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二計画  作者: 喰ったねこ
第十章:決戦編
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第144話 副官の特権

警告アラート。左腕部人工筋肉、断裂。メインカメラ、および各部光学センサー大破。


真っ赤な警告文字が、ノイズの走る私の網膜投影レティナ・プロジェクションを埋め尽くしていた。


私は鋼鉄の皮膚の内側で、血の滲む唇を、肉を断つほどに強く噛み締めた。

装甲越しに衝撃が伝わるたび、全身の骨が軋む不快な音が響く。思考接続(ニューラル・リンク)を通じて脳内に叩き込まれる過負荷(オーバーロード)は、もはや痛覚を通り越し、魂を直接削り取るような灼熱となって私を焼く。


機体が直立を維持していること自体、物理的な奇跡。あるいは、ナブラで得た人としての執念が、鋼鉄の屍を無理やり動かしているに過ぎなかった。


目の前には、白銀の悪魔――《セラフィム・ゼロ》が、何事もなかったかのように浮遊している。


私たちが命を、魂を削って刻んだ渾身の斬撃も。レイラがその全演算能力を注ぎ込んだ弾痕も。

背後の動力炉から血管のように繋がったエネルギーラインが、無尽蔵のエネルギーを送り込み、瞬きする間に修復していく。こちらの命というリソースは底を突き、対して奴は、依然として神のように無傷のままだ。


「……ハァ、ハァ……。撤退する。アノン、レイラを担いで。私が殿(しんがり)を務める」


私の脳内の「ナイン」が、冷徹に敗北を告げていた。

あの死神が背後の動力炉と直結している限り、私たちは「無限」を相手に消耗戦を挑んでいるに等しい。


今は、戦略的撤退をして、冷徹に作戦を練り直すべきだ。


だが。


『撤退なんて、そんな戯言、却下よ』


レイラの、凛とした声が響く。


『逃げても背中から刺されて、幸福な結末(ハッピーエンド)は無し。……総統フューラー、本当にここから逃げられると思っているの? そうだとしたら、状況判断が甘いわよ。……昔のアンタなら、この状況でそんなこと言わない』


冷徹に考えれば考えるほど、私たちの損傷具合からして、撤退など不可能な選択肢だった。

それでも、「地上へ帰りたい」という私の強烈なエゴが、戦場において最も避けるべき「生存への甘い期待」という誤った判断をはじき出していた。


この敵は、そのような浅い覚悟で太刀打ちできる相手ではない。

そして、目の前の動力炉を破壊する以外、最初から私達に勝ち目などないのだ、Ⅰ計画の時の私ならどうした。


ここを破壊すること。それが私が作られた目的であり、存在意義。

だとしたら、私はⅠ計画の時と同じに。


でも、今の私には……。


『ふふ、本当に「心」を得たのね。アンタ……でも、それは弱さじゃないわ』


ガション、と重々しい金属音を立てて、レイラの機体が私の横に躍り出た。

武装を失った手を広げ、生身のレイラを包む鋼鉄が、ゆらりと、私の機体の右肩に手をかけた。


「レイラ、何を――」


『最後の切り札よ。三機合体、最大出力による大型励起加速砲エキサイティング・ライフルの射撃』


「合体……」


『私達の機体のエネルギーをオメガへ送り込むバイパス回路を、さっきの修理の時につけておいた。……さあアノンも、オメガの左肩に手を!』


「了解した。……信じよう、副官ナンバーツーの策を」


アノンが私の機体の左肩に、静かに、しかし力強く手を添えた。

大型励起加速砲エキサイティング・ライフルの限界突破システム。ゲーレンの工作室での修理中、レイラは万が一の事態を見越して、この「切り札」を組み込んでいたのだ。


機関の施設にいた時代から、彼女には幾度となく助けられていた。


三機の縮退炉シンギュラリティ・リアクターを最大出力で同時制御し、考えられ得る最大限の砲撃を叩きつける。

恐らくはゲーレン砲の発射システムを流用して、最速でこのソリューションを作り出すその能力。


私にとって、最高の相棒レイラ。


今回も……。


『できれば、これだけは、やりたくなかった。これをやれば機体が完全に限界を超え(イカレ)るから……ね。……アタシたち、お茶会、ちゃんとできるのかしら』


「レイラ……」


『行くわよ、総統フューラー! 全縮退炉シンギュラリティ・リアクター全力運転! 三連励起トリプル・オーバーロード! 全エネルギーを、大型励起加速砲エキサイティング・ライフルへ接続!』


