第12話 プールでの決戦!(前編)
美香へのお見舞いの帰り道、私たちは喫茶ニャンニャンでちょっと遅めのランチをとっていた。すると、珍しく真央から声をかけられる。
「シャドウのことだが、候補も含む幹部クラスの人間を調べなおしたが、新たな生存者は確認できなかったぞ」
「ではあの男、仮にシャドーマンとつけますが、彼の言っていたことは嘘だと?」
「シャドーマンがこちらの捜査をかく乱するための戯言だったと考えるのが筋だろうな」
「でも、ここ最近はシャドウもシャドーマンも見かけてないし、異世界に戻ったってのは?」
「里奈に執着を見せる様子も嘘で異世界を根城にしている線か……考えていないこともないが、修学旅行の一件もある。あれはこちらの世界でないと分からない情報だ。少なくとも、こちらの世界になんらかの生活基盤があると見るのが正しいだろう」
「ゲートを開けることができる人間が限られている以上、アーク様に聞いてみるというのはどうでしょう? なんらかの情報を得ることができるかもしれません」
「アークはどこをほっつき歩いているか分からん。部下たちに探させてはいるが、霞を食って生きているよな男だ。向こうから来ない限り、到底見つけられるとは思えん」
「手詰まりですね……」
捜査が暗礁に乗りだした頃、食材の買い出しに行った優愛さんが紙袋を抱えて戻ってくる。優愛さんが食材を冷蔵庫に入れた後、私たちに話しかけてくる。
「姫様、丁度良いところに来てくれました。実はママ友からプールの割引券を貰いましたので、お渡ししようかと」
「プール、海と同じようなイベントが起こる場所ですね。分かりました。受け取りましょう」
「優愛さんって、子供居たの?」
「ははは。10年も経てば、子供くらいつくる。年も年だしな。可愛い我が子は2階でお勉強中さ。宿題がたまっているから、ラストスパートってところだね」
「どんな子か見てみたい」
「夏休みが終わってウチに来た時に居たら、合わせてやるよ」
「お願いします。じゃあ、そのお礼としてコーヒー、ミルクたっぷりでおかわり」
「あいよ!」
優愛さんが満面の笑みで空になったコーヒーカップを取り下げ、マスターにコーヒーを入れて貰う。にこやかにしている様子は私にとっては理想の夫婦だ。
「はいよ、カフェラテのおかわりだ」
「やっぱりコーヒーはカフェラテだよね」
「私は砂糖で十分派です」
「何を言っている、コーヒーはブラックだろ」
2人とも違う答え。だけど、そういうところもコーヒーの魅力だと思い、フーフーと冷ましながらゆっくりと熱いカフェラテを飲む。わずかな苦みがほんのりとした甘みを引き立たせ、私好みの味に仕上がっている。
そんな至福のひと時を終え、私たちは今年最後の水着の出番であるプールについて話しながら帰った。
里奈と一緒にプールに行く当日、水着とタオルを袋に入れて出かけた私たちはウキウキとした様子でバスに乗り込んだ。朝早くということもあり、人はほとんど居ない。ちなみに真央は別口で行くとのことだ。
「プールと言えば、ウォータースライダーです!もちろん、ありますよね」
「えっ~と、パンフレットによると……県内最大級のウォータースライダーがあるみたい」
「よく聞きますよね。県内最大級、地域最大級、日本最大級といううたい文句」
「うん、地域最大級は2つ、3つくらい見かけたことがある。『最大級』で『最大』と言っていないからセーフなのかな」
「あと元祖、本家も見かけますよね」
「ああ、京都でよく見かけるやつね。どれがオリジナルなのよと思った」
「元祖・伝説の剣、本家・伝説の剣、どっちをとるかといわれると困りますね」
「どっちもパチモン臭がするわ。ただの伝説の剣の方が強く見えるまである」
「私もです。こういうのはシンプルなものが一番です」
「じゃあ乗らない?」
「機会をすてるなんてもったいない。しっかりと滑りに行きますよ」
そうこう話しているうちにバスが目的地に着く。夏休み最終日付近の平日ということもあり、人はすこまで多くなさそう。暫く待つと真央とニヒルな笑みを浮かべる中年男性が現れる。
ホストにいてもおかしくないほど顔のつくりはよく、頬に傷跡があるが、その美しさを失わせるところか引き立たせているようにも見える。
「どうも。今回、皆さんの保護者役を務めさせていただきます。私、黒騎士ダークナイトと申します」
