第四十七話 聖剣精製の鉱石と三人の騎士たち 2
『海岸……いえぇ、一番大きい木の近くかなぁ。いやぁ、城の中ぁ?』
目的地に到着するたびに変わる、聖剣のお姉さんの指示。最近、全くと言って良い程に絡んでいなかったせいもあるのか、遊ばれているような気がしてならない。
「本当の事を言ったらどうです。時間の無駄ですよ」
我慢できず、空から照りつける強い日が差し込む城の中で、リーナは怒る。
とは言え、リーナの口調事態が強くないため、怒っている様には聞こえないから不思議だ。
鼻はついていないが、鼻を鳴らすかのように、聖剣のお姉さんはリーナを小馬鹿にしたような話し方で返す。
『嘘の中からぁ、真実を見つけ出す努力が大事なのですよぉ』
「その喋り方! もしかして、私の真似ですか!?」
聖剣のお姉さんの言葉に過剰反応を示すリーナ。自分の真似をされたことに腹を立て、その勢いで投げられた鉱石の軌道は外に向けられる。
倒壊寸前であったその城の外装。至る箇所で穴が空いており、手の上に乗ってしまう程の石では、簡単に通り抜けてしまうことは目に見えて分かっていた。
はずたったのに、実行してしまっているリーナの顔は青冷めていた。
短い悲鳴と共に、緑豊かな大地へと光を帯びて落ちる鉱石。腕を降ろし、呆然と立ち尽くすリーナに、ミュエルとラルフの鋭い視線が刺さる。
「自分勝手だよ、リーナ!」
「ちょっと、大人気ないね」
二人には言われたくない、と思わず言いたくなるような言葉をリーナに浴びせるミュエルとラルフ。けれど、悪いのは自分であったため、不服ながらも謝るリーナ。
三人は、下に広がる深緑の中に消えてしまった鉱石を探す術を考えていた。
そこで、ラルフは腰にさされる青銅の剣を取り出す。
「起きているなら、返事をして欲しい」
剣に語りかけるラルフ。事情を知らなければ、独り言をしているようにしか見えない様を黙って眺めるリーナとミュエル。
しかし、聖剣のお姉さんは何も言わない。
そこで、以前の鉱山での戦闘を思い出す。
あの時、リーナの手に握られていた鉱石から離れたラルフの耳には何も聞こえず、代わりに、聖剣のお姉さんの声が思考干渉となって脳の中に響いていた。
つまり、距離が離れてしまえば、その思考干渉も使えないことになるのだ。
逆に言い換えれば、距離が近くなれば聖剣のお姉さんが思考干渉を使えるようになる。
「で、では、行くのです!」
自分が余計な事をしてしまったことが原因だと気にしているリーナ。先導の声が、か細くて弱々しい。
ミュエルとラルフは顔を見合わせて溜め息をつくと、落ち込むリーナの背を押した。
――終わりが近い。
それは、決断の時が迫られていることを意味している。
リーナたちによって聖剣が造られ、いよいよ、魔神との決戦が始められるのだ。
けれど、その魔神は――今ここにいるシエルに当たる。
心を取り戻し、笑うことも、怒ることもできるようになった。
それなのに、早くも別れる事になるなんて、やりきれない。
――別に、このまま暮らしても良いじゃないか。
もうすぐ、身体を蝕む銀色の痣が全身を覆い尽くす。そうすれば、自分の身も魔神へと化わるのだ。
そして、次に魔神が現れることは無い。
――果たして、そうなのか。
ただの言い伝えを過信しても良いのだろうか。それが単なる統計で、他の国々では魔神が大量に現れているのかもしれないのに、自分たちだけが幸せになることを望んで良いのか。
――だけど、このまま進んだ先にあるのは絶望だ。
父によって完成される聖剣が振るわれることは無いが、結果的に、姉の命を落とすための武器になろうとしている。
