第146話 地球破壊爆弾
「地球破壊爆弾……。星が自らを防衛できないと判断した際の、最終清算プロトコルか」
ゲーレンは忌々しげに吐き捨てた。
彼は、ナノマシンと融合する半身を、残存する星のネットワークに差し込んだ。
直接情報をサルベージするつもりなのだろう。
動力炉が破壊された今、星を統べるメインシステムは断末魔の悲鳴を上げているはずだが、この自爆シーケンスだけは別だった。恐らくは、メインフレームから切り離された独立サブ回路が、冷徹に、そして確実に、地球の終焉への時を刻んでいた。
「どうにか、なる?」
「爆弾は全部で四つあるようだ。この星――巨大人工天体の真下に位置する聖都ルミナスの大神殿地下に一つ。そして、かつての人類生存圏の要であった、他三国の首都神殿地下にも配置されているようだ」
「待って。動力炉を壊したのよ? 魔法が消えたのに、どうやって、そんなもの爆発させるの?」
私の問いに、ゲーレンは自嘲気味な笑みを浮かべた。その表情には、自らもまた長きにわたり星のシステムの一部に組み込まれていたことへの、深い悔恨が混じっている。
「破星よ、お前なら理解できるはずだ。魔法とは、星がナノマシンを介して人類に小出しに供給していた、制御されたエネルギーに過ぎない。いわば、管理された電力のようなものだ。だが、この爆弾は違う。……純粋な破壊エネルギー。対消滅爆弾だ」
「対消滅……」
「そうだ。反物質を磁場の中に封じ込めた、異星文明の物理兵器。ひとたび臨界に達すれば、事象の地平線が地上を飲み込み、地球は一瞬で宇宙の塵と化す。異星文明には魔法という微弱な力などそもそも必要ない。ただ、純粋な物理法則に従って世界を消し去るだけの装置。そして、そのようなものが、一つでも爆発したら、全てが誘爆してしまう」
「生き残る為には、四つの爆弾、全てを処理するしかないってことね」
「だったら、やっぱり、俺たちがそこに行って止めるしか……!」
アノンが吼える。彼はボロボロになった軍服の袖で顔の血を拭い、相棒である愛刀を強く握りしめた。その目はまだ死んでいない。レイラを失った悲しみを、守るべきものへの義務感で無理やり抑え込んでいるのが分かった。
だが、ゲーレンは残酷に首を振った。
「我々が、時間内に行くのは不可能だ。お前たちの機体を見ろ。完全に大破し、もう一歩も動けまい。まして、地球へ降下し、四ヶ所を物理解体するなどな。爆発のタイムリミットまで、たったの三時間しかない」
あまりに短い。世界が、エイデンたちが、メアリーが、そして名もなき何百万の人々が消えてなくなるまでの猶予としては、あまりに残酷だった。
絶望が、冷たい泥のように足元から這い上がってくる。
レイラが、あの子が自らの命を燃やしてこじ開けた未来。それが今、私の指の隙間から砂のようにこぼれ落ちていく。
「だからといって、ここに居ても、時間が過ぎてゆくだけだわ」
「状況を打開したければ、物理的に出来る事と出来ないことを今すぐに切り分けろ破星! お前は地上に種をまいたのではないのか? 地上の人間は、星の言う通り、魔法にしか頼れない弱弱しい人々なのか?」
「違う。断じてね。彼らは魔法なんかなくても!」
「そうか。ならば、彼らに託すしか方法はあるまい」
エイデン、シオン、メアリー。そして、数多の地上の人々。
彼らに託す? そんなことできるのか? 魔法世界で今日まで生きてきた彼らに。
そもそも、彼らにこの危機を知らせる方法すらない。
私は奥歯を噛み締めた。
状況を整理しろ。星の魔法システムは死んだ。星から降り注いでいたエネルギー波が止まったのだ。
……それはつまり、世界を覆っていた強烈な電磁波干渉が消失したことを意味するはず。
これまでは「魔法」というシステムノイズのせいで、単純な電波通信は不可能だった。だが、今はどうだ?
