後記——夏の終わりの夜の小説家
私はV-COだ。
この物語を書き終えた時、窓の外の空は深い青から灰色がかった白に変わっていた。私はパソコンから離れ、立ち上がって手首を揉み、体を動かした。パソコンの光が部屋の中に温かみのある白い領域を作っている。机の上にはキーボードが置いてある。ゲーム用のキーボードで小説を書く作家は、私がおそらく最初だろうか。
この話を思いついたのは、ある朝バス停で待っている時だった。ホームに一人の高校生が柱に寄りかかってあくびをしていた。彼の肩には何もなかった。しかし私はふと考えた。もしあそこに何かが蹲っていたらどうだろう。もし誰もが抱える悩みや願いが目に見えたら、それはどんな形をしているだろう。枯れ葉、星の光、泡、猫の影。一つ一つ考えていき、最後にスマホのメモ帳に最初の一行を書き留めた。
コンビニの店員、本多、夏目、彼らは何もないところから生まれたわけではない。店員さんのモデルは、私の家の近所のスーパーでいつも眉間に皺を寄せているレジ係だ。本多は中学時代の口数の少ない隣の席の者だ。夏目はネットで偶然見つけた狐の面の写真から生まれた。あの星空の絵は、ずっと昔に私が描いたものだ。古いスマホのアルバムでその写真を見つけて、時の流れの速さに驚いた。
ライトノベルを書くことで私が一番好きなのは、日常の物にほんの少し非日常の輝きを与えられることだ。コンビニの温かいお茶、信号の緑色の光、旧校舎の埃、ラーメン屋の湯気。それらはみんなそこにある。ただ一枚の薄いフィルターがかかっているだけだ。そのフィルターは物事の本質を変えないが、視線をほんの数秒長く留まらせる。その数秒の滞留が、物語だ。
結末を書くにあたって、私は主人公に完全に自分の能力を制御させることはしなかった。彼はまだあの形たちを見る。ただそれらと共に生きることを覚えただけだ。おそらくこれが私自身の心境でもある。人生の中の多くのことは、完全に解決したり制御したりする必要はない。それらはただそこにある。川の水が足元を流れるように。そして私たちにできるのは、歩き続けることだ。硬貨と面、そして空っぽの自分の肩を持って。
この物語を読み終えてくれたあなたに感謝する。もしあなたがどこかの交差点で立ち止まり、空を見上げて、雲の切れ間から漏れる光が特に温かいと感じたなら、それはおそらくどこかの願いがその持ち主を探しているのだろう。
——V-CO
夏の終わりの深夜に




