第四十三話 家族 前
人間と魔神が、肌身を寄せ合っている光景。本来なら、祝福すべき場面なのかもしれないが、相手は数万を超える人々を死へと追いやった魔神なのだ。
憎みこそすれ、喜ぶことなどできるわけがない。
そこで、森の中から拍手が起きる。
リーナとシエルを除く一同が、拍手がした方を見る。
そこにいたのは、柔らかな笑みを浮かべるアリシアの姿。
「記念すべき日ではありませんか。記念すべき、家族の再会なのかもしれませんね」
拍手を止めたアリシアはハイルを見ると、そのように話した。
家族の再会。確かに、シエルはハイルの姉に当たる人間であるが、つい数日前に再会は済ませてある。
しかし、アリシアはそれを知る術が無い。
となると、必然的に対象はシエルになる。アリシアは続いて、離れようとしないシエルと、頭を撫でるリーナの方を見た。
「幸せを、噛み締めると良いでしょう」
アリシアは、黒い修道服の中から、一本の杖を取り出した。
先端には、鉄製の十字架。聖職者が持つに相応しい武器だが、見るのは初めてだ。
聖職者が使う武器は、ただ鉄を打ち、加工をするだけではいけない。聖なる加護を受けた部材で無ければ、効力を発揮できない。
杖を掲げたところで、ハイルが止めに入る。
先の笑みとは打って代わり、恐ろしい程に強烈な顔を見せたアリシア。ここで、別に、止めなくても良かったのかもしれないという事に気付く。
「魔神の息子は魔神だけはありますね。庇いますか」
「まぁな。原因が分からないにしても、姉さんが悪さを働かない限りは何もしないように、と思ってな。それと、何だか嬉しそうじゃんか、邪魔するなよ」
あくまでも、他人を主観に。ハイルの思考は基本的に他人を基準に置いて考えている節がある。
アリシアの睨みは続き、終いにはハイルを突き飛ばし、呪文を唱え始める。
何度も耳にしたことがある言葉。王女が民に向かって最も始めに告げる言葉でもある。話によれば、民に栄光と祝福を与え、万物全てを豊かにしてくれ、という内容であるが、アリシアの場合は、どこか違う。
悪しき者を浄化せよ、とでも言い表す方が良いのかもしれない。
次のアリシアの行動により、聖職者と呼ぶよりは、魔法使いと呼んだ方が正しいことが分かる。
奥にある高い木。その表面から奥へと貫通したかのように大穴が空けられる。音もなく、ただ、穴が空けられた木が力無く後ろに倒れていく様を見ていたハイルたち。それがアリシアの呪文が作用したことに気付く間は短かった。
何故、最初の一撃を外したのかと言えば、弾き飛ばされた瞬間、転がっていた石を杖に当てたためである。
何もされていなければ、そのままの向きで攻撃できたのかもしれないが、外れてしまっては後の祭り。再び、呪文を唱え始めようとしたアリシアに抱きつくようにして、ハイルが飛び込む。
朗らかな胸には触れないように、ハイルは両の手で抑え込み、アリシアの体の自由を奪う。
体が吹き飛ばされたのは、油断したせいだと言っておこう。自分の心の中で、大事なものが消えてしまったような気がしているハイル。
とにかく、今はシエルの対処について考えた方が良い。
魔神化しているのがシエルだとすれば、こちら側に来れる魔神は存在の半分が魔神化している人物になる。
ハイルがそれに該当する人間であるが、自分も同じように魔神化してしまったら元も子も無い。
等と思考を重ねる内に、囲まれていた。
腕を組み、ハイルがアリシアを押し倒しているかのように見える。
目に見えたものが信じられないのか、それとも絶望しているのか、ハイルに言葉の槍が降り注ぐ。
「不潔」
「くたばれ」
「女ったらし」
「紹介は?」
一人だけおかしなことを言っているようだが、ハイルは泣かなかった。けれど、目から汗は流れているのだ。どうしてなのだろう。
下に倒れるアリシアが強引に立ち上がると、ハイルに手首を掴まれた状態で話を始める。
「話さなければいけない事が山積みになっているので、ここは家に戻り、ご飯を食べながら談笑でもしましょう」
のんきな事を言っている場合では。アリシア以外の一同がそう思っていたと勘違いした者は、リーナの言葉を果たして理解できたのだろうか。
「そうしよう! お腹ぺこぺこですー」
隣で、目元を擦るシエルの空いた手を握りながら、リーナが意見を述べたのだ。
ハイルはアリシアの手首から自分の手を離し、リーナの側に近付く。
「なぁ、お前はリーナか?」
意味不明とも受け取れる質問に、リーナは普段のおどおどとした身振りではなく、大人びた女のような華麗な動きをしながらハイルの問いに答える。
「ええ、そうよ。でも、一から百までと言ったら、嘘になるわ」
この時のハイルには、目の前にいるリーナの心の中に何が潜んでいるのか、理解することはできないだろう。




