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第16話 異世界へ

 世間がシルバーウィークを迎えていたとき、私たちは喫茶ニャンニャンで真央や黒騎士さんと文化祭のことで話していた。色々とあった文化祭だったけど、一番の話題は例のアレだった。


「先日の一件で、勇者があの学校内にいることが分かった」


「でも、シャドーマンみたいにワープした可能性は?」


「仮にテレポートできるなら、今までのシャドーマンとの戦いでも加勢してくれたはずです。それがなかったということは、自分の正体をばらしたくないか近くに居なかったかのどちらかのはずです」


「そして、私が知る限りではありますが、勇者の性格からして襲われているものを助けないはずがない。つまり、近くに居なかった可能性が高いというわけです。マスター、エスプレッソのおかわりを」


 マスターがコーヒーを注ぎ、優愛さんがそれを持ってくる。ミルクが無いのは、彼女が黒騎士さんの好みを把握しているからだろう。私も少しさめたコーヒーを一口飲み、心を落ち着かせる。


「確か黒騎士さんが勇者を探しているときがあったと聞いたけど、そのときは見つからなかったんだよね」


「ええ。同じ学校に通う者は真っ先に調べました。生まれによっては学年がずれると聞いたので、同年齢だけでなく下級生や上級生も調べましたが、残念ながら勇者はおりませんでした」


「私もそのことは聞いておる。だからこそ、こうして呑気に学校に通えるわけだが……」


「結局、勇者様は私たちの学校に通っていたと」


「お恥ずかしい限りです。私どもの調査不足で魔王様を危険な目に合わせてしまい申し訳ございません」


「別にかまわん。今のところ、大きな犠牲は出ていない。お前に罰を与えるくらいなら、不足していた調査を任せた方がマシだ。なにぶん、そこにいる聖女様のせいでこちらの動かせる手駒が少ないからな」


「わ、私のせいですか!」


「ああ、そうだ。戦力がそろっていればローラーをかけることもできる。しかもこういうときに、リリスがいてくれれば、調査が楽に進めるのだが……」


「確か四天王のサキュバスだったっけ、その人」


「その通りです。彼女は夢に入り込むことによる人心掌握に長けていましたから、不特定多数の中から特定の人物を探すことは容易だったでしょう。惜しい人をなくしました」


「ですが、街丸ごと自分の餌場にするのは見逃せませんよ!」


(サキュバスの餌って、いわゆるアレだよね……)


 フィクション通りのモノなら、そんな不健全なものを王女である里奈が見逃すはずがない。ちゃらんぽらんにみえるけど、根は結構真面目だからね。


「話がそれました。では私はあの学校の再調査をしてみましょう。手掛かりくらいはつかめないと四天王の名折れなので。あと、ここの会計は私が払っておきます。おつりは魔王様にお渡しお願い致します」


 テーブルの上に1万円札を置いて外に出ていく。昼ごはん代を入れたとしてもおつりが十分に帰ってくるだろう。


「まあ、あやつに任せれば信頼のできる結果は得られるだろう。で、お前たちは狩猟祭に出ると」


「異世界のお祭りってどういうものかなって?」


「こちらと大して変わらんと聞くのに物好きがいるものだ。マスター、和風スパゲティとアメリカンをブラックで頼む」


「そんなに変わらないの?」


「変わらん。まあ、行ってガッカリしろ」


「そう言われると逆に楽しみになるんだけど」


「異世界の人間は馬鹿しかいないのか……お前も頼め、黒騎士のおごりだ」


「じゃあ、すみません。ホットケーキ1つ」


「では私はサンドイッチを」


「だが、里奈。お前はだめだ」


「何故ですか!獣はいてものけものはいないんじゃないんですか」


「敵だからな。忘れているかもしれないが」


「……ワスレテイマセンヨ」


「おい、私のことをなんだと思っている!」


「マオ、マイフレンド」


「断る」


「なぜですか!真央とは友達だと思っています」


「一方的な勘違いだ。私は貴様を友達とは思っていない」


「一緒に戦ってくれているじゃないですか」


「あれはああしないとシャドーマンに対抗できないから仕方ないだろう!」


「では戦友と書いて『とも』と呼びます」


「この中二病患者がぁぁぁぁぁ!」


「なぜです!?」


「王は人の心が分からないとはよく言ったものね。この場合は姫は魔王の心が分からないだけど」


 すっかり慣れてしまったこの言い合いに私はコーヒーのおかわりをする。シャドーマンが余計な事をしなければ、みんなでこういった平和な日常をゆっくりと過ごせるのになと思いながら、おかわりのコーヒーを冷ましながら飲んだ。



