第六十三話 全ての終わりに
2014/02/28 修正 誤字の発見に伴い、内容の一部修正です。
1.
全ての色が城へと変えられた時、英雄と勇者たちの旅は、そこで終えた。
↓
全ての色が白へと変えられる。
英雄と勇者たちの旅は――終わりを迎えた。
途切れた意識が繋がっていき、リーナの目を開かせるに至る。
開いた瞬間に現れたのは、これまで幾多と守ってきた中央国の町並み。
その中央国の中央に位置する城へと向かうための大路地に、寝転がるようにして倒れていたリーナは立ち上がり、辺りを見渡す。
人が誰もいない。
聞こえてくる音が何も無い。
加えて、一切の輝きを持たない空に塗られていた色は、白。太陽も月も無い空に描かれていたのは、無機質な白い空のみであった。
「何が、起きているのです?」
異常事態。
空の色が塗り替えられている事もそうだが、南に来ていたはずなのに、どうして中央へと戻ってきているのだろうか。
更に言えば、中央に住んでいた民たちと仲間は、どこに消えたのだろうか。
服に付いていた埃を払うリーナは、近くの建物の中に入ろうとしてみる。ところが、扉は開く事はおろか、完全に止まっているかのように動かない。
息を切らしたリーナは扉から離れる。他の建物でも試してみようと近付いて扉に触れるが、一切の揺れも無く、扉と呼ぶよりは、壁と呼んだ方が相応しい。
十軒程回ったところで、最後の一軒だと選んだ家を見た途端、リーナの足取りが早まる。
古びた木製の板に書かれた、『モンキー武器屋』という大きな字。そう書かれた看板がかけられた家など、リーナは一つしか知らないし、他にあってはいけない。
すぐに、扉を開きたい。
駆け寄ると、他の家はどんなに力を入れても開けなかったのに、いとも簡単に開けた。
数時間振りであったが、懐かしい店内。何も置かれていない、本来なら武器が置かれているはずの棚が出迎える。第十三地区の騎士たちのため、埃を被っていた商品は全て溶かされ、新たな武器として精製されたから、何も置いていないのは当然である。
その棚を見ると、モンキー武器屋の掃除をしてきたリーナなら気付ける、奇妙な違和感。
埃が多いのだ。
毎日、入念に掃除を行っていたリーナになら分かる。確信を得るため、リーナは寝床に使っていた座椅子を探す。
あの窓の下。しかし、そこには何も置かれてなく、床には埃が厚い層を築いていた。
「え、ここにあったはずの、椅子……」
何かを思い出したリーナは走る。
工場を通り過ぎ、向かった場所は倉庫。武器を作るための鉱石が並べられる他、古びた家具や工具の置き場にもなっていた。
その中に、あった。
モンキー武器屋で稽古をつけてもらい、数日が経った日の話だ。ハイルに無理を言って運ばせた座椅子が、目の前にある。どうして元の場所に戻っているのかは分からないが、一つ、確かめなければならないことがある。
「何をしているのです、ミュエル様!」
リーナの背に振り下ろされる、銀の光。
どこから持ってきたのか、物音を立てずに近付いてきたミュエルの剣を避けるリーナは、睨むような目つきでミュエルを見る。
顔はにやけ、明らかに冷静さを無くしていたミュエルがそこにいた。
「ま、魔神しゃまがね、や、やれって言うから。おと、大人しく来るんだったら、何もしないよ」
どこか落ち着きが無く、おどおどしく喋るミュエル。
吐き気を催しそうになるリーナは我慢して飲み込み、鉄製の履物でミュエルを蹴ると、踏ん張りもせずに倒れたミュエルを跨いで外に逃げる。
「皆さん、どうされたのです?」
分かっていた。
ミュエルが、精神汚染の症状に見舞われていた時点で、ここに来ていた仲間たちは皆、染められてしまっていることが。
「リ、リーナも来るよね、こっち側にさ」
ラルフは、ミュエルと似た形状の銀の剣を利き手とは逆の手で剣を持ち、重量感のある剣なのに、逆手で持っていた。
道を塞がれるリーナの後ろに再び、ミュエルが迫る。
リーナが腰にさしていたはずの剣は、ハイルに吸収されてしまったため、持っていない。
目を瞑って、覚悟を決めた時――剣が弾かれる金属の音が響いた。
そして、リーナの背に合わさる人の温もり。
この大きな背を忘れたことは、一度もない。
「悪いな、こんなところまで来てもらって」
ハイルの両手に握られたバスターソードが、ミュエルの剣を弾く。
驚きの表情から、握り部から手が離れると、ミュエルの虚ろだった瞳に以前の輝きが戻っていく。
「どうして、ハイルがここに?」
