第8話 コーネリアの嫉妬
第一王女としてコーネリアは生まれた彼女は魔力を持っていなかった。だが、母親譲りの美貌と戦場で名をとどろかせたこともある国王譲りの武力の才能は彼女にとって誇りであり、唯一すがれる場所でもあった。
双子の兄、ミハエルと共に成長した彼女は幼いころから、騎士との特訓を受けていた。
鎧を着た兵士に剣がはじかれ、小さいからだが宙を舞う。受身が取れずに地面に激突し、思わず泣きそうになる。
「さあ、起き上るのです。これでは魔王からの侵略に対抗できませんよ」
(なぜ、あたしがこんな目に……)
コーネリアはこの状況に追い込んだエルフの賢者、アークを恨んだ。
賢者アークの予言によれば、魔王と呼ばれる男が魔物と共に現れ、聖王国を未曽有の危機に陥れる。そのようなうわ言を信じた国王は至急、軍隊の教育を促した。それはコーネリアの才能の発現と共に彼女に苦難の道を歩ませるものとなっていた。
そして、子供から少女への過度期、コーネリアは妹の生誕を祝うと同時に呪った。この世界では女性が比較的高い魔力を含有しやすいことは彼女も知っていた。だが、その妹はアークですら驚くほどの魔力を持っていたのだ。まるで自分の才能を奪ったかのように。
高い魔力を資質を兼ね備えた幼い妹、リィナは時折来る賢者アークの指導を受けていた。だが、アークの指導は妹をどこかへと連れ出しているだけだ。
「リィナ、今度はどこに行きたい?」
「う~んと、山!ご本で奇麗な花を見たの、これぇ!」
「確か、その花は北のほうでしか咲かないものだね。時期もちょうどいい」
「アーク様、リィナを遊ばせすぎでは?」
「何を言っているんだい。魔法というのは人の感性が重要なんだ。見たことのないものを見て、あらゆる経験を積んで感性を磨き、空想のものでも『できる』と思い込むそれが魔法の源さ。箱庭での勉強は彼らに任せて、僕は彼女の感性を磨けばいいのさ。魔法を使えない君にはわからないと思うけど」
そう言い残したアークはリィナと共にテレポートをし、その場から消える。苦々しい表情をしたコーネリアを残して。
そして、アークの予言通り魔王の侵攻が始まった。量では多少劣っても質で勝る魔物の侵攻の前では小さな勝利を収めても、すぐさま盛り返してくる状況にじわじわと前線の後退を余儀なくされる。そんな中、国王はアークに進めて貰っていた勇者召喚の儀の決断をした。
異世界に行ったり帰ったりする術自体はすでにあるが、そこに無数のスキルを付与させた異世界の住人を呼ぶ儀式を勇者召喚の儀と呼ぶ。
だが、これは賭けでもある。前例はないとはいえ、もし魔王に与するような邪な者が召喚されてしまえば、誰も太刀打ちできなくなるからだ。だからこそ、このギリギリの瀬戸際まで国王は決断できずにいた。
黒髪の少年の勇者は召喚された。最初は渋っていた彼も帰還方法が確立されていることや、魔王により多くの人間が苦しめられていることをわが身のように感じる正義の心を持っていたこともあり、魔王討伐を受け入れることになった。
そして、リィナと同程度の魔力を有しているとはいえまだ幼いアリシアを残して、勇者は王子・王女と共に魔王討伐の旅へと出た。
魔王を討伐するたびの中、コーネリアはふと思った。
(魔王を討伐すれば、地獄のような日々がなくなるのでは……)
ギリギリの戦いになるとはいえ、誰も倒せなかった暗黒四天王を倒していく勇者を見て、コーネリアは幼いころに絵本で見たお姫様を救う白馬に乗った王子様像と重ね合わせ、次第に心がひかれていくのであった。
魔王を討伐した後、彼女は勇者にこの想いをどう打ち明けるかが分からなかった。自分よりも一回りも若い少年にこの気持ちを伝えることなどできないからだ。だが、勇者が帰る前日、彼女はこの想いを彼に伝えようとした時、彼女は見てしまった。
月明かりの下、妹のリィナと口づけをしているところを
それを見たコーネリアは思いを打ち明けるかのように逃げだし、自分の部屋にこもった。そして、帰っていく勇者を笑顔で見送る。その胸の内に醜い黒い炎を燃やしながら。
第一王子のミハエルは政治に興味を抱かなかったこと、何より人を騙すなどの策略に乏しい性格からも、国王として推す声は少なく、第一王女という身分と戦乙女と呼ばるほどの戦果をあげたところから、コーネリアが次の女王になることはほぼ決まっていた。
だが、コーネリアは唯一の懸念があった。
(もし、リィナが異世界で勇者の子を宿した後、こちらの世界に戻ればどうなる?)
勇者の存在は世界各国に広まり、知らないものはいない。異世界に行くことができる彼女がそのような手段をとれば、たとえ第一王女であっても女王の座を奪うのではないかと考えた。その疑念は燃え続けていた炎と混じり合い、リィナ暗殺命令が下されることとなった。
幾度かの失敗を重ね続けた暗殺者はもう後には退けないと思い、慎重にリィナの部屋を観察する。仕掛けた盗聴器からはケタケタと笑い声が聞こえ、まるで『お前たちの企みは分かっているんだ。掛かってきな』と挑発しているようだ。
双眼鏡で部屋の中を覗こうとしても、部屋の中でうつぶせにでもなっているのか、姿が見えない。
(まさか俺たちの存在に気付いて、待ち構えているのか……)
暗殺者のリーダーは普段かくことのない冷や汗を流してしまう。無理に仕掛けることもできるが、暗殺者としてこれ以上の失敗を重ねるわけにもいかず、この日の襲撃は中断することとなった。
「この前買った本、面白かったんですよ。思わず笑ってしまって。お姉さまもどうです?」
「そんなに面白いなら読んでみようかな?」
里奈から受け取った本を机の上において、今日も二人は何事もなく元気に登校するのであった。