第六十二話 禁呪の代価
2014/03/16 誤字を見つけましたので、一部修正を行います。
もしかしたら、ハイルはまだ意識を持っていて、手加減をしながら戦っているのだろうか、とディアは思う。受け止めても尚、勢いが衰えなかったハイルの剣。確証はモテないが、それが意味するのは、まだ全力で戦っていないという事実かもしれない。
ディアは転がっていた三人が立ち上がるのを確認すると、もう一度、突撃しようと手を上げて合図を行う。
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もしかしたら、ハイルはまだ意識を持っていて、手加減をしながら戦っているのだろうか、とディアは思う。
受け止めても尚、勢いが衰えなかったハイルの剣。
確証は持てないが、それが意味するのは、まだ全力で戦っていないという事実かもしれない。
ディアは転がっていた三人が立ち上がるのを確認すると、もう一度、突撃しようと手を上げて合図を行う。
リーナたちの目の前に降りると、手を広げて自身の変化を見せるハイル。
全身に描かれた銀の痣。
形容できない動きで形の変化を繰り返すそれを視認するだけで、頭痛を訴えるリーナ。
また、魔法使いでも無いのに、空気中のマナを取り込み、自由に魔法を扱う事ができているのだ。
現に、空中に浮かんでいたあれは、風の魔法の応用系であることを、マイヤとディアには理解できた。
そして、明らかに違うのは――瞳。
空虚を通り越し、見た者全ての意識を取り込んでしまうかのように、魅力的な輝きを放つ。戦う時に、相手の目を見て剣を振るえ、と教えていたミュエルと、そう教えられたラルフでも、目を合わすことが躊躇われた。
その目線を逸らした先に、大穴の中間地点に渦を巻くように現れていた黒い穴。ハイルは、自身の奈落を呼び出せる程に魔神としての力を膨大化させ、抑えることができなくなっていた。
燦々と輝く太陽の光でも、奈落の中は照らせない。光を飲み込み、大穴よりも深い闇が広がるその先に、魔神たちが住む世界があるらしいが、真相を知る者は誰もいない。
万物の摂理を塗り替え兼ね無い存在に、圧倒的な差を感じながら、五人は畏怖の念を抱く。
だが、決して後ろに退こうとはしない。
助けなければいけない人間が目の前にいるのに、逃げ帰ることなど出来ないからだ。
「き、たか。魔法、使い」
声帯を震わせ、僅かに残された意識の中から、重要な言葉だけを選んで話していくハイル。
続けられたのは、ハイルが奈落を開いた大穴周辺を、禁呪を使う事で無力化し、作り出された神域で覆うという話。
問題は誰を犠牲にして行うのか、であったが、ハイルは「お、俺を、使え」、と言う。
魔神は、奈落から帰らない限り、人の手によって死に絶えることは無い。
そうなると、心の中を転々とする母と同じ状態になるのではないかと思うかもしれないが、ハイルの場合は奈落を閉じず、現代に出現させ続けることになる。
つまり、禁呪の発動のために使われる物は魂のみ。結果的に、残った身体と奈落は現代に留まり続ける。
よって、書物に書かれていた事が正しいのであれば、この世界に二度と魔神の姿が現れることは無くなるのだ。何故なら、魔神が通るための奈落が既に開かれていて、この世界に存在できる魔神は一体のみ。
その奈落は、魔神自身の手によるものか、魔神の身体が現代から消滅するかのどちらか一方で塞がれてしまうため、身体が現代に残り続けなければならない。
補足になるが、マイヤが使おうとしている魔神封印の禁呪法は、魔神の周囲に、力を使えないようにするための神域を出現させる魔法である。それは、神域内では時間が停止してしまう事を意味しているのだ。
もちろん、時間が止まる対象は魔神だけであるが、禁呪と呼ばれている理由は神域を召喚する事では無い。使い手のマナが瞬時に枯れ果て、更に発動においての犠牲も捧げなければならないからだ。
ここまでを、ハイルとマイヤの二人で説明を挟みながら話し終えると、マイヤ以外の四人は頭を抱え、一つの答えを出す。
『全く分からない(です)』
溜め息をつくマイヤと、呆れているのか、笑みを浮かべるハイルの手から、金色の血が流れ落ちる。
異常を感じた五人は、ハイルから距離をとり、それぞれの武器を持つ。
「は、ははは。ここで……朽ち果てろ」
流れ落ちる血が硬化していき、一本の剣となってハイルに握られる。腕に刻まれた傷口は再び、結晶となってハイルの身を守る鎧となった。
ハイルの剣が振られようとした時、マイヤが叫んだ。
「禁呪を唱えるから、時間を稼いで!」
無色透明の水晶が先端に付けられた杖を地面に突き刺すと、マイヤは独り言のように、意味が読み取れない言語を喋り始める。
頷く四人は、ハイルを見据えた。