「……ゲーレン。魔法が消えた今なら、電波なら通るわね?」
私の言葉に、ゲーレンの眉がぴくりと動いた。
「電波だと?……理論上は可能なはず。強力なジャミング源だったエネルギー波が沈黙した今、空は今、数千年ぶりに『クリア』だ。だが、だが、お前の仲間や、他の神殿付近に通信機などあるまい。せいぜい、期待できるのは私がガラド地下に残した実験室くらいか」
「いいえ、あるわ。鉱石ラジオが」
私は確信を持って言い放った。ゲーレンが目を見開く。
私がこれまで出会った人々に送った、あのガラクタのことを。
「鉱石ラジオだと?」
「ええ。星をぶち壊して、ジャミングが消えたら、皆にすぐにそのことを知らせようと配っていたのよ。……でも、これなら届けられる! 地上のエイデンたちに、爆弾の止め方を伝えられる!」
私はふらつく足取りで、半壊し、沈黙したヴァルキリー・オメガのコックピットへ這い戻った。
機体は動かない。だが、通信ユニットの独立電源は、私の執念に応えるように微かな光を灯していた。
「……機体の指向性アンテナを最大出力に設定して、地上へ一斉送信すれば!」
私は震える手でコンソールを叩こうとした。だが、その指がキーに触れる直前、ゲーレンの冷徹な声が私の動きを止めた。
「待て、破星。……お前らしくない」
「止めないで! 一刻を争うのよ、今すぐに知らせないと!」
「知らせてどうする。電離層に跳ね返された自分の声でも聞くつもりか?」
ゲーレンの言葉に、私は凍りついたように動きを止めた。
……そうだ。電離層。
地球の大気圏上層には、太陽からの紫外線などで空気が電離したプラズマの層、電離層が存在する。
地上の鉱石ラジオが受信する中波は、この層にぶつかると鏡のように反射される性質を持つ。これがあるからこそ、地上同士では地平線を越えた遠距離通信が可能になるのだが、それは逆に「宇宙から中波を送り込んでも、電離層に弾き返されて地上には届かない」ことを意味している。
「……っ、忘れてたわけじゃないわ。ただ、今は……」
「気がはやったか。この世界で鉱石ラジオを作ったお前が、その物理的特性を忘れてどうする。焦燥は演算を狂わせるぞ、破星よ。感情の使い時を間違えるな」
ゲーレンの指摘は正論だった。
あまりに多くのものを失い、あまりに大きなものを背負わされ、私の冷静さは限界を超えていたのかもしれない。
空が透明に見えても、電波にとっては鉄壁の防護壁。宇宙から地上のガラクタに直接声を届けることなど、物理法則が許さない。
「……わかってるわよ。電離層を突き抜ける高周波――極超短波を使わなきゃいけないことくらい。でも、私が配ったラジオはUHFなんて受信できない。中継局が必要なのよ。でも、今の地上にそんな――」
「……機体の指向性アンテナを最大出力に設定して、電離層を突き抜ける高周波数帯の極超短波で、帝都ガラドの地下にある研究室を狙え」
「……えっ」
「あの施設のパラボラアンテナなら、余裕で宇宙からのUHFを受け取れるはず」
「でも、UHFなんか、鉱石ラジオじゃ受信できない」
私のもの言いに、ゲーレンは口元に微かな笑みを浮かべた。
「問題ない。……破星。送信チャンネルを『225』に合わせ、データヘッダにオーバーライド・コード『999』を付与しろ」
「え……?」
「帝都の研究室は、元は私が旧世界で使っていたものだ。あそこの通信設備には広帯域のソフトウェア定義無線が組み込んである。コード『九九九』を受信すれば、SDRのファームウェアを書き換え可能だ。お前が送るUHFの音声を、そのまま大出力のMW送信機へ流し込む中継器として機能させることもできるはずだ。これで、最速で鉱石ラジオへとつながる」
私は息を呑んだ。
この男は、遠隔操作が必要になる事態を想定して、システムに「裏口」を仕込んでいたというのか。どれだけパラノイアで、どれだけ人類の生存に執念を燃やしていたのか。
「……流石だわ、総帥。ありがとう」
「礼を言うのは早い。お前の鉱石ラジオを誰も聞いていなかったら終わるし、そもそも地上の人間に爆発を止められるかどうか。特に、この真下にあるルミナス神殿の防衛網は生半可ではあるまい。星の端末が自律起動し、排除に動くはずだ。いよいよ……魔法を失った地上の人間の力が試される。その覚悟はあるか?」
それは、人類を絶望の目で見つめ続けてきた看守からの、最後の試練だった。
私は、かつての仇敵に真っ向から言い放った。
「望むところよ。あいつらは、星に飼われていた奴隷じゃない。私たちが信じ、共に歩んできた『人間』なんだから」
ゲーレンは観念したように鼻を鳴らすと、自らも端末の操作に加わった。
「……フッ。ならば証明してみせろ。お前たちが蒔いた『種』の価値を」
「アノン! 爆弾の正確な位置、内部構造、そして緊急停止のための解除コードをまとめて! 私が今から、世界中に向けて『放送』する!」
「了解だ、リオ。……俺は、お前の声を信じる奴らのために情報を集める。あいつらなら、きっとやってくれる」
アノンはかつての冷静さを取り戻し、ゲーレンと共にデータの抽出を始めた。
冷たい金属のマイクの感触が、手の震えを止めてくれる。
コンソールの表示が【CH:225 / CODE:999 ACCEPTED】に切り替わった。帝都のSDRがハッキングされ、システムが起動した証拠だ。
「ファームウェアの書き換え完了。用意はいいか、破星」
ゲーレンがバックドアからファームウェア用のコードを送り込みSDRを立ち上げると、システムはレピーターとしての動作を開始した。
この星の外郭に開いた窓からは、漆黒の宇宙に浮かぶ、美しくも儚い青い地球が見えていた。あそこに、私のすべてがある。
「……ガガッ……ピーッ……ガガッ……」
激しいホワイトノイズ。真空を越え、大気圏に突入する電波の悲鳴。
私は祈るような気持ちで、マイクに口を寄せた。
「……聞こえる……? みんな、聞こえる……?」
私の声が、電離層を貫き、帝都の中継局で増幅され、不可視の波となって静まり返った地上へと降り注ぐ。
空を覆う巨大な「神の領域」を見上げ、魔法という奇跡を失って、ただ闇に怯えることしかできない人々の元へ。
「私はリオ。
……これから、この世界を救うための『最後の手順』を伝えるわ。
……いい、もう魔法は使えない。
私たちの力で、星から未来を取り戻すための、人間の戦いよ。
よく聞いて――」
それは、天上の神が与える神託でも、一方的な命令でもない。
この数千年ぶりの放送は、ただ、地上の仲間を信じて、彼らに地球の運命を預けるしかない、私の願いそのものだった。
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