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第18話 狩猟祭

 お祭り当日。

 街に待った祭りに我慢しきれない里奈に引っ張られた私は、城下町を通り抜けていく。姫様の恰好ではまずいらいしく、今の里奈は比較的質素な服に普段おろしている髪をまとめポニーテールにし、伊達メガネをかけている。小奇麗な田舎娘風といったところか。


「これで変装は完璧です」


「う~ん、そうかな?」


「そうです。見ていてください……おじさん、シュワシュワと腸詰めください」


「あいよ。可愛らしいお嬢さん方にはおまけでもう一本追加だ」


 里奈が屋台の髭面のおじさんから葉っぱに炭火で焼いたソーセージと小さい樽のようなコップを受け取り、私のところに戻ってくる。コップの中を見ると、サイダーのように泡が立っており、一口飲むと果汁でも加えているような甘さが口に広がる。


「ミックスジュースと炭酸を合わせたような感じ。それに身体がぽかぽかする」


「果物をなんやかんやして作ったジュースですから」


「それってもしかしておさ……」


「シュワシュワですよ」


「未成年飲し……」


「異世界の法律は適用されません。治外法権です。腸詰めも美味しいですよ」


 話題を急に変えたあたり、図星だと思う。そもそも私たちの世界の法律を出すことがナンセンスか。それでもこのシュワシュワを飲むのは控えたほうがいいだろう。


「腸詰めってソーセージのことだよね。私たちの世界だと豚とか魚だけど、ここだと何の肉が詰められているの?」


「……腸詰めです」


「いや、だから何の肉? そもそも何の腸に詰めているの? スーパーで売られているものよりも大きい気がするけど」


「腸詰めは腸詰めです」


 私は恐る恐る腸詰めを手に取り、口の中に入れてみる。パリッとした皮に、中に閉じ込められていた肉汁がスープのようにあふれ出て、口の中にジュワと広がる。それに肉のうまみだけでなく、細かく切り刻まれたキャベツのような歯ごたえがある野菜の甘みも入っている。


「これ見た目はソーセージだけど、中身は小龍包に近いかも」


「どうですか。私たちの世界の料理は?」


「うん。調味料が塩と酢が主って聞いたときは不安でしかなかったけど、どれもこれも美味しい。ところで何の肉?」


「う~ん、地方によって入れるものが違いますからね。このあたりでとれて、とろけるような脂とこの若干筋が残るような口あたりはキラーベアーでしょうか」


「熊!? 熊の肉って、牛肉っぽい味なの!?」


「はい。魔物は被害を与えますが、こうして私たちの食卓に欠かせない食材でもあるので、撲滅するのができないんですよね」


「そういうことならこの世界でも愛護団体とかいそう」


「いるんですよね。過激派が多いと治安の悪化にもつながりますし」


「『魔物にも感情がある。我々で保護すべきだ』と言いながら、剣を握って市民を脅かして要求をのませるみたいな」


「なんで知っているんですか」


「どこの世界でも同じだよ」


 どうでもいい話を切り上げて、私たちは他の出店を見ながら、祭り会場へと向かう。それにしても、里奈のこんなバレバレな変装、どうしてばれないのかが分からない。漫画ではよくある眼鏡をとると別人みたいなものか。


 そう思いつつもお祭り会場に着くと、シュワシュワを片手にもった大勢の客と柵の向こう側には戦士風の屈強な男性や魔術師風の女性のパーティがズラリと並んでいた。そして、高台に居る審判と思われる男性がホラ貝を片手にその時を刻々と待っているようだ。


「そういえば、狩猟祭って何をするの?」


「それはですね。この時期になると収穫した野菜や穀物を狙いに魔物が襲ってくるんですよ。そうならないよう前もって狩り始めたのが起源でして、今ではどれだけの魔物を狩れるかを競う一大イベントになりました」


「危なくない?」


「昔とは違って今では人間側の戦力が充実していますからね。めったなことでは被害は出ませんよ。この変哲のない柵も魔法で強化されているから、見た目とは違ってかなり丈夫なんです。イノシシが何十頭ぶつかっても壊れませんよ」


「あ~、科学や魔法の発展で魔物がそこまで脅威じゃないってこと? それなら前魔王の侵略も脅威に見えないけど」


「戦略的に魔物を操れるかどうかは大きいですよ。戦略的に無視できない場所に魔物を出現させて戦力を分散せざる得ないこともありましたし」


「なるほどね。日本でも都市部に急に熊やイノシシが現れたらパニックになるわ」


「そうそう。単体では脅威じゃない上に時期が決まっているなら対策はいかようにもとれるので祭りになるんです」


 そんな話をしているとホラ貝の音が鳴り響き、男女ともに走り出していく。その先には土埃を巻き上げながら進む黒い猪や銀色の狼の姿が合った。それを向かい討つ狩人たちはまるで映画のワンシーンかと思うようなド迫力の戦いを行う。


「凄い。炎とか雷とかで攻撃しているといかにも魔法って感じ」


「それだけではありませんよ。たとえば、あそこで曲刀を振るっている男性は後ろの女性の支援魔法を受けて身体能力を上げています。おっと、死角から狙われたところに緑の帽子のエルフの少年の矢が飛びましたね」


