1-19:団らん
王都には、春の急ぎ足という言葉がある。3月になって日が長くなると、みるみる暖かくなってくるんだ。
夕日が落とす影を踏みながら、息を白くして帰る。僕の家からは煙がすうっと昇っていた。
「ただいま!」
母さんが夕食を並べているところだった。
施療院で働いている母さんは、制服の白いローブを着ている。外されたフードに結われた茶髪がたれて、こちらを振り向くと少し揺れた。
「おかえり、リオン」
母さん、少し顔色がよくなった気がする。今日は早めに家族がそろったみたい。
「ルゥが休んでいるから呼んできて。夕食にしましょう」
3人での食事が始まった。
なんとなく暖かいのは薪を節約しなくてよくなったから。春が近くて木が安くなったこともあるけれど、お金に余裕が出てきたんだ。
献立も増えている。
寒い間は野菜が貴重。でも、スープには根菜がごろっと入っていた。芋をかじるとほくほくして、飲み込むと体の芯まで温まる。
クルミ入りのパンは、噛むと甘さと香ばしい匂いが口いっぱいに広がった。
「あれ」
スープに鶏肉が入っている。
「これ……」
「ルゥがもらってきたのよ。隣の人が、よくなったお祝いにってね」
ルゥがこくりと頷く。
冬の王都では、肉も貴重だ。僕は味がしみ込んだ鶏肉を頬張る。
「おいしい……!」
家族3人でテーブルを囲うのって、こんなに幸せなことだったんだ。
ルゥは少し前まで食べることもできなくて、水で戻した麦粥を少しずつ、少しずつ、口に含ませていたのに。
「ルゥの病気がよくなってよかったわ。お薬がきいてきたのね」
僕は飲み込みかけたお肉を詰まらせそうになった。
ルゥの病気がよくなったのは、そういう理由にしてある。神様に治してもらった、なんて言ったとしても、すぐには信じてもらえないだろう。
主神オーディス様以外の神を目覚めさせる力――考えれば考えるほど、話すのに慎重になってしまう。母さんは治癒術師、つまり主神オーディス様に仕えているから、尚更だ。
「リオン」
そんなことを考えていたから、母さんに呼ばれてびっくりしてしまった。
「は、はい!」
「あら、そんなに驚いて。また考え事?」
「は、ははは――」
母さんは口元を緩めた。
「頑張ってくれているのね」
ありがとう、と母さんは言った。
「……父さんがいないんだもの。僕がやらないと」
「いいの、言わせて、リオン。あなたはあなたが思う以上に頑張っている。でも、一人で頑張りすぎないで……危ない仕事なんだから」
母さんは、父さんのことがあるから僕が迷宮に入るのをよく思っていない節がある。
でも魔物を倒す『冒険者』って必要な存在だから、僕はやっぱり目指したい。
母さんは聞いてきた。
「仲間の人とはどう?」
もちろんソラーナのことではない。ミアさんのことだ。
「いい人だと思う」
「そう、そのうちみんな紹介してね」
うん、と答えたけれど、なんだろう。ソラーナのことまで含まれていそうな、そんな気がする。
お母さんって、なんで時たまこんなに鋭いんだろう?
「きょ、今日のご飯は豪華だね」
話題をそらすつもりで言ったけど、母さんは笑うだけだった。
「平気よ。干し肉も、野菜も、ちょっとおまけしてもらったから」
「お、おまけ……?」
「商店の人から話は聞いたわ。貴族に言われて、リオンにモノを思うように売ってあげられないって。だから日用品や食べ物に、おまけをつけてくれたの」
息をのんでいた。
ギデオンが僕にモノを売らないように圧力をかけていたのは知っていた。冒険に関係ない周りの店までそうだったなんて。
でも代わりに、母さんにはおまけした?
「私に売ってくれる人も減ったけれど、代わりによくしてくれる人もいる。リオンのおかげね」
胸が暖かくなった。貴族には逆らえなくても、そういう形で僕たち家族を助けてくれた人がいたんだろう。
「お兄ちゃん」
ルゥが唇を震わせた。大きな空色の瞳でこっちを見る。
なにか思い詰めた、迷っているような、そんな目だ。
「どうしたの?」
問い返すと、ルゥはぎゅっと目を閉じてから、言った。
「あ、あのね。もし借金を無事に返して、私の病気も治ったら、どうしたいの?」
「……どう?」
思わず聞き返してしまうくらい、それは少し前までは現実感がない問いだった。
でも今は違う。
自由が手の届くところにまで来ている。
「今まで、お兄ちゃん私たちのためにすっごく頑張ってくれたでしょ? だから、お兄ちゃんがしたいことって何だろうって」
「……僕、が?」
「私、元気になる! 絶対なる! 借金も返したら、街を出ていくことだってできるんでしょ? だから、お兄ちゃんも今度は自分の夢、考えて!」
温かい料理と一緒に、言葉が胸にしみ込んでいく。
返事をうまく言葉にできなくて、僕は食事を続けた。
当たり前の光景。
食器の音、暖かい居間、元気なルゥ。
不意に目元が熱くなる。
しっかりしなくちゃ、とずっと思っていた。でも、とにかく、幸せが少しずつ戻ってきた。欠けたものはもう戻らないかもしれないけど、幸せって再生する。
「ありがとう、お兄ちゃん」
視界がにじみ、僕は熱いスープを飲み込んだ。
泣いちゃだめだ、お兄ちゃんなんだから……。





