1天音るかは魔法少女である
女の子って、何でできてるの?
砂糖とスパイス。それから、素敵な何か。
そういうもので、できてるよ。
魔法少女って、何でできてるの?
平和の心と魔法のじゅもん。それから、グロテスクな何か。
そういうもので、できてるよ。
気持ちが重くなると、体の方まで重くなる。胃の中に鉛を入れているかのように、ずんっと深く沈む。ご飯を入れると隙間もないくらい、鉛が喉の辺りまで詰まっている。
「るか、どうしたの。終礼もう終わってるよ。部活は?」
「しっ、そっとしときなよ。るかは今傷心中なの」
「え、なんで? 失恋?」
「しっ」
友人たちが近くで何やら話しているが、机に突っ伏して聞こえないふりを貫いた。今は彼女らと会話することも億劫だ。よく言う、「人に話せばすっきりする」っていう、あれは嘘だ。話すことは自分の傷口をなぞることである。自ら傷を抉って悶絶するなんて馬鹿げている。
しばらくそのままやり過ごしていると、二人は何かを私の机の上に置いて教室を出て行った。ゆっくりと顔を上げると、そこには購買のパックジュース。しかも、私が好きなやつ。持つべきものは友人だ、と掌返しする私。
いつの間にか、教室はほとんど空っぽになっていた。隅の方で、あまり喋ったことがない女の子が二人、ひそひそと何か語らっているばかりだ。
静かな空間にいると、昨日の出来事が勝手に脳内再生されてしまう。思い出したくないのに、そう思えば思うほど追想は鮮明になっていく。苛立ちに任せて、机の足を上履きのゴム底で蹴る。思ったより派手に音が鳴って、クラスメイトの彼女らがびくりと震えたのが、視界の端に映った。私をちらちらと見ながら去っていく後ろ姿に、また自己嫌悪が押し寄せてくる。安易な八つ当たりだ。完全な悪循環にはまってしまっている。
「ごめん。僕は天音の気持ちには応えられない」
あまり出来が良くないくせに、こういう時ばかりVR並みの再現度を誇る私の脳味噌が憎たらしい。
昨日、夕焼け色の文芸部の部室。少し埃っぽい、古い本と紙の匂い。窓から吹き込んでくる五月の温かい風。逆光でうまく見えないフミの――黒木文也の表情。苦しそうに絞り出したような声だった。
「でも、これからも友達として、一緒にやっていけたら嬉しいと思ってる」
少なくとも、無理をしているようには見えなかった。フミは本当に、変わらない態度で接してくれるつもりらしかった。
「ああもう! でも私は無理だから。こっちはすっごく気まずいんだから。元通りなんて絶対無理に決まってるじゃん。告白した方とされた方じゃ、心持ちが違うんだっつうの!」
「ルルカ、荒れてるっぴ」
机上に視線を戻すと、マスコットサイズの不思議生命体がちょこんと座っていた。ライトパープルのふわふわな体毛、うさぎのように垂れ下がった耳、背中に生えた薄い羽根。遊園地のキャラクターのようなこの喋るぬいぐるみ、実はぬいぐるみではない。なんと妖精である。
「でも、虚空に向かって叫んでる場合じゃないっぴ。東の方角から邪悪なオーラを感じるっぴ。魔法少女ルルカ、出動っぴ!」
「無理です」
「ぴ?」
「今、そういう気分じゃないので、無理です」
ぴっぴとうるさい妖精ピッピから目を逸らして、パックジュースを手に取った。つるつるとした表面が水滴で濡れていて、まだ少し冷たい。
「ルルカ、町の平和は気分の良し悪しで守るものじゃないっぴ」
プラスチックのようなつぶらな瞳をうるませて私を見上げるピッピを、ストローを刺しながら眺める。管を通って、まろやかな甘みが舌まで伝わってくる。
「町の平和、ね」
「ぴ!」
「バナナオレっておいしい」
「やる気ないっぴね……」
「だから、最初からそう言ってるじゃん」
魔法少女ルルカは、あくまで副業。私は天音るか、女子高生が本業である。試験期間の怪物出現はなるべく控えてほしいし、町の平和よりも個人的な人間関係の方が重大事項だ。というわけで、失恋で凹みに凹んでいる今は休業したい。隣町などには私以外の魔法少女がいるらしいし、私がやらなくても誰かが代わりに退治してくれる。
ストローを噛みながら責任放棄の言い訳をあれこれと考えていると、
「言っておくけど、怪物退治はボランティアじゃなくて、ルルカの義務っぴ」
「はぁ、義務ね」
「そうっぴ」
「あっそ」
「ルルカ」
甲高いアニメ声が、不意に私の意識を引き寄せた。
「契約を違反するなら、ルルカの体は内臓をまき散らしてパーン、と弾けるっぴ」
その姿かたちに似つかわしくない物言いに、ぞっとした。ガラス玉のような黒い目が、じっと私を捉えている。いつか、祖母の家の倉庫で、古い西洋人形に睨まれた時の緊張感が思い出された。
「だから、ルルカに拒否権はないっぴ。――さあ、今日も元気に怪物退治に行くっぴ!」
ぱちん、とウィンクを飛ばしてきたピッピに脱力する。急に恐ろしげな雰囲気にならないでほしい。結局のところ、私に抵抗する権利がないことぐらい、わかっているのだから。
溜息を大きく吐いて、席を立つ。バナナオレの残りを一気に啜って、空の紙パックをゴミ箱に目掛けて投げ捨てた。
仕方がない。ピッピに釘を刺されてしまったし、やるしかない。それに、体を動かせば、もやもやした気分も少しは晴れるかもしれない。
「行くよ、ピッピ」
スクールバッグを肩に引っ掛けると、ピッピが飛び乗ってきてポケットに潜り込んだ。ぬいぐるみのように軽いので、特に重さは感じない。妖精の皮の裏には、内臓の代わりに綿が詰まっているのかもしれない。
「目標は桜駅周辺、急行するっぴ」
今からしばらくの間、私は魔法少女になる。