1-21:依頼主
1000年経過しても、色あせない理念などあるのだろうか。
アスガルド王国の貴族はまさに典型例だった。
ギデオンは次期当主として、今日も絶大な接遇を受けていた。
都の中央にある王城は、毎夜華やかに催され、晩餐と音楽に彩られた時間を提供する。
ただし、盛り上がりの中心にいるのは王族ではない。
国中に領地を持つ大貴族達だった。
「私が支配する東ダンジョンは、順調に発展しています」
ギデオンがそう言うと、取り巻き達は笑う。魔石で作られた豪奢なシャンデリアが高い天井を飾っていた。
響く声も、演奏も、ギデオンには自分のためにあるように思える。
「すばらしい!」
「平民共に分からせてやる必要がありますからな」
そんな催しから抜け出して、ギデオンは上等な酒を飲む。王都の東を見下ろし、ぎり、と歯を食いしばった。
全て順調。順風満帆。
だからこそ、『汚点』が苛立たせる。
「リオンめ……!」
外れスキルのクズは、順調に成功しつつあるようだった。どうしたわけか西ダンジョンから仲間を見つけ、返済を進めているらしい。
圧力にも限界はある。王都の西には別の貴族や有力組合があり、影響も東ほどには及ばない。
「どういうからくりだ……?」
まず、西で取引可能な逸品を、リオンが獲得できることが計算外だった。生半可な品では買い叩かれるだけで終わっただろう。
リオンに伝手を紹介する協力者が出たことも、理解不能だ。
誰が外れスキルのクズを助けようというのだろう?
「奴隷にしてやらなければ、ならないのに……!」
そこでギデオンは気配を感じた。
後を振り返る。
スキル<剣豪>を持つギデオンには、戦闘に役立つ能力がいくつもある。その一つが来客を告げたのだ。
姿より先に、暗がりから声。
「苦戦していらっしゃるとか? 約束は大丈夫ですか?」
フードから金髪がのぞく。マントの下は冒険者風の革鎧のようだったが、細いあごの線は美男子を想像させた。
その横に同じくローブを深く被った女がいる。こちらは不気味のひと言だった。黒髪が蛇のようにちぢれ落ちて、真っ赤な舌がときどき唇をなめる。
ギデオンは笑みを貼り付けた。
「……もちろん、問題ない」
「けっこうです」
応えたのは男の方だった。
椅子を勧めながら、ギデオンは心中で歯噛みする。
リオンを奴隷に落とすことがギデオンの目的だ。男女は有力な貴族からの使者で、彼らに望む奴隷を提供すれば、さらなる権力を得られる。
珍しいスキルを持つ奴隷。
それが彼らの望みだったから。
本来ならすぐに目的を達成するはずだった。
多額の借金が返せなくなるのは奴隷化のありふれた理由。貧乏一家をそうさせるには、働き手の心を折るのが一番いい。
厳しい取り立てを再開することを知らしめ、希望を奪うために、ギデオンはリオンを襲いにいったのだった。
オーディス神殿に仕える母親よりも、冒険者リオンの方が人目を盗んで痛めつけるのには都合がよい。
極貧生活。厳しい取り立て。買取拒否。
頃合いを見てギデオン、あるいはこの男女らが姿を現し強制労働への契約書――事実上の奴隷契約を差し出せば、たいていの貧民はむしろ救いに思う。今よりマシになると信じて、不利な取引も結んでしまうのだ。
しかし思えば、最初からケチがついていた。
顎の痛みを思い出し、ギデオンは顔を歪める。
「時に……」
男が言った。
「少年の父親の方も、珍しいスキル持ちだったとか?」
「ああ。<覚醒>というスキルで、よくわからんが自分の身体能力を目覚めさせるスキルだった」
思い出すと、笑える。
父親の方はそこそこ使えるスキルだったのに。
平民の家系ということか。
「スキルは、父親から子に引き継がれることもあるといいます。兄の方も強力なスキルという可能性は?」
「さてな……くく、ゴミスキルだ。妹もいるが、病気でスキルさえ発動していないと聞くからな」
ぴくり、と男女の肩が動いた。
「貴族さぁん」
女が初めて口を開いた。蛇がからみつくような、妖艶だが不気味な口調にギデオンは後ずさりそうになる。
「追加オーダーしても?」
「ほ、ほう?」
「妹も、奴隷にいただきたいなぁ。可能かしら?」
ギデオンは思案した。有力貴族につながる話だ。慎重に答えた方がいい。
「ふむ……一応、有名な冒険者の家族だ。さらうとなれば目立つが」
「ふふ。目立つのは、好きじゃない。借金のカタが一番いい。自然だし、家族のために働こうとするから逃げにくい」