「はじめまして、黒騎士さん。里奈の姉の愛華です」
「話は聞かせてもらっています。魔法を知らぬ異世界人だというのに我々をあっさり受け入れた肝の据わったご婦人であると」
「そこまでじゃあないですよ」
「いえいえ、私たちもこの世界になじむのに苦労したので、受け入れた人には敬意を表するのが当たり前です」
黒騎士さんって良い人だなと思っていると、里奈が抗議をするかのようにぷくーと頬を膨らませている。敵対していた同士だから、和やかに話しているのが気に食わないのだろうと思った私は話を切り上げ、施設の中へと入っていく。
水着に着替えた私たちは巨大なウォータースライダーと流れるプールを目の当たりにする。
「ウォータースライダーです!列に並びましょう」
「今日の里奈はぐいぐい行くなぁ」
「当たり前です。興味を持ったらすぐ行動、それが私のモットーです」
「真央さんも行きましょう」
「お、おい。今は共闘しているが、本来は敵同士だぞ」
「今が味方なら問題なしです」
真央がチラリと黒騎士さんの方を見るが、何もせずに見送るだけだった。別に命の取り合いをしているわけじゃないから、助け舟を出す必要もないという判断だろう。
「くっ……なぜこのようなことに」
「まあまあ、これをネタにして次の新刊を待っている読者の期待に応えてください。実用用、観賞用、保管用、布教用はすぐ購入するんで」
「よし、販売地域ごとで別の特典をつけてやろう。これでお前の国の経済を傾かせてやる」
「望むところです!」
いつの間にか異世界での魔王vs王国の地味な経済戦争が始まろうしていた。これの中身がオタク活動じゃなくて貨幣をなんとかかんとかするものだったら、カッコいいのになぁ。
私はそう思いながら、ウォータースライダーの階段をすこしずつ昇っていく。頂上付近からの眺めは人が小さく見えて、足がすくむ。
「まるで人がごみのようです」
「さすがは最大級とうたっているだけのことはある。ところで、愛華。貴様は高いところが苦手か?」
「そうじゃないけど、想像しているより高いから怖くなっただけ。みんなは怖くないの?」
「私の自室はここより高いところにあるので、高いところは慣れています」
「私はそもそも飛ぶからな」
「高いところでの恐怖ってどこにでもあるものだと思っていただんだけどなぁ……」
「次の方、どうぞ」
係員の案内に従ってウォータースライダーの中へと入っていき、流れる水に身を任せる。途中で止まらないかと心配したけど、大きな水しぶきをあげて、下のプールに無事着水。
里奈がもう一度、滑りたいらしく真央の手を引っ張って再度列に並び始める。私は喉が渇いていたこともあり、黒騎士さんと一緒にジュースを買いに行っていた。
「トロピカルミックスジュース、1つ」
「では、私はコーラを。あとこの娘の分も払います」
「良いんですか?」
「これくらい構いませんよ。いつも魔王様と遊んでもらっていますからね」
リストのバーコードを読ませた黒騎士さんは私と一緒に近くのベンチに座り、休憩する。
「真央ってどんな人だったんですか?」
「一言で語るのは難しいですね。話は長くなりますが、現魔王様との出会いから語ります」
「お願いします」
黒騎士さんはゆっくりと真央について語っていく。
魔王カインに呼び出された黒騎士は膝をつき、頭を垂れる。面をあげよと言われ、カインをまっすぐ見る。
「1年ほど前、我が娘レイナを異世界に送り込んだ」
「レイナ様を?」
「うむ。奴らは勇者召喚の儀を行ったと聞く。レイナには後継ぎを安全に残すということと異世界の侵略を命じている。だが、娘不在の事実にアークが気付くかもしれん。貴様には野蛮な異世界においてレイナの護衛について貰う」
「必ずやご期待に応えて見せましょう」
「そして、もうひとつ任務を与える。勇者から見て数カ月ほど前だが、過去の勇者を殺せ」
「なるほど。過去で殺せば、今の勇者も消える。私たちの勝利は絶対なものになるというわけですな」
「我が魔力でもそう何度も過去に送り込むことはできん。アークにいくらこざかしい策があろうとも、過去の勇者を暗殺するなど考えもつかんだろう」
「私がアークの立場であっても、そのようなこと露とも思いません」
