第9話 修学旅行(前編)
修学旅行当日、公平なくじ引きの結果、里奈とは別の席になったものの真央の隣になった。私の顔を見て心底嫌そうな顔をするが、そんなことを気にせずに真央に話しかける。
「ねえ、真央。異世界に居たころの里奈ってどんな人だったの?」
「なんだ、藪から急に?」
「里奈の昔のことってあまり知らないから、知りたくて」
「本人に聞けばいいだろう」
「その前に真央ちゃん視点でも聞きたいなと思って」
「一言で言うと時代に振り回された可哀そうな奴だ。魔王の娘である私が言うことではないがな」
寝転びながら、ラノベを読んでいる里奈を見ているとそんな風には見えない。だけど姉妹から命を狙われているような境遇にいれば、私たちの世界にいることが里奈にとっては天国のようなものかもしれない。
「今でこそ聖女と言われているが、私から見れば魔法の才能があれどただの人間だ」
「えっ? そうなの」
「おとぎ話のように闇を討ち消す伝説の剣が使えるわけでも、神に選ばれし者が使える技が使えるわけでもない。私の部下が言うには、策謀に優れている姉のコーネリアとは強敵だったそうだ。私は報告書や映像でしか見たことないが、あいつの格闘技も魔法で無理やり姉の模倣している」
「コーネリアさんって凄い人なんだ……でも、勇者さんを取られたから何も里奈の命を狙わなくても」
「ふん。強い=善良とは限らん。私なんか、人間どもを恐怖の底へと陥れる(予定の)レイナ様だぞ。それのどこが善だ」
「でもこの前、にわか雨が降ったとき傘貸してくれたよね」
「……偶々、向こうで用事があっただけだ」
(なんて分かりやすい反応……私でなくても見逃さないね)
「……話は戻るが、嫉妬を含め憎しみというのは一度起きればなかなか消えないものだ。未婚で初恋の可能性もあるコーネリアが片思いの相手を妹に寝とられるとなれば余計にな。これはこれで面白い話が書けそうだ、あとでネタにさせてもらおう」
真央がメモ帳を取り出し、さらりさらりときれいな字で思いついたネタを書いている。異世界出身とはいえ、5年も経てばこれくらいはできるのだろうか。真央が机に向かってまじめに日本語の勉強をしている様子をありありと描けたので、魔王の娘という誇りを傷つけないようそっと胸の奥にしまった。
「ところで真央はどうして、前線で戦わなかったの? 行ったり来たりできるなら、一度戻ればいいと思うんだけど」
「父のプライドの問題もあるが、そもそもなぜ後継ぎが前線で戦う? 当主も後継ぎもなくなれば滅ぶだけだぞ」
「ええ、そういうものじゃないの。アニメやゲームならよく……」
「待て。向こうは貴様らでいうところのファンタジーだが、そもそも現実だからな。リスクは減らすのが基本だ。後継ぎ関係なく突っ込んでくる人間の方がおかしい。まあ、向こうはアリシアという王女を残していたようだが」
「ちなみにアリシアちゃんはどんな人?」
「英雄になりそこなった女。あと数年長引いたら、リィナと同等には活躍していたかもしれん素質はある。先はああいったが、私も経験を積んでいたら武勲を上げたいという気持ちはある。それゆえにリィナを憎む気持ちも理解できなくはない」
「そういうものなの?」
「そういうものだ。少し寝るぞ。昨日は遅くまで起きていたからな」
真央は持参していたアイマスクをかぶって、すやすやと寝始めた。それを横から眺めているとこの子が本当に魔王の娘であるかが疑わしくなるほどだ。
私はそっと、真央のつやつやした黒髪を触ってみる。里奈と言い真央と言いなんでこんなにも髪質が良いのだろうと思う。食べると美容に効く魔法の果物とかリンスインシャンプーならぬマジックインシャンプーでもあるのかと羨ましく思える。
「言っておくがまだ起きているからな」
真央がちょっと低めの声で言う。怒られるのも嫌なので、私はそっと真央の髪から手を離した。
「海だぁぁぁぁ!」
バスが付くと青い海と空に白い砂浜が広がっていた。私たちは普段来れない場所にテンションが上がり、思わず叫んでしまった。
「こらこら、マリンスポーツ体験は2日目だぞ。勝手な行動は正義の名の下、俺が許さん」
「わかってるよ、ジャスティス」
「ふむ、よろしい」
しぶしぶといった様子の男子も含め私たちは地域の歴史がわかる資料館で、お爺さんのありがたいお話を聞いていた。あの長々と喋って眠くなるあの話術は一種の魔法ではないかと思うほどだ。
そんな話なのにいちいちリアクションしているのは里奈だけだった。里奈から見れば、異世界であるこの世界の昔話は興味深いんだろうなと思った。
