1-29:ダンジョンの主
王都を囲う城壁は、ダンジョン付近では尚高く、分厚くなる。迷宮は富の源泉でもあり、魔物の巣窟でもある。そのため特に分厚い壁で隔てられていた。
そんな城壁から見下ろせば、大混乱は明らかだった。
「悪いことをするね」
一組の男女が東ダンジョンの入り口を見下ろす。
声を出したのは立っている男の方だ。
普段であればこの位置にこそ見張りがおかれるのだが、混乱ゆえに誰もいない。特等席で観戦するように、男は腕を組んで、女は縁に腰かけ足をぶらぶらさせていた。
夜風が黒衣をはためかせる。
目深なフードは一目見てわかる怪しさよりも、正体を隠す必要をとったということだ。
「ワールブルク家のギデオンは、ずいぶんと気前よく使ったようだ」
男女は、ギデオンに王城で接触した二人組だった。
ローブを被った女は、艶やかな唇をほころばせる。
「巨人の遺灰ね。終末の炎で世界を焼きかけて、でも封印で果たせなくなった巨人の遺灰。ダンジョンに眠る大封印時代の存在、その魔物側だけを甦らせる」
東ダンジョンにスケルトンなどが増えていたのもその効果である。ギデオンはダンジョンを強化し、実入りを多くする王族に似た力に狂喜していた。
けれども、実際は逆だ。
王族はダンジョンの封印を管理し、魔物を弱くも強くもできる。けれども遺灰は、封印の氷を溶かす炎で魔物を解き放つだけだ。
少量であれば魔石が増えたり、レアアイテムが発掘されたりする程度。
けれども力に酔いしれて使いすぎれば、取り返しがつかない存在を目覚めさせてしまう。
「『鴉の戦士団』が釣れたね」
「ええ。ダンジョンを封鎖して一安心と思ったようだけど……ギデオンに渡した遺灰は、特に特に、熱く激しいやつだもの……」
女はくすくすと笑う。
「貴族様、少年に負かされたのがよほど悔しかったのね、お生憎ぅう」
耳をすませれば、ダンジョンからギデオンの叫び声がしてくるかもしれない。
――僕の、僕のものだぞっ!
貴族が封鎖を破り地下に消えたのは、ほんの少し前のこと。怒りに任せ、迷宮にさぞや遺灰をまいたのだろう。
自分が何を起こしてしまったのか。
そもそも今まで使っていたのがなんだったのか。
貴族は文字通り、身をもって体験しているに違いない。
「あ、そろそろ出てくるよ♪」
女が指差し、長い舌で頬をなめた。
「目標はリオン君に決定、もう目立たずにいく必要はない……」
東ダンジョンから衛兵たちが逃げ出してくる。異変を察してダンジョンへ入っていた王国の兵士らがすでにいたのだ。
彼らは急いで地下へと続く大階段に鉄格子を落とす。
と、鉄格子がはじけ飛んだ。
ダンジョンからは続々と魔物が這い出てくる。コボルト、ゴブリン、スケルトン、ワーグ、そして――
「来た、来た♪」
ずぅん、と最初に現れたのは盾。
城門を引きはがしてきたような大盾だった。
身長は3メートルに届こうかという巨体。頬は耳までさけて狼のようだった。黒々とした鎧が月明りを宿して、兜には狼の尾を模したクレストが輝いていた。
衛兵たちが恐慌する。
ギルド職員らは我先に逃げて行った。
『冒険者を呼べ』、『助けてくれ』、『神殿はどうした』、そんな絶叫のコーラスに、女は陶然と息をはく。
「ああ、素敵ねぇ……屍狼が裏ボスだとすれば、彼こそ真の主」
ダンジョンから現れた巨人は、手に『何か』を握っていた。
「迷宮の力を解放し、レアアイテムを入手、少年を見返すつもりだったのだろうけど……」
巨人はそれを放り投げる。
もしギデオンに意識があれば、貴族が最後に見た光景は闇と化した夜空だったろう。
封印の氷から解き放たれた将――狼骨のスコルは、王都を揺るがす叫びを迸らせた。





