いい思いをしても、いいんじゃないか?
帰り道、クラスメート歩乃咲 結可里に誘われた俺は……今、彼女の家へと、招かれていた。彼女の家なんて、生まれ変わる前ですら来たことがないというのに。
家、とは言うが、その外観はお世辞にもきれいとは言えないアパート……その一室に、彼女は住んでいる。
「さ、上がって上がってー」
明るい笑顔で、俺を家の中へと招き入れる。ちらと玄関を見回したが、他に靴がない……一人暮らしだろうか?
それに、聞いたところによると隣には誰も住んでいないらしい。それが本当なら、なんともおあつらえ向きなシチュエーションだ……俺にとっても、歩乃咲 結可里にとっても。
歩乃咲 結可里には、噂がある。彼女の性格から、異性と一緒にいる姿はよく見かける……が、その異性と二人で、誰にも知られずどこかへ消えるのだ。
曰く、ホテル街で男と二人きりのところを見た。曰く、男を取っ替え引っ替えしている。曰く、気に入った男を家に連れ込んでいる。曰く……
言い出したら、きりがない。つまりは、不特定多数の男と『ヤっている』噂があるのだ。それも、校内の人間、クラスメート、校外の人間、年の離れたおじさん……目撃情報は、様々だ。
もちろん、そのすべてが真実とは限らない。噂に尾ひれがつくのは世の常だが……火のないところに煙はたたないのも、また事実。それに、現にこうして俺を連れ込んでいることが、一つの証明になっている。
「ゆっくりしてってねー……って言うほど、広くもないんだけどね」
本人の言うとおり、部屋の内装は……広くなく、それに女の子らしい部屋でもない。いや、女の子らしい脚色をするほど広くないってのが正しいか、アパートだから派手な変更もできないだろうし。
数少ない、最低限の生活用品がある。テレビに冷蔵庫、エアコン……それにベッド。あちこちに設置してあるかわいらしい人形が、せめてもの女の子らしさをアピールしている。
ただ、それだけだ。人を呼べても、多くて三人程度の広さの部屋。そこへ俺を呼んで、なにを考えているのか。
「あ、ベッドにでも座ってよ。今お茶出すからさ」
とりあえず鞄を適当に置き、言われた通りにベッドに座らせてもらう。ふむ、手入れはしっかり行き届いてるようだな。
「はい、どうぞー」
「あ、あぁ」
お茶を渡され、受けとる。よく冷えたお茶だ……コップに氷も入っているし、お客に対しての配慮も充分だ。
当たり前のように隣に座った彼女を横目で見つつ、お茶を飲む。冷たい液体が喉を潤していき、お茶だけなのにとてもおいしく感じる。
さて、ここでのんびりするのもいいが……俺を家に呼んだ目的を、聞かせてもらわないとな。
「あの、歩乃咲さん……」
「結可里でいいよー。ほらほら、言ってみ?」
あまり話したことのない相手なのに、ぐいぐい来るな……まあ、こういう奴だってことは、知っていたけども。
「じゃあ、結可里。今日、俺を家に呼んでくれた理由って?」
「あー、やっぱりそれかー。気になるよねやっぱりー」
もし、歩乃咲 結可里が噂通りの人間だとしたら……俺を家に呼んだのはつまり、『そういうこと』をするためなのか? 個人的には、信じたくない気持ちもあるが……
その真偽をはっきりさせるためにも、問いかける。彼女はなんと答えるのか……
「あのさ……転校生くんって、経験ある? あ、男女のアレのことだよー、変にとぼけないでいいからね」
まさかの、そっちの話だった。この女、なんのつもりだ? やはり噂は本当か?
「いや、ない……けど」
「ふぅん。ならさ、私が初めてもらってあげようか?」
俺も俺で正直に答えるつもりはないが、この女はその答えに満足そうに笑みを浮かべると、さらに驚くべき発言をしてきやがった。
この女、本当に、どういうつもりだ? あの緋美也 来音くらい意味がわからないぞ?
「おい、いきなりなにを……!?」
「あれれー、転校生くん意外に純情ー? 初めては好きな人にあげたいタイプ?」
歩乃咲 結可里は、俺に身を擦り寄せ上目で俺を見つめてくる。かすかにいい匂いもするし、部屋に二人きりともなればぐらつかない男はいないだろう。
俺も実は内心ドキドキだが……忘れるな、自分の使命を。クラスの奴ら全員を、殺すってことを。
「いや、そんなんじゃないけど……」
ここはとりあえず、話を合わせるか。
「なら、今からしよーよ。あ、お金は貰うけど……転校生くん、イケメンだし安くしといてあげる」
「ど、どうも……」
今の会話の流れからわかることは、歩乃咲 結可里は噂通り男を取っ替え引っ替えしているということ。そして、その見返りに金を貰っているということか。
俺の答えを、肯定に受け取ったらしい。歩乃咲 結可里は少し離れ、制服のボタンを外していく。思わず、その光景に見入ってしまう。
全員殺すのに変わりはないが……うん、どうせなら、殺す前にいい思いをしといてもいいんじゃないか。前は童貞のまま死んじゃったし、せっかくの第二の人生それくらいの幸福があってもいいんじゃないか?
ちょっとくらいいい思いをしても、いいんじゃないか?




