第3話 ツツジ
サブリナ様───。
足元に倒れていた白のツツジを拾い上げる。
鼻を近づけると、人を誘い逃がさぬ甘い香り
ざあっと一陣の風が吹き荒れる。
まるであの日に誘うように。
『やーい!やーい!弱虫ハンス!』
『えーん……。』
幼い頃、私は親に連れられてよく王宮に出入りしていた。
殿下という立場ではない、次の国を担う少年の圧倒的な強さを前に、私はしばしば涙を流した。
『ちょっと!殿下!』
『げっ、サブリナ!』
『王太子殿下ともあろうお方が弱いものいじめだなんて、はしたないですわ!』
『うるせえ!俺は認めてねえぞ!お前との婚約!』
『うるせえ、ではありません!俺では私、私の未来の夫になる方にはそんな言葉遣いは許しませんわ!この前だって───。』
『あー、うるせ!お前嫌い!』
サブリナ様の口数が増えると、殿下はいつも逃げてしまわれた。
『大丈夫ですの?』
『えっ、く……。ありがとう……。』
『全く、いくら相手が殿下とはいえ、毎度泣かされてどうしますの!そんなことではお家は守れませんわ!』
『……サブリナ様は、強い方が好き?』
『え?まあそうですわね。嫁ぐなら殿方には強くあってもらわなければなりませんわ。』
『……殿下より、好き?』
『えっ?』
くだらない嫉妬だ。サブリナ様はふっと失笑する。
『殿下のことは好きでも嫌いでもありませんわ!お父様と陛下が決めることですもの。婚約ってそういうものですわ。』
全く、あの方は。あの時から何も変わらない。屋敷で再会した時、あなたの鋭いかんばせは何も変わってなかった。
『……ぼく、殿下より強くなる。』
『は?』
落ちていたツツジの花びらを持って、夢中でサブリナ様に迫る。
『ぼく、大人になったら殿下と決闘する!強くなって殿下に勝つ!そしたらサブリナ様……ぼくと結婚して?』
いつもなら躱されそうなものだが、私はあまりに必死だったんだろう。サブリナ様はしばし言葉に詰まってしまった。
『……そうね。もし殿下に勝ったら考えてあげますわ。』
『……!絶対だよ!絶対!約束!』
サブリナ様は返事をされなかった。それを私は肯定と受け取った。
「……幼いな。」
あまりに幼稚で短絡的だった。しかし、サブリナ様はあえて口にしなかった。私の気持ちを尊重して。
───優しい方だ。
「ハンス様ー!どこにいらっしゃいますのー?」
サブリナ様が呼んでいる。私の名を。胸が踊った。覚えていなくていい。私は覚えている。
「ただ今参ります。」
帰ってきた時は、すでにサブリナ様がご自身で処刑を無効にした後だった。
殿下を呪った。愛してもいないのにサブリナ様を独占し、傷つけ、あまつさえ命を奪おうとした殿下を。
いや、何より、サブリナ様の危機に傍にいられなかった自分を呪った。
ポリニャック家が婿を探していると知った時、躊躇いはなかった。
今度こそ守るのだ。ただひとり愛した一輪の花を。
その為に私は強くなった。
サブリナ様、私はあなたのナイトです。神よ、どうか私に命の鼓動を。あの方が息を引き取るまで守りぬけるように───。
白いツツジの花言葉を思い出し、ふっと笑いかけて愛しい人の傍へ。
第2部 完