レイラの絶叫が、思考接続ニューラル・リンクを通じて脳内に直接響く。

次の瞬間、世界が変わった。

アノンとレイラ、そして私の機体。三基の縮退炉を物理的な限界を超えて同期させ、その崩壊の悲鳴すら無視して強引にエネルギーを搾り取る。そこから生み出された莫大な高密度エネルギーは、ヴァルキリー・オメガの臨時バイパス回路を暴威となって駆け抜け、私の左腕へと押し寄せた。


「グ、アァァァァァァァッ!!」


強化外骨格が悲鳴を上げる。人工筋肉は引き千切れんばかりに収縮し、フレームがギチギチと軋む。

エネルギーの奔流は、思考接続を通じて私の脳をも直接焼き始めた。痛覚など疾うに通り越している。脳髄が沸騰し、魂が灼熱の光の中に溶けていくような錯覚。

左腕の外部装甲の隙間から、青白いプラズマが漏れ、周囲の空気を焼き焦がす。


アノンとレイラが私の機体の両肩を強く掴んでいる。二人の機体からのエネルギーが、私という「核」を通じ、大型励起加速砲エキサイティング・ライフルへと収束していく。

ライフルの銃身が、過出力オーバーパワーによってチェレンコフ光にも似た蒼い輝きを帯び、融解が始まった。ゲーレン砲のシステムを応用したとはいえ、本来の設計限界をはるかに超えた負荷だ。銃身自体が、エネルギーラインそのものと化していた。


『撃って、総統フューラー! 敵ごと、あの動力炉を貫いて!!』


レイラの、魂の叫び。

私は、死力を尽くして銃身をセラフィム・ゼロへ固定した。網膜投影に表示される照準器サイトは、光に飽和して見えない。ただ、そこに敵が、砕くべき神がいる。それだけを頼りに、私は引き金を引いた。


一瞬。世界はホワイトアウトした。


音すらも置き去りにする、超高速のエネルギー塊。

それは光線などという生易しいものではない。三つの太陽を一つに束ね、物理的な質量として叩きつけるような、破壊の奔流だ。

大型励起加速砲エキサイティング・ライフルの銃身は、発射の瞬間に莫大な熱と圧力に耐えきれず、先端から融解・四散した。銃身を構成していた超硬度合金は、超高温のプラズマと化し、熱線と共に前方へと噴射される。


私の網膜保護機能シャッター・ガードは、その圧倒的な輝きに、焼き切られんばかりの警告を発し、真っ白な視界の中でノイズが走った。


ドガォォォォォォォォォォォォンッ!!


空間が震え、衝撃波が動力室の壁を無残にえぐる。音響センサーは即座に機能を停止した。

発射の莫大な反動が、ヴァルキリー・オメガの左半身を襲う。

フレームが砕ける音が、ニューラルリンクを通じて脳に直接響く。私は、もはや役目を果たせない、融けかかったライフルの残骸を左腕から強引に引き剥がし、投げ捨てた。

床に転がったライフルの残骸は、自身の残熱で床を融かしながら、ジュブジュブと音を立てて沈んでいく。


強化外骨格の左腕は、外部装甲が弾け飛び、内部機構が剥き出しになって、狂った信号灯のように不気味に赤く明滅していた。人工筋肉は焼き切れ、二度と動くことはないだろう。


光が引き始めた時、私は目を見開いた。


三連励起による直撃。


白銀の悪魔――セラフィム・ゼロは、そこにいた。

機体を激しくえぐられ、剣を喪失しながらも、奴は最後の一撃を受け止めきっていた。

そして、見るも無惨なその傷口が、動力炉からのエネルギーの奔流によって、既に恐ろしい速さで再生を始めているのが見えた。


「あれを受けて……この程度の傷しかつかないなんて……」


『まだよ!!』


ボロボロの機体で、レイラが私の前に躍り出た。


『アタシの機体の縮退炉シンギュラリティ・リアクター、もう臨界点ギリギリなんだよね。だから!』


突如、《アルテミス・レイヤー》全ての装甲が緊急パージされた。

不格好に露出した細いインナーフレーム。その中央で、剥き出しの縮退炉が太陽のように激しく明滅し、全力で出力を上げていく。

このままいけば、制御を失った超高密度エネルギーが四散する。爆発などという生易しいものではない。完全なる、存在の消滅だ。


「馬鹿なことを! 許可しない! 命令よ、レイラ!」


「あー……ごめん。通信機、マジで壊れちゃったみたい。ノイズで、何も聞こえなーい」


わざとらしくとぼける声色。だが直後、彼女の声からギャル特有のふざけた響きが消えた。


装甲を失いスカスカとなった彼女の機体の隙間から、かつて旧世界を支配した誇り高き副総統(ナンバーツー)の声が、直接聞こえてきた。


「……ねえ、ナイン。知ってる? アタシが旧世界で「感情制御の失敗作」って呼ばれてたこと。あいつら、アタシの演算能力は認めてたけど、戦場で仲間のために泣いたり怒ったりするアタシを、「兵器として欠陥がある」って笑ってたんだよね」


