1-28:駆け出し
僕はミアさんを昼食に呼んで、家族に紹介した。
レベル30の冒険者に母さんはとても驚いたみたい。食事はずっと楽しくて、日差しの中にいるような安らいだ気分でいられた。
ルゥも元気そうでほっとした。昨日の治療が効いたのか、屍狼の討伐がよかったのか、咳も出ていない。
ただ、ちょっと様子が気にかかる。
――お兄ちゃん、前のその……金髪の方は?
――う、うん。ちょっと今日は予定が合わなくて……。
ルゥ、なんであんなにソワソワしていたんだろう。
食事は楽しかったけれど、ミアさんが帰った後、東ダンジョンがどうしても心に引っかかった。もう一度、みんなで迷宮の様子を見に行こうか迷ったくらい。
でもギルドの呼び出しはなかなかない。
そのうち夜がやってきた。
「ちょっと屋根に行ってます」
夕食も終わり、僕は母さんとルゥにそう言い残して2階へ上る。寝室から梯子で屋根の上へ行けるんだ。
ソラーナと話をしたい。
僕らの家に二人きりになれる場所なんてなかった。台所と寝室しかないからね……。
だから、屋根が秘密の場所。
大事な話をするとき、父さんもよくそこへ呼び出してくれた。
しんと冷える夜。空気が澄んで、月も星も落っこちてきそうなほどよく見える。
ポケットから出した金貨が月明りを宿していた。
――――
<スキル:目覚まし>を使用しました。
『封印解除』を実行します。
――――
光がコインから溢れて、ソラーナが飛び出した。
「リオン」
ソラーナは宙に浮かんで、物憂げに夜景を見渡す。
金髪もどこかへにゃっとして、いつもの元気がないようにみえた。
「どこから話したものか……わたしが思い出したことを」
迷うように、金の目を泳がせている。こんな姿初めてだった。
やがてふうっと息をつく。
「あのダンジョンに封印されていたものは、とても、とても強い神と、その敵だ。雷神トールと狼骨スコル」
スコルと名前を口にした瞬間、小さな肩が震えた。
「今でも思い出すよ。魔物の軍勢が地を満たして、人間も神々も僅かに残った地下部で絶望的な戦いを続けていた」
東ダンジョンはそんなシェルターの一つだったのかもしれない。
それなら当時の武器や、精霊がいる説明がつく。
「神話はこうだ」
ソラーナは夜空を見上げ、歌うように言った。
「神々が勝利した。神々は傷を癒すため、魔物は人々への素材となるため、迷宮に封じられた――だが実際には違う」
僕はこくりと頷く。
神話では説明がつかないことが多すぎる。東ダンジョンの地下には、魔物の軍勢が氷漬けになっていたのだから。
「ダンジョンが大昔のシェルターだったとすれば、最深層に魔物の将、そして魔物の群れがいること自体、攻め込まれていた証左だろう」
ソラーナは身を抱く。指が腕に食い込んでいた。
「思い出せなかった……というより、記憶の方にも封印がかかっていた」
神様は、必死に記憶と向き合おうとしているようだ。
「ソラーナ……」
「当時の、わたしのことを話そう。わたしと、母さんは古代の太陽の女神。空彼方に浮かぶ天体から、地上に魔力と光を送るために生み出された神々だ。だからわたし達が地上を離れれば、世界は夜のように暗くなってしまう。地下に逃れることはせず最後まで外で魔物に襲われ続けた」
ソラーナはぐっと拳を握った。
「ああ、すぐに思い出せなかったわたしが憎いっ」
息を整えて、続ける。
「すまない。最初に母が倒れた。太陽の女神は、母とわたしの2人だけ。信徒たちはわたしを逃そうと全力を尽くしてくれたが、母もそうだったのだろう。意識が封印にのまれる寸前、わたしは氷漬けになるのではなく、この金貨に封印された」
ソラーナが入っていた金貨は、今は柄を失って、平面になっている。
神様は右腕にはめた金の腕輪をみた。
「金は太陽の魔力を宿す金属。母は金でアイテムを作るのを得意としていた。もしもの時、コインにわたしが宿って落ち延びることまで考えていたのだろう。実際に何千年かの間、ここで守られていたわけだ」
巨神――トールは氷漬けであったけれど、あの状態は神様にとっても相応の負担になるらしい。弱ったソラーナが金貨に守られなければ、そのまま消滅した可能性さえあったみたいだ。
