んでしまう。

 スコルは倒すことができた。でも、あんな敵がこれからも、何度も何度も出るとしたら、とても勝てる自信がないよ。

 <目覚まし>って――そんな怖いことになるんだとしたら、本当の意味で『外れスキル』だ。


「僕は、父さんみたいなすごい冒険者じゃないし……」


 僕は、違う。

 すごくない。神様の力を借りられるだけの、もともと落ちこぼれの冒険者なんだ。


「僕は……!」


 言葉に出して、自分をけなそうとした。ソラーナからの信頼だとか、やってきたことだとか、全部全部投げ出すために。


「…………!」


 でも、声が出ない。

 僕に技を教えてくれた父さんや、僕を応援してくれるルゥや母さんを、裏切るような気がして。

 もう路地裏でうずくまって、暴力が過ぎ去るのを待っているなんて嫌だ。

 弱い自分への後悔は、もう一生分はしてきたから。

 それに僕の中の、『冒険者』への気持ちを否定したら、宝物を壊してしまいそうで。

 だって――かっこよくて強い冒険者に、憧れてきたんだもの。


「で、でも!」


 守るためには強くならないといけない。

 父さんがいないこの2年で僕が学んだことだった。

 体の強さも、レベルも、勇気も、決断力も、いろんな強さが必要だ。

 だとしたら、まだ退いちゃいけない。


「リオン……」


 ソラーナは日差しのように暖かな瞳で、僕をまっすぐに見つめていた。


「……君を1人にはしない。どんな君でも、わたしは、ずっと傍にいるよ」


 胸に太陽が生まれる。

 一人で立ち向かうんじゃないって思うと、むしろ勇気が出た。


「……僕、言ったよ。君の、太陽の娘の信徒だって」


 僕は踏み出してソラーナに顔を近づけた。


「やろうよ、起きてきたみんなと一緒にっ」


 思いが伝わるよう女神様を見つめた。


「優しい最強は、嘘じゃない」


 だから今は進む。

 ずっと持ってきた冒険者への憧れを胸に。

 角笛はもう吹かれたんだ。


「……リオン、君は……」


 ソラーナは涙ぐんで、首を振る。


「まだわたし達にも分からないことは多くある。けれども、共に……進んでくれるのかい?」


 力強く頷く。

 女神様の体がぱっと光って闇を追い払った。目が慣れると、星空が僕らを取り囲んでいる。


「ありがとう、リオン!」


 涙を払ってソラーナは言った。


「では、これから君に紹介したい。<目覚まし>で復活した神々を」


 星空に人の輪郭が浮かんできた。

 みるみるうちに4人の姿が現れてくる。それぞれの頭上には、星々を結んだ星座が輝いていた。


「雷神トールは、雷の神だ」


 金鎚の星座の下に、見上げるほど大きな神様が現れた。

 燃えるような赤髪で、右腕には鉄塊のような鎚。

 青白い雷光が鎚の表面を駆け回っている。

 こっちを見下ろす顔は整っているけれど、目力があってちょっと怖い。


「戦士をまとめる戦神でもある。鉄槌ミョルニルで多くの巨人と魔物を倒した。世界蛇とも呼ばれる、巨大な蛇の魔物とも争った」


 ソラーナの言葉に、トール神はにっと笑う。

 金鎚――ミョルニルを持ち替えて差し出された右手は、僕の2倍はありそうだ。


「よろしく。そして<目覚まし>をありがとう」


 握られた手にものすごい熱を感じた。


「俺の加護は『雷』だ」


 トール神は左手から鉄塊のような鎚を放り上げる。

 轟音。雷が四方に散った。

 ミョルニルをキャッチしてから膝を曲げ、僕に視線を合わせる。大きいので迫力があった。


「お前は小さいが……心はでっかいな」


 わしわし、と頭をなでられた。


「スコルを倒したこと、ソラーナを勇気づけたこと、どっちも見事だ!」


 大きな顔全体が笑みになる。

 けれど表情を引き締めると、精悍な神様の顔になる。赤い瞳は冷静だ。


「俺は戦神でもある。その目でいうと、魔物はまだ全て目覚めたわけじゃない。今まで倒されたものもいる。つまり――相手の総兵力は減っているし、今動ける兵力も敵と俺達は大差ないはずだ。そうでなければ魔物が総攻撃を遠慮するワケがない」