「どこからみればいいのか分からないよ」


「では、私が解説しながら話しましょう」


 里奈から、片目の男性とは一度手を組んだことがあるだの、あの女性は実は男性だの、あそこの人の店のシチューは絶品だの、横道にそれてはいるもののむしろそちらの方を詳しく知りたいくらいだ。


「倒した魔物はどうしているの?」


「あとで美味しく頂きます。それに参加者が食べきれないほど倒した魔物が多ければ、観客にも料理が振舞われるというわけです」


「ああ、どうりでみんなシュワシュワを片手に持っているわけだ」


「ええ。この時期の魔物も脂がのっているものが多いので、美味しいんですよ。焼いたお肉に塩を振りかければ、それだけでシュワシュワが進みます」


「ゴクリ……」


「シュワシュワ、ここでは15歳以上ならセーフですよ」


「やっぱり酒じゃん!」


「酒ではありません。シュワシュワです」


 ほそぼそとした声で未成年飲酒をすすめようとする里奈。いくら異世界で合法とはいえ、私は異世界出身じゃないから下手に飲むのは危険だろうと思い、別の店で買ったジュースを飲む。こっちは目の前でグレープフルーツのような果物を絞っていたので、アルコールはないだろう。

 一口飲むと、オレンジジュースみたいな甘みと酸味がバランスがとれており、さっぱりとした味わいが広がる。グレープフルーツもどき、なかなか侮れない。片手にもった何かの肉の串焼きと相性が良すぎる。悪魔的な相性だ。


「それにしても例年よりも魔物の数が多いですね」


「そうなの?」


「ええ。いつもならそろそろ終わってもおかしくない時間なんです」


「餌が豊作で魔物が増えたとか」


「大量発生するほど、獲れた覚えはありませんが……あの気性の荒さ、まるで餌場を奪われた感じがします」


「魔物は詳しくないけど、野生動物って縄張りがあるんじゃないの?」


「ええ、そうですよ。だからこの森は毒をもった魔物が多いから、毒消しの薬を準備しておくことができるんです」


 RPGでモンスターの出現場所が決まっているのはそういう理由か。現実とゲームを一緒くたにするのは駄目とはいえ、この世界を理解するにはそれが手っ取り早い。

 そう言っていると、審判がカンカンと鐘を鳴らす。緊急事態なのか観客たちが一斉に逃げ出し、里奈は変身を完了している。


「来ます!」


「ど、ドラゴン!?」


 上空より飛来したのは、灰色の龍。その赤い眼は餌となる人間を定めようとしているのか舐めまわしているかのようだ。

 それを視認した里奈が魔法の矢を放つが、若干怯むものの硬いうろこにはじかれまるで効いていない。


「いきなり攻撃してもいいの!」


「構いません。この臭い、あのドラゴンはすでに人間の味を覚えています」


「それって人を襲った熊が人喰い熊になるのと同じ……」


「そういうわけです。本来ならば、追い返す程度で済ませますが、今回はここで倒さないと被害が出るだけです」


 そう言いながらも矢を放つ手を緩めることはない。だが、それを気にもせずドラゴンが近くに居た兵士たちをしっぽや爪で薙ぎ払っていく。

 じれったくなったのか、口を大きく開けて火球を作り出していく。


「ドラゴンブレス!みなさん、下がってください。ホーリーバリア!!」


 ドラゴンが吐き出した火炎は轟々と燃え広がり、草原を火の海に変え、私たちを守っていた柵を灰にする。近くに居た魔物は危険を感じたのかいつの間にか居なくなっており、近くに居るのはバリアで守られていた兵士たちだけになっていた。

 バリアを張っていた里奈はブレス攻撃がやむのを確認すると、それを解き、がくんと膝をつく。


「もう一度、受けたらまずいかもしれませんね」


「だが、よくぞ持ちこたえてくれた。礼を言うぞ」


「ここからは俺たちに任せてくれ」


 そんなとき、鎧姿のミハエルさんとコーネリアさんがやってくる。まっすぐ敵を見るその目には王宮内部のいざこざを感じさせない。

 そして、誰かが合図をしたわけでもなく二人が一斉に駆け出し、ドラゴンの懐に潜り込む。

 鋭い一閃が強固なうろこで覆われたドラゴンを切り裂いていく。だが、傷は浅いのか動きはそこまで鈍っていない。それどころかドラゴンが怒り狂いだし、その攻撃が激しさを増す。


(妹の援護と血が上って大ぶりになっている分、逃げやすいが……)


(当たれば死は免れない。あと一瞬、隙をつくれば……)


(わずかな隙を作れば姉様や上兄様がとどめを刺してくれるはずなのに)


 どちらも攻め手にかけている様子だ。このまま体力レースに持ち込まれれば、おそらく人間である里奈たちの敗北は免れない。あたりは負傷者の兵士を魔法で治している魔術師でいっぱいだ。すぐ動ける人間は私しかいない。