聖剣を造れる人間が父に限られている。リーナたちが鉱石を持ってきたら、父は武器を造り始めるだろう。そうなったら、家族にとって不幸とも呼べる事態になる。
悪夢にも近いその光景。前は微塵にも感じられなかった事なのに、今はもう、すぐそこまで迫っていた。
――だから、こうなるのは必然的だ。
日が水平線に落ちる様を見て、未だ戻らぬ騎士たちを思いながら、
「家族を、頼む」
やっと出会えた家族のことを一心に想う弟は、与えられた責任の重さに困惑する聖職者に一つだけ、願った。
無音。
リーナによって投げられた聖剣の鉱石はまだ、見付からない。
走れど走れど、ラルフの聖剣から何の音もしないのだ。
落ちた先を行ったり来たりする騎士たち三人。
同じ道を通ったところで、あることに気が付く。
草木を押しつぶすようにして付けられた、巨大な足跡。
それを見た途端、リーナとミュエルは思い出す。
家々を焼き払った、巨大な竜の姿を。
ラルフにも、中央国を無数に覆う黒い翼が視界に広がった。
人の身では、とても敵わない敵――竜。
それが、この島にいる。
いや、もしかしたら、聖剣のお姉さんが言っていた魔物が竜なのかもしれない。
そもそも、この足跡が完全に竜のものであるとは限らないのだ。
身を貫く、異様な寒気。
これが自然によって生み出されたもので無ければ、身体の異常によって表れたものでも無いことに気付けたのは、先まで晴れていた空が黒々しい雲に包まれたからである。
続いて、二つの轟音が騎士たちの耳を支配する。
一つは、聞き覚えのある竜の声。気分が悪くなるような、奇声にも近い竜の声に、耳を塞ぐ。
もう一つは、耳を塞いでも防ぎきれない程の声。
声で判別しなくても分かるのだ。揺れ動く木々の合間から、山頂で飛空する物体。
羽が生えた獣。
獲物を狩るために伸びた大木のように巨大な牙。柔らかそうな獣毛に覆われた皮膚に、竜と似た羽を持つ獣は、敵対する竜に食らいつく。
同じ体格の二頭。火を放つ竜の息は、獣に届いているはずなのに毛並み一本狂わない。
竜が、獣に圧倒されている。
轟音が止むと、向かうべき場所が決まったことが示される。
ミュエルの声によって。
「聞こえたね」
頷いたリーナとラルフ。やっと、見つけたかった物を見つけられたかのような、明るい顔つき。
轟音の中で、確かに聞こえた三つ目の声。
『……私は、ここにいますよぉ』
あのような間抜けな声は、忘れたくても忘れられない。
二頭が羽ばたく山を見据える。
三人の騎士たちは、駆け出した。
瞬間移動された先は、見たことが無い大地。
別れ際の、儚げな顔を忘れない。
何故、守ることができなかったのだろう。
いや、まだ最悪の結果になったとは思っていない。彼女がすぐに息絶えることなど、考えられない。
無論、あのうるさい王女様もだ。
――さて、彼は一体どこにいる。
大きいとも小さいとも言えない、頼もしい背中が恋しい。
砂浜に付く幾つもの足跡。付けることが楽しくて、何度も往復してしまっているせいか、人探しにならない。
それにしても、どうしてこのような離れ小島に来ているのだろうか。
まさか、自分たちの事を忘れてしまったのか。
だとしたら、一発殴らなければ気が済まない。きっと、彼女ならそうするはずだ。
青い髪をなびかせ、瞳からうっすらと涙を流す少女は、遠くで聞こえた竜の羽音を聞き逃さなかった。
昨日ぶりです。上雛平次です。
「.五章」関係は、あまりメインの章と強い絡みを起こさないように書きたかったのですが、自分で、「後二章で終わります」、と言ってしまったせいか、自分で自分の首を絞める結果になっているような気がしています。
なので、章題とは関係無しに物語は加速していきますが、温かい目で見てください。
では、また明日。




