1-27:決着
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リオン 14歳 男
レベル11
スキル <目覚まし>
『起床』 ……眠っている人をすっきりと目覚めさせる。
『封印解除』……いかなる眠りも解除する。
[+] 封印を鑑定可能。
スキル <太陽の加護>
『白い炎』 ……回復。太陽の加護は呪いも祓う。
『黄金の炎』……身体能力の向上。時間限定で、さらなる効果。
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増えた能力は、封印解除のところ。
「か、鑑定?」
そんな文字が一瞬だけ見えた。目の前にギデオンが迫ってる。
青水晶の短剣、そのクリスタル部分をちらっと見れば『風の精霊:シルフ』という文字が一瞬映った。
な、なるほど、鑑定か。
確かにどんなものが封印されているのか分かった方がいい。
便利だけど、便利、だけど……?
「今は、それどころじゃないよっ?」
『鑑定』ってどうしろと!?
「いくぞ!」
ギデオンが新しい剣で飛びかかってきた。
『黄金の炎』のおかげで動きには対応できる。転がるように回避。
「はは! どうした!」
とりあえず距離をとる。
「どこへいく!」
苦し紛れの間合い取り。
スキルを使ったまま辺りを見回す。すると、あちこちに淡い光があった。
石ころや石棒が薄く輝いて見える。
灯りは短剣のクリスタルと同じ光り方だ。
「封印解除できるものが、離れてても探せる……?」
はっと気づいた。
「鑑定って、遠目からも……探知にも使えるのか――!」
実質、封印索敵だ。
「こっちだ!」
辺りを見回しながら、僕は逃げる。
気づかれる前に、なんとか『あれ』を見つけたい。
「あった!」
ダンジョンに潜った経験から、必ずあると確信していた。
床に向かって手をかざし、スキルを起き上がらせる。
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<スキル:目覚まし>を使用しました。
『封印解除』を実行します。
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<目覚まし>したのは、精霊でも、ソラーナでもない。
迷宮そのものだ。
「落とし穴ぁっ!?」
ギデオンがつんのめった。
泳ぐように手を前に出すけれど、その手は空中を掴むだけ。ダンジョン探索層で目覚めつつあった罠――前に冒険者が転がり落ちたようなトラップを、僕は<目覚まし>した。
「リオンんんん!」
凄まじい形相で僕を睨んで、ギデオンは落とし穴に吸い込まれていく。
「貴様ぁあああ!」
ずどおん!とすさまじい音がする。下は戦闘層だ。
何拍か遅れて放り投げられた剣がからんからんとダンジョンの床に転がった。
『……落ちたな』
「落ちましたね」
ソラーナと言い合い、床に空いた大穴を見下ろす。耳を澄ますと魔物の猛然とした唸り声が響いてきた。
短剣くらいは持っていると信じたいけれど、さすがに助けにいくことは――しないほうがいいだろう。
他の冒険者たちが追いついてくる。
先頭にいたミアさんが、大穴を見て眉を上げた。
「おい、こりゃ場外でリオンの勝ちだ!」
どよめきが起こるのを、ミアさんが手を叩いて沈黙させる。
「戦闘エリアは第1層、離れたら敗け――取り決め通りだ。誰も文句なし、でいいよな?」
冒険者たちは唖然として僕らを見ている。
ギデオンの強さと財力を知って、彼に従っていた人たちだ。僕らが出ようとすると、恐れたように道を開ける。
もう父さんがいた頃の優しい東ダンジョンはないんだ、って改めて少し寂しくなった。
何人かはギデオンを助けにぱらぱらと階下へ降りていく。
「出ようぜ、リオン」
僕らはダンジョンを出た。
入り口には、やっぱりギルドの職員さんも詰め掛けている。心配してくれたようで、涙ぐんでいる人もいた。
「平気ですっ」
頬をかいて笑うと、顔なじみになった受付のお姉さんが目を見張る。
「……リオンさん。なんだか、すごく、大きくなったような」
「そうですか?」
「はい――あ、それと、まずご連絡が」
お姉さんが言うには、ギデオンが入ってしばらくしてから、オーディス神殿の人たちもギルドにやってきたらしい。すでに『鴉の戦士団』が中に入っていることまでは、お姉さんは知らないようだった。
ダンジョンは今日1日閉鎖されることになったみたい。
「もしかしてギデオンを捕まえに?」
