一人目の標的
早いもんで、俺が転校してきてから数日が過ぎた。その間、いじめの実態を掴ませてくれるような都合のいい展開は起こらなかったが……やはり、いじめが起きているであろうことはなんとなくわかった。
あくまでもまだ部外者の俺は、判断されているのだろう。転校生も、仲間に加えるべきかどうかを。
もしもクラスの連中のいじめ加担に誘われたら……断る理由はない。なにせ、俺をいじめて追い詰めた奴に仕返しができるのだから。ただ……オレがしたいのはいじめではない、復讐だ。
それに……クラスの連中だって、俺をいじめていたことに変わりない。そんな奴らと一緒になにかをすること自体、反吐が出そうだ。そういった意味で、純粋にいじめ加担に加われるかと聞かれたらイエスとは答えられない。
「…………」
ここ数日でわかったことだが……連中、いじめ対象に必ず一人は見張りをつけている。教室だと言わずもがなだが、休憩時間や亜久留 兵八がトイレに行こうとした時ですら誰かついていく。むしろ、そのあと戻ってこないことだってある。
そうなると……亜久留 兵八一人だけに手を出すのは、難しい。良くも悪くもあいつの周りには常に誰かの目が光っているのだから。
標的を変えるか、あるいは……
「なあ亜久留、放課後いつものとこな」
「……あ、あぁ」
あいつが本当に一人になるのは、登下校の瞬間。そこを狙うかだ。
今日も今日とて、亜久留 兵八は絡まれている。なにも知らない奴から見たら、それはただクラスメートがじゃれているだけの光景に映るだろう。
だが、その実態を知っている者からしたら、その挙動一つ一つが気に障って仕方がない。
自慢じゃないが、俺はそれなりにうまく立ち回り、このクラス内でもある程度の立場にいる。目立ち過ぎず、地味過ぎず……ま、転校生って時点で目立ってはしまっているんだけどな。
だがまあ、今亜久留 兵八が消えたからって俺だけが不審に思われることはない。それに、いじめている奴らの方が動揺するはずだしな。その一点において、この状況は都合がいい。
「そろそろ、仕掛けるか……」
生まれ変わってから今日に至るまで、夜の数だけ復讐のことを考えた。このクラスの連中を、どう殺してやろうか……どうすれば、この怒りを思い知らせることができるのか。
ちなみに俺の今の住まいは、学校から少し離れたアパートに部屋を借りている形になっている。いくら生まれ変わったとはいえ、この世界にいる一人の人間だ……両親の問題とか、転校の手続きとかそういったことは、神様が適当にやってくれたらしい。
まったく、至れり尽くせりだな。その代償が、復讐に生きろってことだが……俺にとっては、代償でもなんでもない。
この復讐のための時間……俺は第一の標的として選んだ男の殺しかたを、考えていた。実は……こいつらを殺すために、わざわざ綿密な計画を練る必要はない。
要は、俺がやったってバレなきゃいいんだ。証拠を残せば、それだけ後々動きにくくなってしまう。慎重に……それでいて、大胆に。だいたい、人死にが二人も出ていてなんの動きもない……少々大胆にやったところで、なんの問題もない。
そう……校内で事を起こそうが、下校中に起こそうが。そんなもの、どうにでもなる。
「放課後……か」
頭の中で、いくつものシミュレーションを繰り返し……気づいた時には、放課後になっていた。亜久留 兵八に注意を向けると、昼間話しかけていた奴らとどこかに向かっているようだ。鞄はあいつだけ置いたまま……つまり、事が終われば教室に戻ってくる可能性が高い。
「仮刀くーん、一緒に帰ろ」
初日はクラスの誰とも帰らなかったが、その後はちょくちょく付き合い……今では、なにもしなくても向こうから話しかけてくるほどだ。
皮肉だな……生前、話しかけられるといったら、今の亜久留と同じような内容でしかなかったのに。
「ごめん、今日は親戚と用事があるんだ」
「そうなんだー、残念」
嘘だ。今日は用事はないし、そもそも親戚なんていない。
あの頃は、同じことを言っても解放してくれなかったのに……こいつら、ネコ被りやがって。あぁ今すぐ殺したい。今その白く細い首に手を伸ばし、掴んでちょっと力を入れるだけで……
「じゃあ明日ねー」
手を振り、教室から出ていく。今のようなことを、毎日考える。もちろん、『神威』になる前から。
だがそんなこと、現実的に実行できるはずもない。人を殺すことも、傷つけあざ笑う行為も、少なくとも一般的な価値観ある人間なら実行に移すはずもない。それを平気で行うこいつらは、クズだ。ゴミ以下の存在……生きてる価値すらない。
なら、こいつらに復讐しようとしてる俺はどうかって? こいつらのせいで価値観なんて壊れてしまったし、第一一度死んだ人間だ。やりたいことを、やるだけだ。
亜久留が、数人のクラスメートと教室を出るのを確認し、俺も教室を出る。後を追うわけじゃない。そりゃ、俺をいじめてた奴が今どんな目にあっているのか気にはなるが……用事で帰ると言った手前、いつまでも学校に残っているのは不自然だ。
かといって、学校からは出ない。帰る体を装い、人のいない所に身を隠す。そこで、亜久留 兵八が教室に戻るまで待つ。人がおらず、教室を確認できる場所……そんな都合のいい場所があるのか。
ある。いじめられていた頃は、よくその空き教室を利用していたもんだ。あの頃は逃げるために浸かっていたこの場所で、俺は今、人を殺すための覚悟を固めている。不思議なことに、心は落ち着いている。
「……来た」
ここにこもって、どれくらい時間が経っただろう。亜久留は、一人で教室に戻っていく。一見すると、外的被害はないが……それは、服に隠れているからだろう。いくらクズでも、それくらいの分別はつくらしい。俺の時も そうだったしな。
教室には誰も残っていない。亜久留は一人……絶好の機会だ。だが……さすがに一人目を教室で始末するのは、目立ちすぎるか。ここは、下校中を狙おう。
教室に置いてあった鞄を手に取り、出ていく……その後ろ姿を、バレない距離を保ってついていく。学校から出るまで、亜久留は誰にも話しかけられることはなかった。それは亜久留がいじめられていると周りが周知しているというより、亜久留が話しかけるなオーラを出していたからか。
学校から出て、歩いて行く……周りは暗くなり始め、人通りも少なくなる。おあつらえ向きの雰囲気だ。
……今か。
「ちょっと待って、亜久留くん」
俺は、いかにも今見つけました風を装い、亜久留に近づく。亜久留は一瞬肩を跳ねさせ振り向き……俺の姿を確認し、ほっとしたような表情になる。いじめに加担……いや、いじめが起きている事実をも知らないはずの、人畜無害な転校生の顔に。
「て、転校生……?」
「仮刀だよ。ちょっと、近くの公園で話さない?」
あぁ、そんな安心しきった表情を浮かべるなよ……鞄の中に忍ばせたはさみで、今すぐにでも刺したくなっちゃうじゃないか。