「今の顔は割れている上に過去の勇者はレイナと同年代になるまで成長している……もしや会敵する機会があるかもしれん。異世界と行き来を繰り返してもらうことになるが、やれるな、黒騎士」
「この剣に誓って、必ずや勇者の首を魔王様に捧げましょう」
「期待しているぞ」
黒騎士が退出し、魔王が作り上げた異世界の門をくぐると、そこには人間に扮したレイナの姿が合った。
いくら四天王と呼ばれても、気軽に話しかけるような存在ではなかったため、こうして対面するのは彼でも初めてだった。
「貴様は……四天王の黒騎士か」
「さようでございます」
「堅苦しいのはよせ。私が知っている限り、この世界で子供に敬語で話したり、大人が膝をつくのはおかしい」
「ですが……」
「ではやりすぎない程度でやれ」
態度こそ魔王と同じく尊大だが、考え方がまるで違うことに黒騎士は戸惑った。同じ年頃の人間が日中で歩いていると人目に付くという理由で学校に通うなど、魔王様なら間違いなくやらないからだ。レイナをみると、黒い板をしきりに触っている。
「なにをしているのですか?」
「タブレットで自伝を書いている。異世界語しか出ないのが難点だが、場所を問わないのと持ち運びやすいの利点だな」
異世界の文明の機器を使いこなしている彼女を見て、魔王の後継者からふぬけた小娘になったのではないかと危惧した。だからこそ、比較的安全なこの世界では勇者を探し出し、暗殺すると決めた。
だが、勇者の名前も知らず、そもそもこの近辺に住んでいるのかさえ分からない状況では、ただ出歩いているだけの日々を過ごす羽目となった。
勇者が来てから戦況が変わり、魔王軍が押し戻される日が続く。押し戻されるということはそれまで奪ってきた領土から得てきた奴隷や資源も減少し、戦力が減少するということでもある。戦力が減少すれば、さらに領土が減るという悪循環を生みだしてしまう。そのことをレイナに伝えると、少し考えるようなそぶりを見せる。
「この自伝を元に娯楽小説として売り出す」
「なにを言っているのですか?」
「外貨を稼ぐ手段があれば、戦力の減少に歯止めがかかるはずだ」
「それは分かります。なぜ小説なのですか」
「元手がかからん。印刷はこの世界でもやれないことはない。そして、異世界にある娯楽は向こうにはない。つまり、新規需要の開拓が一足先にできるという絶対的アドバンテージがこちらにはある」
「仰っていることは分かりますが……」
「ならば、貴様も手伝え。私が仕上げた原稿やイラストをコピーしろ」
レイナの指示通りに従い、黒騎士は内心嫌がりながらも己の職務を全うしていく。売れないだろうなと思いつつも人間たちに売ったところ、思いのほか売れた。特に、容易には手が出せない異世界へのあこがれが強い貴族や王族の名が連なっていた。
「敵から金を合法的に得るとは、恐れまいりました」
「私は魔王の娘、レイナであるぞ。人間どもよ、貴様が娯楽のために落としたこの資金で貴様らを苦しめてくれるわ」
レイナの策のおかげで勇者が魔王城の近くまで来たときには装備を整えたハイクラスの魔物を差し向けることがギリギリではあったが間に合うことができた。だが、時すでに遅し。戦いの経験を積んできた勇者の勢いを止めることができず、魔王軍は敗北した。
「今の魔王様は前魔王様と比べれば、弱いかもしれません。ですが、文才や商才については上回っていると私が保証します。もし、平時に生まれたのであれば、未来永劫語り継がれるような統治をしていたことでしょう」
「うん、私もそんな感じがした。真央は戦いに向いてないなって思っていたもの」
「ええ。私としては敗戦処理が終われば、こちらの世界で余生を過ごしてほしいくらいです。さてと、こちらは十分に休憩しましたが、もう昼時になりましたね。どうです、魔王様と一緒にランチでも?」
「はい、お願いします」
最初は冷たく感じた笑みも、今ではこれが彼なりの感情表現なのだと思い始めた。そして、里奈たちと合流し、外の食堂でランチをとろうとしたとき、それは起こった。
「あれが自動ドアが開かねぇぞ」
「故障か?」
「これはショッピングモールのときと同じ」
「ダンジョン化です」
私はダンジョンと化してしまったプールサイドを不安になりながら見つめることになった。
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