(でもどうやって? 魔法もない、力もない、ただの一般人の私が……)


 でも、この状況を覆すには私しかいないはず。奇跡は起きるものじゃない起こすものだと言ったのは誰のセリフだったか。私は覚悟を決めて、逆転の糸口を探しに城下町へと走っていく。


(私に必要なのは武器でも魔法でもない。一瞬の隙を作れる何かだ。隙さえ作れば、里奈たちがなんとかしてくれるはず)


 あれだけ人が多かった城下町も今は静まり返っている。おそらくドラゴンが出たことで家に引きこもっているのだろう。屋台や出店に置かれた野菜や果物、アクセサリーですら投げっぱなしだ。

 料金は後で払うにしても、私が手に入るのはこれらだけだ。そして、私は迷いながらもその中からお目当てのものを手に取り、戦場へと戻る。


 戦場に戻ると、ドラゴンは身体のあちこちに切り刻まれたあとが残り、血がにじみ出ている。動きも若干遅く感じるが、ミハエルさんらの鎧はかけており、兜は邪魔になったのか脱ぎ捨てている始末だ。私は急いで、手に持ったものを大きく振りかぶり、ドラゴンに向かって投げつけた。



 ドラゴンは知らなかった。

 目の前から飛んでくる飛翔体には何の魔力も感じない。それどころか投げた本人からは魔力すら感じない。そんなものをが当たったとしても何のダメージすらならないと思っていた。

 それよりも、ドラゴンにとって脅威なのは目の前にいる人間二人だ。こざかしく動き回るそれはイラつかせる。その二人しか視ていなかったため、見えていたはずのその飛翔体が目の付近に当たり、果汁を辺りにまき散らす。

 その果汁が目に入ると、目にしみり、思わず右目を閉じてしまう。


「そこだ!」


 その刹那、ドラゴンは考えることができなくなってしまった。

 ドラゴンは最後まで知らなかった。どこにでもいるただの人間も勇者と同じく勇気があることに。



「(たぶん)特産の謎フルーツのすっぱい果汁、地獄でゆっくりと味わいなさい!」


 私が投げつけたのはここで食べてきた中で酸味があった野菜と果物だ。レモンとかの汁を目にかけられたら誰でも目を瞑るから、チャンスが生まれるかなと思ったけど大成功。片目を閉じた瞬間にコーネリアさんたちが目にもとまらぬ速さでドラゴンの首を切っていった。


「まさか勇者に続き、異世界の来訪者にまた救われてしまうとはな。いやいや、恐れ入った」


「そうだな。国を代表して礼を言おう。普通ならここで褒美を与えるのだが、異世界の人間が欲しいものが良くわからん。そこで、私が叶えられる範囲で貴様の望みをかなえてやろう」


「だったら私の望みは1つだけです。里奈……リィナと仲良くしてください」


「む……それは……」


「ハハハ、これは一本取られたな、姉上。恋敵でも仲良くしろとのご命令だ。まあ、国寄こせとか言われるより良いだろう」


「だが、いまさら……」


「里奈は全く気にしてないと思いますよ。向こうでだらけた生活送っていたくらいですから」


「失礼な!でも反論できない。悔しい」


「……前向きに対処する」


 そう言い残してコーネリアさんが去っていく。これで拗れた姉妹が直ればいいんだけど。


「直るさ。姉上は嘘をつくのが苦手だからな」


「本当ですか?」


「ああ。きっと姉上もきっかけが欲しかったのだろう。襲う頻度も目に見えて減っていたからな」


「最初のころと比べれば今は手ぬるいくらいですからね」


「あのトラップで?」


「そうですよ。言ったじゃないですかアトラクションだと」


「あれは比喩表現かと」


 普段から暗殺の脅威に晒されてもアトラクションと言える異世界人、怖い。

 その鋼メンタルはどこで生まれたのか知りたいくらいだ。たぶん魔王退治だけど。


 その後、ドラゴンステーキの大盤振る舞いが行われ、傷ついた兵士たちだけでなく城下町にいた住人たちにも配られていった。

 私が貰ったドラゴンのテール肉はその旨みはさることながらぷるぷるとした触感が特徴的で、コラーゲンが豊富に含まれていそうだ。


「これはタレいらない。塩でいける。というより塩しか認められない味だわ」


「ふふふ、塩派の侵略です。さあ、塩教に入るのです」


 里奈の謎の塩押しを受けて、あらゆる料理を塩味にしてしまいそうだ。それほどまでにこの世界の魔物肉と塩のコンボ攻撃は強い。


「里奈はどこの肉?」


「私はハツですよ。食べると厄除け、滋養強壮、一説には寿命も延びるとか」


「寿命まで!? そりゃあ、ドラゴンも骨になるまでむしり取られるわ」


「皮や骨も魔法の触媒として優秀ですし、ドラゴンは捨てるところが無いですからね」


 戦闘能力が低かったらクジラと同じ運命たどりそうだなぁと思いながら、肉と添え物の野菜を食べていく。

 こうしてドラゴンの乱入という波乱が起こった狩猟祭は無事に終わりを告げるのであった。

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