ギデオンは頭痛を覚えた。
そう、まずはリオンだ。リオンは借金を返しつつある。
「ちっ」
舌打ち。
男女はギデオンの苛立ちを察したようだ。
「面倒だな」
いっそ手を引くか。
即座に、ギデオンはもはや男女と手を切れないことを思い出した。
男が口を開く。
「約束がなされなければ、あなたにお貸ししたものを返してもらいますよ?」
「……そ、それは困るな。東ダンジョンで試したが、明らかにダンジョンの質が上がった」
声が震える。苛立ちは、焦りに変わった。
男はフードからのぞく口元を、弓型にする。
「神々が、太古のアイテムや、魔物を封印した。それがダンジョン、そして建国の歴史。地下には力が眠っている」
男の言葉に、ギデオンは沈黙する。
「封印を緩めれば危険な魔物も目覚めてくる。が、ダンジョンからのアイテムは向上する。あなたはすでに、手を染めたのです」
「わかっている」
ダンジョンには魔物やアイテムが封じられている。
建国の歴史では王族がそんな迷宮の守りを担っていた。
その象徴が一族にだけ宿る――スキル<封印>だった。
神が施した封印を、管理するための力である。
封印を弱めればダンジョンに封じられた力があふれ出し、危険な魔物も多くなる。一方、古代の宝物も手に入りやすくなる。
危険も大きく、実入りも大きい。
封印を強めれば、その逆だ。
魔物は弱くなるが、良質な素材も出にくくなる。
ある種の難易度調整といえた。
ダンジョンからの魔石や遺物は重要な産業である。王族の迷宮管理は金銀の採掘量を操ること――いや、それ以上に相当する。
王都にダンジョンが4つもあるのは、より多くのダンジョンを王族のひざ元に置いておきたかったためと言われていた。
ギデオンは呟く。
「しかし、ダンジョンの封印を自在に緩められれば……」
初心者向けの東ダンジョンに魔物が増えたのは、ギデオンが『あるアイテム』を使ったせいである。
難易度があがり、アイテムの質も上がった。危険は冒険者がいくらでも肩代わりしてくれる。
今日の宴で主役を張れたのは、東ダンジョンが上り調子であるからだ。
「でもぉ、お貴族様が平民1人も奴隷にできないなんて」
女の言葉がギデオンのプライドを傷つける。女は、手袋をした指を立てた。
「もっと手荒にしてみては?」
「なに」
「借金を返されそう? ならば返されないようにしてみては?」
麗しい唇で、女は囁く。
「大けがをさせる。あるいは借金を増やす。あなたなら、やりようはあるんじゃない?」
苛立ちがはけ口を見つける。
「骨を砕いたり、片腕を潰したり、働けなく理由はいくらでも。要は借金を返す見込みがなくなれば、初めの計画どおり」
「……いいのか?」
ギデオンも、男女が秘密裏に奴隷を集めているのを察していた。
『目立ちたくない』というニーズに面倒がある。
一部の貴族が奴隷を酷使するのを王族は咎めている。さらったり手荒に集めたりすれば目を引くのは当然だ。ゆえに依頼主は借金のカタによる奴隷化というありふれた形にこだわっていると、ギデオンは考えていた。
「少し痛めつけるのとはワケが違うぞ? それに、商品が傷物になるが」
「ふふ。わたくしたち、各地で珍しいスキルを持つ奴隷を集めておりまして。だから、確かに、目立ちたくはない。噂になったら動きにくい。でも、どうしても欲しい奴隷は、多少目立っても仕方がない」
女の目がきらりと光った。
豊かな唇が、釣り込まれそうな魅惑的な笑みを結ぶ。
魔力の気配を感じ、ギデオンはすんでのところで我に返った。
「……い、今のはスキルか?」
「ふふ、このように、ある程度は人を唆せますの。あなたには使わない、ご安心」
だってその必要もないもの。
そう付け加えて、女は嗤った。
「でも心が弱っている者は抗えない」
だから痛めつけろということか。
「リオンは別だと? 価値があるというのか?」
「うふふふふふ。当たりかはまだわからない。ほぉら考えてっ」
女は手袋に包まれた手を打ち鳴らした。
「簡単、簡単よぉ~! 『貴族』のあなたならぁ~」
女の絡みつくような声が、おぼろげだった衝動を浮き彫りにする。
「そうか」
貴族は、便利な無法地帯を持っていることを思い出した。
ダンジョンだ。
「ひひ、ひひひひ」
口に手を当てても、ひきつった笑みはこらえようもなくあふれた。
依頼者からの許しが出た以上、もう我慢の必要はない。
ダンジョンで襲え!