「そんな……」
建国の神話と、全然違う。
「これが真実だ」
ソラーナは目を閉じた。冷たい風がやってくる。
王都を覆う星々の輝きも、ぽつぽつと見える街の灯りも、どちらもひどく頼りない。
「圧勝ではなく、辛勝でさえない。神々はほとんど負けかけて、主神は力を振り絞って全てを封印したんだ。敗北決着を、1000年か2000年先送りにするため」
ダンジョンに魔物がいるはずだ。父さんの死や、ルゥの病の――悲劇の原因となるはずだ。
神様にさえ手に負えなかったんだから。
戦いの最中、仲間の神々ごと氷漬けにしてしまわないといけないほどに。
「いわばわたしは、魔物に負けかけて、落ち延びた、敗残の神だ」
苦笑いに、胸が締め付けられる。
「失望、させたかな……」
「そんなことない、です」
僕は立ち上がって、ソラーナの両手を掴んだ。ルゥを励ますときみたいに、まっすぐに相手を見る。
「ルゥを治してくれたし、ダンジョンでも、助けてくれた。ソラーナは――そのままでも立派な女神様だよ!」
目をそらさないよう、気を付ける。
大事なことを伝えるときに、父さんがそうしてくれたように。
ソラーナは一瞬、目をぱちぱちした。
「う――」
泣きそうな顔に見えて、慌ててしまう。
ソラーナの信徒になった時、この人に感じた不安や恐れはこのせいだったのかも。お母さんも信徒も失って、目覚める前からソラーナは独りぼっちだったんだ。
記憶をなくしても心は寂しさを覚えていたんだろう。
「あ……のっ!?」
泣きそうな女神さまに急速にしぼむ自信。やっぱり、励ますのって難しい……!
「あ、わ、な、泣い……っ?」
「太陽は泣かないっ」
ソラーナは頭を振った。金髪が真横に揺れる。
「信徒の君がいるというのに、神がうつむいてなどいられない」
くすり、とソラーナは笑う。
「ありがとう、君が最初の信徒でよかった……」
ふと声が出てしまったのは、その表情が救われたようで、僕も胸が温かくなったからかもしれない。
「駆け出し、だね」
「ん?」
「僕も最初のボスを倒したばかりだし……」
「なるほど。わたしも、信徒1人だけ、最初の1人か――確かに、2人そろって駆け出しだ」
顔を見合わせて、僕たちは笑った。
いろいろなものの重さとか、苦しさとか、何もかもが軽くなる。
駆け出したばかりなんだ。
これから、初めていけばいい。神様と一緒に。
ソラーナは腕を組んで、ふわりと宙へ飛び上がる。夜空を見上げていた。
「しかし、こうなると妹さんの病がますます心配だな」
「……ダンジョンと、関係があるの?」
「あると思う。何者かが封印を緩めているように思えるが、もしかしたら封印それ自体が弱っているのかもしれぬ。わたしが目覚めたのは君のおかげだが、たとえば100年前なら『封印解除』でも目覚めなかったかもしれない」
そもそもソラーナと出会ったこと自体、起こし屋で古具屋さんと知り合いになったからだ。
あれきり会えていないけれど……。こっちもかなりの偶然、幸運だ。
ソラーナはそこでぶるっと震える。
「金貨に戻る時間か。リオン、また呼んでくれ」
僕は金貨を取り出し、ソラーナに向かって手を伸ばした。なんとなく、その方がいい気がしたから。
「ふふ、ありがとう。君はいい信徒なだけじゃなく、いい男の子だね!」
にっこり笑った笑顔は、いつものように太陽だった。
お互いの手が触れ合う。胸が熱くなって――
「「え?」」
僕たち2人の体が、金色に輝き始めていた。
ソラーナと最初に誓いを結んだ時、それ以上の力が神様から流れ込んでくる。
「な、なにこれっ」
「わ、わたしにもわからん!」
周囲から「眩しい!」「寝れない!」と苦情が相次ぐ。
皆さん、明日も朝早いのにごめんなさい!
「お兄ちゃん火事!?」
ルゥが屋根に顔を出して、僕は慌ててソラーナを金貨にしまった。
けれども、妹からの追及はない。
「……ほんとに、火事だ……」
東ダンジョンの方角から、火の手があがっていたのだから。狼の遠吠えが聞こえる。
僕にはなぜか、穴に落としたギデオンの叫びが、耳の奥に聞こえるようだった。