 そして、その翌日。

 里奈が自分の家族、つまり国王や王妃に私を紹介すると言っているので、私は正装として自分の学校の制服を着ている。里奈が言うには「かしこまらなくでも大丈夫ですよ」と言っているが、国のトップと会うのだから、これくらいは作法というものだろう。


「準備ができたところで私たちの世界へレッツゴーです!コール、ゲート!」


 里奈が作ったゲートをくぐると、以前と同じ里奈の煌びやかな部屋。前はチラリとのぞいただけだったけど、今回はゆっくりと見て回ることができる。窓の外には山々が見え、自然豊かな国だということが分かる。


「危ない!」


 私が不用意に窓を開けると、里奈が私を床に抑えつける。何があったのかと思い、あたりを見渡すと窓とは反対側に矢が突き刺さっている。


「えっ? もしかして暗殺されかけた?」


「そうです。ここはアトラクション感覚で即死級トラップが仕掛けられることが多いので、気を付けてくださいね。慣れれば、寝てても大丈夫ですけど」


「いやすぎる。次からは私の部屋で寝泊まりしてもいいよ。うん、そうしたほうがいい」


「ではベッドを置く場所の確保が必要ですね」


「決断はや!」


「善は急げと言いますから。では2射目が来ないうちにお父様にお会いしましょう」


「来るの!? 2発目!」


 私はツッコミを入れながらも里奈の後を追いかける。里奈を見失ったら生きていく自信がない。というより間違いなく死ぬ。スリル、ショック、サスペンスな展開は望んでいない。

 道中で本物のメイドさんとすれ違った時、怪訝そうな顔をしていたけど、里奈が連れ添っているせいか声をかけられずにいた。もし声を掛けられていたら、しどろもどろな答えしか言えなかっただろう。


 里奈が扉をあけると、玉座に座っている初老の男性とその傍らに居るきれいな女性、そしてモーツァルト風の男性が話をしていた。国王と聞いてファンタジーでよくあるメタボリックな人を連想していたけど、実際は服の上からも分かるほど鍛えられた肉体であった。

 私たちに気付いた男性が邪魔になると思ったのか頭を下げ、部屋から退出する。


「リィナ、お前からやってくるのは珍しいな。そこの者は誰だ」


「こちらは以前、お話しした異世界でお世話をしていただいている空野愛華さまでございます」


「はじめまして」


「ああ、狩猟祭に連れまわしたいと言っていた子か。どんな子かと思ったら、なかなか可愛らしい子じゃないか」


 国王が警戒してせいで重苦しかった空気が、警戒を緩めた瞬間急に軽くなった気がした。魔法とかスキルとかそういうものではなく、この人がこれまで積み重ねてきた経験による威圧だと肌で実感した。


「そこまでおびえる必要はないよ。おっと自己紹介が遅れたね、私はトーマス・オルフェール。この国を治めている。そして、我が妻――」


「エルマと申します。この度は娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「いえいえ。私みたいな凡人に頭を下げられても困ります」


「ふふふ。勇者様と言い、異世界人は謙遜しすぎですわ」


 里奈と似たような微笑み方をするエルマさんをみて、親子だわと思う。エルマさんのおかげなのかは分からないけど、この場の空気に慣れた気がする。

 そんなとき、里奈が私の腕をガシッとホールドする。


「では、今日は王宮の中の案内をしますね」


「ちょ、ちょっと……」


「あの子、姉妹喧嘩で笑わなくなったのに、今ではあんな風に。私たちが早く止めておけば……」


「ああ。だが、私たちが娘たちの喧嘩に下手に介入すれば、遺恨を残したままとなる。その遺恨はいつか破滅を導きかねん。当事者同士で解決するよう祈りながら、見守っていくのも私たちの務めだよ」


「分かってはいますが……」


 エルマはリィナが出ていった先を寂しげに見つめるのであった。

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