そんな睡魔に耐えた私たちはこの修学旅行に泊まるホテルへと向かう。私たち女子は6階、男子は7階を貸し切りにし、先生らはEVホールや階段を見回りしている。こうなったのは、昔不純交際をして、子供をつくってしまった連中が居たことが原因らしい。
当然、外出禁止なので、部屋で就寝するまでの間、女子トークで盛り上がるのは必然だ。
「ねぇねぇ、里奈って好きな人いる?」
「いますよ」
「ええ、誰々? サッカー部の丸山君とかバスケ部の竹中君とかかな?」
「違いますよ。私がここに来るきっかけになった人で、今はどこにいるか分からない人」
「メアドとか交換してないの?」
「私がスマホを持ったのは最近ですからね。その時はなかったんですよ」
「もう、こんなきれいな人を置いてどこかに行くなんてひどい彼氏もいたものだよ」
「仕方なかったんですよ。でも、別れの口づけはしてくれましたよ」
「!?」
そのとき、里奈の勇者の話を聞いていた女子に電撃がはしる。どうせ手をつないで終わりとか片思いとかそんな感じで思っていた女子は突然の暴露に驚いたみたい。それにしても里奈は勇者のことをうまくごまかしているなと感心していた。
「ちょっと待って!その人、本当にいるの? 2次元じゃなくて」
「いますよ!?」
「だってね、休み時間ずっとラノベ読んでいるんだもの」
(ああ、いわゆる二次元嫁とかいうそっち方面ね……)
「ひどいんです!」
「じゃあ馴れ初めの話でもしてくれる」
「それは私も聞きたい」
「お姉さまがそういうなら……」
里奈は語っていく。里奈はうまく異世界のことをごまかしていたけど、そのことを知っている私は頭の中で補完しながらその話を聞いていた。
リィナは幼いころから魔法の勉強として、賢者アークと一緒に世界各地を回ることが多かった。そのせいか、まだ見知らぬ土地、異世界については関心が強かった。
(きっとこのお勉強をすれば、異世界にいけるはずです)
そう思って難読なはず魔術書を王宮に使えている魔術師に教えてもらいながらも理解していき、その才能をメキメキと伸ばしていった。
そして勇者召喚の儀の日、見慣れない風貌の少年が勇者として召喚された。同じ年頃の人間であったこともあるが、異世界のことに興味のあったリィナは彼にズシズシと迫っていた。
「異世界には娯楽ってあるんですか?」
「あるぜ、本や劇だけじゃない。絵が動くアニメやゲーム、スマホを使って電話やインターネットっていうもので遠くの人ともやり取りすることもなんかもあるんだ」
「通信は私たちの世界にもあるので、アニメ、ゲーム……それらについて教えてください」
「ああ、いいぜ。まずアニメってのは……」
思えば、これがリィナがアニメ沼に引きずり込まれるきっかけだったかもしれない。
そして、魔王討伐の旅の中リィナは見つけてしまった。自分の運命を変える『ドキ学』を。派手な色彩で可愛らしい少女が描かれているそれは勇者からみれば、ただのラノベだったが、リィナからすれば衝撃を受けるものだった。
そして、それを購入し読破する。勇者にも見せると異世界の習慣がきちんと書かれていることがわかり、リィナの異世界へのあこがれはますます強くなっていた。
魔王を討伐した勇者が異世界へ帰る前日の夜、勇者と共に月明かりの下、中庭を眺めていた。異世界についての楽しい歓談はもうお仕舞い。勇者が帰ったら、自分は女王になる姉のサポートに忙しく駆け回り、異世界への憧憬もいつしか過去のものとして消えてしまうのだろうと思っていた。
そんな彼女を慰めるかのように勇者はそっと抱きしめる。
「俺が帰っても、君のことは忘れない。だから君も俺のことを忘れないでくれ」
「はい。私のこと、忘れないでください」
2人はそっと口づけをする。初めてのキスの味は涙の味だった。
月日が流れ、命を狙われているリィナは異世界へ行く決心をする。広大な異世界の扉を開いたとしても、勇者に会えるとは限らない。だけど、勇者から聞かされた数々の異世界話に出てきたものには会えるはず。できれば両方とも会いたい、そう信じて彼女は呪文を唱える。
「開け、異世界の門よ。コール、ゲート!」
そして、ゲートの先で彼女は彼女に出会った。
「オタクのくせに良い話じゃない……」
「最後、姉のところに行って日本に渡るとか……彼氏さんと出会えると良いね」
私も涙がぽろりと出る。勇者さん、良い人すぎるでしょ。コーネリアさん、どう考えても勝ち目ないわ。
「はい。でもいつか会える……そんな気がします」
「頑張って。私たちも応援するから」
「こんないい話を聞かされたら、私たちの話なんてくだらないわ。今日は早く寝ましょう」
電気を消してベッドの中へと入る。移動疲れもあったせいか、私たちはぐっすりと寝るのであった。