頭を押さえながら立ち上がり、空いた手の二本の指で挟むことにより、ラルフが振った剣を止めたミュエル。
次いで、ハイルがラルフの剣を取り上げるために手首を捻り上げると、剣が手から落ちたと同時に、ラルフが悲鳴をあげた。
「い、痛いですって! ……って、ハイルさん!?」
手首を捻られていて、ハイルがこの場に居るという二つの状況が飲み込めないラルフは、痛みと驚きの両方にどう対応したら良いのか分からずにいた。
三人は、離れる前の変わらぬハイルの姿を見て安心すると共に、現状の説明を求めるために、じっとその目を見つめ始めた。
慌てて、顔を横に動かすハイル。三人は息を合わせたかのように素早い動きで、ハイルが顔を動かした方に自身の体を動かした。
「参った。参ったから、普通に話を聞いてくれ」
両手を軽くあげて、降参だと続けたハイルは、説明を始める。
この中央国は本物の中央国では無く、マイヤが生み出した神域なのだと、ハイルは話した。神域と言えば、古びた遺跡や神々しい城などを連想させるかもしれないが、勝手なイメージとして作られているため、人によって神域の形状は異なるのだ。
ハイルの場合は想像力に乏しく、ただ自分が戻りたい場所をイメージしてしまう。ならば、どうしてハイルのイメージ通りの場所が神域となってしまったのかと言えば、その魂を犠牲にして神域を呼び出したからである。
だとすると、リーナが気に入っていた座椅子は、どうして倉庫の中にしまわれていたのだろうか。
真相を聞こうとしたリーナよりも先に、現状を説明し終えたハイルが話しかける。
「リーナに渡す物がある。二人も、そこに置いてある武器を持ったら付いて来てくれ」
入口の前。どうして気が付かなかったのか、ミュエルの巨大なハンマーとラルフの聖剣が立てかけられていた。ミュエルとラルフは武器を取って身に付けると、四人は、モンキー武器屋の中へと入る。
「あの座椅子だけどな」
歩きながら、ハイルはリーナが聞きたかった疑問に答えを言おうとしていたが、どこか気まずそうにしている。
何故か分からなかったリーナは、冗談半分に、「私にくれるのです?」、と言うと、驚いた顔を見せたハイルは、「そう、あれもリーナに渡したかったんだ」、と言う。同時に、足の運びが遅くなるリーナ。
ハイルは追い討ちをかけるように、「あとな、あの武器屋にある物はお前が持って行って良いから」、と話す。
――もう、これで終わりであるかのように。
どうしてか、追及しようとしたリーナと、ハイルの間に割り込んだミュエルは、「あたしたちも貰って行っても良い?」、と話題を切り替えた。ラルフもミュエルに続いて、「ぼくも、欲しい物があって……」、などと控え目に言うものだから、リーナは静かに、開こうとした口を閉じてしまう。
工場に着くと、ハイルはいつから持っていたのか、剣が納められた鞘をリーナに手渡す。
「これは……」
受け取るリーナ。引き抜くと、自分が使っていたレイピアと似た形状。少しだけ剣幅が広くなったのか、扱いにくそうな印象を受ける。
疑問点が多々浮かんだが、一番大きかったのは剣に対して、ではない。
何故、神域の中のハイルが何事も無く動けるのか、だ。
リーナの新しい剣を見て、ハイルに自分たちにも新しい武器をとせがむミュエルとラルフは、何の疑問を持たなかったらしい。
――そんなはずはない。二人は、何も知らないふりをしているのだ。現実を受け止められなくて、わざとそういう対応しているのだ。
魔神封印の禁呪法を使えば、神域をその場に呼び出すことができる。更に、その中にいる魔神は力を封じられ、時間が止まり、行動が停止するはずなのだ。
なのに、ほぼ魔神として覚醒していたハイルは以前の姿のまま、神域内を駆け回っている。
「あ、そんなこと言っていたね」
「忘れていたんですか? ぼ、ぼくは覚えていましたよ」
ミュエルとラルフは今まで忘れていたのか、そんなことを言っていたな、と呟いた。
その点をリーナが指摘すると、ハイルは返事の代わりにマイヤとディアを呼んだ。
「ふ、二人も精神汚染を!」
戦闘態勢。
今しがた、ハイルからもらったレイピアを構えるリーナだったが、今この場に立つミュエルとラルフと同じように、二人は武器を持っていないことに気付くと、構えを解いた。
胸をなでおろして、安心するディアとマイヤ。その様子を見るに、ハイルから既に話を聞いていたようだ。
「でな、俺は最後に、お別れを言いたいんだ。だから、俺は魔神の意識を留めて、禁呪に抗いながらこの場にいる」
