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三人目のクラス



 はよー、おはー……あちこちから、挨拶が聞こえてくる。これは俺に向けたものではなく、単にクラスメート同士の朝の風景だ。


 もちろん俺にも声はかけられ、それに応じていく。始業の時間が迫る中で、クラスメートが次々集まってくるが……『あいつ』は、まだ来ない。クラスの連中は、少なくともそう思っていることだろう。


 いつもなら、もう来て黙って席に座っているか……誰かに連れ出されているか。だがそのどちらでもない。登校した証である荷物すら、ない。


 まさかずる休みか、ふざけやがって、それくらいで逃げられると思うなよ……そんな台詞が、あちこちから聞こえてくるようだ。


 いじめられっこと化した亜久留(あくる) 兵八(ひょうや)は、今日のいじめから逃げるためにずる休みをしたんだと……誰もが、思っている。そして俺以外、誰も知らない。


 確かに亜久留 兵八は休んだ。だが、それは今日明日に限った話ではない。……もう永遠に、ここに来ることはない。


 あの一夜から、長い時間が経った……感覚の話だ。実際には一夜明けただけの、わずか十数時間程度しか経っていない。人をこの手で(あや)めたあの時。その翌日ともなれば本来なら吐き気を催してもおかしくはない。


 だが、そんな事態にはならなかった。今日もちゃんと学校に来て、席についている。



「おい、席につけー」



 ガララ、と教室のドアが開き、担任が入ってくる。その表情がどこか思い詰めたものであると感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。


 異様なその雰囲気に、果たして何人が気がついていることだろう。全員が席につき、静かになるまでの時間がとても長く感じられた。



「えー、大変残念なお知らせがあります。昨夜近くの公園で……クラスメートの亜久留 兵八くんが亡くなっているのが発見されました」



 ざわざわっ……



 その発言はあまりに衝撃的で、しかしとても担任が嘘を言っているようには思えなかった。まあ嘘だとしたら不謹慎かわりないが。


 それを受けたクラスメートの反応は様々だ。近くの席の奴と話し出す奴、怯えたように震える奴、無関心を装っているのか無表情な奴……


 俺の時も、こんな反応だったのだろうか?



「みんな静かに。動揺するのはわかるが、騒ぐことのないように……」


「先生」



 騒ぐクラスメートを落ち着かせようとする担任の前に、一人の挙手が上がる。立ち上がったそいつは、確か亜久留 兵八にちょくちょく絡んでいた奴だ。もちろん、いじめていた主犯として。



「亜久留は、自殺なんすか?」


「え、あぁ……いや、その線は薄いらしい。詳しくは話せないが、通り魔的犯行の可能性が高いと……」


「ふーん」



 質問の返答に、そいつ……白田能勢(はくたのせ) (なき)はただ一言それだけ言っただけで、座り直す。


 ……ふーん、か。クラスメートが死んで、自分がいじめていた人間が死んで、たったそれだけか。


 別にどんな反応を期待していた訳じゃない。まさか自分達のいじめが原因で……と狼狽えるか。それとも通り魔犯行と聞いて悲しみに涙でも見せるか。そんなことを期待していた訳じゃないが……



「それで、亜久留の葬式なんだが……」



 担任も、悲しんでいるのか……見ようによっては、事務的に見える。ま、クラスで毎日いじめが行われていても気づかない、もしくは見て見ぬふりをしていた男だ……あの額の汗だって、クラスで死人が出たことに対しての自分の学校での評価を気にしているからかもしれない。


 なんせ、これで三人目だ。それも、こんな短期間に。



「…………」



 その後担任から、葬式がどうだの諸々の説明があったが……何人が真剣に聞いていたのかわからない。わからないまま、ホームルームの時間は過ぎていき。



「ねえ、なんかヤバくない?」


「これで三人目だよ……私怖い」


「けどさ、死んだ三人ってその……あれだったろ? もしかして俺達加害者ってことになるんじゃ……」


「ばっか、亜久留は他殺って言ってたろ。考えすぎだって」



 ホームルームが終わり、仲の良い者同士で固まり話すその姿は……なんとも滑稽に映る。あれだけのことをしておいて、どの口がヤバイだ怖いだと言うのか。


 しかも、俺に聞こえるかもしれないのに気づかないほど、混乱してやがる。


 実際に、三人目の亜久留に手をかけたのは俺だが……もしかしたら、遅かれ早かれ亜久留(あいつ)も自殺していたかもしれない。その点では、こいつらが加害者であることに変わりはない。


 全員、薄々気がついてるはずだ……いじめられていた人間が、自殺にしろ他殺にしろ死んでいることに。ここで誰かの復讐であるとバレにくいのは、死んだのがあくまで『いじめられ側』の人間ということ。


 いじめていた、加担した人間が殺されていくなら誰かの復讐だとわかりそうなものだが、今回のそれは違う。だから、この時点で誰かの復讐劇を連想するものはいないだろう。


 だがそれも、いずれは……みんなが、嫌でも誰かの復讐を連想し、恐怖することになる。


 いじめていた奴らが、その罪悪感に押し潰されるという恐怖ではない。次殺されるのは自分ではないのか……誰が自分を狙っているのか。そんな恐怖を、味あわせ殺してやるよ。


 ここにいる、全員をな。

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