「リオンさん、そうではなさそうです……。ワールブルク家は東ダンジョンを王族から下賜された立場で、大貴族なので。ただ、これで東ダンジョンでの出来事が明るみになれば……」
お姉さんもあまり期待はしていなさそうだ。王都では貴族の力は強い。よほどのことがない限り、横暴も何もかも不問にされてしまう。
決闘を挑むという行為にしたって、貴族にだけ許された特権だった。
「お会いになった『鴉の戦士団』は滅多に現れない方々ともいいます。私も正直、関わったのは初めてです……血の夕焼けで大打撃を受けたって聞いたことがあるんですが」
そこまで言うと、お姉さんの後ろで偉い人が咳払い。お姉さんは慌てて背筋を正す。
「と、とにかく、今日はダンジョンも閉鎖になります! 冒険者の方は、自宅で待機状態でいるようにお願いします」
ギルドは本当に大忙しのようだった。
僕らはやることを失って、かといって得られた魔石を換金しにいくことも憚られる。こんな時に魔物と戦う冒険者が近くを離れない方がいいだろう。
『非番ということかな』
「ですね」
『わたしとしては、妹さんの様子を見に行くべきだと思う』
そうだ。地下で見つけた巨神たちのこともあるけど、一番はルゥのことだ。
様子を見に行かないと。
「ミアさん」
「聞こえてたぜ、あたしもソラーナに賛成だ」
街を歩きながら、ミアさんも応じる。
「こっちも今日は東ダンジョンに近いところで寝るかな。あんな空間見つかった後じゃ、絶対、東ダンジョンは盛り上が……」
あ、とミアさんは足を止めた。
「しまった……! あの洞窟、もっとちゃんと探索しとくんだった……! 隠し部屋だし絶対あっただろ、レアアイテムとか入った宝箱……!」
ぬおおおお、とミアさんは見たことない顔でわなわな震える。
思わず笑ってしまいそうになった。
あんな空間を見た後に圧倒されないミアさんってすごい。
「またチャンスはありますよ」
戦いを終えたせいか、僕も気が大きくなっているみたいだ。ミアさんは前を歩きながら、赤髪を揺らす。
「まぁな。なんにせよ、ひと段落じゃないか?」
その頃には、ギルドから離れて人通りもまばらになっていた。
「ギデオンのことですね」
「ああ。今日であいつは評判を失った。冒険者でこいつは痛い」
僕らは足を止めて、冒険者ギルドの方を振り返る。ダンジョンとの間に設けられた、王都の高い城壁が陽を浴びていた。
「もうギルドで前みたいな無茶はできないだろう。ギルドはああ言うが、よくすりゃオーディス神殿があいつのダンジョン管理を問題にするかもね」
僕はミアさんの目を見て、頷いた。
確かな勝利。
だけど胸には黒いものが残る。
「ただ、ギデオンはまだ貴族で、お金持ちで、そして……僕らを嫌ったままです」
勝って終わり。全て解決。
そうなったらいいんだけど、現実はもう少し複雑だ。
僕たちは生きていかなくちゃいけないんだから。
それに、胸騒ぎもある。ギデオンが迷宮に向けて放った、がらんどうの笑い声が、いつまでも耳に残っているような。
「それはそうだ。冒険者を目指す以上、殺した方がよかった――なんて思う相手も現れる。本当に優しいやつもいるけど、本当に悪いやつもいるもんだ」
「……はい」
とはいえ決闘の条件が本当なら、お金の心配が一気に解決する。ギデオンの立場も弱まるし、大きな一歩だ。
ミアさんは片目を閉じる。
「それに、リオンはダンジョンのボスを倒した。そっちもでかいだろ?」
「あ、そうか!」
「魔石はとっておけよ。ランクアップの証拠だ」
改めて今日の成果がじわじわと胸にしみ込んだ。
『おめでとう、リオン。今日の君は、いつも以上にすごかった』
ソラーナに祝われて、胸が熱くなった。
今日はミアさんと長いこと同じ方へ向けて歩ける。ソラーナのことを隠さずに済むから、心は軽く、魔石入りのポーチは重い。
そんな拍子だからだろうか。
僕は、母さんとの約束を言ってみた。
「ミアさん、どうせ東の方へ来るなら、僕の家に寄っていただけませんか?」
「あんたの?」
「はい、そろそろお昼ですし……母さんとルゥにミアさんを紹介したいです」
「ぅえ!? い、いいよあたしは、そういうのは……」
ダメですか、と目できく。
視線の攻防があり、最後にはミアさんが折れた。
「……いいのかよ?」
「そんな豪華なものは出せませんけど」
「はは、食事が温かければそれでごちそうだよっ。じゃ、お言葉に甘えましょうかね」
僕たちは2人で――いや、3人で家に向かった。
ダンジョンのボスと、ギデオン。2つの勝利を、母さんとルゥに届けよう。