ハイルの言葉に、顔がやつれて、魔力を使い果たしたマイヤが溜め息をつくと、「禁呪の発動を中断させて、魔神の力を停止させながら神域の制御をするなんて……魔法使いになれるわよ、ハイルは」、などと愚痴をこぼした。
喋ることだって苦しいはずのマイヤが、精一杯に話をしたいと願う体を支えるディア。辛そうに、地面の方ばかり見ていた。
「……お別れ、ですか?」
――みんなで一緒にご飯を食べるのです。
自分で誓いを立てた言葉が、静かに閉じられていく。
そうだ、分かっていたのだ。
――みんなで一緒に帰ることなんて、できないんです。
けれど、諦めきれない気持ちがどこかにあって、口に出すことが怖くて、嘘をつく結果になってしまったのだ。
ハイルは、リーナの頭を撫でる。
「久しぶりに、稽古するか」
「何を、言っているのです?」
「いや、だから稽古を」
「何を、言って、いるのです?」
お別れのために、できることは無いのか考えようとしたリーナの思考を遮るように、ハイルの声が挟む。
いつだってそうだ。
リーナが何か名案を思いつこうとすると、ハイルは決まってリーナの邪魔をする。
これまでも、今までも変わらないその行為が、これからは無いだなんて、リーナには考えられなかった。
だからこそ、稽古をするなんて選択は無い。
「むしろ、この神域の中で、みんなで暮らせば良いのではないのです?」
「駄目だ」
速攻で、リーナの案は却下される。理由もなく、ただ案を否定するハイルに、リーナは理由を求めた。
「どうしてです? ハイルがここで魔神を止めていてくれれば、もう世界に魔神が現れる事は無いのです。もう、私たちが世界を守る必要はなくなるのです! だとすれば、このまま一緒にいても問題は――」
「――誰が、これからの中央国を守るんだ? 王女だって、外交に大忙しになるはずだ。魔神が消えれば、目前の脅威は無くなるからな。だけど、もしかしたら、また新しい脅威が現れるかもしれない。脅威に立ち向かったお前たちは、その新たな脅威に立ち向かう者たちを助ける役目を担わなければいけないんだ。武器屋だって、騎士だって、同じなんだよ」
反論できず、押し黙るリーナ。それを言われれば、リーナが何も言い返すことができなくなることを知っていながら、ハイルは言うのだ。
卑怯かもしれない。けれど、この世界に居ても、未来は無い。
だからこそ、前に進んでもらうしかないのだ。
「頼むから、お前に稽古をつけさせてくれよ。世界を救った勇者を育て、その武器を造った、名誉ある武器屋として。まぁ、俺の代で潰したのは痛いが、どうにもならないからな」
「それは、間違いです」
信念を持ち、真っ直ぐにハイルを捉えて離さないリーナの青い眼が、訴えている。
覚悟を、決めたことを。
物事に始まりがあるのなら、終わりがあるように。
少女たちが歩んできた旅にも、終わりが訪れるように。
リーナは、自身の剣をハイルに構えながら、言い放つ。
「モンキー武器屋の主人は英雄なのだと、私が語り続けるのです。ハイルの代で終わっても、二百年後も、一千年後だって、その名を残し続けるのです……だから――」
――さようなら、です。
勇者の突いた剣が、身を守るため、盾のようにして前へ突き出された英雄の剣を弾き飛ばすと、英雄は笑った。
――元気で、生きろよ。
白い空が降りてくると、城に始まり、建物までも飲み込んで染めていく。
全ての色が白へと変えられる。
英雄と勇者たちの旅は――終わりを迎えた。
上雛平次です。
別に言わなくても良いのかもしれませんが、『本編』はこれで閉幕です。
私の計画性の無さと、勢いで書き続けていたこと、更にプロットを詰めなかったせいか、薄い内容になり、読者様に不快な思いをさせていると感じました。また、誤字脱字の確認に伴い、読み難い、文の校正が完全でない等、汚点を上げれば限がないはずです。
次回作には、そのような事が無いように努力しますので、どうかご愛読の程をお願いします。
終話の予告になりますが、少女五人の後日談と、その他になる予定です。
次に、もしも次回作の投稿をお待ちしている方が居るのでしたら、その方々に対しての言葉になります。
最後の投稿以降は、不定期ながら、『さる武器』のスピンオフを上げていきたいと思っています。就活と合いの手になるので、更新頻度は最悪とも言えるでしょうが、書ききれるように努力します。
では、また次回の更新で。