ハイルの動きは大して早くは無く、見切ることはできる。対して、ひと振りに加わる力は、この場にいる誰よりも強い。
空を裂き、風圧だけで相手をふらつかせられる程の剣の一閃。吹き飛ぶリーナは、剣を地面に突き刺して体を支える軸にし、後退を防ぐ。
風圧に耐えたミュエルとラルフとディアの三人は、一斉にハイルへと飛びかかる。時間稼ぎのために振られた武器であったが、手を抜いていては自分が死にかねないため、本気で相手をするしかなかった。
しかし、相手はもう、武器屋の主人でも、かつての仲間でも無い。
魔神。
全ての生物に敵視された共通の敵であり、この世にいてはいけないものなのだ。
「うらぁああああ!」
瞬間的な、出来事であった。
一瞬とは、正にこのことを言うのだろう。
ミュエルは、鎧を身に付けていたにも関わらず、ハイルの拳によって地面へと伏せられる。ラルフは、聖剣の指示とハイルの蹴りのタイミングが重なったために対応ができず、衝撃と共に身が宙に投げ出され、地に叩きつけられるように落ちる。
唯一受け止められたのは、ディア。二本の剣を十字のように合わせ持ち、腕に強い振動と不可がかかるハイルの一撃を耐えた。魔神の放つ瘴気により、精神が汚染されてしまうものの、身体能力の劇的な向上を果たしたディアでなければ、受け止めることはできなかっただろう。
受け止めていた刃が力を増していき、ディアは背後に飛んで、剣を構える。
もしかしたら、ハイルはまだ意識を持っていて、手加減をしながら戦っているのだろうか、とディアは思う。
受け止めても尚、勢いが衰えなかったハイルの剣。
確証は持てないが、それが意味するのは、まだ全力で戦っていないという事実かもしれない。
ディアは転がっていた三人が立ち上がるのを確認すると、もう一度、突撃しようと手を上げて合図を行う。
答えは、行動によって表された。ミュエルの振り下ろされるハンマーがハイルの体を捉え、ハイルは片手を掲げると、呆気無くも空でハンマーの進行は止められる。
ハイルの左右と背後から、剣を刺そうとするリーナとラルフとディアの三人。ハンマーを止めることに集中し過ぎていたためか、リーナたちの次の行動を予測していなかったのだ。
黄金の血が剣を伝い、流れ落ちる。硬化している部分を狙わないようにして刺したのであれば、血が吹き出すように飛び散るはずだが、それが無い。
人を初めて刺してしまったことに恐怖を覚えていたリーナ。それが師匠であれば尚更であろう。震える手に握られた剣に、金色の水晶がはびこるようにまとわりついた。ラルフとディアの剣にも似たような現象が起こると、三人は手を離してハイルから距離をとる。
最終的に、剣はハイルの体に刺さりながら、その身の一部となってしまった。
武器を失う騎士たち。唯一残るはずだったミュエルのハンマーも今では、ハイルの剣によって断ち切られ、鉄球部と握り部で分断された。
自分で精製した武器を、自分で破壊していくハイル。
状況が最悪となった時、マイヤの声が周囲に希望となってもたらされる。
「禁呪を使うわ! ハイルを数秒でいいから、その場から動かさせないで!」
ハイルの足元に、魔法陣が出現する。
地面に突き刺されたマイヤの杖を中心として広がっていた魔法陣とは、対称的な色と文字。魔法陣に刻まれたその文字が空中に飛び出ると、銀の痣を追随するように伸びていく。しかし、ハイルは魔神に支配されながらも、自身に危機が迫っていることは分かっていたのだろう。剣を振り上げると、魔法陣の破壊を試みようと剣を振り下ろす。
それも、寸前で止まる。ハイルの右腕を、ミュエルが抑え、左腕を、ラルフが抑える。
ならば、とハイルは足を上げて、魔法陣から体を引き離そうとするが、それも許されない。ハイルの上げられた右足を、リーナが抑え、左足を、ディアが抑えたからだ。
身を剥がされないようにと、体を密着させて離さない四人の少女。マイヤは詠唱を終えると、力無くして倒れてしまう。
そこで、魔神封印の禁呪法は実行される。
眩い程の強大な白い光が、魔法陣に刻まれた文字から放たれる。温かく、木漏れ日にも近い心地良さを覚えるそれに、この場にいた一同は眠気に誘われた。
魔法陣の中にいた、リーナとミュエルとラルフとディアとマイヤの五人と、ハイルの意識は、真っ白に染まる視界の中で――深い、微睡みへと落ちていく。
上雛平次です。
終章の説明が無いまま、始めてしまったことを謝らなければいけません。この終章では、魔神化してしまったハイルを救い出すべく、五人の少女たちが奮闘する章になるわけです。
ちなみに、全四話を目処に書いていくつもりなので、残り二話とカウントダウンをしなければならないレベルに到達してきました。
誤字脱字、間違った表現等ありましたら、ご一報下さい。
では、また次回の更新で。