「レイラ、もういい、もういいから……っ!」


「でもさ、今なら胸を張って言えるよ。……この「感情」があったから、アタシはアンタたちを守りたいって思えた。……大好きだから、命を懸けられるんだ。これ、プログラムされたロジックなんかより、百万倍強いんだから!」


その瞬間、全ての枷を削ぎ落とした《アルテミス・レイヤー》が、空間を断ち切るほどの超加速で突進した。


ドゴォォォォォォォンッ!!


衝撃音が空間を揺らす。質量を極限まで減らした彼女の機動は、もはやセラフィム・ゼロの演算すらも上回っていた。

彼女は、私達の砲撃によって生じた「傷跡」へと、正確に自らの腕を突き立てた。


「どう、私という「異物」が混ざり合う感覚は。……これなら、貴方の演算も追いつかないでしょ!」


彼女は自らの機体フレームを、ゼロの修復プロセスそのものに強制的に割り込ませたのだ。

ナノマシンが傷口を塞ごうとするその中心に、レイラは物理的な「楔」として自らを食い込ませる。修復しようとすればするほど、レイラの機体パーツをゼロの装甲の一部として取り込んでしまい、再構築は致命的なエラーを吐き出し続ける。


セラフィム・ゼロは、自身の傷口に楔として食い込んだアルテミス・レイヤーを排除すべく、残された銀色の腕を無慈悲に突き出した。

分厚い外部装甲をすべてパージし、骨組みのようなインナーフレームだけを纏っている今のレイラに、それを防ぐ術はない。


ドシュッ。


肉と骨を断つひどく鈍い音が響き、銀の腕が、レイラの生身の腹部を――彼女の身体に這うインナーフレームごと、完全に貫通した。


「レイラッ……!!」


私の悲痛な絶叫。

装甲という覆いを失い、剥き出しになった彼女の姿が、私の網膜に焼き付く。


自らの腹部を貫く白銀の刃。その致命的な一撃を浴びながらも、レイラは倒れない。

頭部を保護するバイザーも既に失われ、乱れた銀髪の隙間から彼女の素顔がはっきりと見えた。口元からはおびただしい鮮血が溢れ出し、彼女を支える鋼鉄のフレームを赤く染めてゆく。


死の淵にあるはずのその顔には、しかし、絶望など微塵もなかった。

彼女は、激痛に顔を歪める代わりに――血に染まった唇で、笑ったのだ。


自らを貫く敵の腕をガッチリと掴み込み、満足げに微笑む彼女。


「……捕まえた。これで、もう逃げられないわよ、神様。貴方の再生システムに、アタシという消せないバグを上書きしてあげる」


血の混じった声が、直接、私の耳に届いた。


レイラの機体背面から、太陽の表面温度に匹敵する熱量と、純白の閃光が溢れ出す。


「やめて……お願いだから、やめてレイラ! 私たち、まだベリーパイ食べてない! お茶会も、してない……ッ!!」


「……悪いね、ナイン。こういう汚れ仕事は、お姉さん(ファイブ)で、副官であるアタシの特権よ。アンタには、アタシ達、不幸な子供(ナンバーズ)を代表して、最後に大ボスの顔を殴り飛ばす大役が、まだ残ってるでしょ?」


「レイラァァァァァッ!!」


私の悲痛な絶叫を置き去りにして、レイラの機体は背部スラスターを最大出力で噴射させた。

自分を串刺しにしたセラフィム・ゼロを、物理的な強制力で引きずり、背後の巨大な動力炉へと――音速の壁を超え、一直線に激突した。


「生きなさい、アンタたち。……地上のことは、任せたわよ」


微かに空気を震わせて聞こえた最期の声は、いつものふざけた調子ではなく、かつて戦場で共に背中を預け合った、かけがえのない仲間の温かなものだった。


直後。


網膜保護機能(シャッター・ガード)が焼き切れるほどの白銀の閃光が、世界を埋め尽くした。


音すらも置き去りにする、超高エネルギーの連鎖爆発。


星の心臓部で発生した臨界爆鳴が、無敵を誇ったセラフィム・ゼロを、そして――レイラという一人の少女の命を、慈悲もなく、永遠の光の中へと飲み込んでいった。


動力炉の供給ラインは、彼女という「不溶の楔」を抱えたまま、内側から完全に瓦解した。

読んで頂きありがとうございます。

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