 薪みたいに太い指が、僕の胸をさした。


「勝てる戦だ。お前の、()()に期待してるぜ」


 トールは白い光になって、星座の方へ飛んで行った。

 次にソラーナが紹介したのは、青の鎧を着た女性だ。頭上には匙の星座が光っている。

 神様は僕の前に来ると、膝をついた。


「えっ!?」

「シグリスです。人間の戦士を治癒するヴァルキュリア――薬神とも呼ばれていました」


 シグリス神が顔を上げる。

 青い髪は右目を隠すように伸びていて、顔をあげた拍子に少し揺れた。


「リオン、シグリスは人間を癒し戦いを支え続けた。人とのかかわりが最も深い、戦乙女とも呼ばれる神なんだ」


 ソラーナが言うように、シグリスは右手に槍のような大きさの匙をもっている。それを偉い騎士様がやるように、膝をついた姿勢のまま、上に真っすぐ伸ばしていた。


「あなたに感謝をささげます」

「こ、こちらこそ……!」


 あ、と思い直す。


「怪我した人、治してくれた神様ですよね? ありがとうございます」


 逆にこっちがお礼を言わないといけないのに。

 シグリス神は驚いた顔をしたけれど、やがて立ち上がり、ひっそりと笑った。


「よろしく、そしてありがとう。優しい方でよかった」


 薬神様も光になって、匙の星座へと消える。


「次はボクだね」


 とうっ、と掛け声一つ。

 弓の星座が光る位置から、茶髪の神様が僕の真正面に跳ねてきた。

 ソラーナが飛び退きつつ慌てて紹介する。


「か、狩神ウルは狩りの神だ」


 ウル神は胸に手を当てる。毛皮や革の鎧を身に着けているけれど、どれも淡く光っていた。

 笑顔は春風みたいに爽やかだ。


「よろしく、目覚ましの君。ボクは自然を相手にする者の守り神でもある。戦いでは野を駆けて、魔物の存在を真っ先に知らせたものだ」


 ウル神は僕にウインクする。


「今の君には、狩人の感覚が宿っている。戦いでも、迷宮でも、役立つだろう」


 ふっと笑みを消して、ウル神は言った。


「ボクに君を……自然をもう一度守らせてくれ」


 ウル神は弓の星座へと消えていった。

 あれ、と思う。

 もう一人いたような気がするのだけど、辺りには誰もいない。ソラーナもキョロキョロしていた。


「どーも、リオン」


 両方の肩を掴まれた。びっくりして、尻もちをつきそうになる。


「ロキ!」


 ソラーナの呆れ声が紹介になっていた。

 たれ目をさらに下げて、ロキ神は笑っている。

 装いは、髪と同じ黒のローブ。その下には、盗賊みたいな細身の装束だ。


「びっくりさせたかな?」

「は、はい……」

「よかった♪」


 え……びっくりしたのが、よかった?

 ロキ神はくすくす笑って、距離をとる。頭上には『杖』の星座が輝いた。


「はぁ……。リオン、ロキは魔術の神。口を使う技――たぶらかし全般の神でもある」


 ロキ神は一礼する。

 右腕を水平にしてから、体の前に下すような、劇団でしか見ないようなとても大仰なやり方。


「よろしく、僕からも礼を言いたい。君に宿るのは角笛の力、何かを目覚めさせる力だ」


 ロキ神は指を一つ立てた。


「僕から君に送ったのは、『二枚舌』。加護と加護を組み合わせる力だけど――まさか人間の中で、神々が力を合わせることになるとはね」


 面白がるようにロキ神は笑う。なんだろう、この人――雰囲気が他の神様とは違う気がする。


「目覚ましをありがとう。君はもう僕の友達だ、そして僕は友情だけは大事にする、きっと信じてくれたまえよ……」


 ロキ神もまた、星座の方へ消えていった。


「ええと……」


 指を折って新しい4人の神様を思い出す。

 頼りになるトール神に、騎士みたいなシグリス神、お兄さんのようなウル神、最後に――ちょっと怪しいロキ神。

 周りが明るくなり、星空が薄れてきた。鐘の音も聞こえる。

 ソラーナが僕の前に飛んできた。


「そろそろ夢の終わりだ。最後に巨人ユミールを殺し、世界を創造し、封印した神。君たちがオーディスと呼ぶ主神の、本当の名を伝えておく」


 ソラーナは、覚醒に導くように僕の手を引いていく。


「オーディン。主神の本当の名は、オーディンだ」


 胸を過ぎったのは……本当に、本当に、どうしてだか、あの古道具屋さんだった。

 鐘の音が聞こえる。

 長い長い夢は終わった。


 目覚める朝が、神様との新しい冒険の日に――なったら、いいな。

次回からダンジョン探索に入ります。

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新作始めました! もふもふ可愛く、時々アツい、王道ファンタジーです!
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