第17話 新体制と、無自覚な象徴
エーヴェルハルト公国――王城。
会議室には、各部門の責任者が揃っていた。
軍務、財務、外務、内政。
いずれも王国時代とは比較にならない速度で、物事が進んでいる。
「王国側より正式な回答が届きました」
宰相が淡々と告げる。
「条件を受諾。王太子の廃嫡、および統治機構の再編を承認するとのこと」
「……遅いな」
公王が短く言う。
「しかし、想定の範囲内です」
宰相は頷く。
「これにより、王国は実質的に我が国の管理下に入ります」
誰も驚かない。
すでに結果は見えていた。
「各貴族の動きは」
「七割が公国側へ合流、残りも時間の問題かと」
「商会は」
「主要なものはすべて移行済みです」
報告は簡潔で、無駄がない。
それだけ、すべてが順調だった。
「では、次だ」
公王が視線を上げる。
「外だ」
「帝国から正式な打診が来ております」
外務担当が一歩前に出る。
「内容は」
「同盟の再定義。および通商優遇措置の拡大」
「当然だな」
公王は即答する。
「帝国は“勝つ側”に乗る」
「他国も同様の動きを見せております」
「すでに我が国は、地域の中心として認識されております」
事実だった。
「問題は」
公妃が穏やかに口を開く。
「その“顔”をどうするか、ね」
視線が一斉に向く。
「……必要か」
公王が問う。
「必要よ」
即答だった。
「人は、国ではなく“人”を見るもの」
一拍。
「そして今、その役割を担っているのは――あの子よ」
誰も異論はない。
「……だが」
公王がわずかに目を細める。
「本人に自覚はない」
「それで良いのではなくて?」
公妃が穏やかに返す。
「むしろ、その方が自然だわ」
計算ではない魅力。
それこそが最大の武器。
「では、方針を決める」
公王が立ち上がる。
「アリアベルを、公国の“象徴”とする」
静かに、だが確定的に告げる。
「ただし、本人には知らせるな」
わずかな沈黙。
「妥当かと」
宰相が頷く。
全員の認識が一致した。
その頃。
「この辺り、風が気持ちいいですわね」
私は海沿いの道を歩いていた。
「はい!」
リシェルが隣で嬉しそうに頷く。
「この地域は気候も安定しておりますので、過ごしやすいのです」
「確かに」
私は軽く頷いた。
「……姉上」
少し後ろから声がかかる。
「どうかしましたの?」
振り返ると、アルヴェインが立っている。
「いえ」
短く答える。
「問題ありません」
その視線は周囲を警戒している。
旅の途中でも変わらない。
むしろ、より強くなっている気がしますわね。
「相変わらず過保護ね」
セレスティナが小さく笑う。
「当然です」
アルヴェインは即答する。
「姉上ですので」
「そこ、即答するところなの?」
「はい」
一切の迷いがない。
「姉上の安全確保は最優先事項です」
「わたくしも同意いたしますわ」
リシェルが当然のように頷く。
「アリアベル様ですもの」
基準がおかしいですわね。
「次はどちらへ?」
セレスティナが楽しそうに聞く。
「そうですわね」
私は少し考える。
「もう少し、外へ行ってみましょうか」
「外、ですか」
アルヴェインがわずかに目を細める。
「ええ」
私は水平線の向こうを見る。
「まだ見たことのない場所へ」
それだけのこと。
ただの旅。
ただの選択。
だが。
その一言が、国の動きを変えるとも知らずに。
少女は歩き続ける。
無自覚のまま。
世界の中心として。




